未来世界のモノノケガール

希依

文字の大きさ
41 / 50

10 未来世界のモノノケガールズ③

しおりを挟む
 一つ目の少女が持つその棍棒の名は―――オリハルコン。
 あらゆる形状に変形可能な万能金属であり、周囲の素材を取り込み、化合物にすることも可能(オリハルコン自体が万能なのであまり意味ないが)。キャンプでとても役に立つ便利アイテムであるが、それ以上にイーの持つ二重特性を伝える媒介物質でもある。

「あー、鬱陶しいですわ!」

 鋼の硬度で宿泊客を次々と張り倒すが、客たちは倒れるとすぐに起き上がる。どうやら痛覚もシャットダウンしているらしい。このままでも負けることはないが―――、

「はっ、まさか!?」
「逃げると思いましたか? 舐めるなよ、

 ムジナがイーの懐に飛び込んでいた。オリハルコンは宿泊客の仮面を打ち砕いたばかりで宙に舞ったまま。いくらイーが出鱈目であっても世界の法則は超えられない。

「死中に活あり」

 舞を舞うように、あるいフィギュアスケーターがターンするように小さな身体が翻るとやはり小さな手が伸びる。そして、掌がイーの腹部に触れた途端、音もなくイーは膝から崩れ落ちた。

「…………わたくしに何を」
「直接干渉ができるのは自分だけだと思わないことです」

 イーの返事はなく、代わりにムジナの顔があった場所に風切り音を残した。

「やれやれ、まだ動けますか、あなたは。普通のニンゲンなら脳が焼き切れておかしくない量の記憶を流し込んだのですよ」
「うぅ、気持ち悪いですわ……」

 稲妻のような掌底が白い少女の腹を掠め、鈍器が轟音をたてて幼女の頭部を刈り取ろうとする。その度に周囲の仮想空間にヒビが入り、鏡面世界ミラーワールドが破壊されていく。

「体調が悪いなら救護室へご案内させていただきますが」
「本当に五月蠅くて鬱陶しい。木偶人形はおもちゃ箱に引っ込んでろ、ですわ」
「生憎こちらは奪われた記憶データは取り戻せないし、単純バカのトロール女に施設は壊される。人体冷凍保存クライオニクス成功者の記憶ぐらいはもらわないと採算が合わないのです」
「ニアお姉さまを愛し殺していいのはわたくしだけ。お姉さまは誰にも渡さない。だって、お姉さまが愛し殺していいのは私だけですもの」
「発情期は外でやれ、三大欲求しかないニンゲンもどきが!」
「すまし顔で覗き見するだけが残念なボッチ女!」
「醤油の味しかしない大豆の塊!」
「お湯が温すぎですわ!」
「アホ女!」
「のっぺら顔!」

 だんだんと言動が子供じみてきているが、それぞれが相手を殺すつもりの一撃を叩き込みあっている。どちらが勝ったとしてもニアにとってはロクなことにならないのは確実だ…………。

「さて、逃げるか」

 さりとて天上には煌々と光る月。
 天空の彼方から伸びる視線から逃れられるとも思えない。
 ならば、共倒れを狙うか―――。
 生体パーツのリミッターを外しかけたとき、ふと何かがニアの頭の奥を掠めた。
 それは微かに抱き、積み積もった違和感、
 あるいは心の空隙に潜む暗闇。

「―――共倒れ?」

 顔無しの郷での一連の出来事はイーとムジナに仕組まれていたことだった。しかし、本当にそれだけなのか? まだ何か…………。
 ニアはハッとするとイーとムジナを見た。二人のバケモノは戦い続け、その結末は未だつきかねていたが、両者が消耗しきっているのは間違いない。

「イー! ムジナ! ストップよ、ストップ!」

 力の限り叫ぶ。
 ―――。

「えっ? お姉さま?」
「あっ、急に止まらないでください!」

 急制動をかけたイーの持つ角棒は大理石のタイルにめり込み、拳を向ける対象を失ったムジナもまた止まり切れずプールの水面に盛大な水飛沫を上げた。

「お姉さま、どうされたのですか? 今、まさにニアお姉さまを巡る壮絶な聖戦が佳境を迎えていたのに―――」
「イー、うるさい、黙って」
「ですわ…………」

 MR眼鏡のメニューを開く。宙を切る指が震えている。そんなことはせずとも音声入力をすればわかることなのだが、確かめずにはいられない。
 やはり権限は全て返還されている。
 いや―――。

「ゲホゲホ。急に止めるなんてどういうことですか、ニア様」
「ムジナ、私のMR恋人ラバーを制限していた?」

 プールから顔を出したムジナは心底奇妙な顔をしていた。

「何を言っているのですか? どうしてこの私が?」

 思わずため息が漏れる。
 勘違いや妄想であって欲しかった。

「AKI、いるんでしょ?」
「はいはーい、いるしー♪ ニアっち、いつの間にかモテモテじゃーん☆ 齢100歳オーバーにしてモテ期来ているんじゃね?」

 ガングロにルーズソックス、着崩したセーラー服にストラップが馬の尾のようにジャラジャラついた低速の携帯電話。頭は空っぽで楽しいことだけを本能的に追及するシンプルすぎる思考、あと下ネタ大好きの恋愛脳。
 それが未来世界で唯一無二のニアの友達。

「あんたが全ての黒幕ね」

 今夜、ニアは本当に独りぼっちになる。

「…………へえ、ニアっちのくせにやるじゃん。ちょーウケるんですけど」

 AKIと呼称されたAIは笑う。
 その笑顔はこの世の悪意全てが詰め込まれたように邪悪なものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

処理中です...