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第3章 夢魔と少女
第2回
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***
「亡くなった……」
わたしは思わずつぶやいた。
夏希先輩は神妙な面持ちでイノクチ先生を見つめ、アリスさんは隣で小さく息を吐いた。
イノクチ先生はこくりと頷き、
「――それが始まりだった。椿夫妻と夢で繋がっていた魔法使いたちのもとに、その夢魔が現れ始めたんだ。何人もの魔法使いが魔力を吸われ、次々に命を落としていった。運よく夢から覚めて逃れた魔法使いも、恐ろしくて眠れないと不眠症に罹るものもあった。事態は深刻だった。夢魔を甘く見ていた魔法使いたちも、ようやくその恐ろしさに気づいたんだ」
そこまで喋ってから、イノクチ先生は一旦口を閉じた。
わたしも、夏希先輩も、アリスさんも、しばらく黙りこくって何も言えなかった。
そんな恐ろしいものが存在しているだなんて、わたしは一度も聞いたことがなかった。
――夢魔。なぜか楸先輩の形をした、渦巻く闇。
もしあの時、アリスさんに夢から助け出されなければ、もしかして、わたしも魔力を吸い尽くされて、死んでいたってこと……?
恐ろしかった。怖くて仕方がなかった。
気付くとわたしの身体はわなわなと震えていた。
呼吸が荒くなって、うまく息を吸えなかった。
もう、眠れない。怖くて寝ることなんて、できるはずがない。
「じゃぁ、いったい、どうしたら――」
小さく口にすると、アリスさんがわたしの震える肩に、そっと手を添えてきて。
「大丈夫。昨日も魔法をかけてあげたでしょう? 夢魔が現れないようにするには、夢を見なければいいの」
「夢を……?」
「そう。あれは夢を介してしか現れない。だから、毎日夢を見ないようにおまじないをかけておけば、夢魔が現れることもない」
「ほ、本当に?」
「えぇ、安心して」
にっこりと微笑んだアリスさんの、その表情にわずかながら心が安らぐ。
そんなわたしに、けれどイノクチ先生は、
「だがしかし、それも一時的な対処法でしかない。根本的な解決には至らない。当時も多くの魔法使いがそのおまじないで難を逃れたが、けれど夢魔の存在自体が消え去ったわけではなかった。われわれ全魔協では、如何にして夢魔を消滅させるか、何度も何度も話し合いがなされた。けれど、そもそも夢魔なんて化物がどこから出てきたのか、どうして出てきたのかも判らない以上、どうすることもできなかった。そこで誰かが再び夢に入り、夢魔についてより詳しく調べるという案が出された。それは当然、危険なことだった。一歩間違えば、命を落としてしまうことになる。それでも誰かがやらねばならない。椿夫妻は研究の途中で命を落とした。その研究を引き継ぎ、夢魔をなんとかしなければならないという結論に至ったんだ。そこで名乗り出たのが橘左近と楸勉、楸綾――つまり、楸真帆のご両親だった」
「真帆の、両親?」
夏希先輩が問い返して、イノクチ先生は頷いた。
「そうだ。しかし、我々は夢魔を甘く見ていた。夢魔は当初、ただの渦巻く闇だった。その闇が夢で魔法使いたちの身体を包み込むことによって、魔力を奪っていっていたんだ。だから、油断した」
「油断?」
「夢魔は、お前たちが昨日の夢で見た姿のように、その夢を見ている人間の知人の姿に擬態して現れたんだ」
「――擬態」
「楸夫妻と一緒に夢に入った橘氏に寄れば、そいつは椿夫妻の姿で現れたらしい。彼らは椿夫妻の姿を眼にしたとき、それが夢の登場人物でしかないと思ってしまったそうだ。だから、油断してしまったんだ。それが、夢魔が擬態した姿だとは思わなかった。楸夫妻はその擬態した椿夫妻に近づいて――橘氏の目の前で、渦巻く闇に飲まれてしまった」
「それって、つまり……」
「それが、楸の両親の死因だった」
思わずごくりと唾を飲み込む。
楸先輩のご両親が、あの夢魔に魔力を吸われて死んでいる。
なんて、なんていうこと。
イノクチ先生は話を続けた。
「橘氏は恐れおののき、何とか夢から覚めようとあらがった。しかし、どういうワケか目が覚めない。榎や鐘撞の時と同じだ。恐らく、恐怖のあまり思うようにできなかったんだろう。焦りが魔法の邪魔をした、そんな感じだ。橘氏は死を覚悟した。もう助からない、そう思った。けれど、そこに現れたものがあった。楸真帆だ」
「えっ?」
「真帆が、その場に?」
「あぁ」
とイノクチ先生はまたひとつ頷いて、
「いったいどうやったのか、本能的なものか。楸はわずか二歳にして夢渡りの魔法を使い、ご両親の夢と繋がっていたんだ。夢魔は楸に気が付いた。楸はただ笑っていた。橘氏は恐怖のあまり動けなかった。そんな橘氏の前で、それは起きた。楸夫妻を殺した夢魔が、続けざまに楸に襲い掛かったんだ。もうだめだ、と橘氏は思った。楸もこのまま魔力を吸い上げられて死んでしまうと、固く目をつぶった。楸の次は自分だ。もうおしまいだ、と恐怖に震えた。けれど、いつになっても死は訪れなかった。やがて橘氏は、おそるおそる瞼を開いた」
イノクチ先生はそこで一旦言葉を切って、大きく息を吸ってから、
「――そこにあったのは、闇を貪る、楸真帆の姿だった」
「それって……」
眉間に皺を寄せながら、夏希先輩は口籠った。
わたしは震える手を、アリスさんの手に優しく包まれたままで、
「楸先輩が、闇を食べていた……?」
意味が解らなかった。
あの渦巻く闇を、楸先輩が幼い頃に夢の中で食べていた。
いったい、どういうこと?
じゃぁ、わたしたちが楸先輩の夢で見たアレは――
「それ以来、誰の夢にも夢魔は現れなくなった。我々は確信した。楸真帆が、あの何人もの魔法使いを殺した夢魔を、間違いなく、喰らったんだと」
イノクチ先生は言って、深くソファーに腰掛けると腕を組み、
「それからが大変だった。夢魔を喰らった楸の身体には、尋常ではないほどの魔力が宿っていたからだ。恐らく、それまでに夢魔が喰らった犠牲者の魔力そのものを、楸はその身体に取り込んでしまったんだろう。それによって、いったい楸の身に何が起こるのか、或いは楸の身体を媒介にして、再び夢魔が暴れ出すようなことはないのか、何度も何度も議論が重ねられた。何とかして楸の身体から夢魔を取り除くことはできないのか、その魔力を外に流してやることはできないのか、と。魔力とは生命力そのものだという話はしただろう? 過度の生命力が肉体に及ぼす影響がどれほどのものか、我々だって詳しい所はわからない。一説によれば、長命になる、精神に異常をきたす、成長が止まらなくなる、といった具合だ」
それからイノクチ先生は居住まいを正して、
「それに、楸の中でいつ再び夢魔が目を覚ますか、それも問題だった。楸が夢魔を喰らったとはいえ、見方によっては喰らったのではなく、楸の中に入り込んで、今は眠っているだけかもしれない、そう考えるものもいた。中には、夢に夢魔が現れなくなった今のうちに楸を “処分”してしまえば、この世から夢魔そのものを消し去ることができるんじゃないか、そう提案した奴らも居たんだ」
「しょ、処分って――」
あんまりな単語に、わたしは思わず口にしていた。
イノクチ先生は小さく頷き、
「実際、当時は楸に手を出そうとした奴らが何人も現れた。我々はそんな彼らを押さえ込み、強制的に退会させていった。楸には四六時中、協会からの護衛が付けられた。俺もそのうちの一人だった。楸は他の子どもたちと何も変わらない、普通の女の子だった。いたずら好きで、少々やんちゃってだけのな。そんな彼女を見ているうちに、楸をどうにかしてやろうって奴らも次第に減っていった。やがて彼らとの話し合いの結果、楸を魔法使いにしないことを条件にして、このまま様子見を続けようということになったんだ」
そこまで語って、大きくため息を吐いた。
それに対して、「でも」と夏希先輩は口を開き、
「真帆、今、普通に魔法を使ってるじゃん。どういうこと? 魔法使いにはしないことが条件だったんじゃないの?」
そう訊ねると、イノクチ先生は「まぁな」と首を横に振り、
「楸のおばあさん――加帆子さんもそのつもりだった。条件通り、楸を魔法使いに育てるつもりなんて全くなかった」
「じゃぁ、なんで」
「楸の家が魔法を売る店――魔法百貨堂をやっているのは、知っているだろう?」
「うん」と頷く夏希先輩。
「……魔法百貨堂?」
わたしは知らなかった。魔法を売るお店?
「そうなんですか?」
「あぁ」とイノクチ先生は頷いて、
「あのお店には、もとより沢山の魔法道具が置かれていた。いたずら好きだった楸は、小さなころからそれらを勝手に持ち出しては、色々ないたずらに使っていたんだ。まぁ、これは加帆子さんの落ち度ともいえる。楸を魔法使いに育てないと決めた時点で、店そのものをやめる必要があったのかもしれない。けれど、実際にはそうしなかった。できなかった、と言うべきかな。加帆子さんを慕って来店していたお客さんが数多くいたから、どうしても店をやめることができなかったんだ。その結果、楸は常に身近に魔法がある状態で育ってしまった。その所為で、自分も祖母である加帆子さんのように魔法使い――魔女になりたいと思うようになってしまった。そしてある時、確か、アイツが中学生の時だ。魔力を宿した獣――魔獣、いわゆる使い魔と、勝手に契約してしまった」
「使い魔と勝手に契約ってできるの?」
夏希先輩の問いに、イノクチ先生は、
「できる。なにしろ、楸は加帆子さんの所有する魔法の記録帖や魔術書を勝手に読んで、そのための知識を得ていたからな。まぁ、いわゆる独学ってやつさ。アイツは学校の勉強にこそ興味を示さないが、魔法に対する好奇心だけは人一倍あったんだ。それがいけなかった」
「……真帆らしいと言えば、真帆らしいか」
「それに対して、もちろん加帆子さんは激怒した。勝手に使い魔と契約した楸をどうするか、協会では緊急会議が行われた。喧々諤々の議論が交わされ、やがて我々は、楸を真っ当な魔法使いとして育てることによって、彼女の中に宿る尋常ならざる魔力を、彼女自身の力によって制御させるという結論に至った。そうして楸は今、加帆子さんのもとで魔法使いの見習いとして修業しているわけなんだが――」
そこでイノクチ先生は大きくため息を吐いて、
「まさか、今さらになってまた夢魔が出てくるとは思わなかった。ここまでの楸は、いたずら好きとはいえ、それなりに精神も魔力も安定していたというのに。今年に入ってから、どうも様子がおかしいとは思っていたんだ。そわそわしているというか、何かをずっと気にしている様子だったというか。でもそれがまさか、夢魔が再び現れることになるだなんて思わなかったな……」
「いったい、これからどうするんですか?」
私が問うと、イノクチ先生は困ったように苦笑しながら、
「――さて、どうしようか?」
「亡くなった……」
わたしは思わずつぶやいた。
夏希先輩は神妙な面持ちでイノクチ先生を見つめ、アリスさんは隣で小さく息を吐いた。
イノクチ先生はこくりと頷き、
「――それが始まりだった。椿夫妻と夢で繋がっていた魔法使いたちのもとに、その夢魔が現れ始めたんだ。何人もの魔法使いが魔力を吸われ、次々に命を落としていった。運よく夢から覚めて逃れた魔法使いも、恐ろしくて眠れないと不眠症に罹るものもあった。事態は深刻だった。夢魔を甘く見ていた魔法使いたちも、ようやくその恐ろしさに気づいたんだ」
そこまで喋ってから、イノクチ先生は一旦口を閉じた。
わたしも、夏希先輩も、アリスさんも、しばらく黙りこくって何も言えなかった。
そんな恐ろしいものが存在しているだなんて、わたしは一度も聞いたことがなかった。
――夢魔。なぜか楸先輩の形をした、渦巻く闇。
もしあの時、アリスさんに夢から助け出されなければ、もしかして、わたしも魔力を吸い尽くされて、死んでいたってこと……?
恐ろしかった。怖くて仕方がなかった。
気付くとわたしの身体はわなわなと震えていた。
呼吸が荒くなって、うまく息を吸えなかった。
もう、眠れない。怖くて寝ることなんて、できるはずがない。
「じゃぁ、いったい、どうしたら――」
小さく口にすると、アリスさんがわたしの震える肩に、そっと手を添えてきて。
「大丈夫。昨日も魔法をかけてあげたでしょう? 夢魔が現れないようにするには、夢を見なければいいの」
「夢を……?」
「そう。あれは夢を介してしか現れない。だから、毎日夢を見ないようにおまじないをかけておけば、夢魔が現れることもない」
「ほ、本当に?」
「えぇ、安心して」
にっこりと微笑んだアリスさんの、その表情にわずかながら心が安らぐ。
そんなわたしに、けれどイノクチ先生は、
「だがしかし、それも一時的な対処法でしかない。根本的な解決には至らない。当時も多くの魔法使いがそのおまじないで難を逃れたが、けれど夢魔の存在自体が消え去ったわけではなかった。われわれ全魔協では、如何にして夢魔を消滅させるか、何度も何度も話し合いがなされた。けれど、そもそも夢魔なんて化物がどこから出てきたのか、どうして出てきたのかも判らない以上、どうすることもできなかった。そこで誰かが再び夢に入り、夢魔についてより詳しく調べるという案が出された。それは当然、危険なことだった。一歩間違えば、命を落としてしまうことになる。それでも誰かがやらねばならない。椿夫妻は研究の途中で命を落とした。その研究を引き継ぎ、夢魔をなんとかしなければならないという結論に至ったんだ。そこで名乗り出たのが橘左近と楸勉、楸綾――つまり、楸真帆のご両親だった」
「真帆の、両親?」
夏希先輩が問い返して、イノクチ先生は頷いた。
「そうだ。しかし、我々は夢魔を甘く見ていた。夢魔は当初、ただの渦巻く闇だった。その闇が夢で魔法使いたちの身体を包み込むことによって、魔力を奪っていっていたんだ。だから、油断した」
「油断?」
「夢魔は、お前たちが昨日の夢で見た姿のように、その夢を見ている人間の知人の姿に擬態して現れたんだ」
「――擬態」
「楸夫妻と一緒に夢に入った橘氏に寄れば、そいつは椿夫妻の姿で現れたらしい。彼らは椿夫妻の姿を眼にしたとき、それが夢の登場人物でしかないと思ってしまったそうだ。だから、油断してしまったんだ。それが、夢魔が擬態した姿だとは思わなかった。楸夫妻はその擬態した椿夫妻に近づいて――橘氏の目の前で、渦巻く闇に飲まれてしまった」
「それって、つまり……」
「それが、楸の両親の死因だった」
思わずごくりと唾を飲み込む。
楸先輩のご両親が、あの夢魔に魔力を吸われて死んでいる。
なんて、なんていうこと。
イノクチ先生は話を続けた。
「橘氏は恐れおののき、何とか夢から覚めようとあらがった。しかし、どういうワケか目が覚めない。榎や鐘撞の時と同じだ。恐らく、恐怖のあまり思うようにできなかったんだろう。焦りが魔法の邪魔をした、そんな感じだ。橘氏は死を覚悟した。もう助からない、そう思った。けれど、そこに現れたものがあった。楸真帆だ」
「えっ?」
「真帆が、その場に?」
「あぁ」
とイノクチ先生はまたひとつ頷いて、
「いったいどうやったのか、本能的なものか。楸はわずか二歳にして夢渡りの魔法を使い、ご両親の夢と繋がっていたんだ。夢魔は楸に気が付いた。楸はただ笑っていた。橘氏は恐怖のあまり動けなかった。そんな橘氏の前で、それは起きた。楸夫妻を殺した夢魔が、続けざまに楸に襲い掛かったんだ。もうだめだ、と橘氏は思った。楸もこのまま魔力を吸い上げられて死んでしまうと、固く目をつぶった。楸の次は自分だ。もうおしまいだ、と恐怖に震えた。けれど、いつになっても死は訪れなかった。やがて橘氏は、おそるおそる瞼を開いた」
イノクチ先生はそこで一旦言葉を切って、大きく息を吸ってから、
「――そこにあったのは、闇を貪る、楸真帆の姿だった」
「それって……」
眉間に皺を寄せながら、夏希先輩は口籠った。
わたしは震える手を、アリスさんの手に優しく包まれたままで、
「楸先輩が、闇を食べていた……?」
意味が解らなかった。
あの渦巻く闇を、楸先輩が幼い頃に夢の中で食べていた。
いったい、どういうこと?
じゃぁ、わたしたちが楸先輩の夢で見たアレは――
「それ以来、誰の夢にも夢魔は現れなくなった。我々は確信した。楸真帆が、あの何人もの魔法使いを殺した夢魔を、間違いなく、喰らったんだと」
イノクチ先生は言って、深くソファーに腰掛けると腕を組み、
「それからが大変だった。夢魔を喰らった楸の身体には、尋常ではないほどの魔力が宿っていたからだ。恐らく、それまでに夢魔が喰らった犠牲者の魔力そのものを、楸はその身体に取り込んでしまったんだろう。それによって、いったい楸の身に何が起こるのか、或いは楸の身体を媒介にして、再び夢魔が暴れ出すようなことはないのか、何度も何度も議論が重ねられた。何とかして楸の身体から夢魔を取り除くことはできないのか、その魔力を外に流してやることはできないのか、と。魔力とは生命力そのものだという話はしただろう? 過度の生命力が肉体に及ぼす影響がどれほどのものか、我々だって詳しい所はわからない。一説によれば、長命になる、精神に異常をきたす、成長が止まらなくなる、といった具合だ」
それからイノクチ先生は居住まいを正して、
「それに、楸の中でいつ再び夢魔が目を覚ますか、それも問題だった。楸が夢魔を喰らったとはいえ、見方によっては喰らったのではなく、楸の中に入り込んで、今は眠っているだけかもしれない、そう考えるものもいた。中には、夢に夢魔が現れなくなった今のうちに楸を “処分”してしまえば、この世から夢魔そのものを消し去ることができるんじゃないか、そう提案した奴らも居たんだ」
「しょ、処分って――」
あんまりな単語に、わたしは思わず口にしていた。
イノクチ先生は小さく頷き、
「実際、当時は楸に手を出そうとした奴らが何人も現れた。我々はそんな彼らを押さえ込み、強制的に退会させていった。楸には四六時中、協会からの護衛が付けられた。俺もそのうちの一人だった。楸は他の子どもたちと何も変わらない、普通の女の子だった。いたずら好きで、少々やんちゃってだけのな。そんな彼女を見ているうちに、楸をどうにかしてやろうって奴らも次第に減っていった。やがて彼らとの話し合いの結果、楸を魔法使いにしないことを条件にして、このまま様子見を続けようということになったんだ」
そこまで語って、大きくため息を吐いた。
それに対して、「でも」と夏希先輩は口を開き、
「真帆、今、普通に魔法を使ってるじゃん。どういうこと? 魔法使いにはしないことが条件だったんじゃないの?」
そう訊ねると、イノクチ先生は「まぁな」と首を横に振り、
「楸のおばあさん――加帆子さんもそのつもりだった。条件通り、楸を魔法使いに育てるつもりなんて全くなかった」
「じゃぁ、なんで」
「楸の家が魔法を売る店――魔法百貨堂をやっているのは、知っているだろう?」
「うん」と頷く夏希先輩。
「……魔法百貨堂?」
わたしは知らなかった。魔法を売るお店?
「そうなんですか?」
「あぁ」とイノクチ先生は頷いて、
「あのお店には、もとより沢山の魔法道具が置かれていた。いたずら好きだった楸は、小さなころからそれらを勝手に持ち出しては、色々ないたずらに使っていたんだ。まぁ、これは加帆子さんの落ち度ともいえる。楸を魔法使いに育てないと決めた時点で、店そのものをやめる必要があったのかもしれない。けれど、実際にはそうしなかった。できなかった、と言うべきかな。加帆子さんを慕って来店していたお客さんが数多くいたから、どうしても店をやめることができなかったんだ。その結果、楸は常に身近に魔法がある状態で育ってしまった。その所為で、自分も祖母である加帆子さんのように魔法使い――魔女になりたいと思うようになってしまった。そしてある時、確か、アイツが中学生の時だ。魔力を宿した獣――魔獣、いわゆる使い魔と、勝手に契約してしまった」
「使い魔と勝手に契約ってできるの?」
夏希先輩の問いに、イノクチ先生は、
「できる。なにしろ、楸は加帆子さんの所有する魔法の記録帖や魔術書を勝手に読んで、そのための知識を得ていたからな。まぁ、いわゆる独学ってやつさ。アイツは学校の勉強にこそ興味を示さないが、魔法に対する好奇心だけは人一倍あったんだ。それがいけなかった」
「……真帆らしいと言えば、真帆らしいか」
「それに対して、もちろん加帆子さんは激怒した。勝手に使い魔と契約した楸をどうするか、協会では緊急会議が行われた。喧々諤々の議論が交わされ、やがて我々は、楸を真っ当な魔法使いとして育てることによって、彼女の中に宿る尋常ならざる魔力を、彼女自身の力によって制御させるという結論に至った。そうして楸は今、加帆子さんのもとで魔法使いの見習いとして修業しているわけなんだが――」
そこでイノクチ先生は大きくため息を吐いて、
「まさか、今さらになってまた夢魔が出てくるとは思わなかった。ここまでの楸は、いたずら好きとはいえ、それなりに精神も魔力も安定していたというのに。今年に入ってから、どうも様子がおかしいとは思っていたんだ。そわそわしているというか、何かをずっと気にしている様子だったというか。でもそれがまさか、夢魔が再び現れることになるだなんて思わなかったな……」
「いったい、これからどうするんですか?」
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「――さて、どうしようか?」
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