銀の魔術師

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銀の魔術師

02 弱者

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 パフが本を小脇に抱えて納屋から出るとダイアナが飛びついてきた。

「パフ、パフ、パフ!大丈夫?ごめんなさい、逃げ出してしまって」
 泣きながら胸をドンドン叩いてくる。
「あぁ、全然大丈夫だよ」
 正直全然大丈夫じゃなかった。信じられないことが起こっているのは間違いない。
 パフ自身も全く状況は理解が出来ていなかった。
 ダイアナはなおもしゃくりあげながらしがみついている。困ったなと頭をかく。

「あら、パフ?なにダイアナを泣かせてるの?男の子なのにだめでしょ!」
 工房から母親が出てきた。油にまみれて顔が斑点になっているが今は笑ってはいけないのかもしれない。
「えっと、ちがうよ!ちょっと、その…」
 パフが言い訳を考えていると母親はパフの脇に抱えているものに目を留めた。  
「パフ?それはなに?」
「あぁ、母さんこれさっき納屋で見つけたんだ」
 パフが魔道書を母親に差し出した。 
「なにかしら」
 パフから魔道書を受け取って表紙を見た瞬間、母親の顔が一瞬にして蒼ざめた。
「ダイアナ、今日は帰ってもらえないかしら。パフはこの後用事があるのよ」
「え、でも母さん…」
 母親が物凄い顔でこっちを見てきた。パフは慌てて黙る。
「わかりました。おばさん、さよなら」
 ダイアナは大人しく帰っていった。
 途中で振り返りパフに小さく手を振った。パフも手を振り返す。
 母親がパフに向きなおる。
「パフ、これをどこで見つけたの?」
「その、納屋の奥で。アヒルがぶつかって…ごめんなさい」
 とりあえず頭をさげる。
 しかし、怒られていると思い恐る恐る顔を上げると母親の顔は涙に濡れていた。

「運命には抗えないのね」

 母親が小さくそう言うのが聞こえた。
「お母さん、どうしたの?」
「いいえ、パフ、なんでもないのよ。ダイアナと遊ぶの中断させてしまってごめんなさいね」
 そう言って母親はパフをギュと抱きしめた。
「どうしたの?お母さん、少し変だよ?」
「今は気にしなくていいわよ。夕食の時間まで部屋にいなさい。これはあなたが持っているのよ」
 魔道書を手渡される。
 パフは言いつけに従って部屋へ引き上げた。
 
 部屋に入って扉を閉めたパフは再び魔道書のページを開けた。
 やはり中身は白紙のページのみだった。

『ミストライト!』

 てのひらに青の魔法陣がサッと浮かび上がる。
 一瞬で部屋に霧が立ち込めた。

-やっぱり、さっきのは本当なんだ!僕は魔術が使えるんだ!

 パフは少年さながらに喜んだ。他の魔術も使いたいと思ったが全てのページをいくら調べてもなにも出てこなかった。

 暫くすると母親が夕食に呼ぶ声がする。
 食卓につくと母親と父親が硬い表情で席についていた。
「パフ、お前に話しておかなればならないことがある」
 父親が重く口を開いた。
 いつも快活で豪快に笑っている父親とは似ても似つかぬその様子にパフは思わず姿勢を正しくする。 

「実は…」
 
 その時、家の戸を叩く音がした。

 両親の顔がまるで猛獣に睨まれたように蒼ざめ、怯えた表情になる。
「もしかして、もう?」
「まさか、そんな筈はない。早すぎる」
 父親は大きな工具を肩に担いだ。
「パフ!お前は隠れていなさい!」
 その間も扉を叩く音は止まない。
 パフは父親の部屋の戸棚の中に隠れさせられた。

-なにがあったのだろう?
 そう思っていると足に何かがあたった。
 拾い上げてみると暗いながらも薄く光っている。

-どうして、ここに…。

 そこには部屋に置いてきた筈の魔道書があった。
 パフは魔道書をしっかりと抱きかかえた。
 玄関の扉を開ける音が聞こえる。パフは耳を澄ませた。

「こんな時間になんの用ですか?」
 母親の声がする。コツコツコツと足音が聞こえる。一人だけでない。三人ほどいるだろうか。

「こちらは王国パルティアのグディ所属の役人。一等魔術師のサバルディ・バルバロイだ。商業ギルドの機械技師マルボーに告ぐ。機械技師マルボー家の全員を王家の重罪人として逮捕する。抵抗せずに投降せよ。少しでも抵抗する素振りを見せればその場で処刑する」

 戸棚の中でパフは震えていた。

-これは、どういうこと?僕達は王国の政治とは無縁の生活をしていたはずだ。

 腕の中の魔道書が光り出す。ページをめくると新たな呪文が浮かび上がっていた。
「貴様ら二人だけでないはずだ。もう一人、子供をどこにやった!」
「なんのことが存じませぬ」
 父親はなにも知らないように返答する。
「ぬかせ。我々に従わぬ素振りを見せるなと言った筈だ」
 両掌を母親に向けた。

『ウインドブレイド!』

 バルバロイと名乗った魔術師のかざした掌の先から疾風の刃がほとばしる。
「いやぁぁぁ」
「ジェンヌ!」
 パフの母親が胸から腹にかけて血を流して倒れた。
「やめろぉぉぉぉおおおお!」
 パフは気付いた時には戸棚から飛び出してしまっていた。

『ミストライト!』

 青く、美しく魔法陣が一閃し、周りに濃い霧が立ち込める。
「現れたな。罪の子よ」
 バルバロイはニヤリと唇の端を歪める。
 父親は霧の立ち込めたその隙を逃さなかった。一瞬でバルバロイの側近の二人を巨大な工具で殴り倒す。
「今のうちに去ることだ。王宮の魔術師よ」
 低い声でバルバロイを威嚇する。
「ほお。機械技師が私たち魔術師を愚弄するのか。身の程知らずが!立場をわきまえろ!」
 バルバロイが手を扇のように振ると霧は一瞬で消えてしまった。

『ファイア!』

 間を入れずパフは魔術書に浮かび上がった呪文を唱える。かざした右手から飛びだした炎はバルバロイを捉える。
-よし、やった!

「…愚弄している」
 バルバロイはパフの放った炎を右手で受け止めそのままパフに投げ返してきた。
 パフは頭を抱えて目を伏せる。
 しかしいつまでたっても炎は襲いかかってこなかった。

「美しい!なんて美しいんだ!」
 バルバロイが人が変わったように叫ぶ。
 前をみると父親がパフの前に立ちふさがっていた。父親はゆっくりと振り返る。その胸元は炎によって酷い火傷の痕がついている。
「しかしもうそろそろ終焉としよう」
 バルバロイは腰からレイピアを抜く。
『ファイア』
 バルバロイが唱えると魔法陣が掌に現れレイピアを包み込む。
「ぁぁぁ」
 母親が刺された。力なくその場に倒れこむ。火が一瞬で傷口を焼き尽くすため傷はふさがり血は出ない。しかし、心臓を一瞬で貫いた母親の意識はもうこの世にはなかった。
 パフはその場に座り込んでしまった。足がガクガクと震える。言葉も出ない。口の端から唾液が垂れる。
「パフ…。聞くんだ」
 父親がパフを抱きしめた。胸元が熱い。先ほどの炎によるものだろうか。
「お前は…俺達の本当の子ではない…。託された…あのお方に…名は…」
「口が過ぎる」
 バルバロイが父親を刺した。しかし、急所ではなかったのだろう。
「あぁ、パフ…愛して…」
 父親は最期の力を振り絞ってパフの頭を撫でるように震える手を乗せた。
 さらにバルバロイが父親をさす。パフを腕の中に抱いたまま、父親は事切れた。
「まったく。手をかけさせる。貴様ら起きるんだ」
 よろよろと側近の二人が起き上がる。
「掃除をしてこの場を引き上げるんだ。私は先に戻っている」
「…てやる」
「ん?」
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
 狂人のようにパフは叫びだした。
「お前は生かす。罪を背負い続けるのだ」
 パフはその言葉を聞かずにバルバロイに無茶苦茶につかみかかった。
「愚かな」
 バルバロイは無表情にパフの腹を刺した。パフはその場に崩れ落ちる。血は出ない。しかし、パフは経験もしたことのない燃えるような痛みに体をくの字に曲げその場に倒れこんだ。 

 呼吸が荒くなる。涙で目が霞む。

「お父さん、お母さん」

 倒れこんだ床からすでに息のない両親をみる目は徐々に暗くなって行き、パフの意識は無くなった。
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