16 / 40
第2章 夢と悪魔と
第8回
しおりを挟む
8
ばっと目を覚ますと、目の前にあったのは光を背にした楾さんの、眼に涙を浮かべた表情だった。
「よかった、よかったぁ……!」
そう言いながら、楾さんはわたしの身体をぎゅっと抱きしめてくれる。
柔らかいその感触と、甘い花のような香りがわたしの鼻孔をくすぐった。
そこはわたしの部屋の中で、楾さんの後ろで光っていたのはなんのことはない、わたしの部屋の灯りだった。
わたしの身体は汗びっしょりで、心臓はバクバクと早鐘を打ち、うまく息ができないほど呼吸は乱れていた。
「は、はんどう、さん?」
なんとかそう口にすると、楾さんはさらに強くわたしを抱きしめ、
「そう、そうだよ! 私、アリス! 楾アリス!」
心底嬉しそうに、自身の名前を繰り返した。
「なん、で? どうして、アリスさんが、ここにいるの?」
訊ねると、楾――アリスさんはわたしから身体を離しながら、
「ごめんね、気を悪くしないで。あなたの夢、ずっと見てたの」
「わたしの、夢……?」
そう、とアリスさんは頷いて、床の上にペタンと座り込み、
「何だか嫌な予感がしたから。アオイちゃん、言ってたでしょう? 真帆ちゃんに、呪い殺すって言われたって。それがどうしても気になって、勝手にあなたの夢を見させてもらってた」
「それ、どういうことですか? さっきまで見ていた私の夢の中に、アリスさんもいたってことなんですか?」
アリスさんは「いいえ」と首を横に振り、
「あなたの夢を、私の夢を介して外側から観察していた、とでも言えばいいかしら。あなたの夢には入らなかったけど、その外側からずっと見てたの。あなたの夢は、あの時、たしかに真帆ちゃんの夢と繋がっていた」
「……やっぱり、そうなんですね」
あの夢は、楸先輩の見せた夢だった、たぶん、そういうことだ。
「夏希先輩は? 夏希先輩は、どうなったんですか?」
「夏希ちゃんも大丈夫。あの子も真帆ちゃんと夢が繋がっていたけど、イノクチ先生が助け出したみたいだから」
「――よかった」
わたしはほっと胸を撫でおろした。わたしだけ助け出されたんじゃなくて、本当に良かった。
「でも、アレはいったい何だったんですか?」
「アレ?」
首を傾げるアリスさんに、わたしはこくりと頷いて、
「楸先輩によく似た、だけど顔が無くて、黒い闇が渦を巻いている、化物みたいなヤツ。夏希先輩は楸先輩じゃないって言ってましたけど……」
するとアリスさんは、あぁ、と溜息にも似た声を漏らし、
「……アレをどう表現したらいいのか、実はわたしにもよく解らないの。確かにあなたたちは真帆ちゃんの夢と繋がっていた。けれど、あの夢に真帆ちゃんはいなかった。代わりに居たのが、そう、アレ――ムマ」
「ムマ?」
「夢の悪魔。夢魔。わたしたち魔法使いの間では、そう呼ばれている未知の存在」
「それが、どうして、楸先輩の夢の中に?」
眉間に皺を寄せながら訊ねると、アリスさんは大きなため息を一つ吐いて、
「そうね。あなたには――アオイちゃんにはちゃんと話した方が良いかも知れない。何も知らないより、知っておいた方が良いかも知れない」
だけど、とアリスさんは再び腰を上げ、わたしの両手を包み込みながら、
「明日、改めてお話しします。夏希ちゃんと、イノクチ先生と、四人でこれからについて話し合わなくちゃならないから」
「こ、これから?」
「そう」
とアリスさんは頷き、
「アイツは、アナタたちを狙っている。あなたたちの魔力を、夢を介して奪い取ろうと企んでいる」
「ま、魔力、奪う? そ、それって――」
その時だった。
「アオイ! どうしたの? 誰かいるの?」
一階からママの声がして、アリスさんは慌てたようにわたしの両手から手を離すと、
「――明日、また学校で。私が来たことは、ご両親やおばあさまには内密でお願いします」
それからわたしのおでこをかきあげると、ちゅっと小さくキスをして、
「これは魔よけです。今日の所は、安心して眠ってください」
アリスさんはそう言い残すとホウキを手に取り、あっという間に部屋の窓から飛び出していった。
パタン、と窓が閉まる音がして、次の瞬間、ガチャリ、と部屋のドアが開け放たれる。
「アオイ? 大丈夫?」
ママが心配そうに入ってきて、わたしの様子に目を見開いた。
「だ、大丈夫? どうしたの、汗びっしょりじゃない!」
それに対して、わたしは小さく笑いながら、
「ちょっと、悪い夢を見ちゃって……」
誤魔化すように、そう答えたのだった。
ばっと目を覚ますと、目の前にあったのは光を背にした楾さんの、眼に涙を浮かべた表情だった。
「よかった、よかったぁ……!」
そう言いながら、楾さんはわたしの身体をぎゅっと抱きしめてくれる。
柔らかいその感触と、甘い花のような香りがわたしの鼻孔をくすぐった。
そこはわたしの部屋の中で、楾さんの後ろで光っていたのはなんのことはない、わたしの部屋の灯りだった。
わたしの身体は汗びっしょりで、心臓はバクバクと早鐘を打ち、うまく息ができないほど呼吸は乱れていた。
「は、はんどう、さん?」
なんとかそう口にすると、楾さんはさらに強くわたしを抱きしめ、
「そう、そうだよ! 私、アリス! 楾アリス!」
心底嬉しそうに、自身の名前を繰り返した。
「なん、で? どうして、アリスさんが、ここにいるの?」
訊ねると、楾――アリスさんはわたしから身体を離しながら、
「ごめんね、気を悪くしないで。あなたの夢、ずっと見てたの」
「わたしの、夢……?」
そう、とアリスさんは頷いて、床の上にペタンと座り込み、
「何だか嫌な予感がしたから。アオイちゃん、言ってたでしょう? 真帆ちゃんに、呪い殺すって言われたって。それがどうしても気になって、勝手にあなたの夢を見させてもらってた」
「それ、どういうことですか? さっきまで見ていた私の夢の中に、アリスさんもいたってことなんですか?」
アリスさんは「いいえ」と首を横に振り、
「あなたの夢を、私の夢を介して外側から観察していた、とでも言えばいいかしら。あなたの夢には入らなかったけど、その外側からずっと見てたの。あなたの夢は、あの時、たしかに真帆ちゃんの夢と繋がっていた」
「……やっぱり、そうなんですね」
あの夢は、楸先輩の見せた夢だった、たぶん、そういうことだ。
「夏希先輩は? 夏希先輩は、どうなったんですか?」
「夏希ちゃんも大丈夫。あの子も真帆ちゃんと夢が繋がっていたけど、イノクチ先生が助け出したみたいだから」
「――よかった」
わたしはほっと胸を撫でおろした。わたしだけ助け出されたんじゃなくて、本当に良かった。
「でも、アレはいったい何だったんですか?」
「アレ?」
首を傾げるアリスさんに、わたしはこくりと頷いて、
「楸先輩によく似た、だけど顔が無くて、黒い闇が渦を巻いている、化物みたいなヤツ。夏希先輩は楸先輩じゃないって言ってましたけど……」
するとアリスさんは、あぁ、と溜息にも似た声を漏らし、
「……アレをどう表現したらいいのか、実はわたしにもよく解らないの。確かにあなたたちは真帆ちゃんの夢と繋がっていた。けれど、あの夢に真帆ちゃんはいなかった。代わりに居たのが、そう、アレ――ムマ」
「ムマ?」
「夢の悪魔。夢魔。わたしたち魔法使いの間では、そう呼ばれている未知の存在」
「それが、どうして、楸先輩の夢の中に?」
眉間に皺を寄せながら訊ねると、アリスさんは大きなため息を一つ吐いて、
「そうね。あなたには――アオイちゃんにはちゃんと話した方が良いかも知れない。何も知らないより、知っておいた方が良いかも知れない」
だけど、とアリスさんは再び腰を上げ、わたしの両手を包み込みながら、
「明日、改めてお話しします。夏希ちゃんと、イノクチ先生と、四人でこれからについて話し合わなくちゃならないから」
「こ、これから?」
「そう」
とアリスさんは頷き、
「アイツは、アナタたちを狙っている。あなたたちの魔力を、夢を介して奪い取ろうと企んでいる」
「ま、魔力、奪う? そ、それって――」
その時だった。
「アオイ! どうしたの? 誰かいるの?」
一階からママの声がして、アリスさんは慌てたようにわたしの両手から手を離すと、
「――明日、また学校で。私が来たことは、ご両親やおばあさまには内密でお願いします」
それからわたしのおでこをかきあげると、ちゅっと小さくキスをして、
「これは魔よけです。今日の所は、安心して眠ってください」
アリスさんはそう言い残すとホウキを手に取り、あっという間に部屋の窓から飛び出していった。
パタン、と窓が閉まる音がして、次の瞬間、ガチャリ、と部屋のドアが開け放たれる。
「アオイ? 大丈夫?」
ママが心配そうに入ってきて、わたしの様子に目を見開いた。
「だ、大丈夫? どうしたの、汗びっしょりじゃない!」
それに対して、わたしは小さく笑いながら、
「ちょっと、悪い夢を見ちゃって……」
誤魔化すように、そう答えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる