銀の魔術師

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銀の魔術師

01 はじまり

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 王国パルティアの都グディは大勢の人で賑わっていた。

 この国では強力な魔術の力を持つ王族による絶対王政が行われている。
 王政の下には様々な職業ギルドが設置されていた。
 この都、グディの臣民は三桁にものぼるギルドのどれかに所属し、王国の発展と税負担の義務を課せられている。
 しかし、都グディの繁栄とは裏腹に都から出ると貧しい農村や貧困に喘ぐ地域も少なくはなかった。
 
 この国では革命やクーデターといったことが過去に成功したことがない。なぜなら、この国は絶対的な力をもつ王族とその家臣の魔術師達によって秩序を守られているからだ。
 魔術は王族と魔術師の血を引く者にしか使うことが出来ず、王族は力によって魔術師達を掌握している。
 王族の魔力はどの魔術師達よりも優れており、それを凌駕りょうがする者はいないとされている。
 魔術を使えない臣民と魔術師達の力の差は歴然である。

 それでも何年かに一度くらいは王族に刃向かう者が現れる。街頭演説で王政廃止を力説していた青年は何日か後には忽然と姿を消した。

 王政には逆らわない。
 さすれば絶対的な安全と平和がもたらされる。
 人々は別れ際の挨拶にはこう言う。

「王の魔術に陰りがあらんことを」


    *     *

 煉瓦レンガ造りの王都グディの景観は美しい。中心には大きな川が流れており町の様々なギルド区へ派生している。都の中心には王の城がある。

 街道から建物までが全てが煉瓦でできている職人ギルドのエリアを青い目をもつ黒髪の少年が走っている。
 年の割には幼く見える少年の名前はパフといった。
 パフは職人ギルドの機械技師の一人息子として今では弱冠十二歳ながら幾つかの仕事も請け負っていた。

 パフは通りに連なった煉瓦レンガ造りの建物の一つに飛び込む。 
 その中では筋骨隆々の建築ギルドの親方が木材を加工していた。
「マラヌの親方!頼まれてたもの持ってきたよ!どう?今回は歯車が滑らかに動くように上獣の油を塗ってみたんだ」
 マラヌの親方は作業を止めてパフを見る。
「おう!歯車技師の息子。よく来たな。例のアレか?」
 パフは肩にさげたカバンからアヒルの玩具おもちゃを取り出す。これはパフが試作した子供向けの玩具だ。背中のゼンマイを回すと下に取り付けられた車輪が動くようになっている。

 ふと気づいた時から機械技師の両親を見て育ったパフは物心ついたころから創作に励むようになっていた。今回の子供が遊ぶ用の玩具『ダック3号』は三ヶ月前に作った物だ。細部の構成の設計には父親に手伝ってもらったが組み立ては全て一人でやっている。
「どれどれ、歯車技師の一人息子の自信作たぁ試してみなきゃあかんな」
 建築を専門にしている職人の親方はアヒルの背中についているゼンマイをキコキコと回す。親方の筋肉だらけの身体には似合わずそっとアヒルを床におくとアヒルは滑らかに動き出した。機械音をならしながら床を走って散らばっている木材にぶつかって止まった。
「こいつぁいいなぁ!子供達もきっと喜ぶぜ。歯車技師の息子、買わせてもらうぜ!おらよ、約束の報酬だ。落とすんじゃねぇぞ」
 マラヌの親方のは腰のポーチから銀貨を三枚取り出してパフに放る。
「まいどあり!」
パフは銀貨を受け取りカバンにしまった。
「じゃあな、坊主。気ぃつけて帰れよ。王の魔術に陰りがなからんことを!」
 マラヌの親方が片手を上げる。
「王の魔術に陰りがなからんことを!」 
 パフも右手を上げて返した。

    *     *


 パフは大通りから外れて人の少なくなった川沿いを歩いている。帰路としては少し遠回りだがパフは大通りよりも人の少ない川沿いの道の方が好きだった。

「ちょっとパフ?今日こそ私に面白いものを見せてくれるんじゃないの?」
 振り返ると栗色の髪の可愛らしい少女が腕を組んで立っている。そのほおは可愛らしくプクッと膨らんでいた。
「あぁ、ダイアナ。今仕事が終わったんだ。これから遊ぶ?」
 ダイアナの目が輝く。一本に縛った栗色の髪が馬の尻尾のように揺れ動いた。
「本当に?私、パフの家に行きたい!この前見せてくれたゼンマイのやつとかで遊びたいな」
「いいよ!じゃ、一緒に行こう」

 ダイアナはパフの一つ下の十一歳で幼馴染だ。彼女は父親のお得意様の商業ギルドの料理人の娘だ。たまに我儘だが、気立てがよく優しい性格のためパフはダイアナが好きだった。
 川沿いの小道を抜けるとパフの家はすぐだった。
「あーあ。私も魔術師だったらなぁ。そしたらお野菜とか包丁使わなくても魔術でさささーって切れるのになぁ」
 ダイアナは手を振りかざし、魔術を使う素振りをする。
「そんなこと言っても仕方ないよ。魔術を使えるのは王様と魔術師だけだからね。臣民の僕達がなにを言っても無駄さ」
 ダイアナは小道の小石を蹴り飛ばす。小石はポチャンと川に落ちる。
「そんなに真面目に言わなくてもわかってるわよ。全く。いっつもパフは…」
「僕がなんなの?」
「知らないわ」
 ツンとダイアナはそっぽを向いた。

 パフの家にはまず機械工房がある。
 工房では母親が一人で作業をしていた。
「おばさん、こんにちは!」
 ダイアナが元気に挨拶をする。
「いらっしゃい、ダイアナ。ここは今作業中だから納屋で遊んでてね」
 母親は優しくダイアナにそう言ってパフにウインクをした。
 パフの家の工房は精密な機械で一杯だった。二人はコトコトと回る歯車の間をくぐり抜け裏口の外にある納屋へ向かう。
 本当は外から回り道をしなければならないのだが父親に見られていない時はいつもこうしている。

「とりあえず、このくらいでいいかな。これが僕が最近発明した物だよ!」
 パフは地べたにペタッと座ったダイアナの前に様々な機械を置いた。
「これは船をモチーフにしたやつ、これは…」
 ダイアナはパフが一つ一つ説明するのを目を輝かせて聞いている。
「ね、あたしもこれ動かしてみていい?」
 ダイアナはアヒル2号に手をかけた。
「あぁ、いいけど2号は失敗作だからね。どうなるかやってみたら?」
 パフは内心くすりと笑った。
 ダイアナがゼンマイを回す。一回、二回…。
「行くわよ!」
 楽しそうに床にアヒルをそっと置いた。
 ダイアナが手をはなした瞬間可愛らしい外見のアヒルはチーターさながらの物凄いスピードで走り出した。
「きゃぁ!」
 ダイアナは悲鳴をあげて後ろへ尻餅をつく。
 アヒルは爆走し、一瞬でどこかへ姿をくらましてしまった。
「はははははは」
 笑いが堪えきれなかったパフは腹を抱えて笑い転げる。ダイアナのアヒルから手をはなした時の驚いた顔が頭から離れない。
「もう、笑うなんてひどい。アヒルさんどっか行っちゃったわよ」
 ダイアナは再び頬を膨らませている。
「ごめんごめん。あんまり面白くてさ」
 パフは悪戯っぽく笑う。
「まったく。アヒルさんを探さないと」
 パフとダイアナはそこそこ広い納屋の中でアヒルをゴソゴソと探しだした。

「パフ、あった?」
 ダイアナの声が遠くから聞こえる。
「ない!」
 パフは声を張り上げて返事をした。
 パフは納屋の隅の樽の隙間を覗き込む。黄色のブリキのアヒルが見える。
 見つけた!こんなところまで走ってきていたのか。
「ダイアナ!見つけたよ!」
 パフは手を伸ばして樽の隙間に入り込んでいるアヒルを手にとった。
「あれ?」
 アヒルがぶつかって止まっていた先に何かが見えたような気がした。アヒルを脇へ置き、その何かに手を伸ばす。
「パフ、どうしたの?」
「ここになんかあるんだ」
 パフはできる限り手を伸ばしてその何かを取った。
「これは…本?」

 パフの手の中にあったのは小さな本だった。それは元は赤い表紙だったのだろう。古びて色あせ、元の色を失っている。一度大雨の中に落とされたかのようにボロボロでヨレヨレだ。
 パフはページをめくった。
 中は全て白紙のようだ。ペラペラとめくっていくと大きくインクを溢したようなところがある。
「なんでここだけインクを溢したような跡があるのかな?」
「パフ、何言ってるの?そんなのないわよ?」
 ダイアナは首を傾げた。パフも首を傾げた。
 ダイアナにはその跡は見えていないようだった。
「え、でも、ここに」
 パフは人差し指でその汚れを触る。パフの指が触れるか触れないかのうちに本は一人でにバタンと閉じた。
 本が青く光り出す。
 二人は驚いて大きく一歩後退する。
「これもパフの発明品?私をからかってるの?」
 ダイアナは半分泣き声になりながら言う。
「違うって!僕にも分からないよ!」
 突然古ぼけた本の青のページが勝手に物凄い速さでめくられはじめた。辺りに風が巻き起こる。
「きゃぁぁ」
「まってよ!」
 ダイアナは走って逃げ出してしまった。パフも後に続こうと腰をあげる。しかし風に体を抑えられているかのようにパフは本の前から動けないでいた。
 パフは恐る恐る本を見る。
 本はページをめくるのを止め、開いたままで止まっていた。
 ページに文字が浮かび上がっている。

『私は魔道書』

パフが文字を読み終えると共に次のページへめくられる。

『汝を我が主として忠誠を誓う』

「僕が、主…。忠誠…?」
 パフは意味がわからず呆然とする。
 ページはさらにめくられる。

『ミストライト』
 
ただ一言、書かれている。
「みすと…らいと?」
 パフがおぼつかなく唱えた瞬間、てのひらに小さな魔法陣がさっと現れて消えた。それと同時に周りにふっと霧が立ち込め一瞬で消えた。

-もしかして、これは魔術?でも僕の両親は魔術師じゃない。

『ミストライト!』

 パフはもう一度ハッキリと唱えた。
 掌にハッキリとした魔法陣が組み上がる。
 辺りは右も左も分からなくなるような濃い霧がさっと立ち込めた。しかし、パフだけは濃い霧の中でもハッキリと物を見ることが出来た。

 そんな中でページがさらにめくられる。
 パフは最後の一文を見て目を見張った。

『我が名は魔道書。汝は我が主人。汝は魔術師である』

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