11 / 37
銀の魔術師
10 涙
しおりを挟む-眠れない。
ベッドに入ってもエデンは全く眠れなかった。
一時間、いや、二時間以上もベッドの中で目をつむっていただろうか。
夜はとっくに更けてしまった。
エデンはベッドから起き上がると気晴らしに散歩でもしようと思い簡単な服に身を包むと廊下に出た。
もう皆も寝静まってしまったらしく、廊下に均等に置かれたランプは火を灯していなかった。
辺りは身震いするほどの冷気につつまれていたが、地下牢で冬を過ごしていたあの頃に比べたらこのくらいの寒さを寒いと感じるエデンではなかった。
長い廊下を歩く。潮の香りがする。そういえばここは海の近くだった。
暗い廊下にエデンの足音が響く。
エデンはしばらく長い廊下を歩き回った。
もうそろそろ帰ろうかなと思った時、ふと足を止めた。だれもいないはずの廊下に耳を澄まさないと聞き逃してしまうほどだが歌声が響いていた。
エデンはその歌声のする方へ歩きはじめた。 どうして自分がその歌声を気にしているのかエデンは自分自身分からなかった。
歌声は一歩一歩近づくと共にはっきりと聞こえるようになった。
暗い廊下に一筋の光が差している。ドアが少し開いているのだ。そのドアの中から美しい歌声が聞こえてくる。
エデンはドアのそばにそっと立ち歌声に耳を澄ました。
『絶えてこの世も久しからず
絶望は光を与え 希望は闇を与える
どうしてあなたは強くなり続けるの?
私はここに明かす 私の名を
あなたはここに明かす あなたの名を
辛いことも悲しいことも憎しみも全て私が受け入れる
さあ おいで私の胸の中へ… 』
暗いバラードのような曲調が優しい彼女の歌声に包まれている。
エデンは自分の頬をつたった涙を見て始めは天井から水が滴ったのだと思った。手を顔に持っていく。冷ややかな銀の腕に温かい涙がこぼれ落ちた。その時初めて自分が涙を流していることに気づいた。
-どうして俺は泣いているんだ?
エデンは何度も目をこすった。
エデンが最後に泣いたのはいつだろうか。そう、暗い地下牢の中で両親への復讐を決意して流した憎悪の涙だった。
そのことに気づいた時エデンは思わずよろけてしまった。その拍子に扉に当たってしまった。
「だれ」
鋭い声が飛んできた。
仕方なくエデンは軽くノックをした。しばらく間があって「どうぞ」と返事をされた。
部屋の中には一人の少女がいた。
薄暗い部屋の中で小さなランプに照らされ彼女の長く美しい髪が炎のように踊る。
「だれ?見ない顔」
少女はベッドに腰掛けたまま聞いた。
「俺はパフ。今日ここに来た」
彼女は口の中で「パフ」と呟いた。
「そう、何しに来たの?」
少女はなおも警戒態勢をとっている。
「…。」
エデンが黙ってしまうと少女が息を吐いた。エデンは無害認定されたらしい。
少女はエデンと同じくらいの年齢だろうか。暗闇の中で実年齢よりも大人びて見える。
「私はリディア。なんであなたは泣いているの?」
いきなり痛いところをつかれてエデンはドギマギする。
「君の歌を聞いていたら突然…。どうしてかは分からない。どうしてだろう」
エデンは顔そらして涙を流した後をリディアに見せないようにした。
「こっちにきて」
リディアは突然エデンに手招きをする。決して命令口調ではないがなんとなくエデンは断れない何かを感じる。
エデンはおずおずと部屋に足を踏み入れた。簡素なベッドの置いてある狭い部屋だった。
エデンの部屋と同じだが唯一違うのはベッドの傍におかれた小さな机の上に生けられた花だけだった。エデンはその花の名前を知らなかった。
リディアは立ち上がると背伸びをしてエデンの頬を両手で包み込んで自分の顔に近づけて彼の目を見つめた。
ランプが彼女のネグリジェの影を壁に映し出す。
「こっち見て」
エデンは顔を逸らしたがリディアに両手で顔を挟み込まれ顔の位置を修正される。
-近い。
エデンはリディアの吐く息が感じられた。頬に添えられた手から彼女の熱を感じる。
リディアはじっとしばらくエデンの目を見つめていた。
「どうしたの?憎しみ、悲しみ。今は現れていないけどあなたの心を本当に支配しているのは負の感情だらけ。なにがあったの?」
「別に…。なにもない」
その言葉とは裏腹に涙がこぼれ落ちる。リディアがその涙を指ですくった。
「辛かったでしょう?」
リディアはそう言ってエデンの髪を撫でた。
「俺と関わらないほうがいい」
エデンは俯いて言った。
「そんなの私が決めることでしょ」
リディアは片手をエデンの頬から下ろして彼の銀の腕に優しく触れた。まるで赤ん坊を触るかのように繊細に。そして小さく呟いた。
「綺麗」
何度も、何度も、腕を撫でた。
エデンはただ黙って立ち尽くしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる