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第2章 夢と悪魔と
第7回
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7
無音だった。
世界の全てから音が消えてしまったのではないかと思えるほどに、辺りは静寂に包まれていた。
そのあまりにも耳に痛い無音に、わたしはふと目を覚ます。
「……あれ?」
そこは、私の良く知る場所。
学校の、わたしの教室の、わたしの席に突っ伏していて。
わたし、また授業中に眠ってた?
そう思ったけれど、そもそも学校に登校してきたという記憶がない。
それに、このあまりの静けさはいったいどういうわけ?
思いながら上半身を起こし、教室の中を見回してみる。
まるでそれが当たり前であるかのように、そこにはわたし以外、誰の姿も見当たらなかった。
教室の蛍光灯は煌々と室内を照らしているが、窓の外にふと目を向ければ、そこに広がっているのはただ闇一色だった。
これは――夢だ。
わたしはすぐに確信する。
何だか意識がふわふわしているし、あまりにも現実味がない。
不気味、というほどではないにしても、このままこんな夢を見続けているのも嫌だった。
昨日の楸先輩の件を思い出して、早く目を覚まさなきゃ、と再び机に突っ伏す。
…………。
………。
……。
起きられない。
いや、逆の言い方をするなら、眠れない。
わたしは小さくため息を吐き、もう一度上半身を起こし、辺りを見回す。
先ほどと何一つ変わらず、夢の世界はそこにはあって。
「……どうしよ」
わたしは誰にともなく呟いた。
昨日のあの夢みたいに嫌な感じはしなかった。
だから、そこまで怖がる必要はない。
それなのに、何だか心がざわざわしてしまうのは、きっと楸先輩の所為に違いなかった。
ぼんやりと窓の外に顔を向けながら、わたしは再びため息をもらす。
どうしてまた、こんな夢を見てしまったのだろうか。
なんだかまたどこかから楸先輩が出てきそうな気がして、もし本当にそうなったら、と思うと何だか不安がわたしを襲う。
出てこないで、と願いながら、何度目かのため息を吐いたところで、
――キュ、キュ、キュ
廊下を歩く、誰かの足音にわたしの身体は跳ね上がった。
「え、うそ、楸先輩?」
思わず席から腰を浮かせて、壁際に身を寄せる。
その足音は確実にこちらのほうに近づいてきていて、まるで迷いなど感じられなかった。
次第に大きくなっていく、上靴と廊下のこすれる音。
その音の大きさと共に、わたしの恐怖は増幅していく。
やがて足音はわたしの教室の前で止まり、咄嗟にわたしは黒板の前、教卓の中に身をひそめた。
こんなところに隠れても意味があるとは思えないのだけれど、とにかく隠れなくては、と身を縮こまらせる。
カチャ、と取っ手に手がかかる音に続いて、ガラガラガラ、とドアが開け放たれる音が間近に聞こえた。
「――ふん」
教室のドアを開けた、何者かの鼻音。
キュ、キュ、キュ、とその何者かは教室の中を歩き回って、やがて教卓のすぐそばまで来てピタリとその足を止めてしまった。
わらしは口を手で覆い、身震いしながらその何者かがわたしに気づかず、立ち去ってくれることを切に願った。
けれど、
「――誰?」
そう言って、その何者かは教卓の中を覗き込んできて、
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げるわたしと、完全に視線が交わる。
――見つかった!
心臓がバクバクと激しく脈打ち、息もまともにできなかった。
恐怖が頂点に達して、大きく目を見開いて、絶叫してしまいそうになりながら、必死にそれを抑え込んで。
果たしてそこに見えたのは、楸先輩の顔、
「じゃ、ない……?」
「はい?」
茶色の短い髪を揺らしながら、その女の子は眉間にしわを寄せると、わずかに首を傾げた。
その女の子の名前は、榎夏希という、わたしと同じ高校の三年生だった。
つまり、先輩である。
夏希先輩(下の名前で呼んでいいと言ってくれた)はわたしと同じくやっぱり魔女で、今見ているこの夢が『夢渡り』と呼ばれる魔法によるものであることを教えてくれた。
「夢渡り?」
わたしが首を傾げると、
「知らない? 昔の魔法使いは、夢を介して連絡を取り合ってたらしいよ。今じゃぁ、携帯とかパソコンとか、便利な道具が増えて完全に廃れてしまった魔法らしいけど」
だけど、と夏希先輩は小さくため息を吐き、両手を腰にやりながら、
「本来、夢渡りって、一度会ったことのある魔法使い同士でないと繋がれないらしいんだ。或いは共通の知り合いがいれば、その夢と夢が繋がるって話だけど……」
「共通の知り合い? それって、例えばイノクチ先生とかですか?」
「だとしたら、ここにイノクチ先生がいるってことになるんだよね。それか、別の知り合いか」
「別の知り合い、ですか?」
わたしは口にして、頭にその人を思い浮かべて、けれど首を横に振ってその考えを必死に消し去る。
けれど、
「もしかして、真帆のこと知ってる? 楸真帆」
物の見事に夏希先輩はその名前を口にして、わたしは大きくため息を吐いた。
「やっぱり、知ってるんですね、楸先輩のこと」
すると夏希先輩はすこし困ったような笑みを零しながら、
「まぁ、知っているっていうか、一つ下の友達って感じだよね」
それからわたしの肩をぽんとひとつ叩いてから、
「もしかして、真帆にからかわれたことがある?」
わたしはそれに対して、う~んと腕を組んで唸ってから、
「あれを、からかわれたうちに入れていいのなら?」
「なにそれ」
けらけら笑う夏希先輩。
けれど、わたしからしてみれば、楸先輩のあの様子は真に迫っていて、決して冗談で「呪い殺す」なんて言っていたようには思えなかった。
夏希先輩は茶色いショートヘアを自然にかきわけながら、
「だとしても、やっぱりこの夢のどこかに真帆が居るってことになるわけだけれど」
え、マジ? それはできれば会いたくないなぁ――
口にはしなかったが、夏希先輩はそれを察してくれたのか、
「まぁまぁ、そんなに嫌そうな顔しないでよ。なんかあったら、あたしが助けてあげるからさ」
「ほ、ホントですか?」
思わず期待の眼差しを夏希先輩に向けると、夏希先輩は、
「とはいっても、魔法の力で言えば、真帆の方が圧倒的に強いんだけどね」
何とも頼りない言葉を口にするのだった。
それからわたしたちは、二人並んで教室をあとにした。
真っ暗な廊下に出て、左右を見渡す。
廊下には灯りひとつついてなくて、昨日の昼間に見た夢以上に不気味だった。
わたしはそんな廊下の先を見つめながら、思わず夏希先輩の袖を握る。
「――夏希先輩、よくこんなところを一人で歩き回ってましたね」
そう? と夏希先輩は首を傾げて、
「あたしは、どうせ真帆がまたドッキリを仕掛けてきたんだろうって思って、あんまり気にしなかったんだよね」
「ドッキリって、いつもそんなことしてるんですか、楸先輩は」
「基本、いたずら好きだからさ、アイツ」
それからわたしの、夏希先輩の袖を握る手にそっと手をやりながら、
「そんなに怖いんなら、手、繋いでいく?」
一瞬、わたしは「えっ」と夏希先輩の顔を見つめてしまった。
そこには頼りがいのありそうな、とても優し気な顔があって。
楸先輩ほどではないけれど、夏希先輩もどうして可愛らしい顔をしている。
なんだか見ているだけで気恥ずかしくなって、顔を背けながら、けれどわたしは小さく頷き、
「……はい」
素直にそう、答えたのだった。
「わかった」
言って夏希先輩はわたしの左手を握り締めると、
「じゃぁ、行こうか」
わたしたちは真っ暗な廊下を、右へ向かって歩き始めたのだった。
しばらく暗闇の中を歩き続けて、わたしたちは生物室の前で立ち止まった。
じっと目を凝らして見てみれば、そのドアがわずかに開いている。
「入ってみよう」
夏希先輩はそう口にすると、恐れることなく、空いた方の左手でガラリとドアを開け放った。
そこにはやっぱり、どこまでも暗闇が広がっているばっかりで。
「見えないなぁ。電気つけてみようか」
「電気、つくんですか?」
「え? だって、アオイの教室の電気だってついてたでしょ?」
「あ、そか」
わたしは変に納得して、小さく頷いた。
たとえ夢の中とはいえ、そこはちゃんとそうなっているらしい。
夏希先輩は出入り口の壁付近を手探りでスイッチを探して、
「あった」
そう口にしてから、カチリとスイッチをオンにする。
その途端、パパパッと生物室の蛍光灯が灯りをともした。
そこにはわたしの良く知る生物室の机が並んでいて、そんな生物室の奥、木製の棚の前に、
「真帆! 見つけたよ!」
夏希先輩が呼びかけて、わたしは咄嗟に夏希先輩の後ろに身を隠した。
そこにはこちらに背を向けて立つ楸先輩の姿があって、まるでメデューサか何かのように、その長い黒髪が風もないのに揺れていた。
夏希先輩はわたしを安心させるように微笑んでから、一歩前へ踏み出して、
「――違う」
すぐにその足をひっこめた。
それからわたしを庇うように後ろへ押しやり、
「あんた、誰?」
その後ろ姿に声を掛けた。
「え? え? え?」
わたしは何が何だかわからなくて、ただ戸惑いの声を漏らすばかりで。
夏希先輩は眉間に皺を寄せながら、その身をわずかに震わせている。
――違う。夏希先輩だけじゃない。わたしの身体も、何故かがくがくと小刻みに震えて止まらなかった。
楸先輩に対する恐怖心からだろうか、とも思ったけれど、たぶん、違う。
もっと本能的な、危険を知らせる真の恐怖。
その楸先輩――に見える何者かは、ゆっくりとこちらに振り向いて、けれどそこには、わたしの知る楸先輩の顔なんてどこにもなかった。
本来顔があるべきはずのそこには闇よりも真っ暗な何かが渦を巻いていて、その長い髪は気持ちが悪いくらいにうねうねと宙を舞い踊って。
その何者かが一歩前へ踏み出して、わたしたちは一歩あと退る。
「な、何なんですか、アレ!」
思わずわたしが口にすると、
「し、知らない。見たこともない」
夏希先輩も、不安げな声でそう答える。
何者かは楸先輩によく似た声で、くすくすとおかしそうに笑い声をあげながら、すたすたとわたしたちの方へと歩き出した。
「に、逃げろ!」
言うが早いか、夏希先輩はわたしの手を引っ張って、廊下に飛び出した。
わたしも夏希先輩の手を握り締めたまま廊下を駆けて、楸先輩に似た何者かから必死に逃げる。
くすくすくす、くすくすくす――
まるですぐ耳元で聞こえてくるかのような、その笑う声。
「あ、あれ、ホントに楸先輩じゃないんですか? 楸先輩が、いたずらしてるんじゃないんですか?」
走りながら夏希先輩に訊ねたけれど、夏希先輩は「絶対に違う!」と声を張り上げてそれを否定する。
「だって、まとってる魔力の感じが全然違う! アイツは、あそこまでどす黒くない!」
廊下はどこまでも続いていた。いつの間にか教室は消えていて、永遠に続く廊下はその先が全く見えなかった。
そこにはただただ恐怖しかなかった。何が何だか、全然わからなかった。
わたしたちは息も切れ切れに必死に逃げて、逃げても逃げてもその何者かはわたしたちを追いかけ続けた。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
夏希先輩が何度も口にして、わたしの手をぎゅっと握り締める。
痛かったけど、ここで手を放して夏希先輩と離れ離れになってしまうことも恐ろしくて。
廊下を駆けて駆けて駆けて、駆け抜けて、それでもどこにもたどり着けなかった。
「――あっ!」
思わず足がもつれて、わたしは床に派手に転んだ。
それに引っ張られるように、夏希先輩もゴロンと転がる。
「ご、ごめんなさい!」
「だ、大丈夫?」
お互いに声を掛け合い、もう一度立ち上がろうとしたところで、
「クスクスクスクスクスクス――」
床に転がったわたしたちを見下ろすように、何者かは立ちはだかった。
その顔の、渦巻く闇は先ほどよりもより大きくなっていて、じっとわたしたちの顔を物色するように見比べながら、やがてわたしのほうへその顔を近づけて――
「あ、あぁっ……!」
その瞬間、力が抜けていくような感覚がした。
わたしの身体からキラキラした光が抜け出していき、渦巻く闇の中へ吸い込まれていく。
嫌だ、イヤだ、いやだ!
身体をのけ反らせて抗ってみたのだけれど、全然効果なんて感じなかった。
「――アオイ! アオイ!」
夏希先輩の、泣き叫ぶような声が遠くに聞こえる。
次第に意識が朦朧としてきて、この夢が本当に夢なのか、実は現実なのか、或いは妄想なのか、なんなのか、わからなくなってきて――
その時だった。
「起きて、アオイちゃん!」
覚えのある声がすぐ耳元で聞こえてきたかと思うと、次の瞬間。
――パンッ!
何かが弾けるような音がして、わたしは大きく目を見開いた。
無音だった。
世界の全てから音が消えてしまったのではないかと思えるほどに、辺りは静寂に包まれていた。
そのあまりにも耳に痛い無音に、わたしはふと目を覚ます。
「……あれ?」
そこは、私の良く知る場所。
学校の、わたしの教室の、わたしの席に突っ伏していて。
わたし、また授業中に眠ってた?
そう思ったけれど、そもそも学校に登校してきたという記憶がない。
それに、このあまりの静けさはいったいどういうわけ?
思いながら上半身を起こし、教室の中を見回してみる。
まるでそれが当たり前であるかのように、そこにはわたし以外、誰の姿も見当たらなかった。
教室の蛍光灯は煌々と室内を照らしているが、窓の外にふと目を向ければ、そこに広がっているのはただ闇一色だった。
これは――夢だ。
わたしはすぐに確信する。
何だか意識がふわふわしているし、あまりにも現実味がない。
不気味、というほどではないにしても、このままこんな夢を見続けているのも嫌だった。
昨日の楸先輩の件を思い出して、早く目を覚まさなきゃ、と再び机に突っ伏す。
…………。
………。
……。
起きられない。
いや、逆の言い方をするなら、眠れない。
わたしは小さくため息を吐き、もう一度上半身を起こし、辺りを見回す。
先ほどと何一つ変わらず、夢の世界はそこにはあって。
「……どうしよ」
わたしは誰にともなく呟いた。
昨日のあの夢みたいに嫌な感じはしなかった。
だから、そこまで怖がる必要はない。
それなのに、何だか心がざわざわしてしまうのは、きっと楸先輩の所為に違いなかった。
ぼんやりと窓の外に顔を向けながら、わたしは再びため息をもらす。
どうしてまた、こんな夢を見てしまったのだろうか。
なんだかまたどこかから楸先輩が出てきそうな気がして、もし本当にそうなったら、と思うと何だか不安がわたしを襲う。
出てこないで、と願いながら、何度目かのため息を吐いたところで、
――キュ、キュ、キュ
廊下を歩く、誰かの足音にわたしの身体は跳ね上がった。
「え、うそ、楸先輩?」
思わず席から腰を浮かせて、壁際に身を寄せる。
その足音は確実にこちらのほうに近づいてきていて、まるで迷いなど感じられなかった。
次第に大きくなっていく、上靴と廊下のこすれる音。
その音の大きさと共に、わたしの恐怖は増幅していく。
やがて足音はわたしの教室の前で止まり、咄嗟にわたしは黒板の前、教卓の中に身をひそめた。
こんなところに隠れても意味があるとは思えないのだけれど、とにかく隠れなくては、と身を縮こまらせる。
カチャ、と取っ手に手がかかる音に続いて、ガラガラガラ、とドアが開け放たれる音が間近に聞こえた。
「――ふん」
教室のドアを開けた、何者かの鼻音。
キュ、キュ、キュ、とその何者かは教室の中を歩き回って、やがて教卓のすぐそばまで来てピタリとその足を止めてしまった。
わらしは口を手で覆い、身震いしながらその何者かがわたしに気づかず、立ち去ってくれることを切に願った。
けれど、
「――誰?」
そう言って、その何者かは教卓の中を覗き込んできて、
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げるわたしと、完全に視線が交わる。
――見つかった!
心臓がバクバクと激しく脈打ち、息もまともにできなかった。
恐怖が頂点に達して、大きく目を見開いて、絶叫してしまいそうになりながら、必死にそれを抑え込んで。
果たしてそこに見えたのは、楸先輩の顔、
「じゃ、ない……?」
「はい?」
茶色の短い髪を揺らしながら、その女の子は眉間にしわを寄せると、わずかに首を傾げた。
その女の子の名前は、榎夏希という、わたしと同じ高校の三年生だった。
つまり、先輩である。
夏希先輩(下の名前で呼んでいいと言ってくれた)はわたしと同じくやっぱり魔女で、今見ているこの夢が『夢渡り』と呼ばれる魔法によるものであることを教えてくれた。
「夢渡り?」
わたしが首を傾げると、
「知らない? 昔の魔法使いは、夢を介して連絡を取り合ってたらしいよ。今じゃぁ、携帯とかパソコンとか、便利な道具が増えて完全に廃れてしまった魔法らしいけど」
だけど、と夏希先輩は小さくため息を吐き、両手を腰にやりながら、
「本来、夢渡りって、一度会ったことのある魔法使い同士でないと繋がれないらしいんだ。或いは共通の知り合いがいれば、その夢と夢が繋がるって話だけど……」
「共通の知り合い? それって、例えばイノクチ先生とかですか?」
「だとしたら、ここにイノクチ先生がいるってことになるんだよね。それか、別の知り合いか」
「別の知り合い、ですか?」
わたしは口にして、頭にその人を思い浮かべて、けれど首を横に振ってその考えを必死に消し去る。
けれど、
「もしかして、真帆のこと知ってる? 楸真帆」
物の見事に夏希先輩はその名前を口にして、わたしは大きくため息を吐いた。
「やっぱり、知ってるんですね、楸先輩のこと」
すると夏希先輩はすこし困ったような笑みを零しながら、
「まぁ、知っているっていうか、一つ下の友達って感じだよね」
それからわたしの肩をぽんとひとつ叩いてから、
「もしかして、真帆にからかわれたことがある?」
わたしはそれに対して、う~んと腕を組んで唸ってから、
「あれを、からかわれたうちに入れていいのなら?」
「なにそれ」
けらけら笑う夏希先輩。
けれど、わたしからしてみれば、楸先輩のあの様子は真に迫っていて、決して冗談で「呪い殺す」なんて言っていたようには思えなかった。
夏希先輩は茶色いショートヘアを自然にかきわけながら、
「だとしても、やっぱりこの夢のどこかに真帆が居るってことになるわけだけれど」
え、マジ? それはできれば会いたくないなぁ――
口にはしなかったが、夏希先輩はそれを察してくれたのか、
「まぁまぁ、そんなに嫌そうな顔しないでよ。なんかあったら、あたしが助けてあげるからさ」
「ほ、ホントですか?」
思わず期待の眼差しを夏希先輩に向けると、夏希先輩は、
「とはいっても、魔法の力で言えば、真帆の方が圧倒的に強いんだけどね」
何とも頼りない言葉を口にするのだった。
それからわたしたちは、二人並んで教室をあとにした。
真っ暗な廊下に出て、左右を見渡す。
廊下には灯りひとつついてなくて、昨日の昼間に見た夢以上に不気味だった。
わたしはそんな廊下の先を見つめながら、思わず夏希先輩の袖を握る。
「――夏希先輩、よくこんなところを一人で歩き回ってましたね」
そう? と夏希先輩は首を傾げて、
「あたしは、どうせ真帆がまたドッキリを仕掛けてきたんだろうって思って、あんまり気にしなかったんだよね」
「ドッキリって、いつもそんなことしてるんですか、楸先輩は」
「基本、いたずら好きだからさ、アイツ」
それからわたしの、夏希先輩の袖を握る手にそっと手をやりながら、
「そんなに怖いんなら、手、繋いでいく?」
一瞬、わたしは「えっ」と夏希先輩の顔を見つめてしまった。
そこには頼りがいのありそうな、とても優し気な顔があって。
楸先輩ほどではないけれど、夏希先輩もどうして可愛らしい顔をしている。
なんだか見ているだけで気恥ずかしくなって、顔を背けながら、けれどわたしは小さく頷き、
「……はい」
素直にそう、答えたのだった。
「わかった」
言って夏希先輩はわたしの左手を握り締めると、
「じゃぁ、行こうか」
わたしたちは真っ暗な廊下を、右へ向かって歩き始めたのだった。
しばらく暗闇の中を歩き続けて、わたしたちは生物室の前で立ち止まった。
じっと目を凝らして見てみれば、そのドアがわずかに開いている。
「入ってみよう」
夏希先輩はそう口にすると、恐れることなく、空いた方の左手でガラリとドアを開け放った。
そこにはやっぱり、どこまでも暗闇が広がっているばっかりで。
「見えないなぁ。電気つけてみようか」
「電気、つくんですか?」
「え? だって、アオイの教室の電気だってついてたでしょ?」
「あ、そか」
わたしは変に納得して、小さく頷いた。
たとえ夢の中とはいえ、そこはちゃんとそうなっているらしい。
夏希先輩は出入り口の壁付近を手探りでスイッチを探して、
「あった」
そう口にしてから、カチリとスイッチをオンにする。
その途端、パパパッと生物室の蛍光灯が灯りをともした。
そこにはわたしの良く知る生物室の机が並んでいて、そんな生物室の奥、木製の棚の前に、
「真帆! 見つけたよ!」
夏希先輩が呼びかけて、わたしは咄嗟に夏希先輩の後ろに身を隠した。
そこにはこちらに背を向けて立つ楸先輩の姿があって、まるでメデューサか何かのように、その長い黒髪が風もないのに揺れていた。
夏希先輩はわたしを安心させるように微笑んでから、一歩前へ踏み出して、
「――違う」
すぐにその足をひっこめた。
それからわたしを庇うように後ろへ押しやり、
「あんた、誰?」
その後ろ姿に声を掛けた。
「え? え? え?」
わたしは何が何だかわからなくて、ただ戸惑いの声を漏らすばかりで。
夏希先輩は眉間に皺を寄せながら、その身をわずかに震わせている。
――違う。夏希先輩だけじゃない。わたしの身体も、何故かがくがくと小刻みに震えて止まらなかった。
楸先輩に対する恐怖心からだろうか、とも思ったけれど、たぶん、違う。
もっと本能的な、危険を知らせる真の恐怖。
その楸先輩――に見える何者かは、ゆっくりとこちらに振り向いて、けれどそこには、わたしの知る楸先輩の顔なんてどこにもなかった。
本来顔があるべきはずのそこには闇よりも真っ暗な何かが渦を巻いていて、その長い髪は気持ちが悪いくらいにうねうねと宙を舞い踊って。
その何者かが一歩前へ踏み出して、わたしたちは一歩あと退る。
「な、何なんですか、アレ!」
思わずわたしが口にすると、
「し、知らない。見たこともない」
夏希先輩も、不安げな声でそう答える。
何者かは楸先輩によく似た声で、くすくすとおかしそうに笑い声をあげながら、すたすたとわたしたちの方へと歩き出した。
「に、逃げろ!」
言うが早いか、夏希先輩はわたしの手を引っ張って、廊下に飛び出した。
わたしも夏希先輩の手を握り締めたまま廊下を駆けて、楸先輩に似た何者かから必死に逃げる。
くすくすくす、くすくすくす――
まるですぐ耳元で聞こえてくるかのような、その笑う声。
「あ、あれ、ホントに楸先輩じゃないんですか? 楸先輩が、いたずらしてるんじゃないんですか?」
走りながら夏希先輩に訊ねたけれど、夏希先輩は「絶対に違う!」と声を張り上げてそれを否定する。
「だって、まとってる魔力の感じが全然違う! アイツは、あそこまでどす黒くない!」
廊下はどこまでも続いていた。いつの間にか教室は消えていて、永遠に続く廊下はその先が全く見えなかった。
そこにはただただ恐怖しかなかった。何が何だか、全然わからなかった。
わたしたちは息も切れ切れに必死に逃げて、逃げても逃げてもその何者かはわたしたちを追いかけ続けた。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
夏希先輩が何度も口にして、わたしの手をぎゅっと握り締める。
痛かったけど、ここで手を放して夏希先輩と離れ離れになってしまうことも恐ろしくて。
廊下を駆けて駆けて駆けて、駆け抜けて、それでもどこにもたどり着けなかった。
「――あっ!」
思わず足がもつれて、わたしは床に派手に転んだ。
それに引っ張られるように、夏希先輩もゴロンと転がる。
「ご、ごめんなさい!」
「だ、大丈夫?」
お互いに声を掛け合い、もう一度立ち上がろうとしたところで、
「クスクスクスクスクスクス――」
床に転がったわたしたちを見下ろすように、何者かは立ちはだかった。
その顔の、渦巻く闇は先ほどよりもより大きくなっていて、じっとわたしたちの顔を物色するように見比べながら、やがてわたしのほうへその顔を近づけて――
「あ、あぁっ……!」
その瞬間、力が抜けていくような感覚がした。
わたしの身体からキラキラした光が抜け出していき、渦巻く闇の中へ吸い込まれていく。
嫌だ、イヤだ、いやだ!
身体をのけ反らせて抗ってみたのだけれど、全然効果なんて感じなかった。
「――アオイ! アオイ!」
夏希先輩の、泣き叫ぶような声が遠くに聞こえる。
次第に意識が朦朧としてきて、この夢が本当に夢なのか、実は現実なのか、或いは妄想なのか、なんなのか、わからなくなってきて――
その時だった。
「起きて、アオイちゃん!」
覚えのある声がすぐ耳元で聞こえてきたかと思うと、次の瞬間。
――パンッ!
何かが弾けるような音がして、わたしは大きく目を見開いた。
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