世迷ビト

脱兎だう

文字の大きさ
2 / 5

一章 ワンナイト・メランコリー

しおりを挟む
 夜になると悪人になり、昼になると善人になる。
 どうしたことかそんな非現実じみた現象が村だけに、それともこの世全てなのか、少なからず起きていた。
 隣人のメイという少女だってそうだ。昼は動物にも優しく餌をやり、慈しみの心を持っている。にもかかわらず日が落ち、空から暗闇が降ってくるとあたかも違う人になったかのようであった。

「何見てるのよ。その失礼な目、取り出してあげようか?」
「いいよ」

 ふだんは大人しくささいな配慮を施す少年マークですら、影が落ちれば挑発的で、村人たちへ対し静かな殺意を行動に移す。

「奪われる前にお前の首をへし折ってやるから」

 服に隠し持っていたはさみを片手にメイが少年目掛けて襲い掛かり、彼は顔をそらして避ける。
 一直線に走り込んだ彼女がよろけるすきを逃さず、鋏を奪い取って投げた後に両手でメイの首をつかんでいく。掴んだ首へかかる力を迷うことなく強めていき、今にも折れてしまいそうなときだった。
 こういったとき、お決まりというほど毎回「待った」がかかるのだ。
 持ち上がった少女がこと切れるよりも早く、紫色の長髪を揺らしながらマークを制止する声がとどろいた。



 命令するような口調で人差し指を作り、その手で地面を指す紫の少女。不思議なことに少年は彼女の言う通りにすべきだと感じていく。光の帯びた瞳が彼の目線と合う。するとたちまち、殺してしまうほどめていた腕の力は抜け落ちていった。
 こんな不安定な村人たちが住まうここで、唯一時間がっても変わらない者がいる。
 それが「魔女」と呼ばれる彼女。十五の歳月を生きてきた、紫の髪が特徴の、魔女イリシェだ。
 イリシェはマークの友人で、村一番の功労者であり、村一番の嫌われ者であった。彼女は魔女の特徴だとされる「赤い瞳」の持ち主であり、十三の頃に外から引っ越してきたよそ者だった。
 彼女がこの村に来てからというもの、誰もが、夜の殺し合いで死ななくなったのである。
 これはイリシェにとって一番いいことで、村人たちは知り得ないひそかな努力だ。
 不思議だった。この子が村に来て以来人が死ななくなったことが。
 奇妙だった。この子が村に来てから村人たちが全ての不幸をイリシェに押し付ける姿が。
 日が昇り、夜に隣人を殺しかけたことなど知りもしないマークは持ち前の黒い髪をかき上げて水を飲む。
 気だるい体を労わるため今日は畑仕事を休もうかと思った。それでも休めないのは、夜に村人たちが作物などの食料を駄目にしてしまうからに他ならない。
 家畜も以前より数は減り、狩りを血気盛んにしていたのか、動物たちの姿も前ほど見かけなくなった。前は商人たちが様々な物を売りに来ていたが、それすらも奇妙な現象が起こってからはぱったりと途絶えた。
 下手したら襲われるかもしれない村へ誰が手間暇かけて行きたがるだろうか。
 被害の少ない野菜を掘り起こし、まだまいていない種を新たに植える。
 駄目になったものはくわで根本が残ってないか確かめて、少しでも多くの食糧を確保しようとするマーク。夏が近い時期の日差しは強く、額が汗だくになっていた。くわを土に立て上部へ顎を乗せる。息を吐けば、隣の家からメイが布を持ってくる姿が見えた。

「マーク! 暑いでしょ、今日はもう休んだら?」
「母親がいるお前とは違って俺の両親はもういないんだから、休む暇なんてないよ」

 受け取ろうとしない彼をあきれた様子で見ていたメイは布を使ってマークの汗を拭いていく。彼はそのお節介が鬱陶しく感じられて何度も「いいって」と避けようとした。
 途中で止めたのは、友人であるイリシェの姿が見えたからである。

「イリシェ」

 彼女の後を追おうとすればメイは不機嫌になったのか、腕を掴んでマークを止めた。

「畑仕事、休めないんじゃなかったの?」
「友達と話す間だけ休むんだよ」
「それって、私は友達じゃないってこと?」
「当然だろ」
「どうして? あの子より、私の方があなたと、長い歳月を共に過ごしてきたじゃない!」

 マークは理由を口にしようとした。しかし、口には出てこなかった。なぜだか、メイを隣人としてしか受け入れられない理由が思い浮かんでこなかったのだ。うそではない。
 ハッキリとしているのは「イリシェの方がよっぽど大事だ」ということだけである。だから、訳はともかく追いかけたのだ。悔しそうにイリシェをにらみつける三つ編みの少女を無視して。

「今日は何してるんだ」

 馬小屋から出てきたばかりの彼女に声をかけ腕を組む。そんなマークの様子を見て少女は口角を上げ笑い、木でできたバケツをわざと見せびらかす。

「井戸へ水をくみに。一緒に行く?」
「ああ」

 井戸にバケツを下ろし水をくんでいく。水の入ったバケツを上げるためロープを引っ張っている内、ふとそれとなくマークが問う。

「そうだ。イリシェ、食料はまだあるか? 少ないなら俺が収穫したの、少し分けてやるよ」
「ううん。足りてるから大丈夫。もう少し自分の心配をしたらどう? マーク」
「お前がそれを言える立場か……?」
「うら若き村長から嫌われていて、君の隣人にも毛嫌いされてるもんね。あたしは気にしてないけど」
「俺が気にする」

 ロープを井戸から出して取り外したバケツを持とうとしたイリシェの手を止めて、マークが代わりに持つ。

「心優しい友を持てて幸せです」

 ささいな配慮を堂々とやるマークをくすくす笑うイリシェ。
 からかわれているのだろうか。
 何となく居心地の悪い気分になって、目をらし歩き始める。

「ったく、調子に乗るな」
「はいはい」

 小屋へ水を運び終わり、畑仕事を再開しようかと戻ろうとしたときだった。おびただしい村長の声が響いてきたのだ。

「何だって!? たったこれだけしかないのか!」

 マークたちと同年代の現村長は、マークと同じく両親を亡くしている。若くして村長になった彼は責任を背負いきれず、プレッシャーに負けたせいか日々八つ当たりが絶えなかった。その中でも特に、魔女へ責任転嫁することが多い。
 だからか、二人から見れば村長は短気で気難しい性格であった。

「あーあー。またやってるよ、イリシェはここで待ってろ」
「あたしも行く」

 何人かの村人たちが集まっていた村長の家へ向かうと収穫報告をしていたらしい、テーブルの上に僅かばかりの食料が置かれていた。
 聞けば人は死ななくなったものの、食糧難は免れない収穫量にまで落ち込んでいるのだという。
 それを、多くの村人たちはイリシェのせいだと声を上げた。

「魔女のせいでしょ」

 メイの発言を機に、一斉に魔女だと罵声が始まる。

「魔女のせいだ!」
「お前がいるからこうなったんだろ!」

 相変わらずの責任転嫁に耐えかねた少年はうつむくイリシェをかばう。

「イリシェのせいじゃない」
「マーク」

 まさかふだんよりも切羽詰まったときまで庇うとは思っていなかったのか、少女は自分を庇うマークを見て驚いた。
 心配する彼女をよそに彼は一歩前へ出る。

「八つ当たりするな。イリシェのせいにしたって、何も解決しないだろ。魔女だって決めつけることもそうだ、誰かに八つ当たりする時間を無事な食料を探すなり、種をまくなり。現実的な行動に使った方がよっぽどいい」

 痛いところを突かれた村人たちは少年に何か言おうとしたがうまく言葉にできなかった。
 結局、少年の言う通り存在しない責任を誰かに押し付けて、楽になりたかっただけだからだ。
 それから畑仕事を終え、家へと戻ったところだった。水を飲むためコップへそそいでいると、ノックの音が聞こえてくる。
 文句を言いに来た村人だろうか。マークは恐る恐るドアを開け、扉から現れた紫の少女に首をかしげる。

「……イリシェ? どうしたんだ、わざわざ家まで来て」
「これ、置いていくから。消さないでね」

 ベッド脇のサイドテーブルに火のついた燭台しょくだいが置かれる。

「別に嫌がらせされたって気にしないさ、いつも庇ってるけど何もされてない」
「まだ、何もされてないだけかもしれない」
「分かったよ」
 揺らめく滴が少年を心配する様を鮮明に照らし、こんな表情をされたら断れないなとマークはうなずいた。
「消さないでおく。だから、早く帰れ。もし嫌がらせされて、巻き込まれたら大変だ」
「いつもありがとう」
「ん」

 心配性の友人からもらった蝋燭ろうそくを傍らに、あかりを消さないまま時間が経っていく。
 そして彼は小さく揺れる灯を見て落ち着かない様子でゆっくりと眠りについた。
 秒針が動いている。
     一度、
   二度、
 三度。
 一定間隔で刻まれ、やがて日は落ち意識を失う時間帯、夜を迎えた。
 夜の七時から朝の六時は村人たちが時間帯。
 しかしどういうことか、マークは意識を失わずに済んでいるではないか!
 体の自由はあまり利かない。とはいえ意識がある。こんなことは初めてで、少年は驚きもあれば「夜の自分たちがどうなっているのか」確かめられるという期待もあった。
 なぜなら自分たちがどうなっているのか誰も確かめられなかったから、彼らの間では夜に何かが起こっていることしか分からなかったからである。
 家から出て、最初に目についたのは腹をすかせた野獣のような、目を大きく見開いた村人たちの姿だった。
 両親を幼い頃亡くしたマークに世話を焼いていた老夫婦が、手で土をがむしゃらに掘り起こし、オオカミのように作物を歯でかみ千切る姿。
 次に見えたのはひたすら虫を食べている子供を狙い、鎌を上から振り下ろそうと笑う男の姿。
 まるで狂人のような変わりようを見てマークに衝撃が走った。殺そうとする村人を「止めなければ」と思って動こうとしても自由はないに等しく、彼は目をつぶってしまいたくなる。



 あと一歩というところでぴたりと鎌の動きが止まった。いつの間にか二人の間にいた、しゃがんだまま両手で頬杖をついたイリシェが言葉で二人を制止したことだけは分かった。
 妖しく光る深紅の瞳に魅入られた男は鎌を捨て立ち尽くす。
 その様子を確認したイリシェはランタンを持って立ち上がり、背を向けて畑を後にする。
 おもむろにマークは彼女を追い、森へ入り少女一人の姿だけが見えた瞬間、一気に距離を縮めた。気が付けば両手は友人の首へと添えられている。力が入っていく手をどうにか止めたくて、彼は無我夢中に何度も体を動かそうと試みた。
 なぜすました顔で大人しく首を絞められているのか、
 なぜイリシェだけは夜でも自由に動けるのか、
 気付いていた癖に逃げようとしなかったのか、聞きたいことだらけだった。
 こんな状況でも落ち着いた様子で彼女は瞳を光らせ口を開く。

」と。

 やはり言葉の通り、イリシェの命令と同時にマークは眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...