銀の魔術師

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銀の魔術師

06 真実

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「食べなさい」

 フィーゴにシチューの入った木でできた椀を差し出される。新しくできた腕を使い、おぼつかない動作でスプーンを握り口へもっていく。
「おいしい」
 エデンが温かい物を口にしたのは本当に久しぶりだった。ひと口ひと口が喉にしみる。

「なにから話そうか」
 フィーゴはエデンの方へ向き合う。 
「初めから話してくれ。何があったのか。真実が知りたい」
 エデンが知っているのは起こった事実だけであって真実は知らない。今、エデンが知るべきなのは自分の知らない自分の事だ。

「私がお前のことを知ったのは十四年前。そう、お前が生まれた時からだ」
 フィーゴは息を大きく吐くと語り出した。 
「お前はおそらく育った家庭は本当の家族ではないと知っていると思う」
「ああ、知っている。父さんが…。父さんが死ぬ間際に教えてくれた」
 エデンは言葉を噛みしめるように言った。 
「そうか、それは辛かったな。単刀直入に言おう。お前は王族の子だ」
 薄々予想をしていたその答えにエデンはあまり驚かなかった。
「お前は今は亡き王の従兄弟のザメ様の子なのだ。知っての通り、ザメ様は後継者争いで暗殺されてしまった」

 十三年前、この国の七代目の王が病気で死亡した。ご老体だったので仕方なかったのだろう。その後王宮は後継者をめぐって真っ二つに割れた。よくある話だ。
 一人は前王の息子だったザメ。もう一人は前王の弟の子、ザメの従兄弟にあたるルメールだった。
 当時、王の息子であったザメが最も有力とされていた。ザメはルメールよりも圧倒的に人望があり、何より血縁が最も近かったのが大きい。
 しかし、王の就任発表の前日にザメは何者かに殺されてしまった。ザメの皇太子妃アンヌと産まれたばかりの赤ん坊も姿をくらました。
 世間ではルメールがザメとアンヌを殺したのではないかという噂がまことしやかに囁かれたが誰もその真実を知ることが出来なかった。

「私はザメ様の側近として常に忠誠をもってお仕えしてきた。
 忘れもしない雨の降る夜のことだった。翌日は王の就任式ということもあってザメ様は早くにお休みになっていた。私はザメ様のお部屋の隣で休んでいた。
 もう一人の私の相方の魔術師がザメ様の部屋の警護をしていた。突然鋭い声が聞こえた。ザメ様のものだった。
 私は慌てて飛び起き、ザメ様の部屋へ駆け込んだ。扉の前には私の相方が倒れていた。おそらくもうすでに息はなかっただろう。その向こうでザメ様とアンヌ様とアンヌ様の腕の中の子が何者かに両掌を向けられていた。  
 襲撃者は魔術師だった。
 私は一瞬で判断し風魔術を使って引き剥がそうとした。しかし、やつは私の魔法を片手を一振りして消し去ってしまった。
 そのままアンヌ様とお子様にやつは魔術を放った。あんなに威力の強い風魔法は見たことがなかった。ザメ様はアンヌ様とお子様をかばった。ザメ様は私の目の前でバラバラになってしまったのだ。 
 私に怯える暇も悲しむ時間もなかった。私はアンヌ様とそのお子様を助けるために過去に使ったこともなかったゲートの呪文を使うことになったのだ。
 私はもてる魔力を全て消費しやつに魔術をぶつけた。そして隙をついて門をつくりアンヌ様とお子様を門に押し込んだ。門はどこに飛ぶことが出来るかわからない。しかし、ひとまずアンヌ様達は最悪の状況から脱出することが出来た。
 私はその後相手と対峙した。当時の私では力不足も甚だしかった。私はそいつの炎の魔術をまともに食らってしまってその場に倒れた。そいつは私が死んだと思ったのだろう。しかし私はなんとか生きていた。私はそいつの魔術を受ける寸前で解除魔術を唱えていた。威力を軽減できたがそれでも私の体を焼き尽くし、気絶させる能力はあった。
 翌日、ザメ様の遺体とともに全身を火傷した私が発見された。私は治癒魔術によってその場で息を吹き返した。私に残された仕事はアンヌ様の無事を確認することだった。朦朧とする意識の中で私は次期王にルメールが就任することに決定したと聞いた。私には味方がいなかった。ここにいる兵士も魔術師も皆、ルメールについてしまっている。私はその場からこっそりと逃げ出した。
 アンヌ様を探して三日目のことだ。風の噂でアンヌ様に似た人物が王宮に連れて行かれたと聞いた。ちょうど都グディから近かった町でのことだ。私は王宮に潜入し、アンヌ様がすでに殺害されてしまっているという事実を知った。私は絶望した。私はザメ様の側近ながらなにも出来なかったのだ。
 それから十年以上、私は魔術の修行を重ねた。自らの怠惰を罰するためだ。
 そして、一年前ある噂を耳にした。王宮で少年が捕らえられたと。平民にも関わらず両腕を切り落とされたと。私はこの時希望を持った。この囚われている人物こそがアンヌ様とザメ様の子だと。アンヌ様は囚われながらもその直前にお前を誰かに預けたのだ。
 私は多くの味方をつけていた。ウィスレムもその一人だ。彼は一年前に王宮から脱却し、現在は反王政派の一人として私の友人となっている。先月、彼から詳しい話を聞き、私の希望は確信になった。
 そして、私は今、お前の前に立っているという訳だ」

 フィーゴは深々と頭をさげた。
「待たせてしまってすまなかった。辛かっただろう」
 呆然として話を聞いていたエデンは突然のフィーゴの謝罪に驚いた。
「いや、俺をあの地獄から引きずり出してくれただけでもあんたには命をかけても足りないくらいの恩がある。一つ聞きたいんだが、このエデンというのは…」
「そうだ。お前の真の名だよ」
 エデンは親を王によって二度殺された。パフとして、エデンとして。大切なものを奪われ続けた。
「強く…なりたい」
 エデンは言葉を噛みしめるように言った。非力だ。弱すぎる。今の自分には出来ないことが多すぎる。
「もちろんだ。これから私と訓練して強くなろう。とりあえず今日は寝るんだ」
 フィーゴは空になった皿を受け取った。

 エデンは小さなベッドをあてがわれた。ベットに潜って考える。

-許せない。俺から全てを奪っていった。父さんも母さんも、本当の両親も。

 エデンの目には復讐の光が爛々と宿っていた。
 銀の拳を高く突き上げた。
 
 その枕元にはいつの間にか魔道書があった。
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