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最終話 夢猫
第5回
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その家は、普通の住宅地の中に建っていた。
外観は異人館を思わせる西洋風。尖った屋根からは煙突が覗き、蔦が壁を這っている。
いくつも並ぶ四角い出窓には刺繍の施された白いカーテンがかかっており、中を窺い知ることはできなかった。
家を取り囲むのは、茶色い煉瓦の高い塀。その門を抜けると、色とりどりの花が咲き乱れる庭が眼に入る。
甘く優しい花の香りに包まれながら先へ進むと、アンティーク調の玄関扉が待ち受けており、その脇に取り付けられた古めかしいベルの横には、可愛らしい丸文字でこう書かれていた。
『御用の方はベルをお鳴らしください』
そのベルをチリンチリンと2回鳴らすと、扉の向こうからパタパタと足音が聞こえてくる。
やがてカチャリと扉が開き姿を現したのは、青い瞳が美しい、どこまでも白い綺麗な女性で。
「いらっしゃい、カケルくん、真奈ちゃん」
そう言って、アリスさんは優しく微笑んだ。
「すみません、突然お邪魔しちゃって」
僕は軽く頭を下げてから、
「実は――」
「むぅ、ここにいる?」
僕を押しのけるように、真奈が口を挟んできた。
アリスさんは「あらあら」と口にして、
「来てるわよ。どうぞ、中に入って」
アリスさんに案内されて応接間に入ると、そこにはソファの上にちょこんと座るむぅの姿があって、
「むぅ! 心配したじゃない!」
真奈がむぅのところまで駆けて行き、その身体をぎゅっと抱きしめた。
むぅは眉を潜めるようにしながら、
「……心配? 何故だ」
「だって、いきなりいなくなっちゃうんだもん!」
「クロにはちょっと出てくると伝えたはずだが」
「私にはなにもいわなかったじゃない!」
「ん……? いう必要があったのか?」
「あるよ! だって家族でしょ!」
「ふむ……家族にはひとりひとり声をかける必要があるのか、覚えておこう」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
そんな会話をするふたりのもとに僕も歩み寄り、
「ひとりひとりでなくてもいいんだよ、むぅ。ただ、真奈には声をかけてあげると嬉しいな」
「……わかった」
ふむ、と頷くむぅ。
それにしても、どうしてむぅはひとり(一匹)でアリスさんのところまで来たのだろうか。
疑問に思っていると、アリスさんが奥のキッチンからジュースとお茶ののったトレーを手にしてこちらに戻ってきて、
「どうぞ、座って」
テーブルの上に、ことりことりとそれらを置き、ゆっくりとソファに腰かけた。
僕らもテーブルを挟んで、アリスさんと向き合うようにソファに座る。
真奈はむぅをひょいと持ち上げると、膝の上でぎゅっと抱きしめた。
むぅは嫌がることなく身を任せ、ぐるぐるとまるで猫のように喉を鳴らした。或いはクロからそうするように教えられでもしたのだろうか。
遠慮なくジュースに手を伸ばす真奈を横目に見ながら、僕はアリスさんに顔を向けた。
「ごめんなさい、アリスさん。むぅが突然こんなところまで来るなんて思わなくて」
するとアリスさんは小さく首を傾げてから、「あぁっ」と何かに気付いたように両手を振った。
「違うのよ、カケルくん。私がむぅちゃんを呼んだの」
「え、アリスさんが?」
「えぇ、そう」
アリスさんは頷き、
「今日は、むぅちゃんとの面談の日だったから」
思いもよらないその言葉に、僕は目を瞬く。
「め、面談……?」
「魔法協会を代表して、定期的にむぅちゃんと面談することになっているのよ」
そんな話、僕は聞いていなかった。
……いや、それは当然のことだった。
なにしろ、僕は魔法使いではない。
部外者の僕が、そういった話を耳にすることなんて当たり前のようにないのだから。
「むぅちゃんの正体を思えば、やっぱり定期的に面談して様子を見なきゃならないから」
アリスさんのその言葉に、
「だいじょうぶだよ~」
そう口を挟んできたのは真奈だった。
「むぅはむぅだよ。もう夢魔なんかじゃない、ね~?」
むぅの顔を覗き込む真奈に、むぅは「ふむ」と口にして、
「興味深い話だ。私はもはやむぅであって夢魔ではない。しかし夢魔としての体質は依然として有していることにかわりはない。夢魔としての悪意というものはないと自負しているが、しかしその悪意というものも所詮は真帆と共にしていた時間の中で学んできたことであって、本当の意味で悪意がないのかと問われれば、そもそも悪意という感情の範疇がいったいどこからどこまでなのかが不明瞭であるがゆえに――」
「むぅ、なんの話をしてんの?」
「……いや、なんでもない」
むぅとアリスのやり取りを目にして、アリスさんはくすくすと可笑しそうに笑んでから、
「まぁ、この調子なら問題なさそうね」
僕も少し呆れた気持ちでむぅを見ていたのだけれど、
「――実際、むぅは魔法協会からどう見られているんですか?」
「真帆ちゃんや優くんからは、何も聞いてない?」
「少しだけ。うちではそこまで細かい話はしていないんです。シモハライさんも、今日がむぅとアリスさんの面談の日だってこと知らなかったみたいですし」
「あら、そうなの?」
アリスさんはむぅに視線をやってから、
「むぅちゃんには、ちゃんと面談の日は真帆ちゃんに伝えておくよう言っておいたはずなのに」
するとむぅは、やはり「ふむ」と口にして、
「真帆にはちゃんと伝えたぞ」
つまり、真帆ねぇからシモハライさんへはなにも伝えられていなかったというわけだ。
……まぁ、いかにも真帆ねぇらしいことだ。
たぶん、「別に言わなくても大丈夫でしょ」みたいな感じだったんだろう。
わりと楽観的だからな、真帆ねえは。
「なるほど」
むぅは言わんとすることを察したらしく、
「次からは優にも真奈にも伝えることとしよう。それなら心配しなくてすむな?」
いって真奈の顔を見上げた。
「だったら、次からはわたしもむぅと一緒にきたいな」
「……なんのために」
「だって、むぅはわたしの使い魔だもの」
「……まだ契約をしていないが?」
「でも、そのうちするでしょ?」
「……そうなのか?」
「え~! しないの~?」
ショックを受けたように大声を上げる真奈を見て、むぅはアリスに視線をやり、
「真奈はワタシと契約したがっている。協会としての見解を求める」
アリスさんは小さく笑ってから、
「……そうね、また今度、上の人たちに聞いてみるわ」
少し困ったように、そう答えたのだった。
その家は、普通の住宅地の中に建っていた。
外観は異人館を思わせる西洋風。尖った屋根からは煙突が覗き、蔦が壁を這っている。
いくつも並ぶ四角い出窓には刺繍の施された白いカーテンがかかっており、中を窺い知ることはできなかった。
家を取り囲むのは、茶色い煉瓦の高い塀。その門を抜けると、色とりどりの花が咲き乱れる庭が眼に入る。
甘く優しい花の香りに包まれながら先へ進むと、アンティーク調の玄関扉が待ち受けており、その脇に取り付けられた古めかしいベルの横には、可愛らしい丸文字でこう書かれていた。
『御用の方はベルをお鳴らしください』
そのベルをチリンチリンと2回鳴らすと、扉の向こうからパタパタと足音が聞こえてくる。
やがてカチャリと扉が開き姿を現したのは、青い瞳が美しい、どこまでも白い綺麗な女性で。
「いらっしゃい、カケルくん、真奈ちゃん」
そう言って、アリスさんは優しく微笑んだ。
「すみません、突然お邪魔しちゃって」
僕は軽く頭を下げてから、
「実は――」
「むぅ、ここにいる?」
僕を押しのけるように、真奈が口を挟んできた。
アリスさんは「あらあら」と口にして、
「来てるわよ。どうぞ、中に入って」
アリスさんに案内されて応接間に入ると、そこにはソファの上にちょこんと座るむぅの姿があって、
「むぅ! 心配したじゃない!」
真奈がむぅのところまで駆けて行き、その身体をぎゅっと抱きしめた。
むぅは眉を潜めるようにしながら、
「……心配? 何故だ」
「だって、いきなりいなくなっちゃうんだもん!」
「クロにはちょっと出てくると伝えたはずだが」
「私にはなにもいわなかったじゃない!」
「ん……? いう必要があったのか?」
「あるよ! だって家族でしょ!」
「ふむ……家族にはひとりひとり声をかける必要があるのか、覚えておこう」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
そんな会話をするふたりのもとに僕も歩み寄り、
「ひとりひとりでなくてもいいんだよ、むぅ。ただ、真奈には声をかけてあげると嬉しいな」
「……わかった」
ふむ、と頷くむぅ。
それにしても、どうしてむぅはひとり(一匹)でアリスさんのところまで来たのだろうか。
疑問に思っていると、アリスさんが奥のキッチンからジュースとお茶ののったトレーを手にしてこちらに戻ってきて、
「どうぞ、座って」
テーブルの上に、ことりことりとそれらを置き、ゆっくりとソファに腰かけた。
僕らもテーブルを挟んで、アリスさんと向き合うようにソファに座る。
真奈はむぅをひょいと持ち上げると、膝の上でぎゅっと抱きしめた。
むぅは嫌がることなく身を任せ、ぐるぐるとまるで猫のように喉を鳴らした。或いはクロからそうするように教えられでもしたのだろうか。
遠慮なくジュースに手を伸ばす真奈を横目に見ながら、僕はアリスさんに顔を向けた。
「ごめんなさい、アリスさん。むぅが突然こんなところまで来るなんて思わなくて」
するとアリスさんは小さく首を傾げてから、「あぁっ」と何かに気付いたように両手を振った。
「違うのよ、カケルくん。私がむぅちゃんを呼んだの」
「え、アリスさんが?」
「えぇ、そう」
アリスさんは頷き、
「今日は、むぅちゃんとの面談の日だったから」
思いもよらないその言葉に、僕は目を瞬く。
「め、面談……?」
「魔法協会を代表して、定期的にむぅちゃんと面談することになっているのよ」
そんな話、僕は聞いていなかった。
……いや、それは当然のことだった。
なにしろ、僕は魔法使いではない。
部外者の僕が、そういった話を耳にすることなんて当たり前のようにないのだから。
「むぅちゃんの正体を思えば、やっぱり定期的に面談して様子を見なきゃならないから」
アリスさんのその言葉に、
「だいじょうぶだよ~」
そう口を挟んできたのは真奈だった。
「むぅはむぅだよ。もう夢魔なんかじゃない、ね~?」
むぅの顔を覗き込む真奈に、むぅは「ふむ」と口にして、
「興味深い話だ。私はもはやむぅであって夢魔ではない。しかし夢魔としての体質は依然として有していることにかわりはない。夢魔としての悪意というものはないと自負しているが、しかしその悪意というものも所詮は真帆と共にしていた時間の中で学んできたことであって、本当の意味で悪意がないのかと問われれば、そもそも悪意という感情の範疇がいったいどこからどこまでなのかが不明瞭であるがゆえに――」
「むぅ、なんの話をしてんの?」
「……いや、なんでもない」
むぅとアリスのやり取りを目にして、アリスさんはくすくすと可笑しそうに笑んでから、
「まぁ、この調子なら問題なさそうね」
僕も少し呆れた気持ちでむぅを見ていたのだけれど、
「――実際、むぅは魔法協会からどう見られているんですか?」
「真帆ちゃんや優くんからは、何も聞いてない?」
「少しだけ。うちではそこまで細かい話はしていないんです。シモハライさんも、今日がむぅとアリスさんの面談の日だってこと知らなかったみたいですし」
「あら、そうなの?」
アリスさんはむぅに視線をやってから、
「むぅちゃんには、ちゃんと面談の日は真帆ちゃんに伝えておくよう言っておいたはずなのに」
するとむぅは、やはり「ふむ」と口にして、
「真帆にはちゃんと伝えたぞ」
つまり、真帆ねぇからシモハライさんへはなにも伝えられていなかったというわけだ。
……まぁ、いかにも真帆ねぇらしいことだ。
たぶん、「別に言わなくても大丈夫でしょ」みたいな感じだったんだろう。
わりと楽観的だからな、真帆ねえは。
「なるほど」
むぅは言わんとすることを察したらしく、
「次からは優にも真奈にも伝えることとしよう。それなら心配しなくてすむな?」
いって真奈の顔を見上げた。
「だったら、次からはわたしもむぅと一緒にきたいな」
「……なんのために」
「だって、むぅはわたしの使い魔だもの」
「……まだ契約をしていないが?」
「でも、そのうちするでしょ?」
「……そうなのか?」
「え~! しないの~?」
ショックを受けたように大声を上げる真奈を見て、むぅはアリスに視線をやり、
「真奈はワタシと契約したがっている。協会としての見解を求める」
アリスさんは小さく笑ってから、
「……そうね、また今度、上の人たちに聞いてみるわ」
少し困ったように、そう答えたのだった。
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