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第2部 序章・奈央
第4回
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4
梅雨独特の重たい雲間から久方ぶりの青空が覗くなか、奈央は学校へ向かうべく、自転車で峠道を下っていた。長い黒髪を風になびかせながら、すぐ右側を走る自動車に接触してしまわないよう、注意を払いつつハンドルを握る。もとよりこの時間帯は通勤通学で自動車や自転車、歩行者が多いだけでなく、ただでさえ細い歩道の関係上、以前から接触事故が絶えなかった。死亡事故こそ耳にしたことはなかったが、あるいは奈央が知らないだけで、かつてはそんな大きな事故があったとしてもおかしくはない。
そんな峠道を下りながら、奈央はふと昨夕のことを思い出していた。あの黒い服に黒い傘をさしていた女の子は、いったいどこの誰だったんだろう、と。あの時、確かにあの女の子は奈央を見てにっこりと微笑んだ。それはまるで、奈央のことをよく知っている人物であるかのような、ごく自然な微笑みだった。やはり同じクラスか、そうでなくとも同じ高校の誰かかもしれない。ただ奈央が覚えていないだけで、あちらは奈央のことを覚えていた。だから微笑みを浮かべた。そう考えれば自然、納得がいく。
奈央はこれまで幾度となく転校を繰り返した結果、特別仲の良い友達といったものをもったことがなく、加えて半年から一年という短期間しか在籍していなかったこともあって、クラスメイトの顔と名前を覚えるということを自ら放棄してきた。どうせ覚えたってすぐに転校してしまうのだという思いから、いつしか奈央は友人という存在に諦めを感じていたのである。そしてそれは小父や小母の下で暮らすようになってからも変わりはなく、むしろその弊害というべきか、なかなかクラスメイトの顔や名前を覚えられずにいた。今も自分の座る席の前後左右程度なら覚えているが、その他となるとかなり怪しい状態だった。また、それに加えて長年の『おひとり様』歴の所為か、友人が居なくとも別段困ることもなく、寂しいとさえ思わなかった。その為、奈央は自ら進んで友人を作ろうとすら思うこともなく、休憩中なども予習や復習、あるいは小説を読んだりと、ただ自分のためだけにその時間を費やしてきた。クラスの何人かはそんな奈央に話しかけてきたりすることもあったけれど、これまでの『おひとり様』歴の所為でどう答えたものか、或いはどう接したらいいのかまるでわからず、ただ曖昧な(それでも精一杯の)笑顔とともに様々なお誘いを断っていった。その結果、入学式からのこの二か月で誰も話しかけてくることもなくなり、これまで通りの『おひとり様』という地位を確立してしまったのだった。
こんなことなら、もう少しクラスメイトに興味を持っておくんだった。奈央は今更のようにそう後悔した。そうすれば、もしかしたら今頃はもっとクラスメイトの顔と名前を覚えられていたかもしれないし、昨夕の女の子の事だってすぐにわかったかもしれないのに。
奈央は大きな溜息を一つ吐くと、これからはもう少し、クラスメイト達に目を向けてみよう、と心に誓うのだった。
5
結局、奈央はいつものごとくその日の朝も『おひとり様』だった。いつものように一人で上履きに履き替え、いつものように一人で教室へ向かい、いつものように机に向き小説を開き、いつものように授業を受けて、いつものように自分の席でお弁当を開いた。小母の作ってくれるお弁当はいつも美味しい。中学校まで自分で作っていた冷凍食品ばかりの味気ない茶色いお弁当とは違い、緑の野菜や鮮やかな赤を誇るプチトマト、白と黄色の断面が可愛らしいうずらの卵など、見ているだけで涎が出てきそうなほど見栄えが良かった。お弁当とはこういうもののことを言うのだ、と見せつけられたのと同時に、そのうち時間があるときにでも小母さんに料理を習うべきかもしれないと奈央は常々思っていた。
そんなお弁当を食べながらぼんやり窓の外に目を向けていたところへ、
「うわぁ、すごいね、そのお弁当」
と甲高い声が耳に入り、奈央は一瞬びくりと体を震わせて驚いた。まさか話しかけてくるものがいるだなんて思いもよらず、完全に油断していた。右に顔を向ければ、いかにも元気がよさそうな明るい笑顔の女の子が立っていた。肩まであるこげ茶の髪を左右で束ね、わずかばかり化粧っ気のあるその可愛らしい顔がすっと奈央の顔を覗き込んでくる。
「それ、自分で作ってるでしょ? 一人暮らしって大変だね」
「……えっ」
奈央はその少女の言葉に戸惑いを隠せなかった。
一人暮らし? 私が? どういうこと? 誰かと勘違いされてる?
そんな奈央の反応に、少女は「あぁ、ごめんごめん」と言いながらすぐ目の前の席(少なくとも前の席の子ではない。前の席の子は前原と言って短髪のいかにも体育会系の部活動をやっていそうな女の子だ。こんな子、このクラスにいただろうか?)に腰を下ろし、
「相原さん――だよね? あたし、石上っていうの。相原さんってあれでしょ? 峠の古い家に一人で住んでる子だよね? あたし、前々から気になってたんだよねぇ。あの峠の黒い服の女の子っていったいどこの誰なんだろうって。不思議に思ってたんだ、中学校の中にもそんな子居なかったし。きっと私立の別の中学校にでも通ってるんだって思っててさ」
「え、ち、ちがっ……!」
うまく言葉が出てこない。違う、と言いたいのに、少女――石上といっただろうか――はそんな奈央が言葉を挟む間も与えることなくしゃべり続ける。
「そしたらほら、この高校に通い始めてから峠の方から自転車に乗って駆け下りてくる、黒い服を着た女の子によく似た女の子がいるじゃん? お、もしかしてこの子があの黒服の女の子か! って思ってさ。いつ話しかけよう、いつ話しかけようって思ってたらいつの間にか二か月もたっててびっくりだよ。でも相原さんのその長い髪と綺麗な顔を見てあたしは確信したね。これはもう間違いなくあの峠の女の子だって。だってほら、いつも一人でいてミステリアスな雰囲気だし、すっごい美人だし! あたしの記憶と完全に一致してるからさ、これはもう間違いない、あの女の子の正体は相原さんだって確信したんだ! ご両親のことは気の毒だったね。でも大丈夫! あたしが友達になってあげるから! やっぱ一人でいるからどんどん気持ちまで暗くなって、あんな黒い服ばっかり着ちゃうんだよ! そう思わない? そんなに美人なんだし、もっと色んな服着ないともったいないじゃん! そうだ! 次の休み一緒に買い物とかどう? あたしが選んだげるからさ!」
ねっ! と言って顔をぐいぐい近づけてくる石上に、奈央はのけぞるようにして顔を遠ざけながら、
「あ、だから、そうじゃなくて――」
「うんうん、そうじゃなくて、なにっ? どこか他に行きたいところがあるとかっ?」
さらに顔を近づけるようにしながら問うてくる石上に、奈央は言った。
「ち、違うから! わ、私は、そ、その女の子じゃないの!」
その途端、石上の目が大きく見開かれる。しばらくの間奈央の顔をまじまじと見つめた後、
「――へっ?」
気の抜けたような声を、僅かに漏らした。
奈央は次にどう言えばいいのか分からずしばらくの間そんな石上と机の上の弁当を交互にチラチラ見ていたが、待つという行為に痺れを切らしたのだろう、奈央が言葉を紡ぐよりも先に石上の方が口を開いた。
「そう、なの? あたし、てっきり、あなたがあの黒い――喪服みたいのを着た女の子だと思ってた…… だって、本当にそっくりなんだもの。あ、もしかしてあたしのことを警戒してるんでしょ? そうか、だから違うって否定するんだ。大丈夫だよ、あたしそんな悪い子じゃないから。本当だよ? ほら、バスケ部の近藤って先輩いるじゃん。あの子、自分をちやほやしてくれる子以外は絶対に受け付けないし、あの子の意見に反論したら徹底的にハブられちゃうんだよね。だからバスケ部ってずっとグダグダしてるの。あと顧問の伊達先生にも色目使ってるらしくてさぁ、噂じゃぁ、ヤリまくりって話らしいよ。じゃないとあんな奴、さっさと部活辞めさせてると思わない? まぁ、要するに身体使って先生を言いなりにしてるってことね。あの部活じゃぁ、近藤の言うことが絶対。例えば白いバラをあの先輩が『それは赤よ』って言ったら皆して『はい、アレは赤いバラです』って答えなくちゃならないの。どう思う?」
そんなこと言われても、と思いながら奈央はひたすらおしゃべりを続ける石上をどう扱ったらいいものか、心底戸惑っていた。いったいどうしたらここまで話を続けることができるんだろう。この長々と繰り広げられるなんだかよく分からない話に対して、私はどこで言葉を挟めばいいんだろう。そしてどう答えればいいんだろう。そんなことを考えている間も、石上のおしゃべりは止まる様子を見せなかった。
「あたし、あぁいう人大っ嫌いなんだよねぇ。だって他人が自分の言うことばかり聞いてくれるわけないじゃん? 自分は自分、他人は他人、血の繋がった家族であろうが仲の良い友達だろうが自分以外は皆他人なわけじゃん? そんな他人をそのまま受け入れてこそ真の大人ってもんだと思わない? あたしは他人を見た目や趣味嗜好で好きとか嫌いとか言いたくないんだよねぇ。だから、安心して! あたし、相原さんが多少人と違ってたり変わり者だったとしても全力で受け止められる自信があるから! ねっ? やっぱり相原さんがあの黒い喪服の女の子なんでしょ? いいよ、隠さなくても! そうなんでしょっ? ねっ? ねっ? ねっ?」
期待を込めたキラキラした大きな瞳に顔を覗き込まれて、その勢いに奈央は椅子ごと後ろに倒れるかと思うほどだった。そんなことを言われたって、本当に私はあの子じゃない。似ていると言われたって、客観的に比べたこともないから分からないし、何より奈央がその黒い服の女の子と出くわしたのだって昨日が初めてだ。その女の子と間違われるだなんて。
「ご、ごめんなさい」まず最初に口から出たのは、なぜか謝罪の言葉だった。「わ、わたし、本当に違うの。い、石上さんが言っている女の子とは別の、本当に、ただの他人なの……」
石上はそう口にした奈央の顔をしばらくまじまじと見つめ、
「……ホントに?」
と念を押すように、さらに顔を近づけてくる。
「ほ、本当に……」
答えた奈央に、石上は何度も目を瞬かせると、
「――なーんだ。違うのかぁ! よく似てたから間違いないって思ったのになぁ……」
心底残念そうに天井を仰ぐ石上に、「あ、でも」と奈央は口にした。
「わ、私も昨日、学校の帰りに見たよ。黒くて長い髪の女の子。黒い服を着て、黒い傘をさして峠の道を歩いてた」
「お、相原さんも見たんだ」と石上はそこに興味を持ったのか再び奈央に顔を戻した。「相原さんって、どこ中? 三つ葉――じゃないよねぇ? あたし、相原さんに見覚えないし。相原さんくらい美人だったら絶対に記憶に残ってるはずだもん」
美人、と言われて何だか恥ずかしかった奈央は、あえてそのくだりを無視して話をそらすように石上に問うた。
「そ、そんなに有名なの? あの、黒い服――喪服?を着た女の子」
「あぁ、うん。三つ葉中に通ってた子ならみんな知ってるはずだよ」
「どういう子なの? 私たちと同い年くらいに見えたけど――」
「そうだねぇ……」と石上は今一度天井に視線を向け、「あたしが知ってるのは、こんなうわさ話かな」
言って奈央に視線を戻すと、イヤに得意げににやりと微笑んだ。
梅雨独特の重たい雲間から久方ぶりの青空が覗くなか、奈央は学校へ向かうべく、自転車で峠道を下っていた。長い黒髪を風になびかせながら、すぐ右側を走る自動車に接触してしまわないよう、注意を払いつつハンドルを握る。もとよりこの時間帯は通勤通学で自動車や自転車、歩行者が多いだけでなく、ただでさえ細い歩道の関係上、以前から接触事故が絶えなかった。死亡事故こそ耳にしたことはなかったが、あるいは奈央が知らないだけで、かつてはそんな大きな事故があったとしてもおかしくはない。
そんな峠道を下りながら、奈央はふと昨夕のことを思い出していた。あの黒い服に黒い傘をさしていた女の子は、いったいどこの誰だったんだろう、と。あの時、確かにあの女の子は奈央を見てにっこりと微笑んだ。それはまるで、奈央のことをよく知っている人物であるかのような、ごく自然な微笑みだった。やはり同じクラスか、そうでなくとも同じ高校の誰かかもしれない。ただ奈央が覚えていないだけで、あちらは奈央のことを覚えていた。だから微笑みを浮かべた。そう考えれば自然、納得がいく。
奈央はこれまで幾度となく転校を繰り返した結果、特別仲の良い友達といったものをもったことがなく、加えて半年から一年という短期間しか在籍していなかったこともあって、クラスメイトの顔と名前を覚えるということを自ら放棄してきた。どうせ覚えたってすぐに転校してしまうのだという思いから、いつしか奈央は友人という存在に諦めを感じていたのである。そしてそれは小父や小母の下で暮らすようになってからも変わりはなく、むしろその弊害というべきか、なかなかクラスメイトの顔や名前を覚えられずにいた。今も自分の座る席の前後左右程度なら覚えているが、その他となるとかなり怪しい状態だった。また、それに加えて長年の『おひとり様』歴の所為か、友人が居なくとも別段困ることもなく、寂しいとさえ思わなかった。その為、奈央は自ら進んで友人を作ろうとすら思うこともなく、休憩中なども予習や復習、あるいは小説を読んだりと、ただ自分のためだけにその時間を費やしてきた。クラスの何人かはそんな奈央に話しかけてきたりすることもあったけれど、これまでの『おひとり様』歴の所為でどう答えたものか、或いはどう接したらいいのかまるでわからず、ただ曖昧な(それでも精一杯の)笑顔とともに様々なお誘いを断っていった。その結果、入学式からのこの二か月で誰も話しかけてくることもなくなり、これまで通りの『おひとり様』という地位を確立してしまったのだった。
こんなことなら、もう少しクラスメイトに興味を持っておくんだった。奈央は今更のようにそう後悔した。そうすれば、もしかしたら今頃はもっとクラスメイトの顔と名前を覚えられていたかもしれないし、昨夕の女の子の事だってすぐにわかったかもしれないのに。
奈央は大きな溜息を一つ吐くと、これからはもう少し、クラスメイト達に目を向けてみよう、と心に誓うのだった。
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結局、奈央はいつものごとくその日の朝も『おひとり様』だった。いつものように一人で上履きに履き替え、いつものように一人で教室へ向かい、いつものように机に向き小説を開き、いつものように授業を受けて、いつものように自分の席でお弁当を開いた。小母の作ってくれるお弁当はいつも美味しい。中学校まで自分で作っていた冷凍食品ばかりの味気ない茶色いお弁当とは違い、緑の野菜や鮮やかな赤を誇るプチトマト、白と黄色の断面が可愛らしいうずらの卵など、見ているだけで涎が出てきそうなほど見栄えが良かった。お弁当とはこういうもののことを言うのだ、と見せつけられたのと同時に、そのうち時間があるときにでも小母さんに料理を習うべきかもしれないと奈央は常々思っていた。
そんなお弁当を食べながらぼんやり窓の外に目を向けていたところへ、
「うわぁ、すごいね、そのお弁当」
と甲高い声が耳に入り、奈央は一瞬びくりと体を震わせて驚いた。まさか話しかけてくるものがいるだなんて思いもよらず、完全に油断していた。右に顔を向ければ、いかにも元気がよさそうな明るい笑顔の女の子が立っていた。肩まであるこげ茶の髪を左右で束ね、わずかばかり化粧っ気のあるその可愛らしい顔がすっと奈央の顔を覗き込んでくる。
「それ、自分で作ってるでしょ? 一人暮らしって大変だね」
「……えっ」
奈央はその少女の言葉に戸惑いを隠せなかった。
一人暮らし? 私が? どういうこと? 誰かと勘違いされてる?
そんな奈央の反応に、少女は「あぁ、ごめんごめん」と言いながらすぐ目の前の席(少なくとも前の席の子ではない。前の席の子は前原と言って短髪のいかにも体育会系の部活動をやっていそうな女の子だ。こんな子、このクラスにいただろうか?)に腰を下ろし、
「相原さん――だよね? あたし、石上っていうの。相原さんってあれでしょ? 峠の古い家に一人で住んでる子だよね? あたし、前々から気になってたんだよねぇ。あの峠の黒い服の女の子っていったいどこの誰なんだろうって。不思議に思ってたんだ、中学校の中にもそんな子居なかったし。きっと私立の別の中学校にでも通ってるんだって思っててさ」
「え、ち、ちがっ……!」
うまく言葉が出てこない。違う、と言いたいのに、少女――石上といっただろうか――はそんな奈央が言葉を挟む間も与えることなくしゃべり続ける。
「そしたらほら、この高校に通い始めてから峠の方から自転車に乗って駆け下りてくる、黒い服を着た女の子によく似た女の子がいるじゃん? お、もしかしてこの子があの黒服の女の子か! って思ってさ。いつ話しかけよう、いつ話しかけようって思ってたらいつの間にか二か月もたっててびっくりだよ。でも相原さんのその長い髪と綺麗な顔を見てあたしは確信したね。これはもう間違いなくあの峠の女の子だって。だってほら、いつも一人でいてミステリアスな雰囲気だし、すっごい美人だし! あたしの記憶と完全に一致してるからさ、これはもう間違いない、あの女の子の正体は相原さんだって確信したんだ! ご両親のことは気の毒だったね。でも大丈夫! あたしが友達になってあげるから! やっぱ一人でいるからどんどん気持ちまで暗くなって、あんな黒い服ばっかり着ちゃうんだよ! そう思わない? そんなに美人なんだし、もっと色んな服着ないともったいないじゃん! そうだ! 次の休み一緒に買い物とかどう? あたしが選んだげるからさ!」
ねっ! と言って顔をぐいぐい近づけてくる石上に、奈央はのけぞるようにして顔を遠ざけながら、
「あ、だから、そうじゃなくて――」
「うんうん、そうじゃなくて、なにっ? どこか他に行きたいところがあるとかっ?」
さらに顔を近づけるようにしながら問うてくる石上に、奈央は言った。
「ち、違うから! わ、私は、そ、その女の子じゃないの!」
その途端、石上の目が大きく見開かれる。しばらくの間奈央の顔をまじまじと見つめた後、
「――へっ?」
気の抜けたような声を、僅かに漏らした。
奈央は次にどう言えばいいのか分からずしばらくの間そんな石上と机の上の弁当を交互にチラチラ見ていたが、待つという行為に痺れを切らしたのだろう、奈央が言葉を紡ぐよりも先に石上の方が口を開いた。
「そう、なの? あたし、てっきり、あなたがあの黒い――喪服みたいのを着た女の子だと思ってた…… だって、本当にそっくりなんだもの。あ、もしかしてあたしのことを警戒してるんでしょ? そうか、だから違うって否定するんだ。大丈夫だよ、あたしそんな悪い子じゃないから。本当だよ? ほら、バスケ部の近藤って先輩いるじゃん。あの子、自分をちやほやしてくれる子以外は絶対に受け付けないし、あの子の意見に反論したら徹底的にハブられちゃうんだよね。だからバスケ部ってずっとグダグダしてるの。あと顧問の伊達先生にも色目使ってるらしくてさぁ、噂じゃぁ、ヤリまくりって話らしいよ。じゃないとあんな奴、さっさと部活辞めさせてると思わない? まぁ、要するに身体使って先生を言いなりにしてるってことね。あの部活じゃぁ、近藤の言うことが絶対。例えば白いバラをあの先輩が『それは赤よ』って言ったら皆して『はい、アレは赤いバラです』って答えなくちゃならないの。どう思う?」
そんなこと言われても、と思いながら奈央はひたすらおしゃべりを続ける石上をどう扱ったらいいものか、心底戸惑っていた。いったいどうしたらここまで話を続けることができるんだろう。この長々と繰り広げられるなんだかよく分からない話に対して、私はどこで言葉を挟めばいいんだろう。そしてどう答えればいいんだろう。そんなことを考えている間も、石上のおしゃべりは止まる様子を見せなかった。
「あたし、あぁいう人大っ嫌いなんだよねぇ。だって他人が自分の言うことばかり聞いてくれるわけないじゃん? 自分は自分、他人は他人、血の繋がった家族であろうが仲の良い友達だろうが自分以外は皆他人なわけじゃん? そんな他人をそのまま受け入れてこそ真の大人ってもんだと思わない? あたしは他人を見た目や趣味嗜好で好きとか嫌いとか言いたくないんだよねぇ。だから、安心して! あたし、相原さんが多少人と違ってたり変わり者だったとしても全力で受け止められる自信があるから! ねっ? やっぱり相原さんがあの黒い喪服の女の子なんでしょ? いいよ、隠さなくても! そうなんでしょっ? ねっ? ねっ? ねっ?」
期待を込めたキラキラした大きな瞳に顔を覗き込まれて、その勢いに奈央は椅子ごと後ろに倒れるかと思うほどだった。そんなことを言われたって、本当に私はあの子じゃない。似ていると言われたって、客観的に比べたこともないから分からないし、何より奈央がその黒い服の女の子と出くわしたのだって昨日が初めてだ。その女の子と間違われるだなんて。
「ご、ごめんなさい」まず最初に口から出たのは、なぜか謝罪の言葉だった。「わ、わたし、本当に違うの。い、石上さんが言っている女の子とは別の、本当に、ただの他人なの……」
石上はそう口にした奈央の顔をしばらくまじまじと見つめ、
「……ホントに?」
と念を押すように、さらに顔を近づけてくる。
「ほ、本当に……」
答えた奈央に、石上は何度も目を瞬かせると、
「――なーんだ。違うのかぁ! よく似てたから間違いないって思ったのになぁ……」
心底残念そうに天井を仰ぐ石上に、「あ、でも」と奈央は口にした。
「わ、私も昨日、学校の帰りに見たよ。黒くて長い髪の女の子。黒い服を着て、黒い傘をさして峠の道を歩いてた」
「お、相原さんも見たんだ」と石上はそこに興味を持ったのか再び奈央に顔を戻した。「相原さんって、どこ中? 三つ葉――じゃないよねぇ? あたし、相原さんに見覚えないし。相原さんくらい美人だったら絶対に記憶に残ってるはずだもん」
美人、と言われて何だか恥ずかしかった奈央は、あえてそのくだりを無視して話をそらすように石上に問うた。
「そ、そんなに有名なの? あの、黒い服――喪服?を着た女の子」
「あぁ、うん。三つ葉中に通ってた子ならみんな知ってるはずだよ」
「どういう子なの? 私たちと同い年くらいに見えたけど――」
「そうだねぇ……」と石上は今一度天井に視線を向け、「あたしが知ってるのは、こんなうわさ話かな」
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