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銀の魔術師
32 覚醒
しおりを挟む-終わりになんて出来るのか?
エデンは後ろを振り返った。たくさんの死体がある。エデンが殺めた人達だ。
その後ろにはアルザスの仲間達の死体もあった。知っている顔もある。バルドもその中にいた。
エデンは心の奥底で自分の感情に必死に抗おうとした。しかし、自らの負の感情に委ねてしまったエデンの肉体は自らの思った通りに動くことはなかった。
エデンはゆっくりとダイアナに近づいて行った。
ダイアナは優しい笑顔のままでその場に立っている。
-今、行くよ。待っていて。
「やめるんだ!」
突然空から二つの影が地面に降り立った。
フィーゴとグレックだった。グレックはフィーゴを救い出したのだ。フィーゴはやつれて傷だらけだったが自身の意志力だけでそこに立っているように見えた。
「エデン、お前が左手に宿しているのはなんだ?」
フィーゴに言われてエデンは恐る恐る自分の左手を見る。
そこにはくっきりと魔法陣が浮かび上がっていた。
-俺は…ダイアナを殺そうとしたのか?
エデンは突然頭を抱えてその場にうずくまり、銀色になった髪を掻き毟る。絶叫をあげる。
「ああああああああああああああああああ」
-痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
頭が破れるように痛い。
「みんな!離れるんだ!」
グレックが叫ぶ。
うずくまっているエデンから暴れる青い炎のように魔術が溢れ出している。エデンの精神力と魔術とのバランスが崩壊したのだ。
一同は慌ててエデンから距離をとった。
しかし、ダイアナとフィーゴは元いた位置から一歩も動かなかった。
フィーゴはおぼつかない足取りで一歩ずつ進んで行く。ダイアナもエデンに近づいて行った。
ダイアナは本当はその場で倒れてしまいそうだった。それでも手にあの夜に「パフ」から貰った小さなアヒルを握りしめて勇気を振り絞って向かって行った。
近づくにつれてとてつもないエネルギーに吹き飛ばされそうになる。
「パフ!帰っておいで!」
ダイアナは暴走した魔術に包まれたエデンを抱きしめた。エデンに触れた瞬間体が焼けるように熱くなる。
フィーゴもエデンの肩に無言で手を置く。
その時だった。
エデンの前に突然門が開いた。
-エデンが無意識に開いたのだろうか?
フィーゴはそう思ってエデンを見る。エデンは絶叫をあげ続けている。 門はどんどん大きくなって三人に近づいていく。
「離れるんだ!」
グレックは遠くから叫び風魔術で三人を門から引き剥がそうとした。しかし、グレックの放った魔術はエデンのオーラに弾かれてしまう。
門はどんどん大きくなっていく。
-もう間に合わない。
そう判断したフィーゴはダイアナとエデンを抱え込む。ダイアナのことを逃がそうとは思っていなかった。もしここで彼女を解放してしまえばそれは彼女の一生の後悔となるだろう。
門は肥大しその場の空間ごと三人を飲み込んだ。
門は三人を飲み込んだ瞬間唸りをあげて消えてしまった。エデンのオーラも消え、戦場を静寂が支配する。
* *
『…デン!エ……!』
-ここはどこだ?
『エ…ン、起き…んだエデ…!』
『パフ…!起き…!」
水中にいるようだ。遠くから声が聞こえてくる。全身が重い。ゆっくりと深海へと落ちていく感覚だ。
体を動かす気力がない。体を包む冷たい水が心地よい。意識も遠のいていく。
突然目の前にリディアが現れた。
-エデン、まだ寝てるの?起きなきゃだめだよ?ー
リディアが微笑んで水中のエデンに手を伸ばしてくる。
エデンはその手を掴もうと銀の手を伸ばした。
ふと気付いた時には目の前にはフィーゴとダイアナの顔があった。
エデンの伸ばした手は空を切る。掴むことのできなかった拳を握り締める。
「起きたか?意識はしっかりしているようだな」
フィーゴが安心したように言った。その隣ではダイアナが心配そうに覗いている。
「…ここは?」
辺りは草花が一本もない荒野が広がっていた。空には雲も太陽も、星もない。ただ漆黒に包まれた空に欠けた青色の月の様な物が浮かんでいるだけだ。
「ここは門の中だ。私達は突然現れた門に飲み込まれてしまったようだ。どこまで覚えているか?」
エデンは思い出そうと記憶を呼び覚ますが強烈な頭痛に苛まれ再び頭を抱えてしまう。
「すまない、何も考えるな。今はここから脱出することだけを考えよう」
エデンは胸元のネックレスを握りしめた。ダイアナから貰った物だ。
「ダイアナ、ごめん」
ダイアナはエデンの手を握りしめた。
「私はパフが帰ってきてくれたで嬉しい。次は家に帰ろう」
ダイアナは不安を感じていたがエデンの元気な様子を見て、全く恐怖を感じていなかった。
【さて、会話はもう済んだか?】
突然漆黒の空から声が聞こえてくる。
フィーゴはとても何ヶ月も監禁されていたとは思えない素振りで身構える。エデンもよろよろと立ち上がる。
フィーゴとエデンとでダイアナを守るようにダイアナを挟んで背中合わせのような状態で辺りを見回す。
「貴様は誰だ!我々に何の用がある!」
フィーゴが叫んだ。
【我は精霊である。エデン、話そうではないか】
突然フィーゴとダイアナの体が宙へ浮く。二人はもがいていたが何かの力に押さえつけられているのだろうか。見えない十字架に磔られているかのように両手を広げ、地面から2メートル程のところの宙で静止した。
二人とも必死に身をよじっている。
「おい!二人を返せ!」
エデンは姿の見えない声の主に向かって叫んだ。
【そう慌てるな。まずは我の余興の種明かしといこうじゃないか】
-精霊が人間と対話をするなんてどういうことだ。
フィーゴは魔術を使おうとしていたが何度唱えても魔法陣は現れない。おそらくこいつが精霊だというのは間違いないだろう。
【16年前。我はルメールに接触した。お前達はルメールが我に接触をしたと思っていただろうがそれは大きな間違いだ。お前達は魔術師が門を開かなければ我々とは会話出来ないと思っている。それも間違いだ。お前達が門を開けるように我々も門を開くことが出来る。自分からつまらぬ人間界への開こうとする精霊など少ないと思うが開くことはとても簡単なのだ。我は気弱なルメールに囁いてやった。お前を王にしてやろうとな。我は王を殺し、ルメールを王に仕立て上げた。それから十年ほどが経ってな。我はお前の存在を知ったのだよ】
精霊はゆっくりと空から姿を現した。
巨大な人のような形をした何かだった。
ゆっくりとエデンの前に降り立った。見えない何かに縛られたフィーゴとダイアナがその隣へ移動していく。
【我はお前に魔道書を与えた。突然魔道書が現れると思うか?】
精霊が人差し指を立てた。すると大量の魔道書が現れてエデンを囲んで雨のように降り注いだ。
【魔道書は精霊にしか作ることはできぬ。そしてお前は我の望む通りの強力な魔術師となった。お前は目の前で愛する人を殺され暴走した。我の筋書きではこの国の崩壊が始まるはずだった。暴走したお前がこの国を滅ぼすはずだった。しかし、この二人がお前を信頼し続けたことでお前の怒りや悲しみを和らげてしまった。お前は本来ならば力を発散できなかったお前はあの場で魔術が暴発し弾け飛ぶ運命だった。しかしそれではせっかく長い間楽しんできたこの余興のフィナーレとしては物足りぬ。そこで我は我の世界にお前達を呼び寄せた。取り敢えずあの国のことはどうでも良い。我はお前に興味があるのだ。エデン】
精霊の声が熱を帯びるにつれてフィーゴとダイアナがさらに苦しそうに身をよじる。
【エデン。お前はこの場でさらに愛する人を殺されたらどうなるのだ?お前は先ほどたった一人の娘が殺されたらだけであそこまで発狂した。我は好奇心を抑えられないのだ。エデン、お前はどうする?この状況をどう打開するのだ。さあ!我を楽しませてくれ!】
精霊が言い終わるか言い終わらないかのうちにエデンは先の先を予測し続けていた。
『ウインドブレイド!』
エデンは地面を蹴って宙へ浮かぶと拘束されている二人の少し下を目掛けて両手で魔術を放つ。
二人の下を通過すると同時に二人は宙から落下しはじめた。
ビンゴだ。二人は見えない何かに縛られていたのだろう。見えなくてと縛っているという事は実態があるという事。ならば物理で押しのけられる筈だ。
精霊は口のようなものをニヤニヤと曲げながらエデンが落下するダイアナの元へ突進していくのを黙って見ていた。
エデンはダイアナを受け止める。フィーゴは自分で態勢を立て直した。
【なるほど。まずは仲間を助けるか。それでは仲間を守りきる事はできるかな?】
精霊は人差し指と中指を揃えてその場で軽く振り下ろした。その途端、漆黒の空から大量の巨大な刃が高速で落ちてきた。
フィーゴとエデンは宙を旋回しながらなんとか避ける。エデンはダイアナを背負っている分動きが重い。
『ディグリ!』
回避しきれなかった刃をエデンの魔術が粉々に砕く。
エデンの銀の髪がその衝撃に激しくなびく。
【なるほど。これではどうかな?】
精霊が両手を広げるとそこに灼熱の炎が宿る。
「エデン!」
フィーゴは叫ぶとエデンの隣にやってきた。
エデンは頷く。
エデンはフィーゴと並びフィーゴは両手で、エデンはダイアナを抱えているため片手で強力な風魔術のバリアをはった。
精霊が掌をこちらへ向けると同時に灼熱の業火がその手から発動された。二人で両手を前に突き出してなんとか防ごうとするが業火を完全には防ぎきれない。エデンの右腕が熱を帯びて赤くなっている。フィーゴの両手は火傷の跡が大きく広がっていた。
精霊が両手を合わせてさらに魔術を放つ。とてつもない衝撃波だ。三人は防ぎきれずに地面へ叩きつけられる。
-このままだと、ダイアナも、フィーゴも死んでしまう!
エデンは地面に倒れたまま動けない。目だけで辺りをみるとフィーゴもダイアナも衝撃で動けないでいた。
ふと自分の目の前を見ると魔道書が落ちていた。ボロボロに汚れており歯型がついている。牢で両手を失った時に歯でページをめくった際にエデンがつけたものだ。つまり、この魔道書はエデンの物だった。
魔道書はページを開いて落ちていた。エデンはよろよろと起き上がってその文字を見てハッと息を飲む。
-まずは二人を逃がさなければ。この世界でも門は開けるのだろうか?いや、開けるだろう。あいつは人間にできて精霊にできない筈はないと言った。それならば逆も可能だ。この世界でも人間が門を開く事は可能だ!
エデンは立ち上がる。その後ろではフィーゴもなんとか立ち上がり、ダイアナも体を起こしていた。
「フィーゴ。今まで世話になった。俺はあんたに命を救われた。あんたがいなければ俺はあの牢獄で死んでいたところだった」
「エデン!どういうことだ?!」
突然こちらを見ないまま話し出したエデンにフィーゴは疑問を隠せなかった。
「ダイアナ。久しぶりに会えて嬉しかったよ。昔からたくさん遊んでくれてありがとな。最後までこうして付いてきてくれて俺は嬉しかったよ」
「パフ…?」
エデンはゆっくりと二人に振り返った。その顔はエデンになって一度も見せたことのない少年としてのあどけない笑顔だった。
『起動』
エデンが唱えると門が現れた。門は二人を飲み込んでいく。
「エデン!何をするんだ!」
「パフ!やめて!死ぬつもりなの?!」
悲痛な叫びをあげる二人を門は容赦なく飲み込んでいく。
「大丈夫。こいつを殴ったら俺もすぐに帰るから。先に行ってまっててくれ」
門に飲み込まれていく二人にまるで「パフ」のように優しく声をかけた。
二人の姿が完全に門に飲み込まれて消えてしまうとエデンはゆっくりと精霊と向き合った。
【なるほど。お前の選択肢は一人で死ぬということか。そんなことをしてなんの意味がある。我はいつでも人間界への門を開くことができる。お前が楽しませてくれぬのなら次の代役を選ぶまでだ】
「黙れよ」
エデンはしっかりと精霊を見据えた。その目には光が宿っていた。
エデンから魔術が再び溢れだす。先程までの負の感情によって放出されたものではない。エデン自信がコントロールしている力の流れだ。エデンから迸る強い光が漆黒の荒野の中で一際目立っている。
「俺はお前に負ける気はない。見ていろ」
エデンは拳を握りしめて精霊の目を見据える。
「銀の魔術師。最後の魔術を!」
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