27 / 40
第4章 あちらとこちら
第3回
しおりを挟む
3
「……そう、真帆ちゃんがそんなことを」
昼休みのカウンセリング室。
わたしとユキはふたり並んでソファーに座り、軽く目を閉じた状態で、アリスさんからより強力な夢を見ないようにする魔法を施されているところだった。
アリスさんはわたしたちから、楸先輩の、夢と現実に於ける様子の違いについて聞くと、小さくため息を吐いてから「わかったわ」と口にして、
「この件は、あとでもう一度、イノクチ先生と話し合ってみます。最近の真帆ちゃんの様子は今までと明らかに違うけど――もしかしたら、その夢の真帆ちゃんが、私の知る本当の真帆ちゃんかも知れないから」
その言葉に、ユキは訊ねる。
「もしそうだとして、じゃぁ、あの楸先輩は何なんですか? 私たちと夢で一緒だった楸先輩の方が本物の楸先輩で、現実にいる楸先輩は偽物か何かってこと?」
アリスさんは「う~ん」と小さく唸ってから、
「偽物、ではないと思うの。間違いなく、あの子は楸真帆、その人に違いないはずよ。なんて言えばいいのかしら。あえて言えば、まとっている魔力の色が変わった、かしら」
「色?」
わたしは言って、うっすらと瞼を開いてアリスさんの方に視線を向けた。
アリスさんはそれに気づくと「ちゃんと目を瞑って」と、わたしの瞼を優しく閉じさせる。
辺りにはアリスさんの調合してくれた(魔法の)お香の香りが漂い、その柔らかく甘い匂いがわたしたちの心まで染み込み、何とも言えない安心感をもたらしてくれた。
バラ……ラベンダー……カモミール……? よく判らないけれど、色々な花の香りが押し寄せる波の如く、何度も何度も繰り返しわたしたちの鼻孔をくすぐった。
アリスさんは小さな吐息を漏らすと、
「魔力には色があるの。人それぞれ、持って生まれた色が。それなのに、ここ最近の真帆ちゃんの色はとても濁った色をしていた。元々は虹色に輝く、本当に色々な可能性を秘めた鮮やかな色をしていたのに、今はそのすべてが交じり合って黒一色になろうとしているような、とても不気味で――気持ち悪くて――あえて言うなら、そう……怖い」
「怖い?」
「怖い。とても。何か底知れないものを感じるの。たぶん、夢魔が関係していると思う。もしかしたら、夢魔が真帆ちゃんの身体を乗っ取ろうとしているんじゃないかって、何の根拠もないのだけれど、そんなことを考えてしまって……とても怖いの」
同じだ、とわたしは思った。さっき楸先輩と話をしていた時も、わたしは楸先輩に対して同じ感情を抱いた。
あの鈍色の瞳の奥に、いったい何が潜んでいるのだろうか。
――夢魔。
もしも本当に、楸先輩の身体を夢魔が乗っ取ろうとしているのだとしたら。
本当の楸先輩は、いったいどうなってしまうのだろうか。
「そんなに深く考えないで」
とアリスさんはわたしを安心させるように軽く笑んで、
「あくまで、私の想像だから。あの子は間違いなく、楸真帆よ。それは間違いないから。ごめんね、変なことを言ってしまって」
「あ、いえ……」
と、わたしは軽く首を横に振る。
それからしばらくの間、わたしたちは黙りこくっていたのだけれど、おもむろにユキが口を開いた。
「ところで、秘密基地って、知ってますか?」
「秘密基地……」
アリスさんは呟くように繰り返して、
「もしかして、研究室のことかしら」
「け、研究室?」
「元々は夏希ちゃんのお爺さんが魔法の研究をしていた秘密の部屋だったのだけれど、今では真帆ちゃんやシモハライくん、夏希ちゃんたちの放課後の集合場所になっている場所よ」
「放課後の集合場所って、集まって何しているんですか? 榎先輩も、確か魔女なんですよね? 何か怪しげな集会でも開いてるんですか?」
どこかおどけたように訊ねるユキに、アリスさんもくすりと笑んで、
「そうね、もしかしたら、しているかも知れないわね。だけど基本的にはただダラダラ時間をつぶしてるだけみたいよ。時には授業の課題とか新しい魔法の研究――まぁ、ほとんどいたずらに使うためだけになんだけれど、そういうこともしているみたいね」
「みたい、ってことは、アリスさんは?」
「私はあくまで部外者だから。そうね、イノクチ先生を顧問とした、都合上『魔法研究同好会』って感じかしら。当然、学校からは認められていなければ、知られてもいない部活動をしている部室って思ってもらった方がわかりやすいわね」
それがどうかしたの? と疑問を口にするアリスさんに、わたしは答えた。
「実はさっき、楸先輩とシモハライ先輩が、秘密基地に行きましょうって言っていたので……」
「お昼休みに?」
「いえ、一時間目が始まる前に、廊下で」
「それ、つまり、またふたりで授業をサボったってことね」
やれやれ、と明らかに呆れたようなため息を漏らして、
「あの子たち、いつもいつも一時間目はサボってるらしいのよね。イノクチ先生も、いつも困ったふうに言っているわ」
それから「ふぅ」と息を吐いて、
「まぁ、とにかく、真帆ちゃんのことは私に任せてください。何とかしますから」
「……はい」
「わかりました」
わたしたちの返事に、アリスさんは「うん」と答えてから、
「はい、これで魔法はおしまいです」
それからパチンっと両手を打って、
「瞼を開けていいですよ」
言われてわたしは瞼を開き、隣のユキに顔を向けた。
ユキも同じく瞼を開き、互いの視線が交じり合う。
「たぶん、しばらくこれで夢を見ることはなくなると思います。念のために、今夜もあなたたちの夢――たぶん見ないと思うけど、万が一にも夢を見てしまった時のために、外側から様子を見させてもらいますね」
「はい」
「りょーかいです」
わたしたちは返事して、ゆっくりとソファーから立ち上がった。
丁度それに合わせたように、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「それじゃぁ、私はこの件をイノクチ先生に報告しておきますね」
言ってアリスさんはゆっくりと立ち上がると、ふとわたしたちの姿をじっと見つめてから、優しく微笑み、
「……いいわね、仲の良い友達って。とってもお似合いよ、あなたたちの色」
その言葉に、わたしたちは思わず顔を見合わせ、首を傾げたのだった。
「……そう、真帆ちゃんがそんなことを」
昼休みのカウンセリング室。
わたしとユキはふたり並んでソファーに座り、軽く目を閉じた状態で、アリスさんからより強力な夢を見ないようにする魔法を施されているところだった。
アリスさんはわたしたちから、楸先輩の、夢と現実に於ける様子の違いについて聞くと、小さくため息を吐いてから「わかったわ」と口にして、
「この件は、あとでもう一度、イノクチ先生と話し合ってみます。最近の真帆ちゃんの様子は今までと明らかに違うけど――もしかしたら、その夢の真帆ちゃんが、私の知る本当の真帆ちゃんかも知れないから」
その言葉に、ユキは訊ねる。
「もしそうだとして、じゃぁ、あの楸先輩は何なんですか? 私たちと夢で一緒だった楸先輩の方が本物の楸先輩で、現実にいる楸先輩は偽物か何かってこと?」
アリスさんは「う~ん」と小さく唸ってから、
「偽物、ではないと思うの。間違いなく、あの子は楸真帆、その人に違いないはずよ。なんて言えばいいのかしら。あえて言えば、まとっている魔力の色が変わった、かしら」
「色?」
わたしは言って、うっすらと瞼を開いてアリスさんの方に視線を向けた。
アリスさんはそれに気づくと「ちゃんと目を瞑って」と、わたしの瞼を優しく閉じさせる。
辺りにはアリスさんの調合してくれた(魔法の)お香の香りが漂い、その柔らかく甘い匂いがわたしたちの心まで染み込み、何とも言えない安心感をもたらしてくれた。
バラ……ラベンダー……カモミール……? よく判らないけれど、色々な花の香りが押し寄せる波の如く、何度も何度も繰り返しわたしたちの鼻孔をくすぐった。
アリスさんは小さな吐息を漏らすと、
「魔力には色があるの。人それぞれ、持って生まれた色が。それなのに、ここ最近の真帆ちゃんの色はとても濁った色をしていた。元々は虹色に輝く、本当に色々な可能性を秘めた鮮やかな色をしていたのに、今はそのすべてが交じり合って黒一色になろうとしているような、とても不気味で――気持ち悪くて――あえて言うなら、そう……怖い」
「怖い?」
「怖い。とても。何か底知れないものを感じるの。たぶん、夢魔が関係していると思う。もしかしたら、夢魔が真帆ちゃんの身体を乗っ取ろうとしているんじゃないかって、何の根拠もないのだけれど、そんなことを考えてしまって……とても怖いの」
同じだ、とわたしは思った。さっき楸先輩と話をしていた時も、わたしは楸先輩に対して同じ感情を抱いた。
あの鈍色の瞳の奥に、いったい何が潜んでいるのだろうか。
――夢魔。
もしも本当に、楸先輩の身体を夢魔が乗っ取ろうとしているのだとしたら。
本当の楸先輩は、いったいどうなってしまうのだろうか。
「そんなに深く考えないで」
とアリスさんはわたしを安心させるように軽く笑んで、
「あくまで、私の想像だから。あの子は間違いなく、楸真帆よ。それは間違いないから。ごめんね、変なことを言ってしまって」
「あ、いえ……」
と、わたしは軽く首を横に振る。
それからしばらくの間、わたしたちは黙りこくっていたのだけれど、おもむろにユキが口を開いた。
「ところで、秘密基地って、知ってますか?」
「秘密基地……」
アリスさんは呟くように繰り返して、
「もしかして、研究室のことかしら」
「け、研究室?」
「元々は夏希ちゃんのお爺さんが魔法の研究をしていた秘密の部屋だったのだけれど、今では真帆ちゃんやシモハライくん、夏希ちゃんたちの放課後の集合場所になっている場所よ」
「放課後の集合場所って、集まって何しているんですか? 榎先輩も、確か魔女なんですよね? 何か怪しげな集会でも開いてるんですか?」
どこかおどけたように訊ねるユキに、アリスさんもくすりと笑んで、
「そうね、もしかしたら、しているかも知れないわね。だけど基本的にはただダラダラ時間をつぶしてるだけみたいよ。時には授業の課題とか新しい魔法の研究――まぁ、ほとんどいたずらに使うためだけになんだけれど、そういうこともしているみたいね」
「みたい、ってことは、アリスさんは?」
「私はあくまで部外者だから。そうね、イノクチ先生を顧問とした、都合上『魔法研究同好会』って感じかしら。当然、学校からは認められていなければ、知られてもいない部活動をしている部室って思ってもらった方がわかりやすいわね」
それがどうかしたの? と疑問を口にするアリスさんに、わたしは答えた。
「実はさっき、楸先輩とシモハライ先輩が、秘密基地に行きましょうって言っていたので……」
「お昼休みに?」
「いえ、一時間目が始まる前に、廊下で」
「それ、つまり、またふたりで授業をサボったってことね」
やれやれ、と明らかに呆れたようなため息を漏らして、
「あの子たち、いつもいつも一時間目はサボってるらしいのよね。イノクチ先生も、いつも困ったふうに言っているわ」
それから「ふぅ」と息を吐いて、
「まぁ、とにかく、真帆ちゃんのことは私に任せてください。何とかしますから」
「……はい」
「わかりました」
わたしたちの返事に、アリスさんは「うん」と答えてから、
「はい、これで魔法はおしまいです」
それからパチンっと両手を打って、
「瞼を開けていいですよ」
言われてわたしは瞼を開き、隣のユキに顔を向けた。
ユキも同じく瞼を開き、互いの視線が交じり合う。
「たぶん、しばらくこれで夢を見ることはなくなると思います。念のために、今夜もあなたたちの夢――たぶん見ないと思うけど、万が一にも夢を見てしまった時のために、外側から様子を見させてもらいますね」
「はい」
「りょーかいです」
わたしたちは返事して、ゆっくりとソファーから立ち上がった。
丁度それに合わせたように、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「それじゃぁ、私はこの件をイノクチ先生に報告しておきますね」
言ってアリスさんはゆっくりと立ち上がると、ふとわたしたちの姿をじっと見つめてから、優しく微笑み、
「……いいわね、仲の良い友達って。とってもお似合いよ、あなたたちの色」
その言葉に、わたしたちは思わず顔を見合わせ、首を傾げたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる