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第9章 魔法使いの少女たち
第3回
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3
「いいですね、やりましょうやりましょう!」
肥田木さんは予想通りに満面の笑みで答え、両手を打ち鳴らしながらジャンプした。
可愛らしいことこのうえなく、鐘撞さんはそんな肥田木さんを眺めながら、そうでしょうそうでしょうとばかりにこくこくと頷いた。
それから鐘撞さんと肥田木さんのふたりがどんな魔女の服を着ようか楽し気に話をしているなかで、僕はまたいつものようにひとり掛けソファに腰かけ、パラパラと魔女や魔術に関する本を捲った。
勉強以外で読む本と言えば、この数年魔女関係ばかりになってしまったのは、もちろん真帆や鐘撞さんたちとの出会いがあったからだ。
もともと両親の仕事の関係上、自宅の書庫には魔女や伝承に関する書物が多くあったのだけれど、そこから勝手に持ち出してきた本を、僕はこの部室の片隅に置かれた古い書棚にずらりと並べていたのだった。
朝から真帆に魔女のコスプレの話をされたこともあって、今僕が眺めているのは古くから描かれてきた魔術や呪術師、魔女なんかが描かれた絵画の本だ。
当然、掲載されているどの絵にも、ほぼあの特徴的なとんがり帽子は出てこない。
魔女がとんがり帽子をかぶる絵が多く描かれるようになったのは、比較的近世――十九世紀になって、イギリスやアメリカの大衆文化となってかららしい。
太古の魔女、というより女魔術師として有名なのはキルケ―やメディアであるが、当然そのような帽子なんてかぶっていない。紀元前に造られた壺などに描かれているキルケ―の絵も、それがキルケ―だと言われなければ、僕にはただコップとストローを持ったご婦人にしか見えなかったことだろう。そんなレベルだ。
そこからキリスト教が広まっていくにつれて千数百年経ち、中世になってようやく魔女らしい魔女が登場してくる。そこでようやく出てくるのがホウキに乗って空を自由に飛び回る魔女の姿だった。
中でも僕の目を惹いたのがマルゲリート・ド・ヨークという人が描いたという『牡山羊の礼拝』という絵だった。
ホウキに跨ったたくさんの魔女や翼の生えた悪魔が夜空を飛び回るなか、大勢の異端信者が牡山羊の肛門に祈り、キスをする場面を描いた衝撃的なこの絵は、ジャン・ティンクトールの書いた『ヴァルド派の罪について』の挿絵だという。
ヴァルド派とは十二世紀の商人ヴァルドによるキリスト教の教派のひとつなのだそうだが、それがローマ・カトリック教会側からすれば異端とされ、迫害されていたという。十五人ほどの男女が拷問され、行なってもいないサバトを告白させられたらしい。
そしてこのほぼ同時期、一四八六年――ドミニコ会の修道士だったハインリヒ・クラーマーによって出版されたのが、あの悪名高き『魔女に与える鉄槌』である。
一六六九年までに三十六版も重ねたこの『魔女に与える鉄槌』は、宗教改革が迫るなか、カトリックよりもプロテスタントで受け入れられ、魔女狩りはますますヒートアップしていくこととなる。
真帆によると、この『魔女に与える鉄槌』こそ悪の元凶であり、全魔協も心底忌み嫌っているらしいのだが、これはまた魔女のコスプレとは関係ないので今は読み飛ばしていこう。
異端とされた魔女の禍々しいイラストが多く掲載されているなか、この本の中で初めてとんがり帽子をかぶった魔女が登場するページがあった。
一七九八年にフランシスコ・デ・ゴヤによって描かれた『魔女たちの飛翔』である。
とはいえ、描かれている三人の魔女がかぶっているのは、現在一般的に認知されているとんがり帽子ではない。蛇の描かれたそのとんがり帽子は、スペインとポルトガルの裁判で有罪を受けた者が被らされた紙製の帽子コロザに着想を得たものだという。他にもこれは司祭冠であり、三人の魔女が抱えている男に知恵を吹き込んでいる場面を描いたものだ、という見解もあるらしいのだが、残念ながら僕にはその真相なんて解るはずもない。
そこからさらにパラパラとページを捲り、ようやく次のとんがり帽子をかぶった魔女の絵が出てきた。
それはゴヤによる『魔女たちの飛翔』が描かれる二十年ほど前の一七七五年にダニエル・ガードナーによって描かれた『マクベスの三人の魔女』だった。
マクベスと言えばウィリアム・シェイクスピアの有名な戯曲だが、ちなみに僕は今のところまだこのマクベスは未読である。
この本のなかでも数点、マクベスに登場する三人の魔女を描いたものが掲載されていたのだけれど、とんがり帽子をかぶっているのはこの絵だけだった。
若く美しい女性が三人、邪悪な印象もなくにこやかに魔女術を行なっているように見えるこの絵に、僕は今の部活の状況に合っていていいんじゃないか、とひとりうんうん頷いた。
真帆、鐘撞さん、肥田木さんの三人でこの『マクベスの三人の魔女』をやればいいんじゃないかな、なんて思っているところで、
「あ、でも真帆先輩、ハロウィン当日って認定試験があるんじゃないでしたっけ~?」
肥田木さんがそう口にしたのだ。
「え、そうなの?」
僕は思わず訊ねてしまう。
そんな話、真帆からはひと言も聞いていない。
でも確かに、それなら真帆のおばあさんが魔法の折り鶴でわざわざ真帆に早く帰るよう連絡してきたのも頷ける。
今月末に認定試験――あと二、三週間後ではないか。
「……あっ! 言っちゃダメなんだった!」
肥田木さんはしまったとばかりに口を手で覆い隠し、
「い、今の、忘れてください! 特に真帆先輩には秘密で! 詳しい試験日は試験日の直前に本人に伝えるものなんです、伝統的に」
「ちょっと待って」
と口にしたのは鐘撞さんだった。
「なら、なんで肥田木さんは真帆先輩の試験日なんて知ってるの?」
すると肥田木さんは「えっと~」とわずかにもじもじして、
「乙守先生から聞いたんですよ。なんか、話の流れで」
話の流れっていうテキトーさがいかにも僕の良く知る魔女っぽさがあるけれども、はてさてそうだとしたら真帆の提案するハロウィン・パーティーは果たしてどうなってしまうのか……
まぁ、試験のあとにすることにはなるんだろうけれど。
「その認定試験の結果って、いつでるの?」
訊ねれば、肥田木さんは即答する。
「試験が終わった時点ですね」
ってことは、最悪の場合、試験に落ちた状態でハロウィン・パーティーをやる羽目になるかもしれないというわけで……
思わず鐘撞さんに視線を向ければ、鐘撞さんも同じことを考えたのか、微妙な表情を浮かべた視線と交わる。
うむむむ、と僕は腕を組み、思わず呻いてしまったのだった。
「いいですね、やりましょうやりましょう!」
肥田木さんは予想通りに満面の笑みで答え、両手を打ち鳴らしながらジャンプした。
可愛らしいことこのうえなく、鐘撞さんはそんな肥田木さんを眺めながら、そうでしょうそうでしょうとばかりにこくこくと頷いた。
それから鐘撞さんと肥田木さんのふたりがどんな魔女の服を着ようか楽し気に話をしているなかで、僕はまたいつものようにひとり掛けソファに腰かけ、パラパラと魔女や魔術に関する本を捲った。
勉強以外で読む本と言えば、この数年魔女関係ばかりになってしまったのは、もちろん真帆や鐘撞さんたちとの出会いがあったからだ。
もともと両親の仕事の関係上、自宅の書庫には魔女や伝承に関する書物が多くあったのだけれど、そこから勝手に持ち出してきた本を、僕はこの部室の片隅に置かれた古い書棚にずらりと並べていたのだった。
朝から真帆に魔女のコスプレの話をされたこともあって、今僕が眺めているのは古くから描かれてきた魔術や呪術師、魔女なんかが描かれた絵画の本だ。
当然、掲載されているどの絵にも、ほぼあの特徴的なとんがり帽子は出てこない。
魔女がとんがり帽子をかぶる絵が多く描かれるようになったのは、比較的近世――十九世紀になって、イギリスやアメリカの大衆文化となってかららしい。
太古の魔女、というより女魔術師として有名なのはキルケ―やメディアであるが、当然そのような帽子なんてかぶっていない。紀元前に造られた壺などに描かれているキルケ―の絵も、それがキルケ―だと言われなければ、僕にはただコップとストローを持ったご婦人にしか見えなかったことだろう。そんなレベルだ。
そこからキリスト教が広まっていくにつれて千数百年経ち、中世になってようやく魔女らしい魔女が登場してくる。そこでようやく出てくるのがホウキに乗って空を自由に飛び回る魔女の姿だった。
中でも僕の目を惹いたのがマルゲリート・ド・ヨークという人が描いたという『牡山羊の礼拝』という絵だった。
ホウキに跨ったたくさんの魔女や翼の生えた悪魔が夜空を飛び回るなか、大勢の異端信者が牡山羊の肛門に祈り、キスをする場面を描いた衝撃的なこの絵は、ジャン・ティンクトールの書いた『ヴァルド派の罪について』の挿絵だという。
ヴァルド派とは十二世紀の商人ヴァルドによるキリスト教の教派のひとつなのだそうだが、それがローマ・カトリック教会側からすれば異端とされ、迫害されていたという。十五人ほどの男女が拷問され、行なってもいないサバトを告白させられたらしい。
そしてこのほぼ同時期、一四八六年――ドミニコ会の修道士だったハインリヒ・クラーマーによって出版されたのが、あの悪名高き『魔女に与える鉄槌』である。
一六六九年までに三十六版も重ねたこの『魔女に与える鉄槌』は、宗教改革が迫るなか、カトリックよりもプロテスタントで受け入れられ、魔女狩りはますますヒートアップしていくこととなる。
真帆によると、この『魔女に与える鉄槌』こそ悪の元凶であり、全魔協も心底忌み嫌っているらしいのだが、これはまた魔女のコスプレとは関係ないので今は読み飛ばしていこう。
異端とされた魔女の禍々しいイラストが多く掲載されているなか、この本の中で初めてとんがり帽子をかぶった魔女が登場するページがあった。
一七九八年にフランシスコ・デ・ゴヤによって描かれた『魔女たちの飛翔』である。
とはいえ、描かれている三人の魔女がかぶっているのは、現在一般的に認知されているとんがり帽子ではない。蛇の描かれたそのとんがり帽子は、スペインとポルトガルの裁判で有罪を受けた者が被らされた紙製の帽子コロザに着想を得たものだという。他にもこれは司祭冠であり、三人の魔女が抱えている男に知恵を吹き込んでいる場面を描いたものだ、という見解もあるらしいのだが、残念ながら僕にはその真相なんて解るはずもない。
そこからさらにパラパラとページを捲り、ようやく次のとんがり帽子をかぶった魔女の絵が出てきた。
それはゴヤによる『魔女たちの飛翔』が描かれる二十年ほど前の一七七五年にダニエル・ガードナーによって描かれた『マクベスの三人の魔女』だった。
マクベスと言えばウィリアム・シェイクスピアの有名な戯曲だが、ちなみに僕は今のところまだこのマクベスは未読である。
この本のなかでも数点、マクベスに登場する三人の魔女を描いたものが掲載されていたのだけれど、とんがり帽子をかぶっているのはこの絵だけだった。
若く美しい女性が三人、邪悪な印象もなくにこやかに魔女術を行なっているように見えるこの絵に、僕は今の部活の状況に合っていていいんじゃないか、とひとりうんうん頷いた。
真帆、鐘撞さん、肥田木さんの三人でこの『マクベスの三人の魔女』をやればいいんじゃないかな、なんて思っているところで、
「あ、でも真帆先輩、ハロウィン当日って認定試験があるんじゃないでしたっけ~?」
肥田木さんがそう口にしたのだ。
「え、そうなの?」
僕は思わず訊ねてしまう。
そんな話、真帆からはひと言も聞いていない。
でも確かに、それなら真帆のおばあさんが魔法の折り鶴でわざわざ真帆に早く帰るよう連絡してきたのも頷ける。
今月末に認定試験――あと二、三週間後ではないか。
「……あっ! 言っちゃダメなんだった!」
肥田木さんはしまったとばかりに口を手で覆い隠し、
「い、今の、忘れてください! 特に真帆先輩には秘密で! 詳しい試験日は試験日の直前に本人に伝えるものなんです、伝統的に」
「ちょっと待って」
と口にしたのは鐘撞さんだった。
「なら、なんで肥田木さんは真帆先輩の試験日なんて知ってるの?」
すると肥田木さんは「えっと~」とわずかにもじもじして、
「乙守先生から聞いたんですよ。なんか、話の流れで」
話の流れっていうテキトーさがいかにも僕の良く知る魔女っぽさがあるけれども、はてさてそうだとしたら真帆の提案するハロウィン・パーティーは果たしてどうなってしまうのか……
まぁ、試験のあとにすることにはなるんだろうけれど。
「その認定試験の結果って、いつでるの?」
訊ねれば、肥田木さんは即答する。
「試験が終わった時点ですね」
ってことは、最悪の場合、試験に落ちた状態でハロウィン・パーティーをやる羽目になるかもしれないというわけで……
思わず鐘撞さんに視線を向ければ、鐘撞さんも同じことを考えたのか、微妙な表情を浮かべた視線と交わる。
うむむむ、と僕は腕を組み、思わず呻いてしまったのだった。
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