銀の魔術師

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銀の魔術師

03 絶望

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「パフ、今日は何が食べたい?」
 優しい声がする。
「うーん。肉がいいな」
 パフは笑顔でそう答えた。
 いつもの夕方の風景だ。母親がパフに夕食に何を食べたいのか聞く。母親はその意見を基に料理をする。
 機械技師の母親は手先が器用で料理でもなんでも器用にこなす。

「さあ、召し上がれ」
「おぉ!うまそうだな」
「いっただっきまーす!」
 母親の作ったローストした子牛に特製のピュレをかけた料理は絶品だった。パフは父親とともにガツガツ食べる。
「母さんは食べないの?」
 パフは一向に料理に手を伸ばさない母親にいつもこう言った。
「いいのよ、母さんは。父さんとパフが美味しく食べているのを見ているだけで幸せなのよ。後で食べるから大丈夫。パフは優しい子ね」
 頭を優しく撫でられる。普段から繊細な機械を扱っている母親の手はほっそりとしていて綺麗だった。
 そんなパフと母親を満足げに父親は見守っている。
「あのさ、父さん!今度…」

「起きろ、坊主」
 顔に冷水を桶にいっぱいかけられる。水が鼻や喉にはいり思わず咳き込む。
「ここは…」
 あたりを見回すと窓のないランプだけの暗い部屋に両手両足を縛り付けられて寝かせられていた。カビ臭くひっそりと鎮まり返り辺りは不気味な冷気が漂っている。
 体をよじるがジャラジャラと鎖の音がするばかりだ。
 腹の傷は治療されているのだろうか。痛みはほとんど感じない。
「大丈夫か?腹の傷は中身は治してやったぜ。外見はエグいが気にするな」
 突然声がした。しかしパフには一つのことしか考えられなかった。
-あれ?父さんは?母さんは?
 パフは束の間の夢からの現実を受け入れ静かに泣き出した。
「おいおい、泣くなよ。おっさんも困るだろ?これでもかなり同情してるんだぜ?」
 首も固定されていて動かせないが少しドスの効いた声とは裏腹になぐさめてくれる「おっさん」なる人物がこの暗い小さな部屋にいる。腹の傷を治してくれたと言った。この人は味方なんだろうか。
「父さんは?母さんは?」
 パフは声を絞り出したように掠れた声でまず真っ先に両親のことを尋ねる。
「昨日の情報誌に商業区の機械技師マルボーの家で原因不明の家事があったそうだ。中からは三人・・の焼死体が見つかった。大人二人と子供一人だ」
 パフは思わず息を飲む。
「三人…」
「気の毒だがここは裏ではそういう国だ。俺たち魔術師は王に都合のいいように働かなきゃならない」
 おっさんはパフの顔を覗き込んできた。
「俺の名はウィスレム。よろしくな」
 パフが口を開こうとした次の瞬間、ウィスレムが口元に人差し指を持って行った。
 コツコツと誰かが階段を下りるような音がする。ここは地下なのだろうか。
 ウィスレムが扉を開けたのだろうか。重々しい扉を開ける音がした。
「一等魔術師殿、お務めご苦労様です」
「四等魔術師。貴様に用はない。下がっていろ」
 パフはその声を聞いて目の色を変える。
 忘れもしない、バルバロイの声だ。
 パフが怒りに歯を食いしばっているとバルバロイの無表情な顔が視界に入った。

 バルバロイはカツカツと靴の音を響かせてパフの頭の上に立った。
「王と謁見して貴様の処分が決定した。貴様を殺すことはしない。しかし、貴様は王国にとって不適格要素だ。いつ何時この王国の秩序と安全、そして規律を乱すか分からない。よって一生涯日の光を拝ませない場所に隔離することとなった」
 クイッとバルバロイの唇が持ち上がる。
「さらに、貴様は魔術が使える。これは最大の問題だ。魔法を使える反逆者共には二択の選択肢が与えられる。
一つは死。そしてもう一つは…」
 バルバロイが両手をパフのそれぞれの両腕にかざした。バルバロイの体温を感じる。
 そして、無慈悲に、無感情に言い放った。

『ウインドブレード』

「ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 地下の一室に少年の絶叫が響き渡った。
-手が!手が!手が!手が!手が!
 パフの両腕から溢れる鮮血が小さな部屋を赤く染めた。
 息が荒くなる。腕の感覚がない。両脇を見ると先程まで自分の身体の一部だった物が造形のようにくたっと転がっている。そのおぞましさにパフは再び絶叫する。

『リペア!』
 ウィスレムの声がする。
 傷口が火花を上げる。ゆっくりと血が止まり傷口が塞がる。痛みは無くなったが両腕の感覚は無いままだった。
 バルバロイはウィスレムに迫った。
「四等魔術師。貴様、何をしている!」
「いえ、申し訳ございません。出血量が多かったのであのままではすぐに死亡してしまうと判断しました」
 バルバロイがウィスレムの胸ぐらを掴んでレイピアを抜き壁に押し付ける。
「だれがそんな事をしろと言った」
「申し訳ございません」
 ウィスレムを壁に叩きつけバルバロイは荒く息をしているパフの方へ振り返った。
「罪の子よ。貴様の一家は家事で焼死体となって発見されたそうだ。今、この世界に貴様は存在していない。貴様の名は剥奪する。これから貴様に今までの名はない。貴様はこれからこの地下の世界で息をするのだ。貴様のこれからの名は囚人『103』だ。では。王の魔術に陰りがなからんことを」
 そう言ってバルバロイは引き上げていった。

「坊主、痛みはないか?」
 ウィスレムが体を起こした。よろよろと立ち上がる。
「悪いがここから先は規則で見せられないことになってるんだ。眠らせるぞ」
 ウィスレムは頭を痛そうに抱えながら言った。
 パフは絶望のあまり言葉も出なかった。自分の名が無くなった事への絶望か、腕をなくした事への絶望か、または日の光を浴びれない幽閉への絶望か。いや違う。両親を失ったことへの絶望だった。パフには両親のこと以外どうでもよかった。あの優しかった両親が、たとえ義理だったとしても、いなくなってしまったことが信じられなかった。
 パフはウィスレムの唱えた眠りの呪文も耳に入らなかった。
 パフは無感情のまま眠りに落ちてしまった。
 眠りに落ちる寸前、ウィスレムの低い声が聞こえた。

「魔術に従え、さすれば救われる」
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