魔女と魔法使いの少女たち

ノムラユーリ

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第3章 お菓子の魔女

第2回

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 チョコレートの板みたいな屋根に四角い扉。壁は不揃いのクッキーをずらりと並べたようで、そこにはめ込まれた赤や青や黄色といった半透明の窓はどれも飴細工みたいだった。小さな庭にはテラス席もあって、その庭に咲く草花ですらお菓子に見える。

 けれど、手で触れてみるとやはりそれはただの壁や扉であり、お菓子の形を模して造られた建物でしかなかった。それでもこんなにもリアルで美味しそうなお菓子の家を、僕はこれまで一度たりとも見たことはない。これならヘンゼルとグレーテルがうっかり入ってしまっても無理もないことだろう。

「ね、ね、ね、すごいですよネ!」と肥田木さんも興奮気味に、「私も初めてお母さんとここに来たとき、感動しちゃいましたもん! 何度見ても美味しそうなおうちです!」

 学校から歩いても一時間弱、バスで来ても三十分以内で来れるようなこんな場所にこんな外観のケーキ屋があるだなんて、僕は知りもしなかった。真帆が知っていれば絶対に連れて来られていただろうことを考えると、もしかしたら真帆もこのお店のことを知らないんだろうか。

「このお店、いつからここにあるの?」

 一応気になって肥田木さんに訊ねてみると、肥田木さんは小首を傾げながら、

「確か、春先だったと思いますよ? お母さんの知り合いの魔女さんから、新しくこんなお店を始めた魔女さんがいるから、入学祝いにでも一度行ってみたらいいよって紹介されてきたんです」

 なるほど、ということは開店してからまだ二か月くらいしか経っていないってことか。それならまだ真帆が知らなかったとしても無理はない……ような気がしなくもない。

 さぁ、入りましょ! と楽しそうにチョコレートの扉を開ける肥田木さん。それに続いて僕もお店の中に足を踏み入れる。

 店内は外観とは異なり、意外にも普通の造りだった。普通とは言ってもオレンジ色の優しい灯りに照らされて、木目調の椅子やテーブルが並ぶ、小さくておシャレなお店だ。店の奥の方に小さなカウンターがあって、厨房?へと続くのであろう暖簾?が見える。レジ台がどこにも見当たらないけど、注文や支払いはどこでするんだろうか。

「先輩、こっちですよ!」

 肥田木さんに引っ張られて、僕は黄色い窓ガラスのすぐ脇の席に腰を下ろした。ふたり掛けの小さなテーブルで、正面では肥田木さんが、嬉しそうにメニュー表を見つめている。

「これですよ、これ!」と肥田木さんはメニュー表の文字を指さしながら、「この恋人たちの甘いひと時ってケーキセットが食べてみたかったんです!」

 ……なんて名前のケーキセットだ。

 思いながら、僕は店内を見回す。

 店の広さは僕の部屋の二倍ほど(僕の部屋が六畳だから、たぶん十二畳くらいの広さだろうか)、テーブルもテラス席を合わせてやっと十あるくらい。落ち着いた雰囲気のいいお店、というかそもそも僕たち以外にお客さんの姿がまるで見えな――いや、ひとりいるな。

 店の入り口付近、観葉植物のすぐ隣の席で、こちらに背を向けるようにして座る制服姿の女の子が……女の子が……女の子が……ちらりとこちらを振り向くことなく、視線だけを寄こしてくる。

 真帆である。真帆が肥田木さんと背中を合わせるように、少しばかり離れた席にひとりで座っているのである。

 そうとは知らず、肥田木さんは「飲み物はどうしますか? おすすめはですね――」とメニュー表を僕に向ける。

 あえて隠れるようにして座っているのだから、きっと真帆も声をかけられたくはないのだろう。すぐに視線を逸らして、先に注文していたのであろうコーヒーを飲む。

「先輩はどうします? 魔女のコーヒーでいいですか?」

「えっ? あぁ? うん、肥田木さんと一緒でおねがい」

「オッケーです! すみませ~ん! 注文おねがいしま~す!」

 肥田木さんが手を上げてカウンターの方に声をかけるその姿の向こう側で、ちらちらとこちらの様子を窺ってくる真帆。

 ……いや、もう、そんなに気になるんなら別に一緒に来てもよかったのでは? 僕たちがそのケーキセットを頼んで、肥田木さんと三人で食べても良かったのでは?

「お待たせいたしました~」
 低い位置から声がして振り向くと、
「――えぇっ」
 僕は思わず眼を見張り、驚いた。

 そこには二足歩行で立つ、狐の姿があったからだ。

 のみならず、その狐は流暢な日本語で、
「ご注文は?」
 と訊ねてくる。

 思わず肥田木さんに顔を向ければ、肥田木さんはまるで驚いた様子もなく、
「恋人たちの甘いひと時、魔女のコーヒーとセットでお願いします!」
 などと平然と注文している。

「それでは少々、お待ちください」

 さっとこちらに背を向ける二足歩行の狐――しかもご丁寧にエプロンまでしている――はカウンターの奥へと去っていった。

 僕はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめてしまい、姿が見えなくなってからようやく、
「……なに、あれ。狐? 本物?」

「可愛いですよね、狐の店員さん! 他にも狸さんや熊さんもいるそうですよ!」

「狸? 熊? どういうこと? あれも魔法? それとも、使い魔的な?」

「違いますよ~」と肥田木さんはくすくす笑い、「バイトですよ、バイト」

「ば、バイト? 狐や狸や熊が、バイト?」

 驚愕である。意味が解らない。真帆と付き合うようになってあり得ないようなことはたくさんあったけれど、喋る動物のバイトだなんて、今まで一度も出会ったことはない。

 ふと視線を真帆の背中に向けてみれば、真帆も肩を揺らして笑っている。

「わかりやすくいうと、モノノケですね。魔力の高い動物さんたちって、普通に喋ったりするんですよ。真帆先輩の猫、セロさんも喋るでしょう?」

「……まぁ、そうだけど、あれはてっきり、そういう魔法なんだと思ってたよ」

「狐さんや狸さんなんかは人に化けて、町中で働いたりしてますよ。普通の人たちが気づいていないだけで」

「えぇっ! そうなの? マジでっ?」

 驚きである。驚愕である。にわかには信じられない唐突の真実を告げられたようで、僕は混乱してしまいそうだった。というか大混乱である。自分が思っていたよりも、この世界は不思議に満ち溢れているのだなぁ――と思って素直に受け入れるよりほかはない。

 肥田木さんの後ろでは、真帆がニヤリと口元を歪めて僕を見ている。僕の慌てる様子が楽しくて仕方ないらしい。気のせいか、いつもの「ぷぷっ」と吹き出すような笑いも聞こえてきたようだった。

 そんなこんなで驚きの引かないうちに、
「――お待たせいたしました」
 むっくりとした影が近づいてきて、ついに熊さんの登場か! なんて考えていたのだけれど、
「恋人たちの甘いひと時と、魔女のコーヒーのセットでございます」

 顔をあげてみれば、そこには柔らかな微笑みを浮かべる、身体の大きなおばさんが立っていたのだった。
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