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よにんめ
第2回
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2
僕がお姉さんと初めて出会ったのは、今から数週間前の事だった。
ここから遠く山の中に住んでいた僕がこんな町に下りてきたのは、父親から『人という隣人について学んでこい』と命じられたからだ。
僕の一族は代々人に変化し、人里で一定の期間暮らすとまた山に戻って子孫を育て、その子孫がまた人里に下りて……というのを繰り返して生きてきた。
そうして得てきた人の技術を取り入れて、僕らの山里はそこそこ繁栄してきたのだ。
そんな一族の中で育ってきた僕も独り立ちの時を迎え、父母兄弟に見送られながら意気揚々と町へ降りてきて――
物の見事に、路頭に迷ってしまったのだった。
僕らの一族は人に(人以外にも)変化することができる。
けれど、変化できるからといって、何でもできるわけじゃない。
ただ人に変化するだけで、その後どのように生活していくか、というのが僕|(ら)に課された最初の難関だった。
山里を下りた一族は僕を含めて四匹。
そのうち二匹は二日ももたないうちに町を去り、かといって山里に戻ることもその恥ずかしさからできず、他所の山へと移り住んでいった。
残る僕は何とかかんとか捨てられた残飯を漁りながら飢えをしのぎ、もう一匹は女性に化けては道行くおじさんを誑かして金銭を巻き上げ、それに味を占めたのか悪い仲間たちとつるむようになって僕の前から居なくなった。
僕は独りだった。
この後どうすればいいのかわからなくて、ただとにかくその日一日を生きていくだけに必死だった。
そろそろ心も折れて山里に帰ろうかと思っていた時、そのお姉さんは僕の前に現れた。
その時僕は、コンビニの前でただ蹲っていた。
お腹が空いてひもじくて、けれどもう残飯を漁る毎日にも嫌気がさして。
そんなときに、彼女は僕に話しかけてくれたんだ。
「……どうしたの、僕? 迷子? それとも、家出?」
ふと見上げると、心配そうに僕を見るお姉さんの姿がそこにはあって。
彼女の服装はそのコンビニの店員さんで、外に置かれたごみ箱のごみを回収しに出てきたところらしかった。
「え、あっ……」
僕は答えに詰まった。
どう返事をすればいいか、全然分からなかったから。
ただ、お腹だけがぐぅっと大きな音を立てて、
「もしかして、お腹空いてるの?」
その問いに、僕はこくりと頷いた。
「ちょっと待ってて」
お姉さんは一度コンビニの中に引っ込むと、しばらくしてパンと牛乳のパックを持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「あっ……」
それらを僕の腕の中に押し付けるようにして、お姉さんは、
「とりあえず、それ食べなよ。お腹空いてたら、もっと悲しい気持ちになるでしょ?」
そう言って、にっこりと笑ったのだった。
それから僕は貰ったパンと牛乳を必死で食べた。
――涙がこぼれた。
久し振りに食べるまともな食事だったから。
そんな僕を見て、お姉さんは眉間に皺を寄せながら、
「大丈夫? もしかして、お父さんやお母さんに酷いことされてるとか……?」
「――ち……う」
なかなか声が出てこなくて。
「えっ?」
「ち……がうん……です」
しかし、それ以上は言葉が出てこなかった。
ただただ泣き続ける僕に、けれどお姉さんはそれ以上、何も聞いてはこなかった。
ただ黙って、僕の頭を優しく撫でてくれたのだった。
やがて、
「――ヒイラギさん、どうしたの? その子、大丈夫?」
コンビニの中から別の店員さんが顔を出して、
「あ、すみません」
とお姉さんはぺこりと頭を下げた。
店員さんは僕の事をちらりと見てから、
「警察、呼んだほうがいい?」
「えっと……どうする?」
問われて僕は首を横に振って立ち上がった。
「だ、大丈夫……です」
「ホントに?」
「――はい」
僕は一つ頷いて、お姉さんに頭を下げながら、
「ごめんなさい、ありがとうございました」
「ううん、気にしないで」
言って、お姉さんは心配そうに、
「何かあったら、正直に言ってくれていいからね」
僕はもう一度頷くと、足早にその場をあとにした。
お姉さんのその優しさに、胸が締め付けられるような思いだった。
僕がお姉さんと初めて出会ったのは、今から数週間前の事だった。
ここから遠く山の中に住んでいた僕がこんな町に下りてきたのは、父親から『人という隣人について学んでこい』と命じられたからだ。
僕の一族は代々人に変化し、人里で一定の期間暮らすとまた山に戻って子孫を育て、その子孫がまた人里に下りて……というのを繰り返して生きてきた。
そうして得てきた人の技術を取り入れて、僕らの山里はそこそこ繁栄してきたのだ。
そんな一族の中で育ってきた僕も独り立ちの時を迎え、父母兄弟に見送られながら意気揚々と町へ降りてきて――
物の見事に、路頭に迷ってしまったのだった。
僕らの一族は人に(人以外にも)変化することができる。
けれど、変化できるからといって、何でもできるわけじゃない。
ただ人に変化するだけで、その後どのように生活していくか、というのが僕|(ら)に課された最初の難関だった。
山里を下りた一族は僕を含めて四匹。
そのうち二匹は二日ももたないうちに町を去り、かといって山里に戻ることもその恥ずかしさからできず、他所の山へと移り住んでいった。
残る僕は何とかかんとか捨てられた残飯を漁りながら飢えをしのぎ、もう一匹は女性に化けては道行くおじさんを誑かして金銭を巻き上げ、それに味を占めたのか悪い仲間たちとつるむようになって僕の前から居なくなった。
僕は独りだった。
この後どうすればいいのかわからなくて、ただとにかくその日一日を生きていくだけに必死だった。
そろそろ心も折れて山里に帰ろうかと思っていた時、そのお姉さんは僕の前に現れた。
その時僕は、コンビニの前でただ蹲っていた。
お腹が空いてひもじくて、けれどもう残飯を漁る毎日にも嫌気がさして。
そんなときに、彼女は僕に話しかけてくれたんだ。
「……どうしたの、僕? 迷子? それとも、家出?」
ふと見上げると、心配そうに僕を見るお姉さんの姿がそこにはあって。
彼女の服装はそのコンビニの店員さんで、外に置かれたごみ箱のごみを回収しに出てきたところらしかった。
「え、あっ……」
僕は答えに詰まった。
どう返事をすればいいか、全然分からなかったから。
ただ、お腹だけがぐぅっと大きな音を立てて、
「もしかして、お腹空いてるの?」
その問いに、僕はこくりと頷いた。
「ちょっと待ってて」
お姉さんは一度コンビニの中に引っ込むと、しばらくしてパンと牛乳のパックを持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「あっ……」
それらを僕の腕の中に押し付けるようにして、お姉さんは、
「とりあえず、それ食べなよ。お腹空いてたら、もっと悲しい気持ちになるでしょ?」
そう言って、にっこりと笑ったのだった。
それから僕は貰ったパンと牛乳を必死で食べた。
――涙がこぼれた。
久し振りに食べるまともな食事だったから。
そんな僕を見て、お姉さんは眉間に皺を寄せながら、
「大丈夫? もしかして、お父さんやお母さんに酷いことされてるとか……?」
「――ち……う」
なかなか声が出てこなくて。
「えっ?」
「ち……がうん……です」
しかし、それ以上は言葉が出てこなかった。
ただただ泣き続ける僕に、けれどお姉さんはそれ以上、何も聞いてはこなかった。
ただ黙って、僕の頭を優しく撫でてくれたのだった。
やがて、
「――ヒイラギさん、どうしたの? その子、大丈夫?」
コンビニの中から別の店員さんが顔を出して、
「あ、すみません」
とお姉さんはぺこりと頭を下げた。
店員さんは僕の事をちらりと見てから、
「警察、呼んだほうがいい?」
「えっと……どうする?」
問われて僕は首を横に振って立ち上がった。
「だ、大丈夫……です」
「ホントに?」
「――はい」
僕は一つ頷いて、お姉さんに頭を下げながら、
「ごめんなさい、ありがとうございました」
「ううん、気にしないで」
言って、お姉さんは心配そうに、
「何かあったら、正直に言ってくれていいからね」
僕はもう一度頷くと、足早にその場をあとにした。
お姉さんのその優しさに、胸が締め付けられるような思いだった。
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