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さんにんめ
アリスと加奈のその後語り
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「――へぇ、あそこの神社の狐、そんな妖怪だったんだ」
その日の夜、私はベッドでアリスと向かい合い、今朝出会った大学生くらいの女の子の顛末について、詳しい話を聞いていた。
あの時、すれ違った女の子へ突然引き返していくアリスに驚かされたけれど、私が仕事へ行っている間にまさかそんなことがあったなんて。
よくあの一瞬で解ったものだ。感心せざるを得ない。
何にしても、あっさり解決したみたいでひと安心だ。
……それにしても、あの稲生神社に妙な老いぼれ狐がいたことは知っていたけれど、そんなに長い間あの場所に縛られていただなんて、私も知らなかった。
何となく真帆やアリスから漠然とそんな話を聞いていたような気がしないでもないのだけれど、そもそも興味の外の話なので、これまでまったく以て気にも留めていなかった。
「妖怪、とは少し違うのだけれど」
とアリスはくすりと笑んで、
「私や真帆ちゃんと同じ。彼も、もともと持っている魔力が高いせいで、歳の取り方が他とは違うって感じかしら」
「にしても、数百年とか凄いよね。もしかして、真帆やアリスも……?」
まさか、とアリスは首を横に振り、
「私たち人間は、魔力が高いからといって、狐さんや狸さんたちみたいに、そこまで長くは生きられないはずよ。少なくとも、私はそんな魔女に会ったことは一度もないかな」
「ふぅん、じゃぁ、狐や狸みたいに、魔力の高い動物だけってこと?」
アリスはそうねと肯定し、
「あ、ちなみに、狐さんや狸さんたちは、魔力ではなくて妖力って呼んでいるの。結局は同じものなのだけれど、彼らはその力を、人や他の動物、モノに化けることにのみ使っているわ。面白いよね。他にも魔法が使えると私は思うのだけれど、彼らにしてみると、そんな魔法、何に使うの? って思うらしいの」
唐突に豆知識みたいなことを言い出したアリスに、私は「へぇ、そうなんだ」と頷いて、
「それにしても真奈のやつ、また勝手なことしようとしてたんだね」
本当に、真奈は真帆と似ていて衝動的に動こうとしてどうにも危なっかしくて見てられない。
一応、親戚の翔くんが時々訪ねてきては真帆にお願いされて真奈の面倒を見てくれているみたいだけれど、いつも誰かが真奈のそばにいるわけではない以上、今後が心配で仕方がない。若い頃の真帆みたいに、色々面倒ごとを起こさなければいいんだけど。
「ちゃんと注意はしたんでしょ?」
「えぇ。あのあと、もう絶対にひとりで神社には行かないよう、口を酸っぱくするくらい言いつけはしたんだけれど――」
「ちゃんと言うこと聞くような感じじゃなかった?」
アリスは苦笑するように、
「……うん」
私は「やれやれ」と大きなため息を吐いてから、
「どうしたものかなぁ、あのわがまま放題やり放題の姪っ子は……」
「実は、狐さんからも帰り際に忠告されたの」
「忠告?」
首を傾げる私に、アリスは小さなため息を吐いてから、
「あの子には気を付けた方が良い。いずれあちら側へ姿を消して、戻って来なくなるぞ、って」
「あちら側って?」
訊ねると、アリスは「う~ん」と唸ってから、
「私たちが普段生活している側とは違う世界、でいいのかしら。どちらかというと、あの狐さんや狸さんたちが住んでいる世界……? ううん、それも違う気がする。ごめんなさい。私もあちら側をどう言葉で表現すれば良いのかよく解らない」
「なにそれ、どういうこと?」
アリスはいったい、何を言わんとしているのか。
「――境界の向こう側。人によっては魔界と呼ぶこともある世界」
「……は? 魔界?」
何言ってんの、と思わず口にしてしまいそうになるのを、アリスはその白い人差し指を私の唇に当てながら、
「わかってるわ。だけど、あちら側をちゃんとした意味で語れる人は、残念だけどどこにも居ないの」
「なに、それ」
「ほら、神隠しってあるでしょ?」
「あの、人が突然いなくなるやつでしょ?」
「そう、それ」
アリスはこくりと頷いて、
「つまり、神や天狗、妖怪たちが住まうと呼ばれる領域――異界って呼べばいいと思う」
「……魔界とか異界とか、そんなもの、本当に存在するの?」
その問いに対して、アリスはほぼ即答する。
「あるわ」
思わず口ごもってしまう私。
アリスと見つめ合いながら、カチカチと壁にかけた時計の音だけが室内に響いている。
やがて私は眉間に皴を寄せながら、
「――それ、マジ?」
「本当よ」
とアリス。
「これまで、何人もの魔女や魔法使いが異界の探索に出かけたことがあった。けれど、ほとんどの人たちが二度と戻って来なかった」
――ごくり。
つばを飲み込んで、私はアリスの眼を見つめ返し、
「……ほとんど、ってことは、一部は帰ってきたり?」
「えぇ、一応」
けれど、とアリスは首を横に振り、
「その全員が記憶を失った状態で、誰も異界がどんな世界なのか覚えていなかった、っていう話よ。他にも、強い風の吹く日に突然神隠しに遭っていた人が帰ってきたかと思えば、久しぶりに顔を出したいと思ったから帰ってきた。すぐに行かなければならないから。そう言い残して、また姿を消してしまった人の話もあったりして、本当に何も解らないの」
「でも、なんで真奈がその異界ってのに姿を消すかもしれないわけ?」
「……もともとあの山は魔力の高い特別な場所で、だからこそ昔の人々はあそこに祠や神社を建てて祀ってきた。魔力が高い場所は、ただでさえ異界に繋がりやすい」
それからアリスは一拍置いて、
「――真奈ちゃんはかなりの頻度で、ひとりであの神社に行っているみたいなの」
私は大きなため息を一つ吐いて、
「それ、真帆は知ってるの?」
「たぶん、知ってると思う。だからこそ、真奈ちゃんは昨日、真帆ちゃんに言われて翔くんと一緒だった」
「それなのに、今日はひとりで行ってたんだよね?」
「えぇ、そう」
「……なるほど」
親の言うことも師匠の言うことも聞かず、ひとりで異界に繋がる場所へ行く真奈。
真奈のことだ。きっと怖いもの見たさもあって、興味の赴くまま正直に行動しているだけなのだろう。
けれど、それは私たち大人からすれば、心配の種でしかない。
狐の言う通り、異界に姿を消して二度と帰ってこない可能性だってあるわけだ。
「……わかった。私もできる限り注意しておくから、アリスも真奈のこと、よく見てあげて」
「……うん、もちろん」
それからアリスは深い深いため息を吐き、消え入るような声で、
「だけど、それでも私は、心配で仕方がないの――」
私はそんな泣き出しそうなアリスを、
「大丈夫、大丈夫だから、みんなで見守っていこう」
言って、その身体をぎゅっと抱きしめることしかできなかった。
――真奈。お願いだから、危険なことだけはしないでよね。
そう思いながら。
*さんにんめ・おしまい*
その日の夜、私はベッドでアリスと向かい合い、今朝出会った大学生くらいの女の子の顛末について、詳しい話を聞いていた。
あの時、すれ違った女の子へ突然引き返していくアリスに驚かされたけれど、私が仕事へ行っている間にまさかそんなことがあったなんて。
よくあの一瞬で解ったものだ。感心せざるを得ない。
何にしても、あっさり解決したみたいでひと安心だ。
……それにしても、あの稲生神社に妙な老いぼれ狐がいたことは知っていたけれど、そんなに長い間あの場所に縛られていただなんて、私も知らなかった。
何となく真帆やアリスから漠然とそんな話を聞いていたような気がしないでもないのだけれど、そもそも興味の外の話なので、これまでまったく以て気にも留めていなかった。
「妖怪、とは少し違うのだけれど」
とアリスはくすりと笑んで、
「私や真帆ちゃんと同じ。彼も、もともと持っている魔力が高いせいで、歳の取り方が他とは違うって感じかしら」
「にしても、数百年とか凄いよね。もしかして、真帆やアリスも……?」
まさか、とアリスは首を横に振り、
「私たち人間は、魔力が高いからといって、狐さんや狸さんたちみたいに、そこまで長くは生きられないはずよ。少なくとも、私はそんな魔女に会ったことは一度もないかな」
「ふぅん、じゃぁ、狐や狸みたいに、魔力の高い動物だけってこと?」
アリスはそうねと肯定し、
「あ、ちなみに、狐さんや狸さんたちは、魔力ではなくて妖力って呼んでいるの。結局は同じものなのだけれど、彼らはその力を、人や他の動物、モノに化けることにのみ使っているわ。面白いよね。他にも魔法が使えると私は思うのだけれど、彼らにしてみると、そんな魔法、何に使うの? って思うらしいの」
唐突に豆知識みたいなことを言い出したアリスに、私は「へぇ、そうなんだ」と頷いて、
「それにしても真奈のやつ、また勝手なことしようとしてたんだね」
本当に、真奈は真帆と似ていて衝動的に動こうとしてどうにも危なっかしくて見てられない。
一応、親戚の翔くんが時々訪ねてきては真帆にお願いされて真奈の面倒を見てくれているみたいだけれど、いつも誰かが真奈のそばにいるわけではない以上、今後が心配で仕方がない。若い頃の真帆みたいに、色々面倒ごとを起こさなければいいんだけど。
「ちゃんと注意はしたんでしょ?」
「えぇ。あのあと、もう絶対にひとりで神社には行かないよう、口を酸っぱくするくらい言いつけはしたんだけれど――」
「ちゃんと言うこと聞くような感じじゃなかった?」
アリスは苦笑するように、
「……うん」
私は「やれやれ」と大きなため息を吐いてから、
「どうしたものかなぁ、あのわがまま放題やり放題の姪っ子は……」
「実は、狐さんからも帰り際に忠告されたの」
「忠告?」
首を傾げる私に、アリスは小さなため息を吐いてから、
「あの子には気を付けた方が良い。いずれあちら側へ姿を消して、戻って来なくなるぞ、って」
「あちら側って?」
訊ねると、アリスは「う~ん」と唸ってから、
「私たちが普段生活している側とは違う世界、でいいのかしら。どちらかというと、あの狐さんや狸さんたちが住んでいる世界……? ううん、それも違う気がする。ごめんなさい。私もあちら側をどう言葉で表現すれば良いのかよく解らない」
「なにそれ、どういうこと?」
アリスはいったい、何を言わんとしているのか。
「――境界の向こう側。人によっては魔界と呼ぶこともある世界」
「……は? 魔界?」
何言ってんの、と思わず口にしてしまいそうになるのを、アリスはその白い人差し指を私の唇に当てながら、
「わかってるわ。だけど、あちら側をちゃんとした意味で語れる人は、残念だけどどこにも居ないの」
「なに、それ」
「ほら、神隠しってあるでしょ?」
「あの、人が突然いなくなるやつでしょ?」
「そう、それ」
アリスはこくりと頷いて、
「つまり、神や天狗、妖怪たちが住まうと呼ばれる領域――異界って呼べばいいと思う」
「……魔界とか異界とか、そんなもの、本当に存在するの?」
その問いに対して、アリスはほぼ即答する。
「あるわ」
思わず口ごもってしまう私。
アリスと見つめ合いながら、カチカチと壁にかけた時計の音だけが室内に響いている。
やがて私は眉間に皴を寄せながら、
「――それ、マジ?」
「本当よ」
とアリス。
「これまで、何人もの魔女や魔法使いが異界の探索に出かけたことがあった。けれど、ほとんどの人たちが二度と戻って来なかった」
――ごくり。
つばを飲み込んで、私はアリスの眼を見つめ返し、
「……ほとんど、ってことは、一部は帰ってきたり?」
「えぇ、一応」
けれど、とアリスは首を横に振り、
「その全員が記憶を失った状態で、誰も異界がどんな世界なのか覚えていなかった、っていう話よ。他にも、強い風の吹く日に突然神隠しに遭っていた人が帰ってきたかと思えば、久しぶりに顔を出したいと思ったから帰ってきた。すぐに行かなければならないから。そう言い残して、また姿を消してしまった人の話もあったりして、本当に何も解らないの」
「でも、なんで真奈がその異界ってのに姿を消すかもしれないわけ?」
「……もともとあの山は魔力の高い特別な場所で、だからこそ昔の人々はあそこに祠や神社を建てて祀ってきた。魔力が高い場所は、ただでさえ異界に繋がりやすい」
それからアリスは一拍置いて、
「――真奈ちゃんはかなりの頻度で、ひとりであの神社に行っているみたいなの」
私は大きなため息を一つ吐いて、
「それ、真帆は知ってるの?」
「たぶん、知ってると思う。だからこそ、真奈ちゃんは昨日、真帆ちゃんに言われて翔くんと一緒だった」
「それなのに、今日はひとりで行ってたんだよね?」
「えぇ、そう」
「……なるほど」
親の言うことも師匠の言うことも聞かず、ひとりで異界に繋がる場所へ行く真奈。
真奈のことだ。きっと怖いもの見たさもあって、興味の赴くまま正直に行動しているだけなのだろう。
けれど、それは私たち大人からすれば、心配の種でしかない。
狐の言う通り、異界に姿を消して二度と帰ってこない可能性だってあるわけだ。
「……わかった。私もできる限り注意しておくから、アリスも真奈のこと、よく見てあげて」
「……うん、もちろん」
それからアリスは深い深いため息を吐き、消え入るような声で、
「だけど、それでも私は、心配で仕方がないの――」
私はそんな泣き出しそうなアリスを、
「大丈夫、大丈夫だから、みんなで見守っていこう」
言って、その身体をぎゅっと抱きしめることしかできなかった。
――真奈。お願いだから、危険なことだけはしないでよね。
そう思いながら。
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