13 / 37
銀の魔術師
12 微笑み
しおりを挟むエデンは一つの扉の前で立ち止まっていた。
朝食も食べ終わり、これから何をするのかなと思っているとグレックが出かけてしまったので自由にしていて良いと言われたのだ。
ヘレナはいつも通り入り口の大広間の警護をしている。あの後知ったのだが火竜のいる大広間には隠し部屋があってそこにヘレナは暮らしているらしい。何かあったら火竜が吠えるのと警告する魔術が働くので問題ないしい。
隠し部屋がどこにあるのか聞くと、
「レディーの部屋に二人きりで入りたいなんて、パフったらぁ」
と、例のごとく言われたのでスルーした。
バルドはブライドと食料調達に行ってしまった。他の魔術師達もなんらかの仕事が与えられているらしく、施設の中は空っぽだった。
エデンは特になにもすることがなかったので体を動かそうと思っていたがふとある扉の前で立ち止まったのだ。
そう。あの不思議な少女。リディアの部屋だ。
昨日の晩、エデンは信じられないと思いながら自分の部屋へ帰った。この少女もなにより自分自身の行いもエデンの理解の範疇を超えていた。
フィーゴもウィスレムもエデンの理解者であった。二人ともエデンを理解していた。リディアと二人の違いはエデンを受け入れてくれたことだった。
またリディアと話してみたい。エデンは理解できなかった少女を自分の中で消化したかった。
ノックをするか、ノックをしまいか。エデンは悶々と考えていた。
ガチャ。
突然扉が開いた。中からひょこっと首が出てきた。辺りをキョロキョロと見渡していたリディアは目の前のエデンとカンマ二秒間、ジッと目があった。
バタン。
扉が閉められた。思考することも言葉をかける時間もなく遮断されてしまった。
「おはよう」
エデンは扉越しに声をかけた。
返事はない。エデンは辛抱強く待ち続けた。
「何の用?」
少し戸惑うようなそんな声が聞こえてくる。
実際リディアは突然の来客に驚いていた。過去に自分に話しかけてくれる人なんてグレックぐらいしかいなかったのだ。
「いや、別に。たまたまここを通っただけ。君の部屋を見つけて話したいなって思った。それだけだ」
エデンは思ったことをなんの迷いもなくそのまま伝えた。
「…え?」
再び沈黙がその場を支配する。長すぎるくらいの間の後扉がわずかに開いた。
リディアは可愛らしい頬を赤く染めて隙間から目だけを覗かしている。
「どうして…私なの」
「君は俺を理解してくれたから」
エデンは即答した。変に真っ直ぐすぎるエデンの返答にリディアは再び顔を赤くする。
「…うん」
リディアは消えそうな声で返事をした。
グー。
お腹のなる音が響き渡る。
「うぅ」
リディアが小さく呻く。
「お腹空いたの?」
僅かな扉の隙間からリディアが微かに頷いたように見えた。
「食堂いく?」
ブンブンと首を振る。
「なんかもらってこようか」
コクコクと頷いた。
「なにが食べたい?」
「貝」
「わかった」
エデンは食堂へ向かった。食堂は昼間は基本ずっとやっているらしいと聞いた。
-そういえばブライドの親爺さんはバルドと出かけたんだっけな。
誰がやっているのだろうと食堂へ入ると八歳くらいの女の子がカウンターには立っていた。
「貝、もらえないかな」
「かしこまりー!」
女の子はゴソゴソと足台に登って調理を始めた。包丁を使っているところを見ると魔術師ではないのだろうか。後でバルドに聞こう。
「銀のお兄さん、これリディア姉のとこもってくの?」
女の子が火で貝をあぶりながら言う。
「ああ。そうだよ」
「私の仕事省けたのね。ありがと!」
「いつもは君がもっていってるのか?」
「そうなの!」
カウンター越しにトレーを渡される。ホタテやらなんやらの貝類とパンがのっている。
「リディア姉によろしくねー」
女の子は手を振った。
リディアの部屋の扉をノックする。
「誰?」
「俺だよ」
「どうぞ」
扉をあける。中には白いブラウスに着替えたリディアがいた。髪の毛もしっかりとかしてある
昨日見た時は大人っぽいと思っていたがこうしてみると細くて華奢でどことなく子供っぽくも見える。
「ありがとう」
本当は時間になればいつも厨房のネネが届けてくれる。しかし、リディアは寝起きの自分の様子をなんとなく見られたくなくて着替えて髪をとかすための時間稼ぎのために朝食を取りに行くように頼んだのだった。
リディアはエデンにベッドに座るように勧めた。
エデンが一番端に座るとリディアはその反対側の端に座って膝の上にトレーを置いて食べ始めた。
「食べてるとこ、見ないで」
「あ、あぁ」
本当に物を食べてるのかと思うくらい静かにリディアは食べていた。時折聞こえるナイフとフォークを動かす音で食べているのだなと分かった。
しばらくして「ふぅー」とリディアが息をつく声が聞こえた。
「もういいよ。こっち見て」
エデンはリディアを見た。目があうとリディアは目を伏せた。
「なに見てるのよ」
なんだそれは。
エデンは思わず笑ってしまった。ジトッとした目でエデンを見ていたリディアもつられて笑いだす。初めはクスクスと笑っていたが最後には声にだして笑った。
「パフ、だっけ」
「エデンだ」
エデンは思わずそう答えてしまった。
「エデン?」
エデンの口は止まらなかった。
「ああ。それが俺の本当の名だ。訳があって他の人には隠さなくてはならなかった。みんなには言わないで欲しい。それに他の人がいる時はパフと呼んで欲しい」
リディアがコクンと頷いた。
-ああ。どうして俺はこの子にこんなことを打ち明けてしまったのだろうか。
エデンは三年ぶりに人を「信頼」するということを実感した。もちろんフィーゴとウィスレムのことも信用していたがそれとは別の「信頼」だ。
「私はリディアだよ?」
自分は本当の名前を隠してないことを告げたかったらしい。
「知ってる」
話しているうちに二人の座っている場所はどちらともなく徐々に近づいていった。
* *
「あーあ。退屈ねえ。誰かいないかしら」
ここで暇を持て余しているヘレナは廊下をブラブラとしていた。
「パフいないかしら。あの子も暇してるはずよねえ」
ふと、男女の笑い声が聞こえてきてヘレナは足を止めた。声が聞こえてきた扉に耳を澄ませる。
「あら、リディアの部屋じゃない!」
あの子もとうとう話せる人が出来たのね。ヘレナはクスリと笑って幸せな気分で扉から離れた。
-さて、次に会った時どうやって二人をいじろうかしら。
ヘレナはスキップをしながら部屋から去っていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる