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銀の魔術師
04 闇の中の光
しおりを挟む2 years later
-二年後
囚人『103』は生存していた。
彼はもう二年も地上の光を浴びていなかった。その肌は驚くほど白くなっており、血管や筋、骨が浮き出ていた。
この地下牢に入って一年以上生存できるのは二割以下だと言われている。
囚人達は狭い部屋に閉じ込められ、狂ってしまったり自殺してしまうのだ。
看守達は驚いていた。たった十四歳の少年がこの静かな地獄へ囚われて二年も生存しているのだ。
今、囚人『103』は看守達の間でいつ死に至るのかという賭けの対象になっている。
『103』は髪がボサボサに伸び、ボロボロになった囚人服を着ていた。
看守達は『103』がすでに狂ってしまっているから生存できているのだと思っていた。しかしそれは全くの間違いだった。
彼の目には光が、強い光が宿っていた。
冬の厳しい寒さがジンジンと石造りの床を伝って『103』を襲う。『103』は体を丸めてその寒さをしのいでいる。
腕をなくした彼が体を丸めた胸元に抱いているのは古ぼけた魔道書だった。
魔道書は常に彼につきまとった。部屋に置いてきた時も、家に投げ捨てた時も、いつでもいつの間にか彼の元に現れた。
しかし腕をなくした『103』にとって魔道書は紙屑も同然だった。魔術を使うには魔法陣を掌に発生させなければならない。
『103』は何度も必死に口を使って魔道書をめくった。
唾液でベトベトになりながらも魔道書の全てのページをめくり、何も書いてないと分かった時、どれほど激怒したことだろうか。
ガタンと音がし、正面の牢に入れられていた痩せすぎた男が看守によって牢から出されていた。
この牢から出る方法はたった一つだ。
そう『死』だ。
文字通り一生拘留される。
『103』は体を起こし、もうほとんど肉のない痩せた体を見つめる。
-俺は、この先どうなっていくのだろう。
膝を抱えて俯いた。
* *
この牢獄は光がささないため昼か夜かは分からない。『103』は自分の感性に従って睡眠をとっていた。
ふと目を覚ますと外が妙に静かだった。狂った囚人達喚き声も聞こえなければ看守達の笑い声も聞こえない。
なんの気もなしに見上げると自分の牢の鉄格子の前に黒いローブを着た男が立っていた。顔はフードをかぶっていて見えない。
男はいつも自分達を人として扱わない看守達ではなかった。
『103』はぼんやりとその男を見つめた。
高身長という以外に特徴があげられない。ローブが全てを覆い隠している。
男は鉄格子に軽く触れる。男の手のひらに魔法陣が組み上がった。鉄格子は水のような液体になって崩れ落ちてしまった。さらに『103』の足についている鎖も断ち切る。
-魔術師だ。でも、どうして俺の元へ?
「立つんだ」
男は低い声で一言そう言った。
『103』はヨロヨロと立ち上がった。
男は『103』が立ち上がったのを見るとゆっくりと歩き出した。
『103』はその後を一生懸命に追う。体中の筋肉が悲鳴をあげる。思わず足がもつれ倒れ込む。
いく先々で看守が倒れていた。ほかの囚人達も動いていない。
「殺したのか?」
『103』は尋ねる。
「眠らせただけだ」
やはり、男は魔術師だった。しかもこの人数を一気に眠らせるなんて相当な手練れだ。先ほども呪文を詠唱をせずに魔法を使ってみせた。
階段を一歩、二歩と登る。膝が崩れ落ちる。『103』はその場で倒れてしまった。
男が『103』の元にかがむ。彼が手をかざすと『103』の体は軽くなった。男に起こしてもらい再び歩き出す。先程より体が軽い。
暫く階段を登っていくとその先には光が見える。新鮮な空気の匂いがする。地下牢のカビ臭く湿った空気でない。森があって水があって。様々な情報に溢れた空気だ。
破壊された鉄の扉をくぐる。おそらくこの男が侵入する時に破壊したのだろう。
その先にあったのは満天の星空と月の光だった。『103』にはその星と月の光さえも目にしみた。
目から熱い涙が流れる。
周りを見ると衛兵が眠っていた。
男が振り返る。
「私の手をつかめ」
おずおずと差し出された手を軽くつかんだ。
男が目をつむる。すると二人の体は宙に浮いていた。男が口笛を吹く。
遠くからなにかがやってくるのが見える。
「あれは…?」
男は黙って片手を挙げた。
竜だ。美しい青色の竜が彼の元へやってきた。竜は凶暴な生き物とされており竜騎士のみが操れるとされている。『103』は竜を見るのは初めてだった。
竜は男に顔をすり寄せ低い声で喉を鳴らす。
男はフードをとる。その下から現れたのは三十代後半ほどの想像より若い男だった。
耳にはピアス、引き締まった眉。肩に届くほどの長い赤髪。
男は竜の背中にまたがった。そして手招きをする。『103』もその背中にまたがる。
竜は勢いよく空へ飛び出した。
「お前は誰だ。どうして俺を助けた」
『103』は尋ねる。二年も経過して俺を助けに来るやつなんてそもそもおかしい。
「私の名はフィーゴ。魔術師だ」
フィーゴと名乗った男は『103』の方を振り返る。そして告げた。
「お前の名はエデンだ。新しく、そして古い名だ。お前だけの名だ」
フィーゴがそう言った瞬間、『103』の体が突然青白く一瞬だけ光った。
-どういうことだ?
青く光ったということは魔術なのだろうか。しかし、光は一瞬で消えてしまった。
『103』は名を与えられたのだ。その事実だけが頭の中でこだまし、体が光ったことはすぐに忘れてしまった。
『エデン』その名に聞き覚えはなかったがどこか自分に合っている感じはした。なにより『パフ』という自分はもうあの牢獄で捨ててきてしまった。
竜は美しい星空の下を飛び続けている。
「エデン…エデン…エデン」
エデンは与えられたばかりの名を繰り返す。腕があったら頭をかいているところだ。
-まったく。二年も前から理解が全く追いつかない。
それでもエデンは二年ぶりの世界に心を踊らさずにはいられなかった。
自然と涙がこみ上げてくる。
エデンは歯をくいしばった。
フィーゴがエデンの肩に手を置く。
「魔術を感じるのだ。お前は魔術師なのだから」
フィーゴの赤髪が風になびいていた。
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