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覚えることは多いけれど
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何度か校庭を往復して古い防球ネットを撤去している間に、竹田さんは新しいネットを組み立てて設置していた。ネットを結んだ金属パイプのフレームをひとりで起こし、移動しないで使う場所はペグを打って固定している。学校側から、ざっくりとした配置図をもらっていた。
由美さんは用務員さんとの約束通り樹木を片付けに行ってしまったし、グラインダーを使うのは怖いので、何か手伝おうと竹田さんの近くに行った。
「ちょっとそのフレーム、足で踏んで押さえとけ」
和香の顔も見ずに竹田さんは指示を出し、硬いグラウンドに打ち込むペグを木槌で叩く。フレームを支えるだけじゃなくて、自分もそれをやってみたくなるが、見た目よりも力が必要なのが予測できるから、やらせてくれとは言えない。校庭には走る生徒たち、初夏に入ろうとしている空は青い。
消去法で入った仕事だけど、今までより一番たくさんのことを勉強してる気がする。私にとってベストかどうかは知らないけど、少なく見積もってもベターだ。昨日今日学習したことは翌日すぐに使えるわけじゃないけれど、知っていれば思い出すことができる。それって結構重要なことじゃないかと、和香は校庭を見ていた。
「目ぇ開いたまま寝るって、器用だな」
気がつくと竹田さんは反対側の固定も終わり、和香の後ろに立っていた。
「あ、ここ、終わったんですか?」
「寝惚けたこと言ってないで、もう一台固定するぞ」
ほどけないロープの結び方を教えてもらい、一緒にネットを張る。和香の三倍スピードで結ぶ竹田さんの手が、やけにゴツいことに気がついて、また手が止まった。考えてみれば、他人の手をしみじみ見ることなんてなかった。
「何サボってんだよ。とっとと終わらせて、休憩しようぜ」
慌ててネットを結び、スタンドを一緒に立てる。子供たちが校庭にブラシをかけはじめ、三時間目終了のチャイムが鳴った。風が心地良い。
「はい、おしまい」
最後のペグを打ち終え、竹田さんは腰を伸ばした。
「フレームにウェイト乗せなくて良いんですか」
固定していない防球ネットは、風で倒れないようにウェイトを乗せるのがセオリーだ。
「大丈夫だ。榎本よりよっぽど腕力のある中学生が、筋トレ代わりに運ぶだろ」
歩き出した竹田さんを追って、校庭の隅を歩く。チャラチャラして見えていた髪に光が反射して、綺麗だと思った。陽射しが思いの外強くて、日焼けが気になるし喉は乾いているし、早く主事室に引き上げて麦茶でも飲めれば最高。もとより外仕事は嫌いじゃなくて、大した役に立った気はしなくても、気分は明るい。
「この学校、ライラックが咲くんですね」
「どれだ? ああ、あれがライラックっていうのか。榎本、詳しいな」
どうでもいい会話をできる相手がいるって、とても気楽で嬉しいことなんだと、和香は思う。今までの職場で欲しかったものはたったこれだけで、手に入らなかったのは自分の資質に依るものだと知ってはいたが、いまだに何が不足なのかはわからない。
でも、竹田さんには垣根を感じない。由美さんにも植田さんにも、菊池さんにも片岡さんにも。緊張が残っているのは和香だけで、無理に踏み込んでは来なくても、こちらから近寄れば拒絶されないことは感じている。仕事以外にも得るものが多くて、目が回る。
「また目ぇ開けたままで寝てる」
午後作業への移動の車の助手席で、竹田さんに頭を小突かれる。
「疲れたんなら、メシ食わないで車で寝てるか?」
「お昼食べないと、午後働けないです」
「ケツのあたりに、エネルギーの蓄えがあるだろうが」
「セクハラです。しかもオヤジくさい」
後ろの席から、片岡・菊池ペアの笑い声が聞こえた。
由美さんは用務員さんとの約束通り樹木を片付けに行ってしまったし、グラインダーを使うのは怖いので、何か手伝おうと竹田さんの近くに行った。
「ちょっとそのフレーム、足で踏んで押さえとけ」
和香の顔も見ずに竹田さんは指示を出し、硬いグラウンドに打ち込むペグを木槌で叩く。フレームを支えるだけじゃなくて、自分もそれをやってみたくなるが、見た目よりも力が必要なのが予測できるから、やらせてくれとは言えない。校庭には走る生徒たち、初夏に入ろうとしている空は青い。
消去法で入った仕事だけど、今までより一番たくさんのことを勉強してる気がする。私にとってベストかどうかは知らないけど、少なく見積もってもベターだ。昨日今日学習したことは翌日すぐに使えるわけじゃないけれど、知っていれば思い出すことができる。それって結構重要なことじゃないかと、和香は校庭を見ていた。
「目ぇ開いたまま寝るって、器用だな」
気がつくと竹田さんは反対側の固定も終わり、和香の後ろに立っていた。
「あ、ここ、終わったんですか?」
「寝惚けたこと言ってないで、もう一台固定するぞ」
ほどけないロープの結び方を教えてもらい、一緒にネットを張る。和香の三倍スピードで結ぶ竹田さんの手が、やけにゴツいことに気がついて、また手が止まった。考えてみれば、他人の手をしみじみ見ることなんてなかった。
「何サボってんだよ。とっとと終わらせて、休憩しようぜ」
慌ててネットを結び、スタンドを一緒に立てる。子供たちが校庭にブラシをかけはじめ、三時間目終了のチャイムが鳴った。風が心地良い。
「はい、おしまい」
最後のペグを打ち終え、竹田さんは腰を伸ばした。
「フレームにウェイト乗せなくて良いんですか」
固定していない防球ネットは、風で倒れないようにウェイトを乗せるのがセオリーだ。
「大丈夫だ。榎本よりよっぽど腕力のある中学生が、筋トレ代わりに運ぶだろ」
歩き出した竹田さんを追って、校庭の隅を歩く。チャラチャラして見えていた髪に光が反射して、綺麗だと思った。陽射しが思いの外強くて、日焼けが気になるし喉は乾いているし、早く主事室に引き上げて麦茶でも飲めれば最高。もとより外仕事は嫌いじゃなくて、大した役に立った気はしなくても、気分は明るい。
「この学校、ライラックが咲くんですね」
「どれだ? ああ、あれがライラックっていうのか。榎本、詳しいな」
どうでもいい会話をできる相手がいるって、とても気楽で嬉しいことなんだと、和香は思う。今までの職場で欲しかったものはたったこれだけで、手に入らなかったのは自分の資質に依るものだと知ってはいたが、いまだに何が不足なのかはわからない。
でも、竹田さんには垣根を感じない。由美さんにも植田さんにも、菊池さんにも片岡さんにも。緊張が残っているのは和香だけで、無理に踏み込んでは来なくても、こちらから近寄れば拒絶されないことは感じている。仕事以外にも得るものが多くて、目が回る。
「また目ぇ開けたままで寝てる」
午後作業への移動の車の助手席で、竹田さんに頭を小突かれる。
「疲れたんなら、メシ食わないで車で寝てるか?」
「お昼食べないと、午後働けないです」
「ケツのあたりに、エネルギーの蓄えがあるだろうが」
「セクハラです。しかもオヤジくさい」
後ろの席から、片岡・菊池ペアの笑い声が聞こえた。
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