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銀の魔術師
08 巣立ち
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1 years later
- 一年後
エデンは十五歳になった。
十二歳のあの運命の日から三年。好奇心旺盛で優しい性格だったパフは憎悪と悲しみに溢れた銀の魔術師エデンとなった。
フィーゴはそんなエデンにできた厚い氷を徐々に溶かしていった。エデンは以前のように目に憎しみの光が宿るだけの少年ではない。彼は本当に稀にだが笑うようになっていた。フィーゴが彼の心の欠片を取り戻すまでにどれほど長い時間をかけたことだろうか。
フィーゴは時折下山し、都グディで情報収集をしていた。
ルメールは必死でエデンの行方を捜しているようだった。
やつらにエデンを見つけることはできないだろう。エデンをかくまっているあの山はただの山ではない。フィーゴとその他の反王党派の仲間たちの魔力をすべてそそぎ込み最高の防衛魔法をはりめぐらせているのだ。
フィーゴは街を歩き、王宮の中に兵士に化けて潜入した。王宮はとても強固な守りで固められていたが、以前王宮に勤めていたフィーゴは警備の穴を誰よりもよく知っていたのだった。
そんな中でフィーゴは王宮の中で悪い噂を耳にした。
「王が精霊と対話しているらしい」
精霊とはこの世界の良くないもの、というのが正しいだろうか。普段は人間と話すことなどない。なぜなら人が虫を足で踏み潰すように精霊にとって人間は虫ケラ同然の存在だからだ。
精霊の力は強大だ。精霊は人間とは別の世界に住んでいるため接触することはない。
腐ってもルメールは王だ。精霊と話すための力は持ち合わせている。
-これは厄介なことになった。
フィーゴは柱の陰に隠れながら思った。
* *
「よっ!フィーゴ。久しぶりだな」
「ウィスレムか」
隠れ家に帰るとウィスレムが来ていた。
火を囲んでエデンと会話をしていたようだ。
ウィスレムはフィーゴに会うため頻繁にここを訪れている。
エデンは去年の夏、ウィスレムと再開した時彼なりに喜んでいた。
ウィスレムは今反王党派のゲリラ組織『アルザス』に所属している。フィーゴもメンバーなのだが現在はエデンの育成と情報収集を最優先にして離脱している。しかし時は近づいている。
「エデン。お前は強くなった」
一年の修行を通してエデンは過去のトラウマを乗り越えフィーゴには遠く及ばないがそれでも普通の魔術師ならば簡単に捻り潰してしまうほどに成長していた。
エデンの強さはなにより魔術の威力だった。ひとつのひとつの魔術に重さがある。それこそがエデンが絶望の中で培ってきた力だった。エデンはフィーゴによって力をコントロールされながら適切に成長した。
「ウィスレムと相談して決めたことだが、ここで修行を終わりにしてお前にも戦力として加わってもらいたいと思う。今日でここを去り、アルザスの本部へ移動してもらいたい」
「ああ。もちろん構わないさ」
-やっと、戦える。
エデンは心の中の震えを抑えきれなかった。
「エデン、やったな!これでお前も俺らの仲間だぜ」
「ひとつ、注意してもらう事がある。アルザスの皆にお前が王族の血をひいているという事を隠してもらいたい」
「フィーゴ?」
ウィスレムは驚いている。
「もしお前を王族の血筋の者だと知るとアルザス仲間たちもお前を頼りリーダーにしようとする者もいるだろう。しかしそれはお前にとっても組織にとってもマイナスなことだ」
そういうことかとウィスレムとエデンは頷く。
「わかった。それじゃエデンの名を名乗らない方がいいのか?」
「そうだな。王族の子がエデンという名であることを知っている者は多い。誠の名は名乗るな。組織でのお前の名は古いものを名乗れ。パフ、分かったな?」
「ああ」
-パフ…か。懐かしい響きだ。父さんと母さんのつけてくれた名だ。
エデンは唇を噛み締めた。
「じゃエデン…じゃなくてパフ。準備をしてくれ」
ウィスレムが言った。フィーゴはそのまま火を見つめている。
「あんたは来ないのか?」
「私はすることがある。まだ合流はできない」
フィーゴが無表情に言った。
エデンは数少ない自分の持ち物をまとめる。
簡素な服の上に紺のコートを羽織る。フィーゴにはローブを渡されたが動きづらいためコートに変えてもらった。
ベッドの下から魔道書をとりだす。フィーゴに魔術を習うと決めた時から一度も開いていない。
魔道書にはうっすらと埃が積もっている。
-こいつから全てが始まったんだ。
古ぼけた魔道書を手が震えるほど握りしめる。
エデンの中で突然様々な疑問が湧き上がった。
-どうしてこいつは俺の元に現れたのだ?どうして俺を選んだ?なぜ俺が機械技師の元にいると分かった。?どうしてこんな簡単な疑問に今まで気づかなかったんだ?
いくら何でも出来すぎている。
「エデ…じゃなくてパフ!いくぞ」
「ああ。今行く」
エデンは湧き上がった疑問を胸に秘めて立ち上がった。
外に出ると竜が準備されていた。竜に乗るのも一年ぶりだ。荷物をくくりつけ背中にまたがった。
「じゃな、フィーゴ。竜借りるぜ!」
「魔術に従えさすれば救われる」
エデンは無言でフィーゴの言葉に手を挙げて応えた。銀の腕は月の光に照らされて美しく光る。
竜は地を蹴って飛び上がり春の夜空へ飛び上がった。空気は冬の澄んだ冷たさを残している。
一年間過ごした山が遠ざかっていく。
エデンはコートの襟を立てた。
- 一年後
エデンは十五歳になった。
十二歳のあの運命の日から三年。好奇心旺盛で優しい性格だったパフは憎悪と悲しみに溢れた銀の魔術師エデンとなった。
フィーゴはそんなエデンにできた厚い氷を徐々に溶かしていった。エデンは以前のように目に憎しみの光が宿るだけの少年ではない。彼は本当に稀にだが笑うようになっていた。フィーゴが彼の心の欠片を取り戻すまでにどれほど長い時間をかけたことだろうか。
フィーゴは時折下山し、都グディで情報収集をしていた。
ルメールは必死でエデンの行方を捜しているようだった。
やつらにエデンを見つけることはできないだろう。エデンをかくまっているあの山はただの山ではない。フィーゴとその他の反王党派の仲間たちの魔力をすべてそそぎ込み最高の防衛魔法をはりめぐらせているのだ。
フィーゴは街を歩き、王宮の中に兵士に化けて潜入した。王宮はとても強固な守りで固められていたが、以前王宮に勤めていたフィーゴは警備の穴を誰よりもよく知っていたのだった。
そんな中でフィーゴは王宮の中で悪い噂を耳にした。
「王が精霊と対話しているらしい」
精霊とはこの世界の良くないもの、というのが正しいだろうか。普段は人間と話すことなどない。なぜなら人が虫を足で踏み潰すように精霊にとって人間は虫ケラ同然の存在だからだ。
精霊の力は強大だ。精霊は人間とは別の世界に住んでいるため接触することはない。
腐ってもルメールは王だ。精霊と話すための力は持ち合わせている。
-これは厄介なことになった。
フィーゴは柱の陰に隠れながら思った。
* *
「よっ!フィーゴ。久しぶりだな」
「ウィスレムか」
隠れ家に帰るとウィスレムが来ていた。
火を囲んでエデンと会話をしていたようだ。
ウィスレムはフィーゴに会うため頻繁にここを訪れている。
エデンは去年の夏、ウィスレムと再開した時彼なりに喜んでいた。
ウィスレムは今反王党派のゲリラ組織『アルザス』に所属している。フィーゴもメンバーなのだが現在はエデンの育成と情報収集を最優先にして離脱している。しかし時は近づいている。
「エデン。お前は強くなった」
一年の修行を通してエデンは過去のトラウマを乗り越えフィーゴには遠く及ばないがそれでも普通の魔術師ならば簡単に捻り潰してしまうほどに成長していた。
エデンの強さはなにより魔術の威力だった。ひとつのひとつの魔術に重さがある。それこそがエデンが絶望の中で培ってきた力だった。エデンはフィーゴによって力をコントロールされながら適切に成長した。
「ウィスレムと相談して決めたことだが、ここで修行を終わりにしてお前にも戦力として加わってもらいたいと思う。今日でここを去り、アルザスの本部へ移動してもらいたい」
「ああ。もちろん構わないさ」
-やっと、戦える。
エデンは心の中の震えを抑えきれなかった。
「エデン、やったな!これでお前も俺らの仲間だぜ」
「ひとつ、注意してもらう事がある。アルザスの皆にお前が王族の血をひいているという事を隠してもらいたい」
「フィーゴ?」
ウィスレムは驚いている。
「もしお前を王族の血筋の者だと知るとアルザス仲間たちもお前を頼りリーダーにしようとする者もいるだろう。しかしそれはお前にとっても組織にとってもマイナスなことだ」
そういうことかとウィスレムとエデンは頷く。
「わかった。それじゃエデンの名を名乗らない方がいいのか?」
「そうだな。王族の子がエデンという名であることを知っている者は多い。誠の名は名乗るな。組織でのお前の名は古いものを名乗れ。パフ、分かったな?」
「ああ」
-パフ…か。懐かしい響きだ。父さんと母さんのつけてくれた名だ。
エデンは唇を噛み締めた。
「じゃエデン…じゃなくてパフ。準備をしてくれ」
ウィスレムが言った。フィーゴはそのまま火を見つめている。
「あんたは来ないのか?」
「私はすることがある。まだ合流はできない」
フィーゴが無表情に言った。
エデンは数少ない自分の持ち物をまとめる。
簡素な服の上に紺のコートを羽織る。フィーゴにはローブを渡されたが動きづらいためコートに変えてもらった。
ベッドの下から魔道書をとりだす。フィーゴに魔術を習うと決めた時から一度も開いていない。
魔道書にはうっすらと埃が積もっている。
-こいつから全てが始まったんだ。
古ぼけた魔道書を手が震えるほど握りしめる。
エデンの中で突然様々な疑問が湧き上がった。
-どうしてこいつは俺の元に現れたのだ?どうして俺を選んだ?なぜ俺が機械技師の元にいると分かった。?どうしてこんな簡単な疑問に今まで気づかなかったんだ?
いくら何でも出来すぎている。
「エデ…じゃなくてパフ!いくぞ」
「ああ。今行く」
エデンは湧き上がった疑問を胸に秘めて立ち上がった。
外に出ると竜が準備されていた。竜に乗るのも一年ぶりだ。荷物をくくりつけ背中にまたがった。
「じゃな、フィーゴ。竜借りるぜ!」
「魔術に従えさすれば救われる」
エデンは無言でフィーゴの言葉に手を挙げて応えた。銀の腕は月の光に照らされて美しく光る。
竜は地を蹴って飛び上がり春の夜空へ飛び上がった。空気は冬の澄んだ冷たさを残している。
一年間過ごした山が遠ざかっていく。
エデンはコートの襟を立てた。
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