白い魔女と小さな魔女

ノムラユーリ

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ふたりめ

第7回

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   7

 俺と真奈が向かったのは、初めて出会った公園だった。

「こんなところで堂々と魔法なんて使って大丈夫なのか?」
 俺が心配してそう訊ねると、真奈はふふんと鼻で笑ってから、
「魔法を見た、なんて誰かに言ったところで、それを見ていない人からすれば、全部ウソにしかならないんだから大丈夫だよ」
 とあっけらかんとしたものだった。

「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」

 ふうん、と俺は納得したような納得できないような、何とも言えない気持ちのなか、ふたり並んで腰かけたベンチの真ん中に、例の銀のアクセサリーを広げて見せた。

 真奈はそれを確認しながら、
「すごいね、これ。魔法も無しにこんなものが作れるなんて信じらんない」

「そうだな」

 真奈の気持ちも解らないでもない。俺も爺ちゃんが手作りでこんなものを作っていたなんて知らなかったし、これだけのものを作れる技術があったことにも驚きだった。小さな動物フィギュアを集めているのを見ていたくらいで、プラモデルはおろか、日曜大工のようなことすらしていなかった。いつもソファに横たわってテレビを観ているか、音楽を聴いているか、本を読んでいるか。そんな姿ばかりが記憶に残っている。だから、本当に想像もつかなかった。

「お兄さんは作らないの?」

「俺はこういうの苦手だからな。工作も好きじゃないし、プラモデルとかも作ったことがない」

「お父さんは?」

「父さんは――昔、パズルとか作ってたなぁ。でも、母さんがそんなにパズル作っても飾るところがないでしょ、って言ってから、全然作らなくなったんだ」

 ふうん、と真奈は頷いて、それから銀のアクセサリーを矯めつ眇めつしながら、
「お婆さんとの、思い出の品かぁ……」
 と小さく呟く。

「そうなんだ。だから、どうしても直してあげたくって。でも、本当にできるんだろうな?」

 少しばかりの不安を感じつつ、俺は訊ねる。

 すると真奈はこくりと小さく頷いて、
「私だって、アリスさんから魔法を教えてもらってるんだもん。大丈夫だよ」

 それからアクセサリーに両手をかざして、軽く深呼吸をしてみせた。

「それじゃぁ、いくね」
「あぁ、頼む」

 真奈はすっと瞼を閉じると、アリスさんが爺さんの眼鏡を直した時と同じように、その小さな口で呪文を唱え始めた。

 あの時もそうだったけれど、やはり何と言っているのか、耳を澄ませても全く全然わからない。もしかしたら、魔女だけが使っているヒミツの言語なんてものがあるのかも知れなかった。

 やがて真奈の手のひらが光を発し始めて、俺は“本当にこいつも魔法が使えるんだな”と内心感心しつつ、その様子をじっと見つめる。

 その光は徐々に徐々に強さを増していき、けれどアリスさんの時よりも、何だか異様に時間がかかった。真奈はまだ修行中の身だと言っていた。だから、その分時間がかかってしまっているのかも知れない。

 ふと真奈の顔に視線を向ければ、その額からはじわりじわりと汗がにじみ始めていた。

「おい、真奈、大丈夫か?」
 ちょっと心配になって声をかけると、
「今集中してるの! お兄さんは黙ってて!」
 唱えていた呪文を途中でやめて、眉をよせてそう叫んだ。
 俺は思わず目を丸くして、
「あ、あぁ、ごめん」
 謝ったけれども、真奈はそれに対して答えることなく、再び呪文を唱え始める。

 たぶん、思うように魔法がうまくかからなくて、焦り始めているのだろう。

 いったい、どれくらいの時間が経っただろうか。

 いつまで経っても変化のないアクセサリーに、俺は、
「真奈、もう良いから、無理するな。またアリスさんが帰ってきてからで――」
 と言いかけた時、不意に真奈の両手が強い光をバッと発した。そればかりか、アリスさんが直してくれた時には感じなかった激しい熱をそこに感じて、俺は焦りを覚える。

 いったい何が起ころうとしているんだ。アリスさんの時はこんなことにはならなかったじゃないか。

 おかしい。これは絶対、何かおかしい。

「もういい! やめろ、真奈!」

 その瞬間。


 ――バチンッ!


 そんな破裂音がして、ベンチに置かれていたアクセサリーが弾け飛んだ。

「うわあぁっ!」
「きゃあぁっ!」

 俺も真奈も叫び声をあげて、ばっとベンチから立ち上がる。

 見れば、そこに置いてあったはずのアクセサリーがあっちこっちに飛び散っていて、指輪は完全に潰れていたし、ネックレスは鎖が外れて地面にバラバラになっていた。ブレスレットはぐにゃりと曲がって無限大のマークみたいな形に変形しているし、イヤリングと思しきものはただの丸い黒ずんだ玉に、キーホルダーは靴ベラみたいに伸びきってしまっていた。

 他にもいろいろあったはずなのに、あまりの惨状に何が何だか判別がつかない。

「――え、あぁ」
 そんな声を漏らした真奈の、青ざめたその表情に、俺は何も言えなかった。

 こんなことになって俺も当然ショックだったけれど、真奈のことを責めてやりたかったけれど、真奈の様子はそんな感情すら失せてしまうほどに狼狽していて。

「だ、大丈夫か? 怪我、してないか?」

 不幸中の幸いというか、ぱっと見は俺も真奈も怪我一つしていないようだった。

 良かった、と、安堵のため息を吐いた時だった。

「――ごめんなさい」

 目を見開いた真奈が、一歩あと退りながらそう口にした。

 彼女の手足はがくがく震えていたし、目元には涙が浮かんでいる。

 そんな真奈の姿を見ていると、何だかこっちの方が悪いことをしてしまったような気がしてならなかった。

 真奈は悪くない。俺が、修行中の身である真奈に「お願いするよ」と言ったのだ。

 だから、俺に真奈を怒る権利なんてないんだ。

 そう自分に言い聞かせながら、真奈に慰めの言葉をかけようと口を開きかけたところで、
「ごめんなさいっ!」
 真奈はもう一度大きく叫ぶとこちらに背を向け、脱兎の如く駆けだして――そして、あっという間に、公園から出ていってしまったのだった。

 俺はその背中をただ見送ることしかできず、もう一度大きくため息を吐いた。

 ……いや、もしかしたら、さっきの俺のため息に、真奈は怒られると思って恐怖して逃げてしまったのかもしれない。

 自分もあれくらいの時に、同じようなことをやらかしたことがあった。

 公園で遊んでいて、投げたボールが路肩に止めてあった自動車にガンと当たってしまったのだ。直後、降りてきた運転手の姿が見えたその瞬間、俺は一緒に遊んでいた友達と共に一目散に逃げだした。

 怒られると思って、謝るよりも先に反射的に逃げてしまったのだ。

 その翌日、もう一度公園に行くと、ベンチの上にボールがちょこんと置いてあった。

 捨てるでもなく、俺たちを追いかけるでもなく、運転手さんはそのボールをわざわざベンチに置いておいてくれたのだ。

 あのとき俺は謝らずに逃げてしまったけれど、真奈はちゃんと謝ってから逃げていった。

 だから、真奈の方が俺よりえらい。

 そんな真奈のことを、俺は許してやらなきゃならないんだ。

 俺は飛び散ってしまったアクセサリーの残骸をかき集めると、それらをビニール袋に戻して、とぼとぼと家路に着いたのだった。

 がちゃりと玄関の扉を開くと、居間から出てきた婆ちゃんとばったり出くわした。

「おかえり、ジュンちゃん」

 何となく気まずくて、俺はビニール袋を後ろ手に隠しつつ、
「た、ただいま……」

「で、どうだった? 直りそう?」

「あ、うん。もうちょっと時間がかかるかも」

「そう」
 と婆ちゃんはにっこりと微笑み、
「それじゃぁ、楽しみにしてるからね」

「あ、うん……」

 俺はそう返事して、逃げるようにして、自室へ向かったのだった。
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