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ひとりめ
第7回
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7
翌日昼、再び俺は昼食もそこそこに魔法百貨堂を訪れていた。
片手には昨日渡された魔法の調薬とやら。
結局、俺はこれを使わなかった。
いや、使えなかった。
こんなものに頼っちゃいけない、そう思って。
だから、この薬を返しにきたのだ。
ガラリと引き戸を開けて中に入ると、
「いらっしゃいませにゃー」
そう言って出迎えてくれたのは、カウンターの上に横たわる一匹の黒猫だった。
え? 猫が、喋った?
辺りを見回しても、あの女店主の姿は見当たらない。
「どうかしたかにゃ? 誰を探してるんだにゃ?」
その声は確かにあの女店主のもので、けれど声のする方にはやはり猫の姿しかない。
「え、いや、え?」
さすが魔法を取り扱っている店、やはり猫も喋るのか!?
などと思いながらカウンターに近づくと、そのカウンター裏に何やらこちらに背を向けて蹲る人影が見えた。
「……なんのつもりだ?」
声を掛けると、
「何のことかにゃ?」
欠伸する猫。
「いや、もう解ってるから。見えてるから!」
振り向きながら、チラリとこちらを見上げる女店主。
「ちっ」
何故か舌打ちしながら立ち上がり、
「うまく猫真似したつもりだったのに……」
意味のわからないことを口にする。
「あんた、いったい何がしたいんだ?」
尋ねる俺に、彼女は首を傾げながら、
「別に何も。暇だったので」
その言葉に、俺は思わず脱力してしまうのだった。
そんな俺に満足したように彼女はニカっと笑い、
「それでどうでした? ちゃんと食べてもらえました? それともこれから?」
俺はそれに対して首を横に振り、カウンターの上に例の小瓶を置く。
「結局使わなかった。これは返すよ」
彼女は笑みを浮かべたまま無言で小瓶に手を伸ばし、それを窓から射し込む陽の光にかざしながら、
「……どうして使わなかったか、お聴きしてもよろしいですか?」
そう尋ねてきた。
「そうだな」
俺は少し考え、
「魔法に頼るのは、何か違うって思ったんだ」
「違う?」
うん、と俺は頷き、
「俺は確かに妻と……紗季と喧嘩した。いや、違うな。アレは喧嘩じゃない。一方的に俺への不満をぶちまけられただけだ。俺はただ黙ってそれを聞いていることしかできなかった」
一旦言葉を切り、俺は今一度彼女へ視線をやった。てっきりまた噴き出すように笑われるんじゃないかと思ったが、意外にも彼女は優しげな微笑みを浮かべたまま、ただ黙って耳を傾けてくれていた。
「離婚すると言われても仕方がなかったんだ。それくらい俺は仕事にばかりかまけていた。もちろん、俺としては家族を蔑ろにしているつもりは微塵もなかった。ただ社会人として、それが当たり前だと思っていたから。でも、そうじゃなかった。俺はそんなことも解らず、魔法なんてものに頼ろうとしていたんだ」
同僚に相談したとき、胡散臭いと思っていた。魔法なんてあるはずがないと思っていた。
にもかかわらず、俺はここに来た。
つまり、そういうことだ。
そこに魔法が実際に存在するかどうかなんて、関係なかった。
全ての問題は、俺自身にあったのだ。
――いや、たぶん、最初からそれは解っていた。
「自分にとって何が大切か。俺はようやく気が付いたんだ。これは自分で何とかしなければならない問題なんだ。それを魔法で解決しようだなんて、情けない話じゃないか。」
俺はいったんそこで言葉を切り、はっきりと口にした。
「だから、魔法は要らない」
言ってから、何だかその言葉が妙に恥ずかしくなってきた。
また笑われてしまうな、と思いながら彼女に目を向けると、意外なことに、彼女は微笑んだままただそこに佇んでいた。
「……笑わないのか?」
思わず問うと、彼女は小首を傾げながら、
「どうして?」
と逆に尋ねてくる。
俺は頭を掻きながら、
「こんなこっぱずかしいことを口にして、馬鹿みたいだと思わないのか?」
それに対して、彼女は首を横に振った。
「それがあなたの本心なんでしょう? なら、馬鹿にしたり笑ったりなんかしたら、失礼じゃないですか」
その言葉に、俺はまじまじと彼女の表情を窺った。
またいい加減なことを言っているのではないかと勘繰ったが、どうやらそうではないらしい。
これまでの彼女と今目の前にいる彼女とのギャップに俺は何となく戸惑いを覚える。
「実はこれ、ただの調味料なんです。なんて言ったかな? 私もお姉ちゃんの料理棚から適当に取ってきただけだから知らないんですよね、実は」
そう言ってニヤリと笑った彼女の顔は、これまでのふざけた表情で。
「えっ」
と俺は思わず目を見張る。
「騙してたのか? じ、じゃあ、惚れ薬も? まさか、一昨日のバラも嘘だったのか?」
「いいえ」
彼女は首を横に振り、
「あの二つは間違いなく本物です。バラはほら、また同じ場所に咲いたのをお客さんも見てるでしょう?」
「確かに、そうだけど……」
そんな俺に、彼女はゆっくりと頭を下げ、
「騙してしまって、すみませんでした。ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にする。
「あ、あぁ、いや、うん。いいよ、別に」
もしかしたら、彼女には彼女なりの思惑があったのかも知れない。
例えば最初から俺自身に気付かせる為にわざと……?
「でも、そこまで気付けたら、あとはもう大丈夫ですね」
「あぁ、うん」
と俺は頷く。
「自分で何とかする。ありがとう、話を聞いてくれて」
何となく、心の重荷が軽くなったような気がした。
彼女はにっこりと微笑み、
「じゃあ、最後にひとつ、とっておきの魔法を教えますね」
「え? いや、いいよ。今言ったろ? 魔法は要らないって……」
彼女は構わず、すっと人差し指を伸ばすと俺の唇を示しながら、
「言葉です」
短く、そう言った。
「こ、言葉……?」
「はい。どうせお客さんのことだから、自分の気持ちを正直に伝えられないでいるんじゃないですか?」
「そ、そんなことは……」
「ない、なんて言えないですよね? だってお客さん、あぁ、とか、えぇ、とか、いや、とか、そんな返事ばっかりですもん。言葉って大事ですよ。たぶん、一番の魔法なんじゃないかな。是非試してみてください」
「言葉が、一番の、魔法……?」
彼女は頷くと、
「どうなったか、また話しに来てください。私はいつでも、ここでお待ちしていますから」
言って、にっこりと微笑んだ。
翌日昼、再び俺は昼食もそこそこに魔法百貨堂を訪れていた。
片手には昨日渡された魔法の調薬とやら。
結局、俺はこれを使わなかった。
いや、使えなかった。
こんなものに頼っちゃいけない、そう思って。
だから、この薬を返しにきたのだ。
ガラリと引き戸を開けて中に入ると、
「いらっしゃいませにゃー」
そう言って出迎えてくれたのは、カウンターの上に横たわる一匹の黒猫だった。
え? 猫が、喋った?
辺りを見回しても、あの女店主の姿は見当たらない。
「どうかしたかにゃ? 誰を探してるんだにゃ?」
その声は確かにあの女店主のもので、けれど声のする方にはやはり猫の姿しかない。
「え、いや、え?」
さすが魔法を取り扱っている店、やはり猫も喋るのか!?
などと思いながらカウンターに近づくと、そのカウンター裏に何やらこちらに背を向けて蹲る人影が見えた。
「……なんのつもりだ?」
声を掛けると、
「何のことかにゃ?」
欠伸する猫。
「いや、もう解ってるから。見えてるから!」
振り向きながら、チラリとこちらを見上げる女店主。
「ちっ」
何故か舌打ちしながら立ち上がり、
「うまく猫真似したつもりだったのに……」
意味のわからないことを口にする。
「あんた、いったい何がしたいんだ?」
尋ねる俺に、彼女は首を傾げながら、
「別に何も。暇だったので」
その言葉に、俺は思わず脱力してしまうのだった。
そんな俺に満足したように彼女はニカっと笑い、
「それでどうでした? ちゃんと食べてもらえました? それともこれから?」
俺はそれに対して首を横に振り、カウンターの上に例の小瓶を置く。
「結局使わなかった。これは返すよ」
彼女は笑みを浮かべたまま無言で小瓶に手を伸ばし、それを窓から射し込む陽の光にかざしながら、
「……どうして使わなかったか、お聴きしてもよろしいですか?」
そう尋ねてきた。
「そうだな」
俺は少し考え、
「魔法に頼るのは、何か違うって思ったんだ」
「違う?」
うん、と俺は頷き、
「俺は確かに妻と……紗季と喧嘩した。いや、違うな。アレは喧嘩じゃない。一方的に俺への不満をぶちまけられただけだ。俺はただ黙ってそれを聞いていることしかできなかった」
一旦言葉を切り、俺は今一度彼女へ視線をやった。てっきりまた噴き出すように笑われるんじゃないかと思ったが、意外にも彼女は優しげな微笑みを浮かべたまま、ただ黙って耳を傾けてくれていた。
「離婚すると言われても仕方がなかったんだ。それくらい俺は仕事にばかりかまけていた。もちろん、俺としては家族を蔑ろにしているつもりは微塵もなかった。ただ社会人として、それが当たり前だと思っていたから。でも、そうじゃなかった。俺はそんなことも解らず、魔法なんてものに頼ろうとしていたんだ」
同僚に相談したとき、胡散臭いと思っていた。魔法なんてあるはずがないと思っていた。
にもかかわらず、俺はここに来た。
つまり、そういうことだ。
そこに魔法が実際に存在するかどうかなんて、関係なかった。
全ての問題は、俺自身にあったのだ。
――いや、たぶん、最初からそれは解っていた。
「自分にとって何が大切か。俺はようやく気が付いたんだ。これは自分で何とかしなければならない問題なんだ。それを魔法で解決しようだなんて、情けない話じゃないか。」
俺はいったんそこで言葉を切り、はっきりと口にした。
「だから、魔法は要らない」
言ってから、何だかその言葉が妙に恥ずかしくなってきた。
また笑われてしまうな、と思いながら彼女に目を向けると、意外なことに、彼女は微笑んだままただそこに佇んでいた。
「……笑わないのか?」
思わず問うと、彼女は小首を傾げながら、
「どうして?」
と逆に尋ねてくる。
俺は頭を掻きながら、
「こんなこっぱずかしいことを口にして、馬鹿みたいだと思わないのか?」
それに対して、彼女は首を横に振った。
「それがあなたの本心なんでしょう? なら、馬鹿にしたり笑ったりなんかしたら、失礼じゃないですか」
その言葉に、俺はまじまじと彼女の表情を窺った。
またいい加減なことを言っているのではないかと勘繰ったが、どうやらそうではないらしい。
これまでの彼女と今目の前にいる彼女とのギャップに俺は何となく戸惑いを覚える。
「実はこれ、ただの調味料なんです。なんて言ったかな? 私もお姉ちゃんの料理棚から適当に取ってきただけだから知らないんですよね、実は」
そう言ってニヤリと笑った彼女の顔は、これまでのふざけた表情で。
「えっ」
と俺は思わず目を見張る。
「騙してたのか? じ、じゃあ、惚れ薬も? まさか、一昨日のバラも嘘だったのか?」
「いいえ」
彼女は首を横に振り、
「あの二つは間違いなく本物です。バラはほら、また同じ場所に咲いたのをお客さんも見てるでしょう?」
「確かに、そうだけど……」
そんな俺に、彼女はゆっくりと頭を下げ、
「騙してしまって、すみませんでした。ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にする。
「あ、あぁ、いや、うん。いいよ、別に」
もしかしたら、彼女には彼女なりの思惑があったのかも知れない。
例えば最初から俺自身に気付かせる為にわざと……?
「でも、そこまで気付けたら、あとはもう大丈夫ですね」
「あぁ、うん」
と俺は頷く。
「自分で何とかする。ありがとう、話を聞いてくれて」
何となく、心の重荷が軽くなったような気がした。
彼女はにっこりと微笑み、
「じゃあ、最後にひとつ、とっておきの魔法を教えますね」
「え? いや、いいよ。今言ったろ? 魔法は要らないって……」
彼女は構わず、すっと人差し指を伸ばすと俺の唇を示しながら、
「言葉です」
短く、そう言った。
「こ、言葉……?」
「はい。どうせお客さんのことだから、自分の気持ちを正直に伝えられないでいるんじゃないですか?」
「そ、そんなことは……」
「ない、なんて言えないですよね? だってお客さん、あぁ、とか、えぇ、とか、いや、とか、そんな返事ばっかりですもん。言葉って大事ですよ。たぶん、一番の魔法なんじゃないかな。是非試してみてください」
「言葉が、一番の、魔法……?」
彼女は頷くと、
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