魔法百貨堂 〜小さな魔法の物語〜

ノムラユーリ(野村勇輔)

文字の大きさ
9 / 21
ひとりめ

第9回

しおりを挟む
   9

 大きなため息がこぼれて落ちた。

 こんな気持ちになったのは、たぶん、生まれて初めてのことだった。

 誰かを好きになるってのは、こういうことだったんだ、と足取りすら重くなった。

 一目惚れなんて幻想だと思っていた。

 これまでにも何度か女の子を見て『可愛いな』と思うようなことはあったけれど、その気持ちが長続きすることなんて一度もなかった。

 何をどうしたらよかったのか、全然わからない。

 思い起こされるのはアヤナ先輩の笑顔で、そのたびに俺の胸は締め付けられた。

 苦しい。
 息ができない。

 気持ちが沈んで、肩にかけた通学鞄もやたらと重く感じられた。

 この気持ちを、伝えればよかった。

 吐き出してしまえばよかった。

 けれど、そんなこともできなくて。

 俺はなんて意気地がないんだ。

 小さい頃からそうだった。

 いつもいつも、一歩前へ踏み出せない。

 趣味にしても、勉強にしても、恋愛にしても、失敗するのが怖いのだ。

 ほら、駄目だった。
 やっぱり俺には無理だったんだ。

 そう思うのが嫌で、怖くて、何もできない。

 俺は、俺はなんて弱いんだ。

 勇気が欲しい。

 ――一歩踏み出す、勇気が欲しい。

 そうすれば、何かを変えられるかもしれないのに。

 思いながら、両手をポケットに突っ込んだ、その時だった。

「……んん?」

 右手の指がちくっとして、俺は慌ててポケットから右手を引き出す。

「なんだ、なんだ?」

 呟きながらもう一度ポケットに手を突っ込んでみれば、
「これは、名刺……?」
 茜さんからもらったその名刺には、ただ小さく『魔法百貨堂』と印字されていて。

 それと同時に、茜さんの言葉がすぐ耳元でよみがえった。

『――何かあったら、うちにおいで。魔法で何とかしてあげる』

 俺はしばらくその名刺を見つめていたが、
「――うん」
 と一つ頷き、その名刺を握り締めて、一歩前に踏み出した。







 陽は西に傾き、橙色の光が辺りを照らし出していた。

 その名刺には住所も何も書いてはいなかったけれど、足が勝手に前へ進んだ。

 不思議だった。これも、茜さんの言う『魔法』なんだろうか。

 まるで何かに誘われるかのように、右へ左へ何度も曲がり、見知らぬ道をひたすら進んで、しばらくすると大きな通りに出て、そのすぐそばのコンビニの角を右へ曲がったところで――

 やがて見えてきたのは、古めかしい感じの小さな古本屋さんだった。

 その店先で閉店の準備に取り掛かっている、二人の人影。

 その人影に、俺は確かに見覚えがあって。

「――翔?」
 思わず声を掛けると、
「あれ? ヒロタカ?」
 店の前の陳列カートを店内に引き入れていた手を止めて、翔は驚いたように口にした。

 その後ろでは、「ん?」とこちらに顔を向けて、シャッターに手を伸ばすシモハライさんの姿もあった。

「どうしたんだよ、珍しい。何か俺に用事?」

 言ってこちらに歩み寄ってきた翔は、ふと俺の手に握られた名刺に気づき、
「――あぁ、なるほど」
 と口元に笑みを浮かべた。

 俺は眉間に皺を寄せながら、
「なんだよ?」
 と唇を尖らせる。

 何か知っているような素振りの翔は、古本屋の奥の方を指差しながら、
「何か相談事があるんだろ? こっちだよ」
 そう言って、俺に背を向けてスタスタと店の中へと入っていく。

「え? あ、おい!」
 俺も慌ててその後を追うと、翔は店の奥、レジカウンターの隣にある扉のノブに手をかけて、
「どうぞ」
 と一気に扉を開けた。

 ふわりと流れてくる甘い香りと、夕日に照らされた中庭がそこには見えて。

 その中庭には一面のバラが咲き乱れていて、舗装された小さな道がさらに先へと続いている。

「こ、ここは――?」
 戸惑う俺に、翔は手で先を示しながら、
「魔法百貨堂は、この奥だよ」
 と教えてくれた。

「あ、え? あぁ……」

 背中を押されるように促されて、俺はその小さな舗装された道を歩き始める。

 色とりどりのバラは夕日に照らされてよりその色を濃くし、道の脇には小さな四阿が建っていた。

 さらに道を奥へ進むと、やがて古い日本家屋が姿を現し、その軒先には誰が書いたのだろう、達筆で『魔法百貨堂』と記されていた。

 ガラスの引き戸にはボロボロの紙片に、これまた綺麗な、けれど可愛らしい丸文字で『萬魔法承ります』と貼られており、俺はその戸に手を掛け、ゆっくりと横に引いた。

「いらっしゃいませー」

 その途端、やはり閉店作業をしていたのだろうか、雑巾を片手に水色のエプロンを着た茜さんの姿がすぐ目の前にあって、
「あら? 君、来てくれたんだ」
 と嬉しそうな笑顔を俺に向けてくる。

 それに対して俺は、
「あ、はい」
 と小さく頷き、続いて茜さんの肩越しに見える、カウンターへと視線を向けた。

 カウンターの向こう側には見覚えのある長い黒髪の女性がこちらに背を向けて立っており、商品棚に並べられた瓶から手を離すと、スッとこちらに振り向いて、

「――いらっしゃいませ。どのような魔法をお探しですか?」

 そう言って、真帆さんはにっこりと微笑んだ。





 *ふたりめにつづく……*
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...