銀の魔術師

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銀の魔術師

12 微笑み

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 エデンは一つの扉の前で立ち止まっていた。
 朝食も食べ終わり、これから何をするのかなと思っているとグレックが出かけてしまったので自由にしていて良いと言われたのだ。

 ヘレナはいつも通り入り口の大広間の警護をしている。あの後知ったのだが火竜のいる大広間には隠し部屋があってそこにヘレナは暮らしているらしい。何かあったら火竜が吠えるのと警告する魔術が働くので問題ないしい。
 隠し部屋がどこにあるのか聞くと、

「レディーの部屋に二人きりで入りたいなんて、パフったらぁ」

 と、例のごとく言われたのでスルーした。
  
 バルドはブライドと食料調達に行ってしまった。他の魔術師達もなんらかの仕事が与えられているらしく、施設の中は空っぽだった。

 エデンは特になにもすることがなかったので体を動かそうと思っていたがふとある扉の前で立ち止まったのだ。
 そう。あの不思議な少女。リディアの部屋だ。
 昨日の晩、エデンは信じられないと思いながら自分の部屋へ帰った。この少女もなにより自分自身の行いもエデンの理解の範疇を超えていた。
 フィーゴもウィスレムもエデンの理解者であった。二人ともエデンを理解していた。リディアと二人の違いはエデンを受け入れてくれたことだった。
 またリディアと話してみたい。エデンは理解できなかった少女を自分の中で消化したかった。
 ノックをするか、ノックをしまいか。エデンは悶々と考えていた。

 ガチャ。

 突然扉が開いた。中からひょこっと首が出てきた。辺りをキョロキョロと見渡していたリディアは目の前のエデンとカンマ二秒間、ジッと目があった。

バタン。

 扉が閉められた。思考することも言葉をかける時間もなく遮断されてしまった。
「おはよう」
 エデンは扉越しに声をかけた。
 返事はない。エデンは辛抱強く待ち続けた。
「何の用?」
 少し戸惑うようなそんな声が聞こえてくる。
 実際リディアは突然の来客に驚いていた。過去に自分に話しかけてくれる人なんてグレックぐらいしかいなかったのだ。
「いや、別に。たまたまここを通っただけ。君の部屋を見つけて話したいなって思った。それだけだ」
 エデンは思ったことをなんの迷いもなくそのまま伝えた。
「…え?」
 再び沈黙がその場を支配する。長すぎるくらいの間の後扉がわずかに開いた。
 リディアは可愛らしいほおを赤く染めて隙間から目だけを覗かしている。
「どうして…私なの」
「君は俺を理解してくれたから」
 エデンは即答した。変に真っ直ぐすぎるエデンの返答にリディアは再び顔を赤くする。
「…うん」
 リディアは消えそうな声で返事をした。

 グー。

 お腹のなる音が響き渡る。
「うぅ」
 リディアが小さく呻く。
「お腹空いたの?」
 僅かな扉の隙間からリディアが微かに頷いたように見えた。
「食堂いく?」
 ブンブンと首を振る。
「なんかもらってこようか」
 コクコクと頷いた。
「なにが食べたい?」
「貝」
「わかった」 

 エデンは食堂へ向かった。食堂は昼間は基本ずっとやっているらしいと聞いた。

-そういえばブライドの親爺おやっさんはバルドと出かけたんだっけな。
 誰がやっているのだろうと食堂へ入ると八歳くらいの女の子がカウンターには立っていた。
「貝、もらえないかな」
「かしこまりー!」
 女の子はゴソゴソと足台に登って調理を始めた。包丁を使っているところを見ると魔術師ではないのだろうか。後でバルドに聞こう。
「銀のお兄さん、これリディア姉のとこもってくの?」
 女の子が火で貝をあぶりながら言う。
「ああ。そうだよ」
「私の仕事省けたのね。ありがと!」
「いつもは君がもっていってるのか?」
「そうなの!」
 カウンター越しにトレーを渡される。ホタテやらなんやらの貝類とパンがのっている。
「リディア姉によろしくねー」
 女の子は手を振った。

 リディアの部屋の扉をノックする。
「誰?」
「俺だよ」
「どうぞ」
 扉をあける。中には白いブラウスに着替えたリディアがいた。髪の毛もしっかりとかしてある
 昨日見た時は大人っぽいと思っていたがこうしてみると細くて華奢でどことなく子供っぽくも見える。
「ありがとう」
 本当は時間になればいつも厨房のネネが届けてくれる。しかし、リディアは寝起きの自分の様子をなんとなく見られたくなくて着替えて髪をとかすための時間稼ぎのために朝食を取りに行くように頼んだのだった。

 リディアはエデンにベッドに座るように勧めた。
 エデンが一番端に座るとリディアはその反対側の端に座って膝の上にトレーを置いて食べ始めた。

「食べてるとこ、見ないで」
「あ、あぁ」

 本当に物を食べてるのかと思うくらい静かにリディアは食べていた。時折聞こえるナイフとフォークを動かす音で食べているのだなと分かった。

 しばらくして「ふぅー」とリディアが息をつく声が聞こえた。

「もういいよ。こっち見て」
 エデンはリディアを見た。目があうとリディアは目を伏せた。
「なに見てるのよ」
 なんだそれは。
 エデンは思わず笑ってしまった。ジトッとした目でエデンを見ていたリディアもつられて笑いだす。初めはクスクスと笑っていたが最後には声にだして笑った。

「パフ、だっけ」
「エデンだ」
 エデンは思わずそう答えてしまった。
「エデン?」
 エデンの口は止まらなかった。
「ああ。それが俺の本当の名だ。訳があって他の人には隠さなくてはならなかった。みんなには言わないで欲しい。それに他の人がいる時はパフと呼んで欲しい」
 リディアがコクンと頷いた。

-ああ。どうして俺はこの子にこんなことを打ち明けてしまったのだろうか。

 エデンは三年ぶりに人を「信頼」するということを実感した。もちろんフィーゴとウィスレムのことも信用していたがそれとは別の「信頼」だ。

「私はリディアだよ?」

 自分は本当の名前を隠してないことを告げたかったらしい。
「知ってる」
 話しているうちに二人の座っている場所はどちらともなく徐々に近づいていった。

    *     *

「あーあ。退屈ねえ。誰かいないかしら」
 ここで暇を持て余しているヘレナは廊下をブラブラとしていた。
「パフいないかしら。あの子も暇してるはずよねえ」
 ふと、男女の笑い声が聞こえてきてヘレナは足を止めた。声が聞こえてきた扉に耳を澄ませる。
「あら、リディアの部屋じゃない!」  
 あの子もとうとう話せる人が出来たのね。ヘレナはクスリと笑って幸せな気分で扉から離れた。
 
-さて、次に会った時どうやって二人をいじろうかしら。

 ヘレナはスキップをしながら部屋から去っていった。
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