112 / 112
第3部 序章・玲奈
第3回
しおりを挟む
**
「ふ~ん? そんなことになってるんだ、あのお化け桜……」
玲奈は帰宅後、姉の部屋を訪れて、件の学ラン男子と桜という女の子について、姉・結奈に相談した。
結奈は玲奈の姉であり、三姉妹の次女である。比較的大人しい性格の玲奈に比べていい加減でサバサバしているが、その分軽い気持ちで相談するには長女・麻奈よりも気楽だった。麻奈は結奈よりも几帳面で優しいが、玲奈に対して心配性なところがあって、少しばかり相談しづらいところがあった。
結奈はベッドに足を組んで腰かけて、顎に手をやって少し考えたのち、「あのお化け桜、まだ咲いてるんだよね?」と確かめるように玲奈に言った。
玲奈はこくりと頷いて、
「うん」
「……それ、おかしいと思わない?」
「えっ」と玲奈は首を傾げながら、「おかしい……?」
「だって、よく考えてみなよ。もう四月も中旬なんだよ? 今年この辺りの桜が開花し始めたの、確かあんたが小学校を卒業した三月の中旬を過ぎた頃だったでしょ? 三月の終わりごろにはほとんど見ごろを過ぎちゃって、四月に入ってからはほぼ花が散って枝だけになった桜の木ばっかりだったじゃない。少なくとも、私の高校の桜はもう全部の花が散っちゃってる。桜の種類によってはまだ咲いてるところも確かにあるけど、それってある程度間隔を開けて、順番に咲いていってたからでしょ?」
言われてみれば、とその時初めて玲奈はお化け桜に違和感を覚えた。あのお化け桜の花は、玲奈たちが三つ葉中学に入学した日――十日ほど前にはすでに満開の状態だった。それからずっと、あの花は咲き続けている。ちらほら散っている花びらを見たような気はするのだけれど、さすがにそんなに長い間咲き続けている桜の花を、玲奈は今まで一度も見たことがなかった。桜が開花している期間は一週間から十日ほど。その間に強い風が吹いたり雨が降るとさらに開花期間は短くなるはずだ。実際、この一週間の間に何度も強風の日はあったし、雨の降った日も一日から二日ほどあったのを覚えている。既にお化け桜以外の桜の木は茶色い枝ばかりになっていて、中には緑色の葉が芽吹き始めたものもあったはずだ。
「――もしかしたら、問題があるのはその学ランの男の子の方じゃなくて、お化け桜の方なのかも。私が三つ葉中にいた頃もあのお化け桜の開花している期間ってちょっと他の桜より長かったような気がするけど、二週間近くも咲き続けてたか記憶にないなぁ。少なくとも、私はあのお化け桜から霊的な何かを感じたりはしなかったけど……」
それから結奈は眉間にしわを寄せて、何かを考えるように黙り込む。
玲奈は答えを急かすように、
「……けど?」
すると結奈は「う~ん」と唸ってから、
「もしかしたら、あの時は眠っていただけなのかもしれない。何があったのかはわからないけれど、あのお化け桜に憑りついていた何か――もしかしたら、お化け桜そのものか、精霊的なもの、それが学ランの男の子の形をとって、その桜って女の子に接触しているのか……」
「お姉ちゃんにも、判らない?」
訊ねると、結奈はため息を吐いてから、
「そりゃまぁ、話を聞いただけじゃ何にもわかんないよ。少なくとも、私が通ってた頃は特に何も問題なかったもの。ちょっと長く咲いてる変わった桜の木だなぁ、くらいにしか思わなかったし、学ランの男の子も見たことなかったからなぁ。幽霊を見たって話も聞いたことがなかったし、さすがにこの時期にはもう花びらは散ってた気がするしなぁ……」
「……一度、一緒に学校まで来てもらえない? お姉ちゃんが直接見た方が、何か分かるかもしれないでしょ?」
玲奈の頼みに、けれど結奈はきっぱりと、「え? イヤだ」と即答する。
「だって、面倒くさいことになったら嫌だもの」
「でもお姉ちゃん、気合いパンチとかいうの使えるんでしょ?」
「それはそうだけど、それはあくまで最終手段。なるべくなら関わりたくない」
「なんで?」
「だから、言ってるでしょ? 面倒くさいのは嫌なだけ」
「私が困ってるのに、助けてくれないってこと?」
「あんたが困ってるっていうより、あんたのクラスメイトの男子がその桜って子を心配してるってだけでしょ? あんた自身は部外者じゃないの」
「それは、そうだけど……」
と口を濁す玲奈に、結奈は「ね?」と答えて首を横に振った。
「悪いことは言わない。適当に理由を付けて断っちゃいなよ。そこら辺を彷徨ってる浮遊霊とか地縛霊的なものなら気合いパンチで対処できるかもしれないけど、そうじゃなかったら、私にも太刀打ちできないかもしれないでしょ?」
「そうじゃないって、例えば?」
「神様、とか?」
「か、神様……?」
玲奈は思わず目を丸くして、結奈を見つめた。冗談を言っているのかと思ったけれど、その表情は至極真面目でふざけているようなそぶりはない。ただでさえ先日聞いた『生者の中には死者が混じっている』という事実に驚愕したばかりなのに、そのうえ更に『神様』の存在まで肯定されるとは思ってもいなかった。もはや自分の認識している世界観が百八十度変わったような気がして、ちょっと理解が追い付かない。
けれど、確かにそうだ。死者の魂がこの世を彷徨い歩いているというのであれば、神様という不確かな存在も実在したとして、何の不思議もないだろう。
「正確には、私たちが神様と認識している、死者の霊魂以外の何か、かな」
「何かって、何?」
「さぁ? 何かは何かよ、そんなの、私にだって解るわけないでしょ?」
「……じゃぁ、なら、どうしてお姉ちゃんはそういうことを知ってるの? 独学?」
それはここ数日、ずっと不思議に思っていたことでもあった。姉は果たして死者というものをどのように理解してきたのか。気合いパンチというものを、いったいどのように習得したのか。あるいは姉もまた別の誰かから死者や神様とやらの存在を教えられたのか――
すると結奈はにっと笑みを浮かべながら、
「あんたもよく知っている人から、教わっただけよ」
「私の、よく知っている人?」
いったい、誰のことだろうか。思い当たる節がない。結奈や玲奈に霊が視えるのであれば、もしかしたら長女・麻奈だろうか? それとも、お母さんやお父さん?
首を傾げる玲奈に、結奈は「そっか、思いつかないか」と口にしてから、
「――宮野首香澄」
その名前は、確かに玲奈もよく知っていた。
「……おばあちゃん」
結奈ははっと、息を飲んだ。
「ふ~ん? そんなことになってるんだ、あのお化け桜……」
玲奈は帰宅後、姉の部屋を訪れて、件の学ラン男子と桜という女の子について、姉・結奈に相談した。
結奈は玲奈の姉であり、三姉妹の次女である。比較的大人しい性格の玲奈に比べていい加減でサバサバしているが、その分軽い気持ちで相談するには長女・麻奈よりも気楽だった。麻奈は結奈よりも几帳面で優しいが、玲奈に対して心配性なところがあって、少しばかり相談しづらいところがあった。
結奈はベッドに足を組んで腰かけて、顎に手をやって少し考えたのち、「あのお化け桜、まだ咲いてるんだよね?」と確かめるように玲奈に言った。
玲奈はこくりと頷いて、
「うん」
「……それ、おかしいと思わない?」
「えっ」と玲奈は首を傾げながら、「おかしい……?」
「だって、よく考えてみなよ。もう四月も中旬なんだよ? 今年この辺りの桜が開花し始めたの、確かあんたが小学校を卒業した三月の中旬を過ぎた頃だったでしょ? 三月の終わりごろにはほとんど見ごろを過ぎちゃって、四月に入ってからはほぼ花が散って枝だけになった桜の木ばっかりだったじゃない。少なくとも、私の高校の桜はもう全部の花が散っちゃってる。桜の種類によってはまだ咲いてるところも確かにあるけど、それってある程度間隔を開けて、順番に咲いていってたからでしょ?」
言われてみれば、とその時初めて玲奈はお化け桜に違和感を覚えた。あのお化け桜の花は、玲奈たちが三つ葉中学に入学した日――十日ほど前にはすでに満開の状態だった。それからずっと、あの花は咲き続けている。ちらほら散っている花びらを見たような気はするのだけれど、さすがにそんなに長い間咲き続けている桜の花を、玲奈は今まで一度も見たことがなかった。桜が開花している期間は一週間から十日ほど。その間に強い風が吹いたり雨が降るとさらに開花期間は短くなるはずだ。実際、この一週間の間に何度も強風の日はあったし、雨の降った日も一日から二日ほどあったのを覚えている。既にお化け桜以外の桜の木は茶色い枝ばかりになっていて、中には緑色の葉が芽吹き始めたものもあったはずだ。
「――もしかしたら、問題があるのはその学ランの男の子の方じゃなくて、お化け桜の方なのかも。私が三つ葉中にいた頃もあのお化け桜の開花している期間ってちょっと他の桜より長かったような気がするけど、二週間近くも咲き続けてたか記憶にないなぁ。少なくとも、私はあのお化け桜から霊的な何かを感じたりはしなかったけど……」
それから結奈は眉間にしわを寄せて、何かを考えるように黙り込む。
玲奈は答えを急かすように、
「……けど?」
すると結奈は「う~ん」と唸ってから、
「もしかしたら、あの時は眠っていただけなのかもしれない。何があったのかはわからないけれど、あのお化け桜に憑りついていた何か――もしかしたら、お化け桜そのものか、精霊的なもの、それが学ランの男の子の形をとって、その桜って女の子に接触しているのか……」
「お姉ちゃんにも、判らない?」
訊ねると、結奈はため息を吐いてから、
「そりゃまぁ、話を聞いただけじゃ何にもわかんないよ。少なくとも、私が通ってた頃は特に何も問題なかったもの。ちょっと長く咲いてる変わった桜の木だなぁ、くらいにしか思わなかったし、学ランの男の子も見たことなかったからなぁ。幽霊を見たって話も聞いたことがなかったし、さすがにこの時期にはもう花びらは散ってた気がするしなぁ……」
「……一度、一緒に学校まで来てもらえない? お姉ちゃんが直接見た方が、何か分かるかもしれないでしょ?」
玲奈の頼みに、けれど結奈はきっぱりと、「え? イヤだ」と即答する。
「だって、面倒くさいことになったら嫌だもの」
「でもお姉ちゃん、気合いパンチとかいうの使えるんでしょ?」
「それはそうだけど、それはあくまで最終手段。なるべくなら関わりたくない」
「なんで?」
「だから、言ってるでしょ? 面倒くさいのは嫌なだけ」
「私が困ってるのに、助けてくれないってこと?」
「あんたが困ってるっていうより、あんたのクラスメイトの男子がその桜って子を心配してるってだけでしょ? あんた自身は部外者じゃないの」
「それは、そうだけど……」
と口を濁す玲奈に、結奈は「ね?」と答えて首を横に振った。
「悪いことは言わない。適当に理由を付けて断っちゃいなよ。そこら辺を彷徨ってる浮遊霊とか地縛霊的なものなら気合いパンチで対処できるかもしれないけど、そうじゃなかったら、私にも太刀打ちできないかもしれないでしょ?」
「そうじゃないって、例えば?」
「神様、とか?」
「か、神様……?」
玲奈は思わず目を丸くして、結奈を見つめた。冗談を言っているのかと思ったけれど、その表情は至極真面目でふざけているようなそぶりはない。ただでさえ先日聞いた『生者の中には死者が混じっている』という事実に驚愕したばかりなのに、そのうえ更に『神様』の存在まで肯定されるとは思ってもいなかった。もはや自分の認識している世界観が百八十度変わったような気がして、ちょっと理解が追い付かない。
けれど、確かにそうだ。死者の魂がこの世を彷徨い歩いているというのであれば、神様という不確かな存在も実在したとして、何の不思議もないだろう。
「正確には、私たちが神様と認識している、死者の霊魂以外の何か、かな」
「何かって、何?」
「さぁ? 何かは何かよ、そんなの、私にだって解るわけないでしょ?」
「……じゃぁ、なら、どうしてお姉ちゃんはそういうことを知ってるの? 独学?」
それはここ数日、ずっと不思議に思っていたことでもあった。姉は果たして死者というものをどのように理解してきたのか。気合いパンチというものを、いったいどのように習得したのか。あるいは姉もまた別の誰かから死者や神様とやらの存在を教えられたのか――
すると結奈はにっと笑みを浮かべながら、
「あんたもよく知っている人から、教わっただけよ」
「私の、よく知っている人?」
いったい、誰のことだろうか。思い当たる節がない。結奈や玲奈に霊が視えるのであれば、もしかしたら長女・麻奈だろうか? それとも、お母さんやお父さん?
首を傾げる玲奈に、結奈は「そっか、思いつかないか」と口にしてから、
「――宮野首香澄」
その名前は、確かに玲奈もよく知っていた。
「……おばあちゃん」
結奈ははっと、息を飲んだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/2/7:『かいぎ』の章を追加。2026/2/14の朝頃より公開開始予定。
2026/2/6:『きんようび』の章を追加。2026/2/13の朝頃より公開開始予定。
2026/2/5:『かれー』の章を追加。2026/2/12の朝頃より公開開始予定。
2026/2/4:『あくむ』の章を追加。2026/2/11の朝頃より公開開始予定。
2026/2/3:『つりいと』の章を追加。2026/2/10の朝頃より公開開始予定。
2026/2/2:『おばあちゃん』の章を追加。2026/2/9の朝頃より公開開始予定。
2026/2/1:『かんしかめら』の章を追加。2026/2/8の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる