闇に蠢く・完全版

ノムラユーリ

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第3部 序章・玲奈

第2回

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 玲奈が矢野桜と出会ったのは五年ほど前、中学校に入学してすぐの事だった。

 当時、ふたりの入学した三つ葉中学校の第二校舎の裏側には一本の大きな桜の木が植わっており、その枝はあり得ないほど太く、長く、至る方向に延びていた。

 その姿は一見して立派な古木のようであり、それと同時に校内に植わっている他の桜――その大半がソメイヨシノだった――とは明らかに様相の異なる不気味さから、学生らの間では『お化け桜』と呼ばれるほど、ある種異様な雰囲気を醸しだしていた。

 そんなお化け桜の下で、玲奈は学ランを着た男の子と親しげに話をする桜を見かけたのだ。

 本来ならば、三つ葉中の制服はブレザーである。にもかかわらず学ランを着ているその男子に違和感を覚えつつ、けれど玲奈はその時ただ漠然と「どこの学校の子なんだろう」程度にしか思っていなかった。

 それから二日ほどの間、玲奈は校舎裏を通りかかるたびにふたりの姿を見かけた。それは移動教室の途中だったり、体育で運動場に向かう途中だったり、教室などの掃除の時間にゴミを捨てに行く途中だったり、空いた時間に必ずといっていいほど桜とその男の子は楽しそうに笑いあっていた。

 さすがにそこまでくると、玲奈もおかしいと思うようになっていた。

 学ランの男の子がどこか別の学校の子だとして、こんな短い休み時間の度に行ったり来たりなんて、そうそうできるようなものじゃない。たとえ一番近い中学校でも数キロ先だ。五分や十分で来られるような距離じゃない。あるいは転校してきたばかりで制服が間に合っていない在校生である可能性も考えたが、それにしても何かがおかしい。一人だけ違う制服を着ていれば目立ってしまうはずなのに、校内で彼の姿を見たことが一度もなかったのだ。学年やクラスすらも分からず、と言って当時の玲奈と桜は学年こそ同じであってもクラスが異なっていたため話をしたこともなく、今のように親しい間柄ではなかったために確認することもできなかった。桜の姿を校内で見かけることは度々あったけれど、どう話しかけたらよいものか、玲奈にはまるでわからなかったのだ。

 そんなある日、学ランの男子と桜を遠目に見つめる、もう一人の男子の姿があることに玲奈は気づいた。その男子は間違いなく三つ葉中の制服を着ており、校舎の影に隠れるようにして、じっと二人の様子を窺っているようだった。

 その男子生徒の事なら、玲奈も知っていた。
 同じクラスの村田一である。

 話をしたこともまだ一度か二度くらいしかなかったが、人当たりの良い明るい性格で、恐らくいつも手入れしているのだろう少し長めの黒髪に、丸っこい顔が特徴的な男の子だった。これから成長期を迎えるところで、当時はその背も玲奈よりわずかに低いくらいだった。

 まだまだ幼さの残るその顔立ちが、桜の後ろ姿をじっと睨みつけるように見続けているのがあまりに気になって、玲奈は勇気を振り絞って村田に声を掛けてみたのだ。

「む、村田くん……」

「えっ!」
 村田は一瞬身体をビクつかせて声を上げ、慌てたように玲奈に顔を向けた。
「み、宮野首? あ、いや、えっと……なに?」

 しどろもどろになりながら、村田は誤魔化すように笑顔をつくった。のぞき見していたのがバレて気まずいのか、視線をきょろきょろさせていた。

 そんな村田に、玲奈も「えっと、その……」と口を濁しつつ、
「そんなところで、何をしてるの……?」

 訊ねると、村田は「あぁ、いや、その」と眉を寄せながら逡巡するような素振りを見せ、「べ、別に何も――」とぼそぼそと口の中で返事した。

「で、でも、ずっとあの子たちのこと、見てなかった?」

「あ、いや、それは、その……」
 と村田は桜の方に顔を向け、もう一度玲奈の方に向き直ると、小さくため息を吐いてから、
「なんて言うか、おかしいと思わないか? あいつ」

「おかしいって、学ランの子?」

 玲奈の言葉に、村田は眉根を寄せて首を傾げる。

「……学ランの子?」

「ほら、あの子――桜さん?と仲良さそうにお話ししてる、学ランの男の子」

 玲奈の指さす方に村田は視線を向けたが、けれどやはり困ったような表情で、
「……どこ?」

「あの子の正面にいるでしょ?」

「……いや、いないけど」

「――えっ」

「俺には、桜がずっとひとりでべらべらおしゃべりしてるようにしか見えないんだけど……?」

 そこで初めて、玲奈は学ランの男子が人ではないことを理解した。桜と学ランの男子があまりにも普通に会話をしているせいで、彼が死者であることに、まったく気づけなかったのである。

 玲奈はこの時、改めて姉・結奈から聞いた話を実感した。結奈も玲奈と同様、死者を見ることができるが、同時にその存在は玲奈と同じで、生者と区別することが難しいという。明らかに死んでいるであろう見た目――それこそ頭部がえぐれている、臓物がはみ出している、全身血まみれで身体の部位が欠損しているなどなど――でないかぎり、ぱっと見で生死の判断をすることなど到底不可能だった。そして今まさに目にしている学ランの男子など、どこからどう見てもごく普通の、どこかの男子中学生以外には見えなかったのである。

 村田はまじまじと困惑している玲奈を見つめ、見つめられている玲奈もまた学ランの男子と村田を交互に見やる。

「――本当に、見えないの?」

「……もしかして宮野首って、霊能力者とかいうやつ?」

 訊ねられて、玲奈はどう答えたものか逡巡しつつ、
「えっと、その……わかんない。霊能力ってのがどういうものか、私にもわからないから…… だけど、そう。私には、あそこに学ランの男の子が確かにいて、桜さんと楽しそうにお話ししているのが見えてるの……」

「……そうか」
 村田は言って、小さくかぶりを振った。

 それを見て、玲奈はどうしよう、と唇をかんだ。確かに自分には学ランの男子が視えている。けれど、それは結奈にしか視えておらず、大多数の人から見れば幻覚を見ているか、精神的な病か、そうでなければ嘘を吐いているようにしか感じられないことだろう。村田もきっと私の視ているものを信じてはいない。私が変なことを言っていると思っているのに違いない。けれど、確かにあそこには学ランの男子がいて、桜という女の子と楽しそうに笑いあっているのだ。

 玲奈は小さくため息を吐き、そして拳を握り締めた。

 たとえ村田くんに信じてもらえなくても、あれが死者であるというのならどうにかしないといけないかもしれない。お姉ちゃんも言っていた。死者の大半は害のない存在だけれども、中には明らかな悪意を持って生者を陥れようとしている者もいるって。あの学ランの子がそのどちらなのか分からないけれど、分からないからこそ、あの学ランの男子の真意を探らなくちゃ。もし悪意のある方だったら――

「どうした? 宮野首」

 村田に声をかけられて、玲奈ははっと我に返った。「え、あっ……」と口にしながら両手を振って、
「う、ううん。なんでもない……」

 そんな玲奈に、村田は眉根を寄せる。

「……その学ランの男、そんなにヤバそうなのか?」

「――えっ?」

 村田の様子に、玲奈は一瞬呆気にとられた。その言葉の意味をはかりかねて、思わず首を傾げてしまう。

 村田は「だから」と真剣な眼差しで、
「悪霊とか、お化けとか、そういう類のヤバそうなやつなのかってきいてるんだよ」

 玲奈は「えっ」と思わず口にして、
「――信じてくれるの? 私の言ってることを」

「……信じるも何も、実際、桜のやつは誰もいない方向に向かって喋り続けてんだろ? 俺にはお化け桜に向かって語り掛けてるようにしか見えないけど、そんなの、どう考えたっておかしいじゃないか。少なくとも、俺の知ってる桜はそんなことするようなやつじゃない。昔からどこか男っぽくて、花を愛でるような女じゃないんだ」

「昔から?」

 村田はうんとうなずいて、
「俺と桜、いわゆる幼馴染なんだよ。親父同士が小学校の頃からの友達でさ。ずっと近くに住んでたものだから、大人になってからも仲が良くって、俺も桜も生まれた時からほとんどずっと一緒だったんだ。だから、あいつのことは他の誰よりもよく知ってる。アイツは絶対に、木や花に語り掛けるような女じゃない。がさつで、おしゃべりで、いつも元気で――」
 だから、と村田はもう一度、桜の方に視線を向けながら、
「今のアイツは、絶対に何かおかしい。宮野首がアイツの喋っている先に学ランの男子がいるって言うんなら、きっとそうなんだろう。俺には見えないけど、宮野首が言う通りあそこには学ランの男子がいて、そいつが桜に何かしてるんだって考えた方が納得できる」

「村田くん……」

 村田は改めて玲奈の方に顔を向けると、「頼む」と深々と頭を下げた。

「桜を助けるの、手伝ってくれないか。その学ランの男子ってのが何なのか解らないけど、今の桜は明らかにいつもの桜じゃない。もし学ランの男子が悪霊か何かで、何か悪いことをしようとしているってんなら、何とかして桜を助けなくちゃいけないだろ?」

「で、でも、助けるって言っても――」

 どうすればいいのか、玲奈にはまったくわからなかった。そもそもあの学ランの男子が害のある存在なのか、それとも無害な存在なのか、それすら全く分からないのだ。助けるにしても、どうやって助ければ良いかも玲奈にはわからない。玲奈はただ視えるだけ。しかも、それが生者か死者かの判別すら村田に話を聞くまで判らなかったのだ。そんな自分が、果たして桜を助けることなんてできるのだろうか。

「頼む! この通り!」

 まるで土下座でもするかのように、地面に額をこすりつける勢いで頭を下げる村田に、玲奈はしどろもどろになりながら、
「え、あっ…… そ、そ、そう言われても、わわ、私だって……」

 その時、ふと頭をよぎったのが結奈から聞いた『気合いパンチ』だった。自分には到底できるとは思えないけれど、お姉ちゃんなら――

「……も、もしかしたら、お姉ちゃんなら、何とかしてくれるかもしれない」

「ほ、本当か? 宮野首のお姉さんも、お前みたいに幽霊が視えたりするのか?」

 期待を抱くようなキラキラした瞳で、村田は頭を上げた。

 結奈はうんと頷いて、
「お姉ちゃんに、相談してみるね……」

 その言葉に、村田は飛び上がるようにして立ち上がると、結奈の両手を掴みながら、
「――頼んだぜ! 宮野首!」
 満面の笑みで、そう言った。
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