魔法百貨堂 〜歌と魔法の物語〜

ノムラユーリ(野村勇輔)

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ふたりめ

第10回

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   6

 私の目の前には、おどおどした様子の柏木さんが、まるで小さな子供のように、ちょこんと腰を下ろして座っていました。しきりにあちらこちらに視線をさまよわせており、全く落ち着きがありません。

 夕闇迫る空の下、私と柏木さんは、バラの咲き乱れる庭の一画にある東屋で、テーブルを挟んで向かい合っていました。

「二人で話がしたい」
 そう口にしたのは、柏木さんでした。

 茜さんは少し考えてから、
「あの子が傍に居て構わないのであれば」
 と、キコという名のインコを見ながら、私の代わりに答えました。

 キコはテーブルの端で、じっと柏木さんを見つめたまま、微動だにしません。柏木さんの動向を厳しく監視している、そのように私には見えました。

「……」
「……」

 私も柏木さんも、一言も言葉を発しないまま、もう十分近くが経過していました。

 茜さんは私たちを東屋まで案内すると、
「お店の方で待っているから、何かあったらすぐに呼んでね」
 と私に声を掛けて戻っていきました。
 多分、今頃は、お店の中から私たちの様子を窺っているのではないでしょうか。

 長い長い沈黙を経て、ようやく柏木さんは、恐る恐るといった様子で、口を開きました。

「その、なんというか……本当に、すまなかった」
 そう言って、テーブルに両手をついて、深々と頭を下げます。

「……それは、何に対しての謝罪ですか?」
 私はその後頭部を見つめながら、柏木さんに問いました。

 柏木さんはゆっくりと頭を起こすと、けれどその視線はテーブルの上に向けられたまま、
「君との関係を、今書いている小説のネタにしようとしたことだ。俺は、君と映画を観に行くうちに、君に対して恋心を抱くようになっていった。その気持ちを参考にして、俺は小説を一本書き上げて、文芸賞に応募しようと思っていたんだ」

 私は、柏木さんが小説を書いていたということを、今日の今日まで知りませんでした。
 最初からそのことを教えてくれていれば、もしかしたら私も、そのお手伝いをしていたかもしれません。変に隠して利用しようなんて考えずに、正直にその事実を私に明かしてくれさえすれば、こんなことにはならなかったでしょう。

 私だって、私自身が小説の登場人物のモデルになるのであれば、それはそれで光栄ですし、協力は惜しまないつもりでした。私は作家という職業を尊敬しています。だから、そんな人たちの創作の糧になるのであれば、参考や資料にされること自体、別に構わなかったのです。

 けれど柏木さんは、私にそんなことを一言も告げずに、私の気持ちなんて全く考えないで、ただ自分の気持ちだけ優先して――私は、それがとても許せませんでした。

 それに、そればかりか、私に対して恋心を抱くだなんて……

「柏木さんは、私を馬鹿にしているんですか?」
 口を衝いて出た言葉に、柏木さんは目を丸くして、
「え?」
 と私に視線を向けます。

 私はそんな柏木さんをじっと睨みながら、
「それって、自分のために私を利用しようとしたってことですよね? 私の気持ちなんて考えずに」

「いや、違う、そういうつもりじゃなくて」

「じゃぁ、いったい、どういうつもりだったんですか? そもそも、なんで最初から言ってくれなかったんですか? そうすれば、私だって協力したかもしれません。それなのに、勝手に私をモデルにしようとするなんて、私はそれが許せません!」

 柏木さんは肩を落としながら、
「……後ろめたさがあったんだ。俺と君は、親子ほども歳の差がある。おまけに俺には妻も娘も居るのに、まさか今から書く小説の為に恋人ごっこに付き合ってほしい、なんて言えるわけないじゃないか。だから俺は、何も言わずいることにしたんだ。映画を一緒に観るのを口実にして、君と会って、食事をして、時々お店に立ち寄って。俺が何を言えば君はどんなふうに答え、どんな反応をするのか。それらを全部覚えておいて、次の作品…….今書いている小説の資料にしようと思ったんだ。けれど、そのうちに君に対する恋心が生まれて、俺は……そう、いわゆる恋の病を患ってしまったんだ。そのうち俺は、恋を優先しているのか、執筆を優先しているのか、それすら判らなくなっていったんだ。気の迷い、と言えばそうかも知れない。それに君を巻き込んで、本当にすまなかったと思っている」

 そんな説明に、私は納得できませんでした。
「それって結局、柏木さんは自分の事しか考えていなかったってことですよね? 私に対して恋心を抱いて、その気持ちすら自分の書く小説に利用しようとして……」

 この人はいったい何がしたかったのか、もう、全然解りません。

「正直なところ、今、俺は俺の気持ちもよく解らないんだ……」

 私は柏木さんのその言葉にひどく落胆してしまいました。
 そしてこれ以上何を話しても、無駄なように思えたのです。

「……もういいです。私、帰ります」
 そう言って立ち上がった私の腕を、
「ま、待ってくれ!」
 柏木さんは叫んで、力いっぱい掴みました。

「は、離して!」
 私は叫び、助けを求めてキコに顔を向けました。
 けれどどこへ行ってしまったのか、そこにはキコの姿はありませんでした。
 辺りを見回せば、魔法堂の方へ飛んでいくキコの後ろ姿が見えました。

 必死に腕を振る私に、柏木さんは大きく目を見開きながら、
「頼むから、もう少し話を聞いてくれ! どうしても、俺はあの小説を完成させたいんだ! 小説家になるのが昔からの夢で、でもこの歳になっても全然なれなくて! 今度こそいけそうな気がするんだ! 君へのこの気持ちがあれば、素晴らしい小説が書きあがるはずなんだよ! 沙也加ちゃんだって、今言ってたじゃないか! ちゃんと話せば協力してくれるって! そうだ、俺は全部話す! だから、協力してくれ! もう一度俺に機会をくれ! 頼む!」

 ギリギリと私の腕を掴む手に力を込めてくる柏木さんの、その鬼気迫る形相があまりにも恐ろしくて、私は必死にそれを振り解こうと激しく身を捩りながら、
「い、嫌! やめてください! これ以上は奥さんに――!」

「はいはーい、お待たせしましたぁ!」
 突然そんな声が聞こえたかと思うと、誰かが私と柏木さんの間に割って入ってきました。
 その人は柏木さんの腕にそっと左手を添えながら、
「まぁまぁ、二人とも、そんなに興奮しないでください! ちょっとお茶でも飲んで落ち着きませんか?」
 満面の笑みでそう言ったのです。

 流れるような長い黒髪はとても美しく、小柄な体はどこかお人形さんのようでした。ピンク色のニットにふわりとした白いロングスカートをはき、よくよく見れば高く掲げられた右手の上には丸いトレーが乗っています。

 柏木さんはそんな女性の笑みに戸惑うように、
「あ、あぁ……」
 と小さく呻いて、ゆっくりと私の腕から手を離しました。

 私は掴まれていた腕を擦りながら、その女性に促されるように椅子に座ります。

「はい、どうぞ」
 言って女性は私たちの前にそれぞれお茶の注がれたカップを置き、
「ささ、どうぞどうぞ!」
 と、トレーを胸に抱きながら、一歩後ろに下がりました。

 私と柏木さんは何とも言えない表情で互いに視線を交わし、やがてどちらからともなくカップに手を伸ばしました。

 そのカップを口に運んだ刹那、
「ぷぷっ」
 脇に立つその女性が、僅かに噴き出すように笑ったように見えたのです。

 それは、ほんのりとバラの香りがする、不思議な味の紅茶でした。
 鼻を抜ける香りは柔らかく、甘く、けれど――次の瞬間、


 ドガンッ!


 そんな鈍い音と共に、柏木さんがテーブルの上に突っ伏して、私は驚きのあまり固まってしまいました。

「……え、なに? 柏木さん? 柏木さん!」
 思わず手を伸ばし体をゆすれば、
「ぐごごごご、ぐごごごご」
 柏木さんは大きないびきをかきながら、寝ているではありませんか。

「な、何なんですか? 何をしたんですか?」
 慌てて女性に顔を向けると、
かけるくーん! かーけーるーくーん!」
 女性は私の質問を無視するように、古本屋さんの方に大きな声で叫びました。

 すると開けっ放しのドアの向こうから、
「……なに、真帆ねぇ」
 と、私と同い年くらいの男の子が顔を覗かせたのです。
 彼は表通りに面した古本屋の、店員さんでした。

 真帆ねぇ……ということは、この女性が魔法百貨堂の店主、楸(ひさぎ)真帆さん?
 なんて綺麗な人なんだろう、何て可愛らしい人なんだろう。
 私は思わず見惚れていました。

 真帆ねぇと呼ばれてるってことは、この男の子――翔さんは、真帆さんの弟さんなのでしょうか。

 真帆さんは、テーブルの上に突っ伏していびきをかいている柏木さんを指さし、
「この方を表に運ぶの、手伝ってもらえますか?」

 翔さんは柏木さんの後頭部を困ったように横目で見ながら、
「……また、何をしたの、真帆ねぇ」
 と呆れたように口にします。

 そんな翔さんに、真帆さんはぷぷっと噴き出すように笑いながら、
「ちょっと記憶を操作しました」
 楽しそうに、そう答えたのです。

 記憶を、操作した?
 それはいったい、どういうことでしょうか?

 疑問に思っていると、真帆さんは私に顔を向けて、
「これで柏木さんは、沙也加さんとの今までの関係や気持ちを、きれいさっぱり忘れ去りました。もう心配いりませんよ」

 そう言い残して、真帆さんは翔さんと二人、柏木さんの体を担いで、古本屋の方へと去っていったのでした。

 私は東屋に一人取り残され、ただただ茫然としていました。
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