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銀の魔術師
09 アルザス
しおりを挟む三時間以上も飛行を続け竜はようやく着地した。
海岸のお決まりの何もない風景だ。
「パフ、ついたぜ」
ウィスレムは竜から飛び降りてエデンに向かってニヤリとする。
どこに入り口があるか分かるかい?そんな表情だった。
「で、入り口はどこなんだい?」
エデンも竜から降りて肩をすくめて返した。
荷物を下ろすと竜はエデンに頬ずりをして元来た方向へ飛び去ってしまった。
夜も更けてくる。
小さくなっていく竜を見つめていると隣でウィスレムがクシャミをした。春の夜の冷え込みは厳しい。ウィスレムが早くしろと目で訴えてくる。
エデンは荷物を背負ってウィスレムの後について歩き始めた。
海岸沿いを歩いて行くと洞窟があった。
「また洞窟かよ。なんか定番すぎないか?」
エデンは慣れた展開にため息をつく。
「そりゃ、間違ってるぜ。確かに平民にとって隠れ場所といえば洞窟だろう。でも魔術師は洞窟とかには向かないんだ。なんでか分かるだろ?」
フィーゴに習ったことを思い出す。魔術は星や月の光によってより強力になる。この腕を作る魔術を行った時も雲のない星空の下だった。なるほど。星の光など微塵にもあたらない洞窟にわざわざ隠れるのは魔術師にとって自身の力を弱めてしまう自殺行為なのか。
「なるほど。だから洞窟をわざと選んでいるのか」
「そういうこった」
ウィスレムは親指を立てた。
二人は洞窟へ足を踏み入れる。
「こっから先は俺の手でも握っていってもらわなきゃならない」
「え」
三十を超えたおっさんの手を握るのか?エデンが本気で嫌そうな顔をしたに違いない。ウィスレムは少し傷ついたように付け足す。
「ここの魔術は強力なんだ。お前はまだここのメンバーとして契約していない。だからメンバーである俺の紹介がなきゃだめなんだ。分かってくれよ」
「はいはい」
エデンは差し出された手を軽くつまんだ。ゴツゴツしている。
その感触はなつかしい父親のものをエデンに思い出させた。
洞窟を歩いて行くとだんだん視界がぼやけていく。ふと気がつくと何もない大広間に立っていた。そこには炎に身を包んだ竜がいる。
フィーゴの岩を砕く入り方も好きだったがこの方が面白い。とくにこの竜がしゃれている。
エデンは思わずウィスレムの手を離してしまった。
「あぶねえ!」
突然エデンに向かって炎の竜が火の玉を吐きながら襲いかかってきた。ウィスレムが間一髪で飛んできた火の玉に水魔法をかけて相殺する。慌ててエデンも風魔法で炎を吹き飛ばした。
「俺だ!ウィスレムだ!」
ウィスレムが全力で叫ぶ。
「なんだ。ウィスレムじゃないの」
どこからともなく突然声がして炎の竜が大人しくなる。
竜の後ろから厚いグローブをつけた女性が現れた。炎の竜の首筋を撫でてなだめている。
「その子が噂の銀の魔術師ね?」
女性は興味深げにエデンを見ている。
「パフです」
エデンはそう言って手にはめてたグローブをとってコートをめくり銀の腕を見せる。
「噂は本当のようね。私はヘレナ。よろしくね、パフ。とりあえずそのウィスレムの手は離さないでね。それとも私と繋ぎたい?」
ヘレナは悪戯っぽく笑った。
「結構です」
無表情にエデンは返した。
「あら、振られちゃった」
ヘレナはウインクをした。
こういうのは苦手だ。エデンは子供扱いされてムッとした。
ウィスレムに連れられてゴツゴツとした暗く長い廊下を歩く。途中二人は誰ともすれ違わなかった。
二人は大きな扉の前で立ち止まった。
「ここがアルザスのリーダーの部屋だ。ここで組織と契約する」
エデンが頷くとウィスレムがドアを開けた。
中には赤い絨毯が敷いてあり机と椅子が置かれている。リーダーというので立派な部屋を想像していたが意外に簡素なことにエデンは驚いた。
机の上に男が腰かけて手で何かをいじっている。若い青髪の男だ。もしかしたらさっき入り口であったヘレナと同じくらいの年齢かもしれない。
「グレック、連れてきたぜ。こいつが銀の魔術師だ」
グレックと呼ばれた男は手でいじっていたものを机の上におく。知恵の輪だ。
「おつかれウィスレム。長旅ご苦労だったよ」
エデンの方にグレックが体を向ける。
「やあ。僕はグレック。このアルザスのリーダーだ。君が噂に聞く銀の魔術師だね?」
「パフです。よろしくお願いします」
エデンは差し出されたグレックの右手を握った。
「で、フィーゴから話は聞いているが君は私達の組織に入ってくれるそうだね」
「ええ。そのつもりです」
「なるほど」
グレックは机の方にもどって机の引き出しから大きな洋紙をとりだした。
グレックは洋紙に手を押し当てる。すると洋紙の上に青く光る魔法陣が描かれていった。
「この組織に入る儀式というか、契約だ。ここに魔術を注いでもらえないかな?エデン」
エデンは思わず一歩後ろへ退いた。隣ではウィスレムが肩をすくめている。
「エデン、僕は真実だけを知ることができるんだ。僕の前じゃ嘘はつけないからね」
エデンの顔が引きつるのを見てグレックは慌てて付け加えた。
「いや、これはそこまで便利な能力じゃないんだ。もし敵が偽物の情報を本当だと信じてやって来たら僕にそれを見抜くことは出来ない。僕は人の心をなんとなく読めるだけだからね」
グレックが優しく笑いかけたのを見てようやくエデンの警戒態勢が下げられた。
エデンは机に置かれた洋紙に手を重ねる。魔術をゆっくりとグレックの作った魔法陣に注ぎ込んだ。
エデンは魔術注ぎ込むと同時に銀の腕を伝って自分にも魔術が注入されていくのを感じた。
魔法陣が一瞬強く光ったと思うと徐々に消え始め、最後には魔法陣が洋紙に焦げた後を残した。
「よし。契約はこれで終了だ。おめでとう。これで君もアルザスの一員だ」
グレックは洋紙をくるくると巻いて懐にしまった。
「今日はもう遅い。君たちはもう休んだほうがいい。この組織の説明は明日させる。僕ももう寝るよ」
グレックは欠伸をして手を振った。
エデンがドアからでようとした時にグレックが声をかけた。
「おやすみ、パフ」
グレックはエデンがパフと名乗っていることを見通していた。ウィスレムに案内されて一室に通される。そこはベッドの置かれた小さな個室だった。
「じゃあなパフ。また明日だ」
「おやすみ、ウィスレム」
エデンは紺のコートを脱いで持ってきた荷物の中から部屋着に着替えベッドに入って目を閉じた。
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