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第7章 全魔協の魔女
第5回
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実は何となくそんな予感はしていた。
夏休み前に佐治で安恵さんからヤオビクニの話を聞いたとき、最初に頭に思い浮かんだのが乙守先生だったのだ。
ゴールデンウィークに見た、乙守先生のあの治癒魔法。それがヤオビクニのあらゆる病気や怪我を治したというあの話とすぐに結びついたのである。
真帆もあのとき、こう口にしていた。
『でも、本当にすごいですね、乙守先生。こんなに完璧に傷を治しちゃう魔法、私、初めて見ました。傷の治りを早くする魔法ならいくらでも見たことがありますけど……』
つまり、それくらい治癒魔法というものは珍しいということだ。
治癒魔法が使える、というだけならあくまで偶然かも知れないし、ただの素人考えだからこそ「まさかね」と思って今まで深く考えもしてこなかったのだけれど、榎先輩が見つけた歯車の欠片、乙守先生とサシャさんのあの不自然な会話。そこからある程度の確信を得たような感じだった。
「――乙守先生が、ヤオビクニ」
榎先輩が、眉間に皴を寄せながら口にする。
「でも、だとしたら、乙守先生っていったい、何歳なの?」
すると肥田木さんが、小さく息を吐いてから、
「数えで二百三十二歳だそうです」
静かに、僕らにそう告げた。
「……二百三十二歳。なかなかのご高齢ですね」
真帆も驚いた様子で、
「まさか、そんなふうには見えませんでした。二十代後半か、三十代前半くらい。ちょうど二百を除いたくらいのご年齢くらいかと――」
確かに、僕も乙守先生の年齢はそれくらいだと思っていた。井口先生よりも二、三歳くらい年上の先輩。その程度だと思っていたのだけれど――
「ちょ、ちょっと待って!」
そこで榎先輩が、ふと何かに気付いたように、肥田木さんに顔を向ける。
「つむぎ、あんたなんで乙守先生の年齢を知ってるわけ?」
「――あ、確かに」と真帆は口元に手をやって驚きの声を上げ、「もしかして、つむぎちゃんは最初からわかっていたんですか? 乙守先生のこと」
肥田木さんは少しばかり気まずそうに胸の前で両手の指を絡ませながら、
「あ、は、はい…… っていうか、口止めされてました」
「口止め? どうして?」
僕が訊ねれば、肥田木さんは口をもごもごさせてから、
「……それは、乙守先生が、黙っておいてほしいって。その、その方が面白いからって」
「お、面白いって……」
まるで真帆のようなことをいう先生だ。
「まさか、ここまでずっと? 春先からのこの流れ、まさか乙守先生が裏で手ぐすねを引いていたわけじゃ――」
ゴールデンウィークに佐治までついてきてくれたこともそうだし、夏休みに海まで連れて行ってくれたうえに、僕らがサシャさんに会うように仕向けたりとかまでしていたのではないだろうか。
「い、いえ、それはないと思います」
肥田木さんは首を横に振ってそれを否定する。
「真帆先輩の認定試験あたりで自分の正体を明かすつもりだったみたいなので……」
「え、えぇっ! わ、私ですかっ?」
またまた驚く真帆。
「どういうことですか? まさか、乙守先生が私の認定試験の試験官なんですか?」
「えっと、それは――」肥田木さんは口ごもり、そして諦めたように、「はい」
うむむ、なるほど、もしかして、これまでの真帆の行動も含めて認定試験の判定に加味するつもりだったんじゃないだろうか、と勘繰ってしまうのは僕だけでは決してあるまい。
同じように真帆も思ったらしく、これもまた少しばかり動揺したように、
「あわわわわ、マジですか。どうしましょう。今からでも媚び売っておいた方がいいですかね……?」
僕の袖を抓んでくいくい引っ張りながら訊ねてくる。
「い、いや、さぁ、どうかなぁ…… 賄賂でも送っとく?」
「そ、そうですね! パティスリー・アンのクッキーシューを持って行きましょう!」
「……それ、効果あるの?」
ただの真帆の好物じゃないか。
「あらあら、そうなの?」
とは智子さんの微笑む声である。
「まぁ、あまり期待はしないことね。優しい方ではあるけど、そういう悪いことはお許しにならない方でもあるから、むしろ落第させられちゃうかもしれないわよ?」
うげっと真帆は一歩後ろに下がり、
「ど、どうしましょう。これまで保健室で失礼なことを言い続けてきたような気がします」
「……あれ? 真帆も保健室に行ってたの?」
「まぁ、私にも体調的なことが色々ありますので……」
「……ん」僕もそれに思い至り、「なんか、ごめん」
それから榎先輩は未来の見える天球儀を興味深そうに眺めながら、
「ってことは、乙守先生はこの天球儀で未来を見たことがあるってことなんだね」
いったい、どんな未来を見たんだろう、と顎に手をあててしげしげと中の機構を見つめる。
すでに壊れていて直すことのできない天球儀。
たぶん、製作した魔法使いはさすがにもう亡くなっていることだろう。智子さんの先ほどの言が、暗にそれを示していた。
もしかしたら、乙守先生は自分が学校の先生になること、僕らと出会い、真帆の試験官を勤めることになることまで見ていたりするのだろうか。
「乙守先生は、どうして佐治から――安恵さんの家の山から離れていったんですか?」
榎先輩が、智子さんにそう訊ねた。
智子さんは「あぁ、そうねぇ」と口にして、
「天球儀で見たことに対して、来たるべき時に備えて、って感じだったらしいわ」
「来たるべき時? それって?」
訊ねれば、智子さんは真帆の方に視線を向ける。
「――夢魔よ」
夢魔。真帆の中に巣食い、真帆の強大な魔力の根源となっている、意思を持った魔力の塊。
昨年、僕らが抑え込んだ夢魔は、今のところ、ちゃんと真帆の中で大人しくしている。
「夢魔に対抗するには、多くの魔法使いたちを集めて対策させる必要があった。そのために、あの方は――乙守さんはこの協会を創ったのよ」
「――キョーカイを、つくった?」
それは思ってもいない言葉だった。
協会を、創った。
この全国魔法遣協会を、乙守先生が創ったと智子さんはそう言ったのだ。
それって、つまるところ、もしかして、乙守先生は――
僕ら(僕と真帆と榎先輩の三人)は思わず顔を見合わせて、それから肥田木さんと智子さんの顔を交互に見てから、
「乙守先生って、もしかして……」
智子さんは肥田木さんと小さく頷きあってから、
「全魔協の、会長よ」
はっきりと、そう口にしたのだった。
実は何となくそんな予感はしていた。
夏休み前に佐治で安恵さんからヤオビクニの話を聞いたとき、最初に頭に思い浮かんだのが乙守先生だったのだ。
ゴールデンウィークに見た、乙守先生のあの治癒魔法。それがヤオビクニのあらゆる病気や怪我を治したというあの話とすぐに結びついたのである。
真帆もあのとき、こう口にしていた。
『でも、本当にすごいですね、乙守先生。こんなに完璧に傷を治しちゃう魔法、私、初めて見ました。傷の治りを早くする魔法ならいくらでも見たことがありますけど……』
つまり、それくらい治癒魔法というものは珍しいということだ。
治癒魔法が使える、というだけならあくまで偶然かも知れないし、ただの素人考えだからこそ「まさかね」と思って今まで深く考えもしてこなかったのだけれど、榎先輩が見つけた歯車の欠片、乙守先生とサシャさんのあの不自然な会話。そこからある程度の確信を得たような感じだった。
「――乙守先生が、ヤオビクニ」
榎先輩が、眉間に皴を寄せながら口にする。
「でも、だとしたら、乙守先生っていったい、何歳なの?」
すると肥田木さんが、小さく息を吐いてから、
「数えで二百三十二歳だそうです」
静かに、僕らにそう告げた。
「……二百三十二歳。なかなかのご高齢ですね」
真帆も驚いた様子で、
「まさか、そんなふうには見えませんでした。二十代後半か、三十代前半くらい。ちょうど二百を除いたくらいのご年齢くらいかと――」
確かに、僕も乙守先生の年齢はそれくらいだと思っていた。井口先生よりも二、三歳くらい年上の先輩。その程度だと思っていたのだけれど――
「ちょ、ちょっと待って!」
そこで榎先輩が、ふと何かに気付いたように、肥田木さんに顔を向ける。
「つむぎ、あんたなんで乙守先生の年齢を知ってるわけ?」
「――あ、確かに」と真帆は口元に手をやって驚きの声を上げ、「もしかして、つむぎちゃんは最初からわかっていたんですか? 乙守先生のこと」
肥田木さんは少しばかり気まずそうに胸の前で両手の指を絡ませながら、
「あ、は、はい…… っていうか、口止めされてました」
「口止め? どうして?」
僕が訊ねれば、肥田木さんは口をもごもごさせてから、
「……それは、乙守先生が、黙っておいてほしいって。その、その方が面白いからって」
「お、面白いって……」
まるで真帆のようなことをいう先生だ。
「まさか、ここまでずっと? 春先からのこの流れ、まさか乙守先生が裏で手ぐすねを引いていたわけじゃ――」
ゴールデンウィークに佐治までついてきてくれたこともそうだし、夏休みに海まで連れて行ってくれたうえに、僕らがサシャさんに会うように仕向けたりとかまでしていたのではないだろうか。
「い、いえ、それはないと思います」
肥田木さんは首を横に振ってそれを否定する。
「真帆先輩の認定試験あたりで自分の正体を明かすつもりだったみたいなので……」
「え、えぇっ! わ、私ですかっ?」
またまた驚く真帆。
「どういうことですか? まさか、乙守先生が私の認定試験の試験官なんですか?」
「えっと、それは――」肥田木さんは口ごもり、そして諦めたように、「はい」
うむむ、なるほど、もしかして、これまでの真帆の行動も含めて認定試験の判定に加味するつもりだったんじゃないだろうか、と勘繰ってしまうのは僕だけでは決してあるまい。
同じように真帆も思ったらしく、これもまた少しばかり動揺したように、
「あわわわわ、マジですか。どうしましょう。今からでも媚び売っておいた方がいいですかね……?」
僕の袖を抓んでくいくい引っ張りながら訊ねてくる。
「い、いや、さぁ、どうかなぁ…… 賄賂でも送っとく?」
「そ、そうですね! パティスリー・アンのクッキーシューを持って行きましょう!」
「……それ、効果あるの?」
ただの真帆の好物じゃないか。
「あらあら、そうなの?」
とは智子さんの微笑む声である。
「まぁ、あまり期待はしないことね。優しい方ではあるけど、そういう悪いことはお許しにならない方でもあるから、むしろ落第させられちゃうかもしれないわよ?」
うげっと真帆は一歩後ろに下がり、
「ど、どうしましょう。これまで保健室で失礼なことを言い続けてきたような気がします」
「……あれ? 真帆も保健室に行ってたの?」
「まぁ、私にも体調的なことが色々ありますので……」
「……ん」僕もそれに思い至り、「なんか、ごめん」
それから榎先輩は未来の見える天球儀を興味深そうに眺めながら、
「ってことは、乙守先生はこの天球儀で未来を見たことがあるってことなんだね」
いったい、どんな未来を見たんだろう、と顎に手をあててしげしげと中の機構を見つめる。
すでに壊れていて直すことのできない天球儀。
たぶん、製作した魔法使いはさすがにもう亡くなっていることだろう。智子さんの先ほどの言が、暗にそれを示していた。
もしかしたら、乙守先生は自分が学校の先生になること、僕らと出会い、真帆の試験官を勤めることになることまで見ていたりするのだろうか。
「乙守先生は、どうして佐治から――安恵さんの家の山から離れていったんですか?」
榎先輩が、智子さんにそう訊ねた。
智子さんは「あぁ、そうねぇ」と口にして、
「天球儀で見たことに対して、来たるべき時に備えて、って感じだったらしいわ」
「来たるべき時? それって?」
訊ねれば、智子さんは真帆の方に視線を向ける。
「――夢魔よ」
夢魔。真帆の中に巣食い、真帆の強大な魔力の根源となっている、意思を持った魔力の塊。
昨年、僕らが抑え込んだ夢魔は、今のところ、ちゃんと真帆の中で大人しくしている。
「夢魔に対抗するには、多くの魔法使いたちを集めて対策させる必要があった。そのために、あの方は――乙守さんはこの協会を創ったのよ」
「――キョーカイを、つくった?」
それは思ってもいない言葉だった。
協会を、創った。
この全国魔法遣協会を、乙守先生が創ったと智子さんはそう言ったのだ。
それって、つまるところ、もしかして、乙守先生は――
僕ら(僕と真帆と榎先輩の三人)は思わず顔を見合わせて、それから肥田木さんと智子さんの顔を交互に見てから、
「乙守先生って、もしかして……」
智子さんは肥田木さんと小さく頷きあってから、
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はっきりと、そう口にしたのだった。
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