銀の魔術師

kaede

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銀の魔術師

20 静寂と憤怒

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 日が落ちて家々に灯がともっていく。

「準備は出来たか?」
「ああ」

 グレックはいつものように軽快な口調で尋ねてきた。
 エデンは魔道書を手に取る。赤い古ぼけたそれは強力な魔術を記された魔道書にはとても見えない。
 エデンはそっと机の上に魔道書を置いた。
 ダイアナの家はグディの中で最も安全と言えるだろう。小さい家なので二人でより集中的に魔術をかけることができた。
 グレックの持つ魔術とエデンが魔道書から得た魔術を組み合わせた。誰かがこの家に近づいてもこの家が見えず、なぜここに来たのかも忘れてしまう。もちろんいかなる魔術や物理による攻撃も受け付けない。
 今、この家は小さな城のようなものだ。

「じゃあ。行ってくるから」

 コクンと頷くリディアと「いってらっしゃい」と言うダイアナ。
 エデンとグレックは日の落ちたグディの街をゆっくりと並んで歩き出した。人がいない路地裏へ入ると空へ飛び立った。

 商業区を抜けて行政区の大通りへ出る。
「あれが会議のために集められた諸侯達の馬車だ」
 上空からグレックが指差す。
「この先の空には竜騎士達が外から入れないように見張りをしている。だから地上から行かねばならない。堀にかかっている橋があるだろう。そこの下をくぐっていく。城壁を破壊することは恐らく不可能だろう。隙を見て馬車と一緒に滑り込むぞ」
 エデンは静かに頷いた。諸侯の馬車の周りには兵士が馬に乗って護衛をしている。
「じゃ、行こうか」
 グレックの一言と同時に二人は一気に下降していった。二人は並んで飛行し、堀にかかる橋の下へ滑り込んだ。

 第一段階はクリアだ。
 上では馬車が通る音と馬の蹄の音がする。
 グレックは少し遠くの街路樹めがけて魔術を放った。
グレックの放った魔術はピカッと光って一瞬で街路樹を燃やした。
「なんだなんだ?!」
 橋の上では一瞬兵士達の気が逸れる。
「今だ!」
 エデンとグレックは橋の下から飛び出すと一気に加速し、遠くの街路樹に気を取られている一同に紛れて王宮の中へ侵入した。
 王宮に入ると二人は物陰に隠れた。隙を見て二人は王宮の廊下に滑り込む。グレックは先頭を歩き出した。兵士達の通らない道や魔術のかけられていない部屋などを的確に進んでいく。
「あんた、ここに来たことがあるのか?」
 あまりの正確さと迷いのないグレックに思わずエデンは尋ねる。
「…昔な」
 たった一言だけ、ポツリと帰ってきた。

 二人は王宮の兵士に隠れて廊下を移動し続けた。
「西の塔の頂上にフィーゴはいるだろう。ここから先は強行突破だぞ。奴らに気づかれる前に兵士は気絶させるんだ」 
「ああ」
 二人は塔の中の螺旋階段を登り始めた。
 兵士達は会議のための警備に駆り出されているのだろうか。フィーゴの牢獄に着くまでたったの二人にしか出会わなかった。グレックは相手に気づかれる前に当身を食らわせている。エデンの出る幕はなかった。
「ここだ」
 グレックは重い鉄の扉を魔術でこじ開けようとした。
しかし、グレックが使った魔術は魔法陣が扉に現れた瞬間消えてしまった。
「くそ。封印魔術か。この扉には魔術が使えないんだ。恐らく中でも使えないだろう」
 グレックは近くの兵士が鍵を持っていないか確認するが見つからなかったようだ。
 グレックは苛立ちを露わにしドアを蹴った。
「どいてくれ」
 エデンは兵士の付けていた鎧を少し溶かして一本の針金のような細い棒を作った。
 鍵穴に棒を差し込んでガチャガチャとやる。
 カチッと音がして扉が開いた。
「おお!凄いじゃないか!」
 エデンは首をすくめた。以前、父さんから教えてもらった技だ。こんなところで使う羽目になるとは思わなかった。
「グレック。入るか?」
「ああ。行くぞ」
 二人は部屋に足を踏み入れた。

 中は真っ暗だった。
「フィーゴ?聞こえるか!」
 グレックが叫んだ。
 鎖の音が聞こえた。魔術が使えないので光を灯せない。ハッキリとは見えないが誰かがいる。
 二人はゆっくりと部屋の中央へ進んでいった。
 目が慣れてくると部屋の中心に鎖で全身を雁字搦がんじがらめに縛られている男がいた。

 フィーゴだった。

 フィーゴは全身から血を流したような跡があり、痛々しいほどに傷ついていた。フィーゴも二人に気づいたらしい。
「グレック…記憶を…引き出してくれ…」
 フィーゴが蚊の鳴くような声で言った。
 グレックは頷いてフィーゴのこめかみへ中指と人差し指を揃えて当てた。
 繊細かつ高度な技術を必要とする精神魔術だ。お互いのことを完全に信用しきっていないと使えないこの魔術は使い手が相手の心の扉を開いて精神統合をするのだ。魔術と類されているが実際に魔術は使われない。互いの魔術の流れから相手の記憶を引き出すのだ。
 エデンは静かにその様子を見守る。
 グレックは目をつむってフィーゴから情報を受け取り始めた。エデンは黙ってその様子を見ていた。
 次第にグレックの呼吸が荒くなっていった。額には玉のような汗が滲んでいる。

 グレックはフィーゴのこめかみから手を離した。
「エデン…引き上げるぞ」
 グレックが俯いたまま言った。
「どういうことだよ?フィーゴが目の前にいるのに。おいていくのかよ?!」
「エデン…話は後だ。僕たちが侵入したことはまだバレていない。衛兵達も一斉に起こせば問題ないだろう。一刻も早くここから出るぞ」
 グレックの声のトーンはかつてないくらい暗かった。
「エデン…今は行くんだ…。私よりも大切なことがある。
エデン…。魔術に従うんだ…」
 エデンはフィーゴの顔の前へ拳を突き出した。
「絶対に死ぬなよ。俺がまた助けに来る。事情は分からない」
 フィーゴは微かに笑った。
「いい…弟子を…持った」
「行くぞエデン」

 扉を元のように閉める。見張り役の兵士二人をあたかも居眠りをしていたかのように椅子に座らせて置おいた。そのままグレックは王宮の通路を我が家のように歩いて誰にも会わないまま王宮から脱出した。その間、二人は一言も言葉を交わさなかった。
ーまさか、こんなことが起こっているなんて…。
 グレックはフィーゴから起こっている事実を全て聞いた。フィーゴを置いていくことはグレックではなくフィーゴが決めたことだ。精神統合している中でグレックとフィーゴは激しく言い争った。
 グレックもフィーゴを連れて帰りたかった。しかし、フィーゴは頑としてそれを許さなかった。

『もし、今私が脱獄すればこの城の警備はさらに強固なものになる。私を救出するよりも組織全員で王を倒すことを優先するんだ。そうでなければこの国に未来はない』

-それにしてもこの国がもう人間の統治下にないとは…。

 グレックはフィーゴを連れて帰るつもりだった。帰りにフィーゴをエデンに預け、自分が兵と応戦するつもりでいた。しかしその必要はなかった。エデンには辛い思いをさせてしまった。

 フィーゴを大切に思いたい気持ちも強くある。しかし自分だけの気持ちでこの国を潰すわけにはいかない。
 苦渋の決断だ。

-僕は、この国を正さなければならない責任がある。

 グレックは拳を握り締める。

 エデンは無言で走り続けるグレックの背中を見つめる。
 その背中にはエデンが初めて見るグレックの『動揺』を容易に感じることができた。

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