肩越しの青空

蒲公英

文字の大きさ
27 / 28

その空の色を

しおりを挟む
 航空自衛隊の基地の隣に位置するその公園は、展望台から夜景を見下ろすことができる。夜に出歩くにはコートが必要な時期だけれど、まだ眉を顰めるほどは苦痛じゃない。
 暖かいコーヒー入りのポットを持って、あたしと昭文は展望台に立っていた。冬のはじまりの空は澄んでいて、冷たい空気が気持ちいい。体温の高い昭文があたしの身体を抱えるように歩いて、あたしたちの関係性を示した。

「綺麗。その場に立つと、ただの住宅街なのにね」
 見渡す灯りは人間の営みで、あたしたちもその中のひとつだ。
「違いないや。で、いつ引っ越してくる?」
「はい?」
 なんですか、その脈絡のない話の振り方は。大体、引っ越すって誰が、どこに。
「俺のところでいいだろ?とりあえず二部屋あるし、生活用品揃ってるし」
「……あたし、一緒に住むって言った?」
「言わなくても、もうわかってんじゃん」
 はい、こういう理論の人でしたもんね。何故過程を省くのか。

 いきなり手を掴まれて、左手の薬指に通されたのは、銀色に光るリングだ。ケースじゃなくてポケットから剥き身でだしたよ、この熊。
「何、これ。ブカブカなんですけど」
「親から回って来たもんだ。結婚相手連れて来いって」
 親にも、もう話したんですか。あたし、承諾の言葉は口にしてないと思うけど。
「サイズ直して、しとけ。虫除けだから」

 こんな綺麗な場所まで来て、プロポーズらしきことをされてるのに、全然ロマンチックじゃない。いつものジーンズ姿で、明日は友達と会うから、今日は家に帰るのだ。どうせなら予告してくれれば、それなりの心構えで来たのに。あんまりのことに何かの感慨を覚えるよりも呆れてしまい、自分の指に通されたリングを凝視した。
 への字に結んじゃった口は、思いっきり不満を訴えてると思う。優しくスイートにってのは期待できない相手でも、あたしもオンナノコなんだから、それなりに気分が……
「うわっ!」

 これはいわゆる「お姫様抱っこ」ですね。よくもまあヒトの身体を、勝手に移動したり持ち上げたりするもんだ。
「決定事項に文句言うなよ。投げ落とすぞ」
「勝手なこと言うなっ!あたしにだって考えてることくらいっ!」
 投げ落とされると困るので、首にしがみついたままの迫力ナシの抗議。マジ怖いんですけど。あたしの身体は、柵よりも高い位置にある。
「ふうん?じゃ、何を考えてるのか聞かせてもらうことにしようか?」
「なんでもいいから、おろせっ!」
「じゃ、考えてることとやらを、言ってみろ」

 うわ、ムカつく。熊のくせに人間様に向かって大上段に。とりあえず地面に足がついて、一安心で熊を見上げる。
「だから話を勝手に、どんどん進めないでよ」
「勝手に進めてんじゃない筈、だけどなぁ。おまえさん、泊まっても文句言わなくなったじゃん」
 うう、そうだけどさ。それだけのものじゃないでしょ。
「で、俺と一緒に居るのも、嫌いじゃないよな」
 その通りなんだけどさ。
「大体、続けていこうって意思のない男の家に泊まったりするほど、プライド低くないよな。あんだけ時間かかったんだから」
 ああ、なんだか、とてつもなくムカつく! 熊のしたり顔が、余計にムカつく!

「昭文が、あたしのことをどう考えてるのか、あたしは聞いたことない!」
 結婚だの手元に置きたいだのって言葉より、もっと前にある筈のものを、あたしはもらってない。もっとも、あたしも口に出したことなんてないけど。
 だって、理由が欲しいじゃないの。好きだから一緒に居たいんだって、言って欲しい。じゃないと、あたしは昭文のペースに巻き込まれっぱなしで、言われるがままに自分の感情を動かしちゃったみたいな気がする。
 あたしが迷ってる最中に、昭文はどんな気持ちで待っていたんだか、聞かされてない。

「だから、結婚しようって」
「なんで?」
「手元に置きたいからって」
「だから、なんで?」
「気が合って、相性がいい」
「それだけ?」
 引いてなんかやらない。展望台の下に投げ捨てられたって、絶対に言わせてやる。昭文の根拠を聞かせて。そうしたら、私用も公用も使い分けないで、全部昭文に明け渡す。

「言わないと、わかんないのか」
「虫除けなんていらない。見た目に寄って来る男なんて、どうせ先に進まないんだから」
 昭文は腰を伸ばして、気合を入れるように空を仰いだ。
「言やあいいんだろ。言いますよ」
 不貞腐れた口調だ。

「静音は可愛い。外見じゃないぞ、その強気で慎重なところが気に入ってる」
「だから?」
 だあっ!と声を上げて、頭を掻き毟る熊。ほら、あたしの欲しい言葉はすぐそこ。
「好きですっ! だから、結婚してくださいっ!」
 はい、よくできました。だから、あたしも逃げないで、ちゃんとお返事しましょう。
「はい。謹んでお受けいたします」

 うーん。また子供抱っこされちゃったな。ん、でも許してやるか。目尻いっぱいの皺が可愛いからね。
 背景は夜景なのに、昭文の肩越しに見るのは、いつかの青空。見上げなくちゃならない昭文は、いつも後ろに空を背負っている。昭文の背負う空がどんな色だとしても、あたしはそれを見続ることにする。
 昭文の「結婚しない?」で始まったあたしたちは、あたしの承諾の言葉で先に進む。

 はい。謹んでお受けいたします。

fin.

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元遊び人の彼に狂わされた私の慎ましい人生計画

イセヤ レキ
恋愛
「先輩、私をダシに使わないで下さい」 「何のこと?俺は柚子ちゃんと話したかったから席を立ったんだよ?」 「‥‥あんな美人に言い寄られてるのに、勿体ない」 「こんなイイ男にアピールされてるのは、勿体なくないのか?」 「‥‥下(しも)が緩い男は、大嫌いです」 「やだなぁ、それって噂でしょ!」 「本当の話ではないとでも?」 「いや、去年まではホント♪」 「‥‥近づかないで下さい、ケダモノ」 ☆☆☆ 「気になってる程度なら、そのまま引き下がって下さい」 「じゃあ、好きだよ?」 「疑問系になる位の告白は要りません」 「好きだ!」 「疑問系じゃなくても要りません」 「どうしたら、信じてくれるの?」 「信じるも信じないもないんですけど‥‥そうですね、私の好きなところを400字詰め原稿用紙5枚に纏めて、1週間以内に提出したら信じます」 ☆☆☆ そんな二人が織り成す物語 ギャグ(一部シリアス)/女主人公/現代/日常/ハッピーエンド/オフィスラブ/社会人/オンラインゲーム/ヤンデレ

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

初恋を諦めたら、2度目の恋が始まった

suguri
恋愛
柚葉と桃花。双子のお話です。 栗原柚葉は一途に澤田奏のことが好きだった。しかし双子の妹の桃花が奏と付き合ってると言い出して。柚葉は奏と桃花が一緒にいる現場を見てしまう。そんな時、事故に遭った。目覚めた柚葉に奏への恋心はなくなってしまうのか。それから3人は別々の道へと進んでいくが。 初投稿です。宜しくお願いします。 恋愛あるある話を書きました。 事故の描写や性描写も書きますので注意をお願いします。

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

龍の腕に咲く華

沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。 そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。 彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。 恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。 支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。 一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。 偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...