10 / 27
魔法使いの少年
第5回
しおりを挟む
***
「さぁ、上がって」
頬を擦りながら、神楽君は私を家の中に案内してくれた。
神楽君の家に入ってまず最初に思ったのは、妙に薬草臭いということだった。薬草というか、ハーブというか、いったいこの家では何が行われているのだろうかと思ってしまうほど強烈なその臭いに、私は思わず鼻をつまむ。
「すごい匂いね」
「そう?」
と神楽君はなんでもないふうに口を開く。
「うちのばあちゃん、薬草やハーブでポプリや薬を作るのが趣味なんだよ。あ、いや、仕事って言った方がいいか。一応、僕の学費もばあちゃんが稼いでくれてるんだし」
「え、そうなの?」
私は目を丸くして驚いた。普通、学費を払うのは父親か母親だと思っていた。
「うん。うち、父親も母親も居ないんだよ。僕が小さい頃に死んじゃったらしくてさ。それからずっとばあちゃんと二人で暮らしてんだ」
「そう、だったんだ……」
まぁ、世の中には色んな家があるよね。
そう思っていると、
「あら、夢矢。そちらの可愛いお嬢さんは?」
部屋の奥から、白髪の可愛らしい顔をした老婆が現れた。どうやらこの人が神楽君のおばあちゃんらしい。
「あ、あの、那由多茜と言います」
「あかねちゃんね。えっと――夢矢とはもしかして」
「うん、つい今から付き合い始めた」
神楽君がそう答えて、私は思わず赤面してしまう。付き合い始めて数分後に家族に紹介されるのもきっと珍しいに違いない。何だか気まずいなぁ。
おばあちゃんは「まぁまぁ」とこれまた可愛らしく言って、
「そうねぇ、夢矢ももうそんな年頃だものねぇ」
「はははは、ちょっと強引な告白を受けたけど」
そう軽く笑う神楽君と、さっきまで廊下で慌てふためいていた神楽君がどうしても重ならず、私はちょっと首を傾げる。
もしかして、さっきの私、遊ばれてたの? 実は慌てていたのは演技で、この軽く笑う余裕溢れる神楽君が本当の姿? う~ん、解らないわ。やっぱり狸なんじゃないかしら。もちろん、化かす方の狸じゃない方の意味で。
「ささ、座って」
おばあちゃんと神楽君はダイニングまで私を案内すると、そう言って椅子を勧めた。
私は遠慮なくその椅子に座り、すぐ隣の席に神楽君が腰をおろす。
おばあちゃんはキッチンに向かうと慣れた手つきでお茶を入れ、私と神楽君、そしておばあちゃん自身の前にティーカップを置いた。そのお茶の匂いから、これがハーブティーである事がわかった。
「これも、おばあさんが?」
私が問うと、神楽君は自慢気に笑いながら、
「そうだよ。うちのばあちゃん自慢のハーブティーさ」
「へぇ」
と私は早速口をつけてみた。何だか不思議な香りの、だけど心が温まるおいしいお茶だった。
一口飲むたびに、こう……
「五臓六腑に染み渡る感じ?」
「ぶふっ!」
私の言葉に、神楽君とおばあちゃんが同時に噴き出す。
「な、なに? 私、変なこと言った?」
私は本当に慌てた。何か間違った事を言っちゃっただろうか。
神楽君もおばあちゃんも、咽ながら笑い、
「だ、だって、五臓六腑に染み渡るって、いったいいつの時代の人だよ。親父臭いなぁ」
「えぇ、そうかなぁ。うちのお父さん、お酒飲みながらいつも言ってるけど」
「お酒とお茶を一緒にしちゃだめよぉ」
おばあちゃんも腹を抱えながらそう笑った。
私は何だか、納得いかなかった。
思ったことを正直に口にしただけなんだけどなぁ。
「あかねちゃんって面白い子ねぇ」
おばあちゃんがくすくす笑いながら言って、神楽君に顔を向ける。
「でもねぇ、夢矢?」
でも、何なんだろう。まさか、私たちの交際を認めないって言うの?
しかし、それ以上おばあちゃんは何も言わなかった。
ただ神楽君を一瞬物凄い形相で睨んだだけで、またさっきと同じ可愛らしい笑顔に戻る。
それは本当に一瞬の事で、もしかしたら私の見間違いだったのかもしれない。
それから私とおばあちゃんは他愛もない話を楽しみ、ふと気がついて私は時計に目をやる。時計の針はとっくに午後六時を過ぎており、私は『あぁ、そろそろ帰らなくちゃ』と足下に置いていた鞄に手を伸ばした。
うちには門限があって、六時半までには帰らないといけないのだ。
「それじゃぁ、そろそろ帰りますね」
私は言って、席を立った。
するとおばあちゃんも「そうね」と言って席を立ち、
「あかねちゃん、これを持って帰りなさい」
私に、小さなポプリを渡してくれた。
「え、いいんですか?」
「えぇ、是非持っていって頂戴。夢矢が迷惑をかけたお詫びにね」
「あ、いえ、迷惑だなんて」
迷惑をかけたのはこっちの方だ。あとをつけたり、突然キスしちゃったり、後ろから抱きついたり。普段の私だったら到底考えられない事ばかりをやってしまったのだ。悪いのは私のほうであって、神楽君じゃない。恋って、なんて人を馬鹿にしてしまうんだろう。
「いいから」
とおばあちゃんは微笑んだ。
「そうですか? それじゃぁ、ありがとうございます」
私はお礼を言って、神楽君の家をあとにした。
エレベーターを降りて、昨日神楽君が消えたあの道まで出る。
そこでふと、私はマンションに振り返り、神楽君の家の部屋がある七階の突き当たりに眼をやった。
「――えっ?」
私は目を疑った。
そこにはやはり部屋などなく、ただ厚さ五十センチほどの壁があるだけだった。
「さぁ、上がって」
頬を擦りながら、神楽君は私を家の中に案内してくれた。
神楽君の家に入ってまず最初に思ったのは、妙に薬草臭いということだった。薬草というか、ハーブというか、いったいこの家では何が行われているのだろうかと思ってしまうほど強烈なその臭いに、私は思わず鼻をつまむ。
「すごい匂いね」
「そう?」
と神楽君はなんでもないふうに口を開く。
「うちのばあちゃん、薬草やハーブでポプリや薬を作るのが趣味なんだよ。あ、いや、仕事って言った方がいいか。一応、僕の学費もばあちゃんが稼いでくれてるんだし」
「え、そうなの?」
私は目を丸くして驚いた。普通、学費を払うのは父親か母親だと思っていた。
「うん。うち、父親も母親も居ないんだよ。僕が小さい頃に死んじゃったらしくてさ。それからずっとばあちゃんと二人で暮らしてんだ」
「そう、だったんだ……」
まぁ、世の中には色んな家があるよね。
そう思っていると、
「あら、夢矢。そちらの可愛いお嬢さんは?」
部屋の奥から、白髪の可愛らしい顔をした老婆が現れた。どうやらこの人が神楽君のおばあちゃんらしい。
「あ、あの、那由多茜と言います」
「あかねちゃんね。えっと――夢矢とはもしかして」
「うん、つい今から付き合い始めた」
神楽君がそう答えて、私は思わず赤面してしまう。付き合い始めて数分後に家族に紹介されるのもきっと珍しいに違いない。何だか気まずいなぁ。
おばあちゃんは「まぁまぁ」とこれまた可愛らしく言って、
「そうねぇ、夢矢ももうそんな年頃だものねぇ」
「はははは、ちょっと強引な告白を受けたけど」
そう軽く笑う神楽君と、さっきまで廊下で慌てふためいていた神楽君がどうしても重ならず、私はちょっと首を傾げる。
もしかして、さっきの私、遊ばれてたの? 実は慌てていたのは演技で、この軽く笑う余裕溢れる神楽君が本当の姿? う~ん、解らないわ。やっぱり狸なんじゃないかしら。もちろん、化かす方の狸じゃない方の意味で。
「ささ、座って」
おばあちゃんと神楽君はダイニングまで私を案内すると、そう言って椅子を勧めた。
私は遠慮なくその椅子に座り、すぐ隣の席に神楽君が腰をおろす。
おばあちゃんはキッチンに向かうと慣れた手つきでお茶を入れ、私と神楽君、そしておばあちゃん自身の前にティーカップを置いた。そのお茶の匂いから、これがハーブティーである事がわかった。
「これも、おばあさんが?」
私が問うと、神楽君は自慢気に笑いながら、
「そうだよ。うちのばあちゃん自慢のハーブティーさ」
「へぇ」
と私は早速口をつけてみた。何だか不思議な香りの、だけど心が温まるおいしいお茶だった。
一口飲むたびに、こう……
「五臓六腑に染み渡る感じ?」
「ぶふっ!」
私の言葉に、神楽君とおばあちゃんが同時に噴き出す。
「な、なに? 私、変なこと言った?」
私は本当に慌てた。何か間違った事を言っちゃっただろうか。
神楽君もおばあちゃんも、咽ながら笑い、
「だ、だって、五臓六腑に染み渡るって、いったいいつの時代の人だよ。親父臭いなぁ」
「えぇ、そうかなぁ。うちのお父さん、お酒飲みながらいつも言ってるけど」
「お酒とお茶を一緒にしちゃだめよぉ」
おばあちゃんも腹を抱えながらそう笑った。
私は何だか、納得いかなかった。
思ったことを正直に口にしただけなんだけどなぁ。
「あかねちゃんって面白い子ねぇ」
おばあちゃんがくすくす笑いながら言って、神楽君に顔を向ける。
「でもねぇ、夢矢?」
でも、何なんだろう。まさか、私たちの交際を認めないって言うの?
しかし、それ以上おばあちゃんは何も言わなかった。
ただ神楽君を一瞬物凄い形相で睨んだだけで、またさっきと同じ可愛らしい笑顔に戻る。
それは本当に一瞬の事で、もしかしたら私の見間違いだったのかもしれない。
それから私とおばあちゃんは他愛もない話を楽しみ、ふと気がついて私は時計に目をやる。時計の針はとっくに午後六時を過ぎており、私は『あぁ、そろそろ帰らなくちゃ』と足下に置いていた鞄に手を伸ばした。
うちには門限があって、六時半までには帰らないといけないのだ。
「それじゃぁ、そろそろ帰りますね」
私は言って、席を立った。
するとおばあちゃんも「そうね」と言って席を立ち、
「あかねちゃん、これを持って帰りなさい」
私に、小さなポプリを渡してくれた。
「え、いいんですか?」
「えぇ、是非持っていって頂戴。夢矢が迷惑をかけたお詫びにね」
「あ、いえ、迷惑だなんて」
迷惑をかけたのはこっちの方だ。あとをつけたり、突然キスしちゃったり、後ろから抱きついたり。普段の私だったら到底考えられない事ばかりをやってしまったのだ。悪いのは私のほうであって、神楽君じゃない。恋って、なんて人を馬鹿にしてしまうんだろう。
「いいから」
とおばあちゃんは微笑んだ。
「そうですか? それじゃぁ、ありがとうございます」
私はお礼を言って、神楽君の家をあとにした。
エレベーターを降りて、昨日神楽君が消えたあの道まで出る。
そこでふと、私はマンションに振り返り、神楽君の家の部屋がある七階の突き当たりに眼をやった。
「――えっ?」
私は目を疑った。
そこにはやはり部屋などなく、ただ厚さ五十センチほどの壁があるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる