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銀の魔術師
15 月明かりの下で
しおりを挟むウィスレムが全力で馬を走らせ海岸沿いのアジトに着いた頃には日は傾いていた。
ヘレナはいつも通り大広間にいた。
ウィスレムやバルド、その他の数名の友達は外出しているため退屈で仕方ない。
「本当に。分かってくれるのはあなただけよ。ねぇスニーク」
他の皆は知らないがヘレナはこの竜に勝手にスニークと名付づけていた。人前でその名前を呼んだ事はないが。
「まったく。パフってリディアとなにやってるのかしね」
分厚いグローブを着けてスニークの顎をなでる。
スニークが喉を鳴らす(実際は唸っているという表現の方が正しいのだがヘレナには喉を鳴らすように聞こえる)。
スニークは気持ち良さそうに鼻から火を吹いた。
そこへウィスレムが帰ってきた。
ヘレナは慌ててスニークもとい火竜から離れる。
「あらっ、ウィスレムお帰りなさい。ねぇ聞きなさいよ。パフとリディアが…」
大広間に現れる誰かにこの話をしたくてウズウズしていたヘレナはウィスレムに絡もうとした。しかし、ウィスレムはヘレナの話を聞かずに振り切って行ってしまった。
「あら。なによ。退屈なおじさんね」
ヘレナは溜息をついて再びスニークを撫でた。
エデンの部屋の扉が乱暴に開けられる。
「なんだよ、ウィスレム。驚かせるなよ」
エデンは部屋でくつろいでいた。
ウィスレムは息を弾ませる。
「急いでついてくるんだ!」
「なにを慌てて…」
「エデン、お前に用があるんだ!」
エデンはウィスレムの様子がいつもと違うことに気付きコートを持って黙ってついて行った。
「あら?ウィスレム、パフ?どこ行くの?」
「ちょっとな」
ほとんどスルーに近い事を二度もされてヘレナはガクンと落ち込んだ。
エデンはヘレナに肩をすくめて通り過ぎた。
ウィスレムは馬を替えて出発した。
* *
「というわけだ。事情は分からんが、グレックが呼んでいる。パフとしてのお前ではない。エデンとしてのお前をだ」
ウィスレムはエデンを後ろに乗せて馬を走らせてから グレックが突然現れて重傷でその中でエデンを呼んだと掻い摘んで説明した。
-グレックは昨日会ったばかりの付き合いは浅い人物であるがそんなグレックが傷つきながらも自分を呼んでいる。彼は信頼できる人物だ。
エデンは頭の中で分析する。
「分かった」
エデンは一言だけ返した。
春の夜空にはすでに月が高く登っていた。
* *
「なんだ?!」
半分ほど進んだ時、田舎の街道に突然多くの光が見えてきた。この辺は滅多に人も通らないはずだ。
ウィスレムは馬の速度を落とす。エデンは黒コートの中に銀の腕をしまった。
光は徐々に大きくなっていく。
王宮の兵士達だ。
「俺が昼に通った時にはいなかったはずだ」
ウィスレムが小声で耳打ちする。
「どうする?」
エデンが尋ねるとウィスレムは一秒考えて言った。
「やり過ごす」
そう言ったウィスレムの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「そこの者ども止まれ!王宮の検問だ」
若い兵士が二人街道を塞いだ。その後ろにはさらに数名の兵士と魔術師もいるだろうか。
馬がゆっくりと減速し止まる。
「馬から降りずに顔を見せろ!」
ウィスレムの顔が兵士のランプで顔を照らされ兵士は手に持った紙と比べる。その後ろのやや小さなエデンは何もされなかった。
「兵士さんなにかあったの?」
エデンがらしくない口調で尋ねた。兵士は顔をしかめて硬く言い放つ。
「平民に知る権利はない。行け」
ウィスレムとエデンは軽く会釈をして通り抜けた。
「冷やっ冷やっしたぜ、エデン何であそこで話しかけたりしたんだよ?」
検問から馬をしばらく走らせてからウィスレムは口を開いた。
「あれは俺たちを探しているんじゃなかった。恐らくグレックを探しているんだろう」
ウィスレムが目を丸くする。
「どうしてそう言い切れんだ?」
「簡単な話だ。奴らは俺の事をほとんど気にしなかった。ウィスレム、あんたは王宮を正式には退職して実家に戻った事になっている。あんたが奴らに咎められる理由はない。それにグレックは長身だ。恐らくあんたより背の低い俺が相手をされなかったのはシルエットだけで俺が捜査の対象外になったからだろう。俺を探しているのでなければ誰を探している?」
ウィスレムがコクコクと頷く。
「なるほど、言われてみればそうだな…」
-急な非常線まで張らせるなんてグレックは何をしたんだ?
馬は荒れた道に差しかかる。
「もうすぐだぜ!」
エデンは無言で月明かりに光る自分の腕を見つめていた。
月が夜空に輝いている。ようやく二人は田舎の農園の小屋へ到着した。
「ウィスレム。やっときたか」
ベンが現れる。
「ああ。どんな感じだ?」
「悪くはない。落ち着いている。意識もハッキリしている」
「そいつぁ良かった」
ベンが小屋の戸を開けた。
中ではベッドに横たわるグレックと椅子に座っているスクロールがいた。
「待っていたよ…パフ」
グレックは力無く苦笑いをしている。
ウィスレムはグレックに寄って行って街道が封鎖されていることを耳打ちした。
グレックは深く息をついた。
「すまないがパフ以外席を外して貰ってもいいかな。ウィスレム、手間をかけさせたスクロール、ベンも」
ウィスレムはグレックに気にするなという風に片手を振った。
それぞれが小屋から出て行った。最後に出て行ったスクロールが扉を閉める。
エデンは扉の前に一人残された。
「エデン、ここに来て座ってくれ」
エデンは言われるままにスクロールが座っていた粗末な椅子に腰掛ける。
「エデン。これから話をする。重要なことだ」
エデンは無言で頷いた。
「単刀直入に言うフィーゴが連れて行かれた」
エデンはピクリと眉を動かしたが無言のままだった。
グレックは続ける。
「今朝僕はフィーゴから連絡を受け取って彼の元へ向かった。しかし、それは相手に読まれていたんだ。数名の王宮の魔術師達に囲まれたよ。でもフィーゴと僕二人で足りるレベルだった。でもその後が問題だった」
グレックは一息ついた。
エデンの鼓動は小動物の心臓のように高まる。
「やつらは精霊を味方につけていた。そもそも僕がフィーゴから呼ばれたのもやつらが精霊と接触を持つ前に止めるためだった。でも一足遅かったらしい。僕は戦う気でいた。フィーゴと僕は目で合図をして同時に飛びかかった…筈だった。フィーゴは精霊の門へ呪文を放たず僕へ呪文を放った。強力な風魔術だ。初めて僕も見た物だった。恐らく彼が編み出した魔術だろう。僕は驚いた。フィーゴが裏切ったとさえ思えた。でもフィーゴは僕が驚き戸惑い怒りを覚えて最後に彼を見たときこう言った。
『生きるんだ』
僕は気づいた。フィーゴは精霊と接触したことがある。その上で僕を逃したんだと。彼がわざわざ人気のないここに飛ばしてくれたのは瞬時の判断だったのだろう。僕は気づいたときには落ちたときの衝撃で全身ボロボロになってここにいた」
「フィーゴは生きているのか?」
エデンはグレックが話し終わると問いかけた。その声に一切の感情もこもっていなかった。
「生きている」
グレックが何の迷いもなく答える。
「どこだ」
「言えない」
「どこだって聞いているんだ!」
エデンは叫んだ。グレックの胸倉を掴む。その目は大きく見開かれ怒りに燃えている。
「エデン、君が行っても何か出来る話ではない。君は弱い」
グレックが冷たく言い放った。
エデンは荒く息をしている。
「強くなれ、エデン。お前の師はいない。魔道書を使うんだ。今も持っているだろう」
エデンは力無くの襟をはなした。無言で懐から色褪せた魔道書を取り出す。
「僕はアルザスには戻らない。エデン君はリディアを守ってほしい。彼女は最初で、そして最後の切り札だ。使ってはならない最後のだ。もし組織が襲われて大勢の仲間が殺されても彼女を守るんだ」
-リディアが切り札?
恐らくリディアが部屋から出ないのも人見知り以外にも理由があるのだろう。
「あんたはどうしてアルザスに戻らないんだ?」
エデンは尋ねた。
「僕は協力してくれそうな魔術師や龍使いを訪ねて回るつもりだ。向こうは精霊を味方につけた。こちらもそれに対抗する力をつけなければならない」
グレックが静かに答えた。
「分かった。あんた、一人で突っ込んで死ぬつもりはないよな?」
グレックは苦笑いをする。
「フィーゴが皆を守るために生かしてくれた命だ。僕はそれを無駄にするほど馬鹿じゃない。一時の感情で突っ込むつもりはないさ」
エデンは立ち上がった。グレックはエデンの銀の腕を掴んで引き止めた。
「エデン、魔術に従え。さすれば救われる」
グレックの目は何かを訴えているかのようだった。
「魔術に従え。さすれば救われる」
エデンがそう言ったのを聞いてグレックはエデンの腕を離した。
-また一つ取り返しのつかない事をしてしまった。
グレックはエデンに一つだけ嘘をついた。一番ついてはならない最も重要な事実をだ。
しかしあえて嘘を告げる事でエデンがさらに強くなれると考えた。
グレックはフィーゴが生きているのか否かを本当は知らなかったのだ。
小屋から出てエデンは魔道書を開いた。これを開くのは久しぶりだ。
落ち着いて息を吐く。
開くと今まで何も書かれていなかった魔道書はたくさんの魔法が書かれていた。この魔道書は持ち主の呪文の管理も行うのだ。そして持ち主の能力に合わせて新たな呪文を供給する。
エデンがフィーゴから習った呪文も多くあった。
ページをめくり一つの呪文を見つける。
『ウイングフライ…』
掌に魔法陣が現れエデンの体が中へ浮く。風魔法の応用だ。
エデンはゆっくりと上昇をし、徐々に加速していく。
とうとう雲を突き破ってエデンは減速していった。
下には雲の海が広がっており上には美しい星空と満月が出ている。月の光を浴びてエデンの魔力はどんどん強まる。
エデンの体は魔術が溢れ青く光を発し始めた。
「見ていろ。俺から全てを奪っていくやつらめ」
静かに低い声で言う。
「全員」
両腕を月に高く掲げる。
銀の腕は月明かりに照らされて神々しく、眩く光を放つ。
「殺してやる」
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