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ふたりめ
第11回
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「大丈夫?」
そう声を掛けられて振り向くと、
「あ、茜さん……!」
そこには茜さんの姿がありました。
私は椅子から立ち上がり、茜さんに体を向けます。
そんな私に、茜さんは深々と頭を下げながら、
「ごめんなさい」
とても悲しそうに、口にしたのです。
私は驚きながら、
「ど、どうして謝るんですか?」
「私のせいで、嫌な思いをさせちゃったから」
言って顔を上げた茜さんの目には、涙が浮かんでいました。
私は慌てて首を横に振り、
「そ、そんなこと、ないですよ」
と、茜さんの手を取りました。
けれど茜さんは何度も首を横に振って、
「ううん。私、最初から柏木さんのことを疑ってたの。なんというか、何の確信もありはしなかったんだけど、ちょっと怪しいなって。だからと言って、私だけ彼の本心を聞いて、それを沙也加ちゃんに伝えても、ちゃんと伝わるかどうか不安だった。それなら、沙也加ちゃんにも同席してもらった方が良いんじゃないかって、そう思っちゃったの。それがまさか、あんなふうになるなんて思わなくて…… 余計なことをして、本当に、ごめんなさい。私の考えが浅はかでした」
もう一度深々と頭を下げた茜さんのその後頭部を見下ろしながら私も首を横に振り、
「……私も、柏木さんに変な期待をしていたから、同じかもしれません」
え、と茜さんは顔を上げます。
「それ、どういうこと?」
私は大きくため息を一つ吐いてから、
「私も、柏木さんに、死んだお父さんの代わりを期待していたんです。だって、本好きなところとかが、お父さんにそっくりだったから。もしお父さんが生きていたら、今頃はこんなふうに本の話をいっぱいして、一緒に映画を観に行って――」
そこまで口にして、急に眼からぽろぽろと涙が零れ落ちていきました。
「だから、私も、一緒です。あの人が小説の登場人物を私に求めたように、私も現実のお父さんという存在をあの人に求めていたんです。私は、お父さんが好きでした。お父さんが読んでいた小説が、絵本が、漫画が、写真集が、全部全部、大好きだったんです……! それなのに、私は、そんな大好きなお父さんの代わりをあの人に――!」
急に胸が苦しくなって、止めどなく涙が流れました。
それ以上何も言えなくて、ただただ私は顔を覆って泣き続けました。
「……沙也加さん」
茜さんは呟くと、その両手を私の背中に回しました。
そしてその柔らかな胸に私を抱き寄せると、どこの言葉かもわからない歌を歌い始めたのです。
それはとても優しい歌声でした。
心が洗われるような、癒されていくような、聞いていてとても心地よい、まるでお母さんの子守唄のような歌でした。
その柔らかく温かい胸に抱かれて、優しい歌声を聴きながら、私はやがて、すっと瞼を閉じて――
目が覚めた時、私は東屋の椅子に腰かけ、テーブルの上に突っ伏していました。
眼をこすりながら上半身を起こすと、目の前には茜さんの姿があって、夜空に浮かぶ月を眺めていました。
目の周りが少しヒリヒリして痛むのは、きっと泣き過ぎて腫れているのでしょう。
茜さんは目の覚めた私にふと気づくと、
「もう、大丈夫?」
優しく微笑みました。
私は胸に手を当て、妙に軽くなった気持ちに、
「はい」
と答えて頷きました。
いったい、どれくらいの間、私は眠っていたのでしょうか。
スマホを取り出して見てみれば、そろそろ九時になろうとしています。
早く帰らないと、お母さんもお姉ちゃんも、今頃心配していることでしょう。
表示されている着信履歴を見てみれば、すでに何度も電話がかかってきていました。
私は慌てて電話を掛けなおし、友達と遊んでいて遅くなった、今からすぐに家に帰ると伝えて電話を切りました。
それから茜さんのほうに体を向けて、
「……いろいろありがとうございました」
けれど茜さんは小さく頭を振ると、本当に申し訳なさそうに、
「ううん、ごめんね。大して力になれなくて」
「そんなこと、ないです」
私は答えて、精一杯の笑顔で言いました。
「もし茜さんに相談していなかったら、今も私は柏木さんの小説のネタに勝手にされていたでしょうし、私も柏木さんに勝手にお父さんの代わりを求めていたと思います。それに、柏木さんの抱いていた私への恋心だって、どうなっていたことか。それってやっぱり、お互いに悲しいことじゃないですか。お互いにその本心を隠したままなんて、やっぱり私は気持ちが悪いです。茜さんのおかげで、ちょっと目が覚めたような気がしました」
「そう? なら、良いんだけれど……」
と小さくため息を吐いてから、
「でも、もしまた何か困ったことがあったら、今度こそ魔法で何とかしてあげるから。その時は、また来てね」
「はい」
私はこくりと頷きました。
茜さんもそれに答えて頷くと、あの優しげな微笑みを浮かべながら、
「――じゃぁ、またね」
言って小さく、手を振りました。
古本屋へのドアを抜けると、そのカウンターには翔さんが腰を下ろし、黙々と文庫本を読んでいました。
翔さんは私の足音に気づくと、ふとこちらに顔を向け、
「……大丈夫ですか?」
眉を寄せながら訊ねられて、私は「はい、大丈夫です」と小さく答えました。
翔さんは読んでいた本を閉じて脇にどけると、すっと立ち上がり、
「家まで送ります」
そう言って、お店の出入り口まで歩いていきました。
「あ、大丈夫です、一人で帰れますから」
その背中に声を掛ける私に、翔さんは振り返り、
「いや、それだと、あとあと僕が茜さんに張っ倒されるんで、送らせてください」
大真面目な顔で、そう言ったのでした。
街灯の並ぶ歩道を二人並んで歩いていると、不意に翔さんが言いました。
「……あんまり、気を落とさないでください」
「え?」
私は翔さんに顔を向けます。
「さっきまで、泣いてたんでしょ?」
「あ」
と私はまだ腫れの残る目元に手をやり、
「……うん」
何となく恥ずかしく思いながら、頷きました。
翔さんは私に顔を向けることなく、
「何も知らない僕が言うのもなんですけど、とにかく笑っていてください」
「え?」
言われて私は、思わず立ち止まって翔さんに視線をやります。
翔さんも立ち止まると、私に振り向き、
「真帆ねぇの受け売りです。どんなに苦しくても辛くても、笑っていれば何とかなるって」
それから頬を僅かに染めてから、
「……まぁ、真帆ねぇは元々がいい加減な人なんで、言ってることも大概アレなんですけど。でも、笑うって、すごく大切なことだと僕は思います」
「――うん、そうだね」
そう答えてから、私はふと訊ねてみました。
「ねぇ、そういえば翔さんも、本が好きなんですか?」
「え?」
首を傾げる翔さんに、私は、
「あんなふうに、古本屋さんのお手伝いをしているみたいだったから」
「あぁ。手伝い、というか、今は僕があの店を一人でやってるんです」
「どういうこと?」
私は思わず首を傾げました。
翔さんは頭を掻きながら、
「本当は、真帆ねぇのおじいさんがやってたんだけど、去年死んじゃって。あの古本屋をどうするかって話になったとき、ちょうど高校受験でこっちにくることになっていたから、僕が跡を継いだって感じです」
「ってことは、翔さんが店主さん?」
「いや、店主はあくまで真帆ねぇです。僕はただの従業員。まぁ、さっきも言った通り、一人で全部やってるんですけどね。真帆ねぇ、本にはあんまり興味ないから。ちなみに本は好きですよ、僕。あのお店、基本的にお客さんはほとんど来ないから、ただの図書館状態なんですけどね」
「そっか」
答えると、翔さんは「先を急ぎましょう」と言って再び歩き始めました。
私もその後ろを追うように、
「――ねぇ、またお店、行ってもいいかな?」
その背中に訊ねました。
すると翔さんは首を傾げて、
「魔法堂?」
「ううん」と私は首を横に振り、「あなたのお店、古本屋の方」
それから付け足すように、
「私も、本が好きだから……」
そんな私に翔さんは、真帆さんとよく似た満面の笑みで。
「――いいですよ、是非来てください。いつでもお待ちしていますから」
「大丈夫?」
そう声を掛けられて振り向くと、
「あ、茜さん……!」
そこには茜さんの姿がありました。
私は椅子から立ち上がり、茜さんに体を向けます。
そんな私に、茜さんは深々と頭を下げながら、
「ごめんなさい」
とても悲しそうに、口にしたのです。
私は驚きながら、
「ど、どうして謝るんですか?」
「私のせいで、嫌な思いをさせちゃったから」
言って顔を上げた茜さんの目には、涙が浮かんでいました。
私は慌てて首を横に振り、
「そ、そんなこと、ないですよ」
と、茜さんの手を取りました。
けれど茜さんは何度も首を横に振って、
「ううん。私、最初から柏木さんのことを疑ってたの。なんというか、何の確信もありはしなかったんだけど、ちょっと怪しいなって。だからと言って、私だけ彼の本心を聞いて、それを沙也加ちゃんに伝えても、ちゃんと伝わるかどうか不安だった。それなら、沙也加ちゃんにも同席してもらった方が良いんじゃないかって、そう思っちゃったの。それがまさか、あんなふうになるなんて思わなくて…… 余計なことをして、本当に、ごめんなさい。私の考えが浅はかでした」
もう一度深々と頭を下げた茜さんのその後頭部を見下ろしながら私も首を横に振り、
「……私も、柏木さんに変な期待をしていたから、同じかもしれません」
え、と茜さんは顔を上げます。
「それ、どういうこと?」
私は大きくため息を一つ吐いてから、
「私も、柏木さんに、死んだお父さんの代わりを期待していたんです。だって、本好きなところとかが、お父さんにそっくりだったから。もしお父さんが生きていたら、今頃はこんなふうに本の話をいっぱいして、一緒に映画を観に行って――」
そこまで口にして、急に眼からぽろぽろと涙が零れ落ちていきました。
「だから、私も、一緒です。あの人が小説の登場人物を私に求めたように、私も現実のお父さんという存在をあの人に求めていたんです。私は、お父さんが好きでした。お父さんが読んでいた小説が、絵本が、漫画が、写真集が、全部全部、大好きだったんです……! それなのに、私は、そんな大好きなお父さんの代わりをあの人に――!」
急に胸が苦しくなって、止めどなく涙が流れました。
それ以上何も言えなくて、ただただ私は顔を覆って泣き続けました。
「……沙也加さん」
茜さんは呟くと、その両手を私の背中に回しました。
そしてその柔らかな胸に私を抱き寄せると、どこの言葉かもわからない歌を歌い始めたのです。
それはとても優しい歌声でした。
心が洗われるような、癒されていくような、聞いていてとても心地よい、まるでお母さんの子守唄のような歌でした。
その柔らかく温かい胸に抱かれて、優しい歌声を聴きながら、私はやがて、すっと瞼を閉じて――
目が覚めた時、私は東屋の椅子に腰かけ、テーブルの上に突っ伏していました。
眼をこすりながら上半身を起こすと、目の前には茜さんの姿があって、夜空に浮かぶ月を眺めていました。
目の周りが少しヒリヒリして痛むのは、きっと泣き過ぎて腫れているのでしょう。
茜さんは目の覚めた私にふと気づくと、
「もう、大丈夫?」
優しく微笑みました。
私は胸に手を当て、妙に軽くなった気持ちに、
「はい」
と答えて頷きました。
いったい、どれくらいの間、私は眠っていたのでしょうか。
スマホを取り出して見てみれば、そろそろ九時になろうとしています。
早く帰らないと、お母さんもお姉ちゃんも、今頃心配していることでしょう。
表示されている着信履歴を見てみれば、すでに何度も電話がかかってきていました。
私は慌てて電話を掛けなおし、友達と遊んでいて遅くなった、今からすぐに家に帰ると伝えて電話を切りました。
それから茜さんのほうに体を向けて、
「……いろいろありがとうございました」
けれど茜さんは小さく頭を振ると、本当に申し訳なさそうに、
「ううん、ごめんね。大して力になれなくて」
「そんなこと、ないです」
私は答えて、精一杯の笑顔で言いました。
「もし茜さんに相談していなかったら、今も私は柏木さんの小説のネタに勝手にされていたでしょうし、私も柏木さんに勝手にお父さんの代わりを求めていたと思います。それに、柏木さんの抱いていた私への恋心だって、どうなっていたことか。それってやっぱり、お互いに悲しいことじゃないですか。お互いにその本心を隠したままなんて、やっぱり私は気持ちが悪いです。茜さんのおかげで、ちょっと目が覚めたような気がしました」
「そう? なら、良いんだけれど……」
と小さくため息を吐いてから、
「でも、もしまた何か困ったことがあったら、今度こそ魔法で何とかしてあげるから。その時は、また来てね」
「はい」
私はこくりと頷きました。
茜さんもそれに答えて頷くと、あの優しげな微笑みを浮かべながら、
「――じゃぁ、またね」
言って小さく、手を振りました。
古本屋へのドアを抜けると、そのカウンターには翔さんが腰を下ろし、黙々と文庫本を読んでいました。
翔さんは私の足音に気づくと、ふとこちらに顔を向け、
「……大丈夫ですか?」
眉を寄せながら訊ねられて、私は「はい、大丈夫です」と小さく答えました。
翔さんは読んでいた本を閉じて脇にどけると、すっと立ち上がり、
「家まで送ります」
そう言って、お店の出入り口まで歩いていきました。
「あ、大丈夫です、一人で帰れますから」
その背中に声を掛ける私に、翔さんは振り返り、
「いや、それだと、あとあと僕が茜さんに張っ倒されるんで、送らせてください」
大真面目な顔で、そう言ったのでした。
街灯の並ぶ歩道を二人並んで歩いていると、不意に翔さんが言いました。
「……あんまり、気を落とさないでください」
「え?」
私は翔さんに顔を向けます。
「さっきまで、泣いてたんでしょ?」
「あ」
と私はまだ腫れの残る目元に手をやり、
「……うん」
何となく恥ずかしく思いながら、頷きました。
翔さんは私に顔を向けることなく、
「何も知らない僕が言うのもなんですけど、とにかく笑っていてください」
「え?」
言われて私は、思わず立ち止まって翔さんに視線をやります。
翔さんも立ち止まると、私に振り向き、
「真帆ねぇの受け売りです。どんなに苦しくても辛くても、笑っていれば何とかなるって」
それから頬を僅かに染めてから、
「……まぁ、真帆ねぇは元々がいい加減な人なんで、言ってることも大概アレなんですけど。でも、笑うって、すごく大切なことだと僕は思います」
「――うん、そうだね」
そう答えてから、私はふと訊ねてみました。
「ねぇ、そういえば翔さんも、本が好きなんですか?」
「え?」
首を傾げる翔さんに、私は、
「あんなふうに、古本屋さんのお手伝いをしているみたいだったから」
「あぁ。手伝い、というか、今は僕があの店を一人でやってるんです」
「どういうこと?」
私は思わず首を傾げました。
翔さんは頭を掻きながら、
「本当は、真帆ねぇのおじいさんがやってたんだけど、去年死んじゃって。あの古本屋をどうするかって話になったとき、ちょうど高校受験でこっちにくることになっていたから、僕が跡を継いだって感じです」
「ってことは、翔さんが店主さん?」
「いや、店主はあくまで真帆ねぇです。僕はただの従業員。まぁ、さっきも言った通り、一人で全部やってるんですけどね。真帆ねぇ、本にはあんまり興味ないから。ちなみに本は好きですよ、僕。あのお店、基本的にお客さんはほとんど来ないから、ただの図書館状態なんですけどね」
「そっか」
答えると、翔さんは「先を急ぎましょう」と言って再び歩き始めました。
私もその後ろを追うように、
「――ねぇ、またお店、行ってもいいかな?」
その背中に訊ねました。
すると翔さんは首を傾げて、
「魔法堂?」
「ううん」と私は首を横に振り、「あなたのお店、古本屋の方」
それから付け足すように、
「私も、本が好きだから……」
そんな私に翔さんは、真帆さんとよく似た満面の笑みで。
「――いいですよ、是非来てください。いつでもお待ちしていますから」
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