白い魔女と小さな魔女

ノムラユーリ

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ごにんめ

加奈と真帆のその後語り

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 歳をとるにつれて、一年というものがいかに短いか思い知らされる。

 季節はあっという間に巡り、気が付けばもう、桜の咲き乱れる春が訪れていた。

 美しい青空の下、桃色の花びらが風に舞い、ひらひらと宙を踊っている。

 アリスと真奈は、遊歩道の数メートル先で、楽しそうにそんな桜を見上げていた。

 ふたりの足元には、二匹の黒い猫が、何かを達観しているかのように佇んでいる。

 私と真帆も、そんなふたりから少し離れた後ろに立ち、同じように桜を見上げていた。

「綺麗ですねぇ……」
 真帆がため息を漏らすように言って、私も、
「……そうだね」
 と同意する。

 それから私は、真奈を見つめる黒毛の靴下猫・むぅに目をやった。

 むぅ、とは真奈が名付けたあの靴下猫の名前だ。

 むぅの正体は、真奈の中に存在していた、夢魔という化け物。

 かつて多くの魔法使いから魔力――生命力を貪り、死に至らしめた恐ろしい存在。

 私や真帆の両親を殺した、憎むべき怪物。

 それが今や、あんな可愛らしい猫の皮を被り、真奈の使い魔のように、そこにいるのが不思議でならなかった。

 真帆の使い魔である黒猫のセロともうまくやっているみたいだし、正直、とても複雑な気持ちだ。

 何か悪い企みがあるんじゃないのか、再び魔法使いたちを襲い始めるんじゃないのか。

 私自身は魔法使いではないのだけれど、それはあくまで『職業』としての話だ。

 代々魔女の家系である以上、魔法は使えなくとも、同等の魔力を私も有している。

 友人知人、家族が襲われるかもしれないだけでなく、自分もまた同じ立場にあるのだ。

 むぅが現れた時、あの日、あの場所にいた全員が強い不安を感じたのは言うまでもない。

 私たちは話し合いの末、むぅのことを直ちに魔法協会に報告した。

 間もなく魔法協会の老人たちが大挙して我が家に押し寄せ、むぅ――夢魔は老人たちを相手に、真摯な謝罪、自分という存在、真帆と共に生きたこの数十年で学んだ知識、感情、自分が今後どうあるべきかを滾々と語った。

 そして老人たちが出した結論、それが『様子見』だったのだ。

 以来、この半年の間、夢魔は靴下猫のむぅとして、常に真奈と共にあった。

 もしかしたら、このまま真奈の使い魔になるんじゃないか、というのが真帆の予想だ。

「……本当に大丈夫なの?」

「何がですか?」

 改めて訊ねると、真帆はキョトンと首を傾げた。

「夢魔のこと。真奈のそばに置いといて」

 すると真帆は、何を今さら、という表情で、
「大丈夫ですよ、心配し過ぎです。今のむぅは、もうあんなことはしませんよ」

「なんでそう言い切れるわけ?」

「だって、あの子はずっと、私の中にいたんですから」

「……だから心配なんだよ」

「え~っ! それどういう意味ですか!」

「あんたは昔っから問題行動起こしっぱなしだったでしょうが。そもそも、おばあちゃんはあんたを魔女になんかする気なかったのに、勝手に店の魔法道具を持ち出してはイタズラばっかりしていたし、学校では要らないもめ事を起こしまくってたし、本当に大変だったんだからね? それもこれも全部、アイツのせいもあるんじゃないの?」

「それとこれとは話が別です」
 真帆は言い切る。
「私の言動は、私自身によるものです。それに、むぅも言っていたでしょう? むぅは私の中で、私を介して、この世界や人を理解していったんだって。今のむぅは、もうかつての夢魔ではないんですよ。それは私が一番、よく分かっています。幼いころから、ずっと私の中には、あの子がいたんですから」

「そうかもしれないけど……」

「むぅはたぶん、私の影響を強く受けています。そして真奈が私から生まれたように、むぅもまた私から生まれた存在です。それはつまり、あの子たちはどちらも私、ということでしょう?」

「……? え? そうなる?」

「なります、なります」
 真帆はうんうん頷いた。
「あの子たちが私ということは、私はあの子たちということです。だから、むぅがもう大丈夫であることを、私は知っているんです」

 おわかりですか? と口元をにやりと歪める真帆に、私は若干混乱しながら、

「……わかったよ、信じるよ」

 何だかもう面倒くさくなって、これ以上考えることを諦めたのだった。

 少なくとも、魔法協会の人たちは、あの夢魔の存在を認知している。そのうえで『様子見』と結論を出しているわけだし、夢魔自身もこの半年間、本当に飼い猫のように生活してきた。小難しいことを口にすることを除けば、今はただの黒毛の靴下猫だ。

 もう、それでいいじゃないか、当面の間は。

 私は改めて、アリスと真奈、そしてむぅとセロに視線を向けた。

 そこにあるのは、ただ平穏な日常だった。

 それだけで、十分だった。

 それから私は、ふと、真帆に、
「ねぇ、真帆、真奈のあの服」

「ん? 何ですか?」

「あ、が抜けてるよ」

「……あ?」

「うん。あ」

 真奈は温かい日差しの中、デニムのスカートに白いシンプルな半袖シャツといった格好で、その半袖シャツの胸には『I am Witch』と黒文字でプリントされていた。

 真帆が趣味で作っている、ステンシルプリントされた手作りデザインのTシャツだ。

 私も昨年、『姉』と大きく胸にプリントされたTシャツを真帆から貰ったが、さすがに外で着るには恥ずかしすぎて、部屋着としてたまに着るくらいだった。

「I am Witchじゃなくて、I am a Witchじゃない? あ、っていうか、аが抜けてる」

 すると真帆は納得したように、
「あー」
 と口にして、くすりと笑んだ。

「そんな小さいこと、どーでもいいじゃないですか」

「いや、まぁ、あんたがいいって言うんなら、別にいいけど……」

「それに、あの服だって、すぐに着られなくなっちゃうんですから」

 私は「え」と漏らし、改めて真奈に目を向けた。

「ホント、子供って、どんどん大きくなっていきますよね」

「……そうだね」

 生まれた時は、あんなに小さかったのに。

 今、目の前にいる真奈は、あの頃からは考えられないくらいに成長していて。

 確かにあの服も、あっという間に着られなくなってしまうことだろう。

 そう考えると、確かにaが抜けていることなんて、小さなことだ。

「――ママ! 加奈ちゃん! 行くよ!」

 真奈がこちらを振り向き、笑顔で大きく手招きする。

 アリスも、あの優しい微笑みを浮かべながら、私と真帆を待っていた。

 その足元では、セロとむぅが、大きく口を開いてあくびする。それはどこからどう見ても、どこにでもいる二匹の猫で。

「は~い!」
 真帆も笑顔でふたりに手を振り返して、
「ほら、行きましょ!」
 と私の手を引く。

 私はそんな真帆に引っ張られながら、アリスや真奈に、

「はいはい、今、行きますよー」

 笑顔で言って、駆け出した。


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