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銀の魔術師
16 手紙
しおりを挟むエデンは連日アルザスのアジトの地下で魔道書と共に過ごしていた。
本当は地下室など無かったのだがバルドに頼んで作ってもらった。
魔道書に書かれている数え切れないほどの魔術を試し、使えるものを片っ端から暗唱していく。その中にはフィーゴがあえて教えなかった危険な魔術もあった。
しかし、エデンにはそんな事はどうでも良かった。
フィーゴを助けるために強くならなければならない。残された時間は多くない。
グレックは生きていると言ったが今現在フィーゴの心臓が止まっているとも限らないだろう。
『ディグリ』
銀の両掌に魔法陣が現れる。閃光と共にバルドの用意してくれた人形が内側から爆破される。
エデンの足元には人形のかけらだった土塊が大量に転がっていた。
時折リディアがこの地下の実験室へ現れた。普段部屋から出ないリディアがどうやって、どうしてここへ現れたのかは不明だった。
エデンはリディアにはグレックからの事を伝えておらず、伝えるつもりもなかった。リディアも何かを感じ取ったのか何も聞いてこなかった。
リディアはここへやってくると大抵黙って部屋の隅に座ってエデンの事を見ていた。彼女はいつの間にか現れていつの間にか消えてしまう。それでも毎日毎時間決まって現れた。
たまにリディアが鼻歌を歌っているのが聞こえる。そんな時、エデンは少しだけリディアへの興味が湧いたがそれでも彼が自分の世界から出る事はなかった。
そんなエデンの地下室での生活が一週間を超えた時、とうとうリディアが口を開いた。
「ねえ、エデン。どうして君は強くなろうとするの?」
エデンは唱えかけた呪文の詠唱を止める。現れかけた魔法陣がサッと消えた。
「大切な人を…守れるようになるためだ」
その大切な人とは、フィーゴであり、ウィスレムであり、リディアであり、この組織のみんなでもあり、全ての人々でもあった。
-あの時みたいな想いはしたくない。もう誰も見殺しにはしない。フィーゴは俺を闇の中から救い出してくれた。次は俺の番だ。
「エデン。復讐に我を預けないで。君は君なんだよ」
リディアが懇願するように見つめてきた。
「ああ。俺は力を求めている。俺自身が…強くなるために」
エデンは下を向いて奥歯を噛み締めた。
リディアは何も言わなかった。
* *
ヘレナは溜息をついた。ヘレナは最近自分が溜息ばかりをついている事に気付き、また溜息をつく。
「まったく。どうなるのかしらねぇ」
「さぁな。成るように成るさ」
バルドはヘレナに返した。火竜が鼻から煙をだす。
一ヶ月が過ぎた。フィーゴは依然として行方が分からず、グレックも姿をくらましてしまった。エデンは地下室から出てこない。
「こんなもんなら作ってやらなきゃ良かったなぁ」
「ほんとよねぇ。退屈で退屈で」
二人と一匹が広間でダラダラと会話していると鷲が突然広間に現れた。
「あら。何かしら」
鷲の足には手紙が結びつけられていた。バルドが外すと鷲は再び飛び去ってしまった。
「パフ宛だ…グレックから?!」
差出人を見てバルドが目を丸くする。
「パフに?まったく。あの子はほんと忙しいのね。バルド、持って行ってあげなさいよ」
「私が行く」
普段は聞かない珍しい声に二人が後ろを見ると長い髪の少女が立っていた。
「あら、リディアじゃない。こんなところに現れるなんて珍しいわね」
リディアはテクテクと寄ってくると手を差し出した。
バルドがその手に手紙をのせるとリディアは「ありがとう」と言って広間から消えた。
「まったく。あの子も変わってるわよね」
「誰なんだ?」
バルドは現れた少女を知らなかった。
「ま、知らなくても無理はないわよ。リディアっていう子よ。滅多に部屋から出ないんだけどね、パフに懐いてるみたい」
「知らなかったな。初めて会ったよ」
また二人の間には退屈な時間が訪れた。
* *
「エデン、手紙」
エデンはリディアから手紙を受け取った。
差出人を見て驚く。グレックからだ。
エデンは手紙の封を切った。
『パフ、久しぶりだ。
僕はフィーゴに関する重要な情報を得た。今すぐにグディへ来て欲しい。
その際君だけでなくリディアも一緒につれてくるんだ。
君には頼んだはずだリディアを守ってくれと。彼女を守れるのは君だけだ。
僕は今、グディの商業ギルドの料理人の家にいる。
僕を探せ。
魔術を信じるんだ。』
手紙はそれで終わっていた。
要点しか書かれていないその手紙に少しがっかりする。グレックは何かを見つけたらしい。フィーゴを今の自分が助けられるかは分からない。それでもやってみなければ始まらない。
「ね、何が書いてあったの?」
リディアが後ろから覗き込んできた。
エデンは背後のリディアに向き直った。
「支度して。出かけるよ」
「え?」
リディアの口がぽかんと開いた。
エデンは手紙を魔術で燃やした。
銀の腕が全て隠れるように長めのグローブをつける。季節は夏になっていた。少し蒸し暑いが薄手のコートを羽織る。これで腕を隠せたはずだ。
エデンがリディアを迎えにいくとリディアはいつも着ていたローブではなく、白いワンピースを着ていた。リディアの細く白い肌の腕があらわになっている。
「行くぞ」
「うん」
広間に行くとヘレナが火竜と戯れていた。よほど退屈だったらしい。
「ヘレナ、しばらく出かけるから。グレックに呼ばれた」
「パフも出るのね。あれ?リディアも?」
リディアがコクンと頷く。
エデンはそのまま広間から出て行ってしまった。リディアも後に続く。
広間にはヘレナが残される。
「なんか私って、ホント貧乏くじばかりよね…」
ヘレナの寂しい呟きが広間にこだました。
「どうやってグディまで行くの?」
洞窟の中を歩きながらリディアが問いかける。
「俺の魔術で行く」
淡々とエデンが答える。
洞窟からでると日の光が眩く差し込んでいる。リディアはウッと言って目を覆った。
エデンはそんなリディアを横に抱きかかえた。
「え?え?え?」
リディアは混乱してあたふたしている。そんなことは気にせずにエデンは呪文を唱えた。
『ウインドフライ』
二人の体がふわっと浮く。そのまま空高く上昇していった。慌ててリディアはエデンの体にしがみつく。
「行くよ」
エデンは片手でリディアを抱えながらグディへ向けて加速した。
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