トクソウ最前線

蒲公英

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友達はいますか

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 由美さんが言い出しっぺで和香の歓迎会が開かれたのは、二週目の金曜日の晩だ。場所は会社に近いお好み焼き屋で、メンバーは特別清掃部プラス小学生男子ひとり、つまり由美さんの子供だ。部の面々は面識があるらしく、子供自体はまったく緊張していない。
「和香ちゃんは飲めるの?」
「ビールをコップに半分くらいなら、飲んだことがあります」
「何それ」
 笑いながら由美さんが、コップにビールを注いでくれた。由美さんの子供の虎太郎君は三年生で、サッカー小僧だという。竹田さんに絡みついてサッカーの話をしているが、和香にはちんぷんかんぷんである。
「和香ちゃんは、どうして用務員やろうと思ったの? 若い人がやりたい仕事じゃないでしょ」
 植田さんに質問され、少し迷ったが(体裁を繕おうかと思ったが)正直に答えることにする。
「女の子同士の話ができないんです」
「え、そんなことで?」
 他人から見たら『そんなこと』なのだ。あの居心地の悪さは、経験しないとわからない。もちろん気にしない人もいるし、自分から離れる人もいるけれど、和香はそこまで割り切れない。
「私も苦手ー。スーパーとか保険屋とか、絶対無理。ママ友もいないしね」
 由美さんが会話に入ってくる。

「確かに由美ちゃんだと、女の人と一緒に仕事してる気にはならないなあ。自分で決めて動いちゃうし、無理だって言わないし」
 片岡さんと菊池さんも話に加わり、竹田さん以外のメンバーが、同じ一点に寄る。
「男でも女でも同じだよ。自分で動かないのに他人も動かせなくて、どうしようどうしようって結論先延ばしにするのが相談だと思ってる人は、一定数いる」
「いるね。意見は出さないのに、思ってることと違う意見が通ると、不機嫌になる人も」
「経験の裏打ちがないくせに、自分は間違えないって思いこむ人もいるし」
「同意しない人間は異物だから攻撃対象とかね」
「私らだって、自衛隊出は考え方がどうのって言われるから」
「女の子はその中に、オシャレとか男の話とか混ぜちゃって、自分と違うから異質って思っちゃうんじゃないの」
 聞いているだけの和香は、少し驚いた。男の人はこんなふうに人間のタイプなんて分析しなくても、人間関係を構築できるものだと思っていた。学生時代も男子は楽しそうだったし、会社勤めの中でも浮いている男なんて、見たことない。

 私、見えていなかっただけなんだろうか。自分が中に入っていけない寂しさだけ考えて、まわりを見ていなかったのか。今ここにいる由美さんは、ママ友はいないと言いながら困った様子もないし、部内にふたりの女だから仲良くしましょうなんて言わない。会議室のお弁当タイムの苦痛な時間や、誘い合わせてお茶に行くときに自分だけ誘われなかったみたいな、あの感覚を知っているのか。
「由美さんって、友達、います?」
 ものっすごく省略した質問は、とんでもなく失礼な言葉になった。
「ちょっとぉ、それって私の性格が悪いって言ってる?」
 しまった、そう受け取るよね。おじさんたちも驚いた顔してるし、実際ひどい失言だ。どう言い抜けようと和香がオロオロしはじめると、由美さんは優しい顔になった。
「大丈夫、和香ちゃんがそんなこと言う子だなんて、思ってないから。友達は少ないけど、いないことはないよ。みんな結構バラバラで、専業主婦とか独身とかいるけど、少なくともSNSに返信がないって怒るヤツはいないね」
 別に返事が必要な用事じゃなくても、返信がないと自分が無視されたみたいに思う。そして、他の人に無視されたと愚痴る。そうするとそれ以外の気に入らない事柄を見つけた人が、大仰に同意して話を拡散する。その流れは知っている。
「他人の顔色見て行動するほど、ヒマじゃないもん。トイレに行くのに誘い合わせる年でもないのに、そうしたい人はいるのよ。そんなんと仲良くしたって仕方ないしね」
 由美さん、強いですね。その言葉は、和香の中で封印された。
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