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第2部 序章・奈央
第3回
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ぼんやりとした天井には淡い闇が広がる。辺りは静寂に包まれ、何の音も聞こえてこない。ただ遠くどこかでサイレンらしき音が薄っすらと聞こえるばかり、しかしそれすらもやがては静寂の中に溶けていった。
いったいどれくらいの時間、こうしていたのだろう。ふと枕元の時計に目を向ければ午前1時過ぎ。布団に入ってから既に1時間以上が経過していた。なかなか寝付くことが出来ないまま、ただぼうっと無駄に時を費やしていたらしい。
何となく喉の渇きを覚えた奈央は布団から出ると、一階の台所へ向かうべく、自室を後にするとなるべく音を立てないよう、階段を下りていった。小母はすでに就寝している時間のはずだ、起こさないようにしないと申し訳ない。キシキシと小さく床板の軋む音だけが廊下に響いた。
その時、ガチャリと音がして階下に目を向けると、扉の前に立つ男の姿に奈央は思わず「あっ……」と小さく声を漏らした。
たった今帰ってきたばかりなのだろうスーツ姿の響紀が額から汗を垂らしながら、気怠げに靴を脱いでいるところだった。
響紀も奈央に気付き、ふと顔を向けてくる。
その睨み付けるような視線に、奈央は思わず目を細めながら、
「……おかえり」
意図せず、低めの声が出ていた。
響紀は気に入らなそうにふんと鼻を鳴らすと、
「……ただいま」
言って早々に奈央から視線を逸らし、さっさと居間の方へ行ってしまった。
奈央はそんな響紀の背中を僅かながら忌々しく思いながら、その後を追うように居間の隣、台所へと足を向けた。
開きっぱなしの襖から見える居間の響紀は徐に上着を脱ぐとそれを畳の上に放り投げ、テレビのリモコンに手を伸ばした。パッと明るくなるテレビからの大きな音に、奈央は小母さんが目を覚ますじゃないの、と思いながらその背をムッとしながら睨みつけた。そのまま脚を伸ばして畳に座る響紀に、奈央は台所から声を掛ける。
「ねぇ、小母さんが目を覚ましちゃうでしょ? 音、小さくしなよ」
それに対して響紀は「あぁ?」と振り向くと奈央の顔をじっと見つめ、これ見よがしにため息を一つ吐くと、
「わかってるよ、うるせぇな……」
億劫そうにリモコンに手を伸ばし、仕方ないとばかりに音を小さくしていった。
奈央も負けじとあからさまなため息を吐いたが、しかし響紀は気にする様子もなく、再びテレビに顔を向けた。
こんなんギスギスした会話、するべきじゃないのは分かってるんだけど、なんで響紀と口を交わすといつもこんな感じになっちゃうんだろう。
そう思いながらコップにお茶を注いでいると、
「なぁ、奈央」
と響紀に声を掛けられた。
「何よ?」
その返事に、こちらを向いた響紀は首をやや傾けるようにしながら、
「親父、帰ってきたのか?」
と訊ねてきた。
「……さぁ。でも帰ってきてたらそこの鴨居にスーツを引っ掛けてるはずだから、まだだと思うけど」
「一旦帰ってきて、また出ていったりとかは?」
「ない、と思うけど……」
少なくとも、奈央が小母に「おやすみ」と挨拶した時点ではまだ小父は帰宅していなかったはずだ。その後も二階の自室で布団に包まってはいたが、この時間まで眠れずにいたのだ。辺りは静かだったし、もし帰宅すれば必ずその音が聞こえてきたはずだけれど。
「……そうか」
響紀は眉を上げて若干腑に落ちなさそうな表情を見せると、しかし何事もなかったかのように、再びテレビに顔を向けてしまうのだった。
奈央はいったいどういう意味で訊いてきたんだろう、とは思ったものの、けれどあまりしつこく訊ねてもまた喧嘩みたいになってしまうだけだしな、と小さくため息を漏らし、一息にお茶を飲み干すと、そのまま自室へと戻るのだった。
ぼんやりとした天井には淡い闇が広がる。辺りは静寂に包まれ、何の音も聞こえてこない。ただ遠くどこかでサイレンらしき音が薄っすらと聞こえるばかり、しかしそれすらもやがては静寂の中に溶けていった。
いったいどれくらいの時間、こうしていたのだろう。ふと枕元の時計に目を向ければ午前1時過ぎ。布団に入ってから既に1時間以上が経過していた。なかなか寝付くことが出来ないまま、ただぼうっと無駄に時を費やしていたらしい。
何となく喉の渇きを覚えた奈央は布団から出ると、一階の台所へ向かうべく、自室を後にするとなるべく音を立てないよう、階段を下りていった。小母はすでに就寝している時間のはずだ、起こさないようにしないと申し訳ない。キシキシと小さく床板の軋む音だけが廊下に響いた。
その時、ガチャリと音がして階下に目を向けると、扉の前に立つ男の姿に奈央は思わず「あっ……」と小さく声を漏らした。
たった今帰ってきたばかりなのだろうスーツ姿の響紀が額から汗を垂らしながら、気怠げに靴を脱いでいるところだった。
響紀も奈央に気付き、ふと顔を向けてくる。
その睨み付けるような視線に、奈央は思わず目を細めながら、
「……おかえり」
意図せず、低めの声が出ていた。
響紀は気に入らなそうにふんと鼻を鳴らすと、
「……ただいま」
言って早々に奈央から視線を逸らし、さっさと居間の方へ行ってしまった。
奈央はそんな響紀の背中を僅かながら忌々しく思いながら、その後を追うように居間の隣、台所へと足を向けた。
開きっぱなしの襖から見える居間の響紀は徐に上着を脱ぐとそれを畳の上に放り投げ、テレビのリモコンに手を伸ばした。パッと明るくなるテレビからの大きな音に、奈央は小母さんが目を覚ますじゃないの、と思いながらその背をムッとしながら睨みつけた。そのまま脚を伸ばして畳に座る響紀に、奈央は台所から声を掛ける。
「ねぇ、小母さんが目を覚ましちゃうでしょ? 音、小さくしなよ」
それに対して響紀は「あぁ?」と振り向くと奈央の顔をじっと見つめ、これ見よがしにため息を一つ吐くと、
「わかってるよ、うるせぇな……」
億劫そうにリモコンに手を伸ばし、仕方ないとばかりに音を小さくしていった。
奈央も負けじとあからさまなため息を吐いたが、しかし響紀は気にする様子もなく、再びテレビに顔を向けた。
こんなんギスギスした会話、するべきじゃないのは分かってるんだけど、なんで響紀と口を交わすといつもこんな感じになっちゃうんだろう。
そう思いながらコップにお茶を注いでいると、
「なぁ、奈央」
と響紀に声を掛けられた。
「何よ?」
その返事に、こちらを向いた響紀は首をやや傾けるようにしながら、
「親父、帰ってきたのか?」
と訊ねてきた。
「……さぁ。でも帰ってきてたらそこの鴨居にスーツを引っ掛けてるはずだから、まだだと思うけど」
「一旦帰ってきて、また出ていったりとかは?」
「ない、と思うけど……」
少なくとも、奈央が小母に「おやすみ」と挨拶した時点ではまだ小父は帰宅していなかったはずだ。その後も二階の自室で布団に包まってはいたが、この時間まで眠れずにいたのだ。辺りは静かだったし、もし帰宅すれば必ずその音が聞こえてきたはずだけれど。
「……そうか」
響紀は眉を上げて若干腑に落ちなさそうな表情を見せると、しかし何事もなかったかのように、再びテレビに顔を向けてしまうのだった。
奈央はいったいどういう意味で訊いてきたんだろう、とは思ったものの、けれどあまりしつこく訊ねてもまた喧嘩みたいになってしまうだけだしな、と小さくため息を漏らし、一息にお茶を飲み干すと、そのまま自室へと戻るのだった。
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