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銀の魔術師
07 謎
しおりを挟む2 months later
-二ヶ月後
暗い部屋の中で薪がパチパチと爆ぜている。その上には小さな土鍋がありスープがコトコトと煮えていた。
「フィーゴ、いつになったら魔術を教えてくれるんだ?」
フィーゴはスープをよそってエデンに渡す。エデンはそれを静かに受け取った。素朴な野菜のスープだ。
「エデン、魔術を使うことは体調とも大きな関係がある。精神力と魔力には通ずるものがある。精神力は肉体の調整によって大きな変化をもたらす。お前は独房の中で多大な精神力を養ってきた。しかし、それは爆弾にもなりうる。その力を制御できるほどの肉体が必要なのだ」
エデンはスープを木でできたスプーンですくって食べた。
二ヶ月間、フィーゴの隠れ家でエデンはたくさん食べ、フィーゴに共に組手をさせられたり肉体を鍛えさせられたりした。
てっきり魔術を教えてもらえるもの思っていたエデンは反感を覚えた。
銀の腕はエデンにしっくりと馴染み自由に動かせるようになっていた。
フィーゴはエデンの負の感情を魔術に変換させるか迷っていた。しかしリスクの高さとエデンが魔術を制御出来ずに自我を失ってしまうことを考慮し、エデンに静を諭した。
エデンは山の中を走り、春の初めの冷たすぎる川を泳ぎ、夕食のための動物を捕まえた。
エデンの隣ではフィーゴが魔法陣一つで魚を捕まえている。エデンは憎々しく思いながら釣り針を垂らしていた。
* *
「エデン、魔道書はもっているか?」
「あぁ。でもなにも書いてない」
夕食を食べながらフィーゴは突然聞いてきた。
「エデン、ひとつお前に話していないことがある。その魔道書についてだ」
「まだ話してないことがあったのか。なんのことだ?」
「魔道書はそこら辺に落ちているほど普通の物じゃないということだ。これは王室の図書館に一冊あるかないか、それほどの代物なのだ。どうしてかわかるか?」
エデンは首をゆっくりと横に振った。
「簡単な話だ。この魔道書は新たな魔術を私たちに伝えるからだ。私がエデンの魔法を初めて見たとき、そう、あの日の夜にお前が見せた霧を立ち込める呪文は私も初めて目にするものだった」
「なるほど、この魔道書が特別なものであるのは分かったよ、でもそれだけじゃないんだろ」
フィーゴは俯いた。この事実を言うべきか言うまいか。
「いや、これだけだ。エデン通常の魔術師は師から魔術をならう。しかし、お前はその魔道書を師とすることもできるのだ。お前は魔道書に選ばれた」
「たしかにそれはそうかもしれない。でもフィーゴ、俺はあんたに魔術を習いたい。この魔道書はたしかに魔術を教えてくれる。でもこの魔道書が魔法を使う訳じゃない。あんたは強い。実戦経験も豊富だ。俺は強くなりたい」
フィーゴは笑った。
「あぁ。分かった。明日から魔術を教えよう。しかし、忘れるな。お前の第一優先は体を強くすることだ。せめて私に組手で一度くらいは勝ってくれ」
「あぁ。分かった」
ーこれで俺も戦える。強くなれる。
エデンが床についてしまい、フィーゴは一人、パチパチと燃える火を見ていた。
エデンから聞いた話では魔道書は彼の家の納屋で見つけたという。しかし、そんな偶然はありえない。何者かがエデンを魔術師に仕立て上げたのだ。そのせいで…。
-エデンの育て親は命を落としたのだ。
魔術師になって初めての魔法を使うとき、魔術師にしか分からない一種の耳鳴りのようなものが響き渡る。それは血縁が近ければ近いほどその者に響くのだ。
王族の血を引くエデンの音は現王ルメールに聞こえたに違いない。王は驚いただろう。十年以上も前に死んだと思っていた子が生きていたのだ。
音をたどって魔術師を見つけるのは決して難しいことではない。バルバロイ。エデンはそう言っていた。
王宮の中で彼を知らない者はいない。ザメの暗殺によって王位についたルメールの側近。
そして、ザメを暗殺した本人だ。フィーゴ自身も力負けし完敗した。
「なんという残酷なことだろうか」
フィーゴは思わず言葉が漏れてしまう。
エデンは二度親を同じ人物に殺されたのだ。エデンとして、そしてパフとして。
エデン、いやパフの両親はよっぽどアンヌ様の信頼を受けていた人物なのだろう。そして信用に値する素晴らしい人間だったのだろう。
パフの正体を知った上で相当な危険に巻き込まれているにもかかわらず育て上げ、そして最後には自分たちの子供と同じように体を張って彼を助けた。
「くそっ」
フィーゴは毒付く。
フィーゴはもうひとつ憶測していることがあった。
十三年前、バルバロイを暗殺者として送り込んだのは恐らくルメールでは無いだろう。
ルメールは残忍な男だが勇気も度胸もない。ルメールがザメを暗殺するように命じる、いや、そのように考えるだけの確率もとても低い。誰かがルメールに囁きかけたのだ。
そして二年前、パフの家の納屋に魔道書を置いた人物。王に伝えるだけでよい事柄をなぜ魔術師に仕立て上げたのだ。そうすれば彼はここまで脅威な存在にはならなかったはずだ。
エデンは魔術師になれる素質をもっていたが本来魔術師になるべき運命ではなかった。彼は魔術師になるのに必要な洗礼をうけていない。
魔術師になるには五歳のときに魔術師と契約する。もちろん魔術師の血をひいているものだけのはなしだ。
魔法陣の中心に立ち、自身の血を数滴たらす。それによって魔術師になるための内なる扉を開くのだ。
魔道書はその扉を強引にこじ開けてしまった。
誰だ。誰なんだ。黒幕がいる。エデンを、王を、この国を手玉にとっている奴がいるのだ。
とりあえずフィーゴのすることは一つだった。エデンを強くする。エデンは王族の血をひいているため強力な魔法使いになる素質がある。
エデンをこれから現れるであろう真の脅威と対峙できる魔術師に育て上げなければならない。
-例え我が身を滅ぼすこととなっても。
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