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銀の魔術師
30 別れ
しおりを挟むエデンは二人の赤いローブを身につけた王宮の魔術師と対峙した。
シュベルトはリディアを庇うように部屋の隅で待機している。
彼も剣術の腕は相当なものだが、いざ魔術師と戦うとなると竜なしではアドバンテージを負ってしまう。
つまりはこの戦闘はエデンと敵の魔術師二人の一騎打ちだ。
グレックは離れたところでルメールと魔術をぶつけあっている。
塔の頂上の王の間はとても広かった。
二人のうち一人、耳にピアスをしているスキンヘッドで長身の魔術師が突然取り出した長槍で突進してきた。 エデンは長槍を銀の右手で掴んだ。
長槍に気を取られてスキンヘッドの魔術師と間合いを縮めてしまった。これではもう一人と戦えない。こういった場合のセオリーは距離を置いて戦うというものだ。
エデンは焦りを感じた。
間合いを詰められたエデンの一瞬の隙を狙ってもう一人の痩せた魔術師が氷の刃を放つ。間一髪で左手で床の大理石を変化させ壁を作り、すんでのところで防いだ。
エデンはスキンヘッドの陰に隠れ、常に痩せた魔術師の死角にはいって長槍をかわし続けた。スキンヘッドの魔術師は長槍を投げ捨て魔術を放とうと至近距離でエデンに両掌を向ける。エデンはそれを阻止しようと相手の腕を掴む。
しかし、一歩遅かった。スキンヘッドの放った風の刃がエデンの頬に深い切り傷を残した。エデンは咆哮をあげ、掴んでいた相手の両腕にそのまま魔術を発動し腕の骨を砕いた。
あまり肉弾戦をエデンは好まなかった。しかし殺らなければ殺られる。
仲間がやられたのを見て痩せた男は腰から曲刀を抜いた。
王宮の魔術師は魔術だけを武器にしていないらしい。さっきの長槍といい非常に厄介だ。
エデンは間合いをとって魔術を撃ち込んだ。
流石王宮の魔術師の高官だ。曲刀に魔術をかけてエデンの放った炎を吸い込んでしまった。
グレックの呻き声が聞こえてくる。
王の間の中央ではグレックがルメールから伸びている影のような手に拘束されていた。
「お前らに選択肢はない!王に従うほかないのだ!あっひゃっひゃっ!」
エデンと対峙している痩せた魔術師が不気味に笑った。
何かがぶつかるような音がして塔が激しく揺れる。
外を見るとギャッツとチャペルが塔の周囲で竜騎士達と戦っていた。二人とも善戦しているが敵の数も多い。これではいつまで保つか分からないだろう。
エデンはグレックを助けるために痩せた魔術師から距離をとってルメールめがけて魔術を放った。しかし、ルメールの背後から伸びる手に魔術が吸い込まれてしまう。
精霊だ。ルメールは精霊をバックに戦っている。
「エデン!リディアを任せた!」
そう叫ぶとシュベルトに狙いを変えた曲刀を持った痩せた魔術師と剣をぶつける。
リディアが走ってエデンのところへ寄ってくる。
シュベルトはレイピアで相手の魔術師と互角の勝負を繰り広げていた。武器の技術からいけばシュベルトの方が上だろう。しかし相手は魔術師だ。シュベルトは魔術を相手に使われないように素早く攻撃を繰り出している。
バタンと音がする。
振り向くと王の間の入り口が開いてさらに数名の王宮の魔術師が雪崩れ込んできた。
グレックは影の手からなんとか脱出し、床によろよろと着地した。
ルメールの後ろには魔術師達がならんだ。痩せた魔術師もその後ろに立つ。
エデンはシュベルトとグレックを支えるようにしてリディアを後ろに隠すように立った。
リディアはエデンのコートをキツく掴んでいる。
中央の王の玉座を境にして睨み合った。
「そなたらに余を倒すことは出来ぬ。見よ、余の力を。我が息子よ、そなたは余には勝てぬ。大人しくそこで死ぬのだ」
「貴様には何も出来ない。いつまでも精霊という悪の力に頼るのならば尚更だ。死ぬのは貴様だ」
「力のないそなたに何ができる。余の力の前に尚もそんな戯言を言い続けるか?」
爆発音がして塔の壁が破壊されチャペルと竜が飛び込んできた。竜はぐにゃりとしておりピクリとも動かない。チャペルも竜の背で血を流して倒れていた。
ギャッツは何騎もの敵に囲まれながらもまだ戦っていた。
グレックはエデンとシュベルトを振り払い一人で立ち、ルメールを睨みつけた。破壊された壁から吹き込む風でグレックのコートが風になびく。
その様子を見てルメールがニヤリと笑う。
「そうこなくてはな。そこまで死に急ぐなど愚かな。そのまま死ぬがよい!」
ルメールがそう言った瞬間背後の魔術師達が魔術を唱えながら飛びかかってきた。
「エデン!リディアを頼んだ!」
グレックはそう言いシュベルトと一緒に敵に飛び込んで行った。
グレックは強かった。敵をなぎ倒し、レイピアで戦闘しているシュベルトのフォローをしている。
エデンは最低限の攻撃を避けながら遠くから魔術を撃ち込んでいた。
「久しぶりだなエデン。いや、銀の魔術師と呼んだ方がいいのかな?」
ふっと影から大きな影が現れる。現れたその姿を見てエデンの表情は一瞬固まり次の瞬間怒りに燃えた。
「よう、バルバロイ。死にに来たのか?」
バルバロイは大げさに肩をすくめた。
「まさか。我輩は貴様との物語に終止符を打ちに来たのだ。十六年前、我輩は貴様の命を奪うことは出来なかった。我輩の最大の失敗だった。今それが達成される!」
「お前、俺から全てを奪っておきながらそんなことを言うのか。俺の本当の両親を、そして父さんと母さんを。俺の腕を奪った貴様の罪は死んでも抗えない。今ここでお前を殺す。死んで償え!」
リディアを気にしつつエデンはバルバロイへ飛びかかっていった。
見える。バルバロイの魔術をかわす。距離を詰めて静かに唱える。
『ウインド』
バルバロイの顔に驚きの顔が浮かぶ。エデンの風に吹き飛ばされ床に転がった。
「いつまでも俺があの時と同じだと思ったか?」
エデンはバルバロイへ炎をぶつける。
バルバロイはなんとか左手で炎を払った。
エデンが一歩、二歩と近づく。
「ひぃぃ!!」
バルバロイは床から這いつくばって逃げる。
「惨めだな。あの時とは立場が逆になるなんて、もう死ねよ」
エデンがとどめの魔術を放とうと掌をかざした。
その瞬間、バルバロイがニヤリと笑った。バルバロイはいつの間にか鞘から抜いていたレイピアでエデンを突き刺した。
エデンは一歩下がって避けようとしたがバルバロイの瞬間的に放った風魔術に足をすくわれその場に倒れてしまった。
バルバロイの後ろから手が伸びてくる。エデンは床に固定されてしまった。また精霊だ。エデンはもがいたが手はキツくエデンを押さえている。
バルバロイは倒れたエデンの足元に立った。
「言ったであろう。貴様に我輩をいや、この国をどうにかしようなどということは出来ないのだ」
そう言ってバルバロイはエデンの心臓めがけてレイピアを振り下ろした。エデンは一歩も動けないままスローモーションで怪しく光る剣先が自分の胸に刺さるのを見ていた。
動けないエデンとバルバロイの剣先との間に飛び込んだ小さな人影があった。
-リディア?!
バルバロイの剣先はリディアの小さな体を貫通した。
リディアが震える手でエデンの顔を撫でて笑った。
全ての時間が止まった。
「エデン…大好きだよ…生きて…ね」
リディアの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
目を閉じてゆっくりとエデンの唇に自分のそれを重ねた。
そして、動かなくなった。
バルバロイは驚く共に嬉々とした表情をしている。
「なんと、こんな戦場で少女が自らの思い人を守るために命を捧げるとは!素晴らしいことではないか。見よ、銀の魔術師。貴様は四年前と同じ惨劇を繰り返したのだ。愛する者を守れなかったのだ!!」
バルバロイは高らかに笑った。これほどおかしいことがあるのか、といったように。
エデンは動けなかった。今起きたことが信じられなかった。
震える手でリディアの体を抱きしめる。
エデンの腕の中にはまだほのかに温かいリディアの体があった。
しかし、彼女が息をすることはもうない。
『ごめんね…。ありがとう』
彼女の言葉が…、最後の言葉がエデンには聞こえたような声がした。
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