世迷ビト

脱兎だう

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二章 外部からの訪問者

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 それからというもの、マークは夜のことを聞こうか悩み始める。
 あれはただの夢だったのかもしれない。でも、と自身の反復する思考をとがめてはそれを繰り返した。
 聞くタイミングを逃しに逃した少年だったが、数日が経った頃ある転機が訪れる。
 村の外から久しぶりによそ者が来たのだ。それも、大層御立派な服を着た三十半ば程度の男だった。
 男は村長を呼びつけて村人全員を集めるよう言い、村長は「素性の分からない者は信用できない」と言った。
 すると男はこう名乗っていく。

「私はある呪いの調査をしている異端審問官、ニコラスだ。あなた方にかけられている呪いについて話をしに来た」

 呪いと聞いて何を思ったか、村長はまずイリシェを差し出そうとした。異端審問官なら魔女を探しているはずだと踏んだのだろう。しかしニコラスは彼女をにらみつけるだけで「全員を集めろと言ったはずだぞ」と村長へ言いつける。
 強面こわもての彼に恐れをなした村長は村人たちを集会で使っている集合所に集め、渋々、彼の話を待つ。

世迷よまいビトという呪いがあるということは知っているか?」
「よま……? 何ですか、それは」
「魔女の恨みや怒りを買った町や村にかけられる呪いの一種だ。その呪いにかかった者たちは、昼は平常であっても夜には狂暴化し、殺し合いや略奪という悪事を働くようになる」

 誰かが息を呑む。イリシェか、マークか、それ以外か。
 全員、思い当たることが多かったのだろう。特にマークは「あれは夢じゃなかったんだ」と彼の話を聞いて確信を得て、内心、穏やかではいられなかった。
 イリシェはこの呪いを知っていて、何かをするために夜に行動していたのか、と。

「解く方法は、ないんですか?」

 一人の村人から切羽詰まったような声が上がる。当然だ。既にこの村では過去に殺し合いが起きていて、それが収まった今でも食糧難の危機を迎えようとしているのだから。
 この心理状態を知ってか知らずか一言、一言だけその問いに答えた。

「呪いの根源を見つけること」

 一週間後、再び来る。そう言い残してニコラスは去っていった。それは暗に「一週間の間に原因を見つけ出せ」と言っているようなものであった。
 残された人々は重苦しい静寂の中、ただ「どうして自分たちがこんな目に」と理不尽だと嘆き悲しんでいる。
 恨まれるほどのことをしたと思ってすらいない。
 理由はどうあれ、誰かを蔑み憎んできた村人たちが招いたことだとマークは理解していた。

「あの人はさ、外から来たんだよな」

 イリシェを連れて森に出たマークはつぶやく。食べられる木の実をバスケットに入れていきながら少女はうなずいた。

「うん。それが?」
「イリシェはこの村を出ようとは思わないのかなって。皆、お前に対してひどいことばっか言ってるんだから、出てっても文句言わないだろうしさ」
「マークはあたしに、出てってほしいんだ」
「出てってほしいというか、村を出ていけば今みたいな理不尽な罵倒も嫌がらせもなくなるじゃないか。あの人、魔女の呪いの調査をしてるって言ってたし……心配なんだ。まあ、いなくなるのは寂しいけど」

 友達として純粋に心配しているのだと受け取り、木の実取りを一旦止め振り返る。イリシェが地面に座ったところでマークも隣に座っていく。緊張しているのか気まずいのか、彼女は膝の上で両手の人差し指をくるくると回し始めた。

「あたしね、やることがあるの」
「やること?」
「そう。だからあたしはここにいて、マークのことを気にかけている」
「……よく分かんねえの」

 イリシェの言葉の意味が分からず少年は困惑する。自分を気にかけているとは一体どういうことだ。聞きたいことが多すぎて、いっぱいいっぱいの少年は取りあえず、今一番聞きたかったことを口にしていた。

「ニコラスって人と知り合いなのか?」
「ううん。知らない人」

 嘘だ。
 直感的に、マークはイリシェが嘘を吐いていると見抜く。彼は少女とともに二年間過ごしていく内に無意識で嘘を吐くときの癖を覚えていたのだろう。
 正直なときは前髪を触らない彼女がどうしたことか、今は前髪に触れているではないか。
 イリシェが素直に話してくれないことがマークにとってはもどかしくもあり、苦しくもあった。
 まさか、外にいた恋人なのか? などと村以外でつながりがあった人物ではないかと心配し始めるマーク。
 時々、マーク自身もイリシェに対しての感情が友情なのか疑わしく思うことがある。それでも彼女を見て奇麗だと思うこともなければ胸が躍るような感覚もないため、彼はこの感情を「友情」だと確信していた。
 だまされていないか心配になったのかもしれない。何にしろ、いい関係ではなさそうだ。
 この美しき友情を守るべく少年は「心配なだけだ」と自らに言い聞かせ、夕方、一人でどこかへ行こうとするイリシェの後をこっそりと着いていった。要は気になって仕方なかっただけである。
 人気のない村の裏口でイリシェの前に立っていたのは金髪の男性、ニコラスであった。
 あいつがどうして彼女と会っているんだ!
 村人が魔女だとでも言ったのだろうか、すぐに出ていこうとした少年だったがイリシェの発言で思いとどまる。

「残りは一週間ということ?」

 
 まるで一週間よりも前から何かの期限があったという口ぶりに疑念を抱くマーク。
 建物の壁越しに、ひそかに聞き耳を立てる。

「元々そういう約束だったろう。もう十分待った、これ以上の譲歩はない」
「……分かった。十六歳までに、だったもんね。どうにかする」

 ニコラスの冷たい声とイリシェの深刻そうな声色が少年の耳に届く。
 理由は分からないが、これだけは確実だろう。
 早く原因を突き止めないと「イリシェが危ない」ということ。
 村全体に募っている不信感も踏まえ、今の状況は彼女一人が背負うには重すぎるものだった。
 このままではいけない。追い詰められる姿なんて見たくない、そんな思いがマークを突き動かす。
 翌日、真っ先にイリシェの家へと向かった少年は扉を人差し指でたたいた。

「おはよう」
「おはよ。ちょっといいか」

 話があるのだと察した少女は大人しく彼を家の中へ招き入れる。立ち話も何だ、とマークは互いにテーブルで向かい合わせになったタイミングで話を切り出す。

「イリシェ。お前、何か隠してるだろ。教えてくれよ」
「何のこと?」

 すっとぼけようとする彼女が正直に話さない理由は「何も知らない」と思っているからだろう。そう踏んだ少年は赤い瞳を見据え、この前見たことを伝えた。

「夜に、自由に動き回ってる姿を見たんだ。狂暴化した自分たちの姿も。だから余計に気になるんだよ、何を探してたのか。イリシェは村に来てからずっと殺し合いを止めてくれてたんだろ? 心優しい友のことを、手伝いたい」
「あたしは、優しくなんて」

 罪悪感を抱いたのかイリシェは視線を外し、しばらくうつむいていた。
 数分が経ったぐらいだろう。顔を上げ、不安をよどませた声で彼女は口を開く。

「……マークは最後まであたしのこと信じてくれる?」
「もちろん」

 即答したことで安心感を得たに違いない。彼女の表情は瞬く間に安どしたものへ打って変わっていった。

「あたしね」

 視線を落とし、間を置く。

「この村に呪いをかけた魔女の娘なんだ」

 イリシェの告白にマークはぼう然とする。
 予想していたことではあった。あの光を帯びた目を見たときから、本当に魔女なのかもしれないとは思っていた。
 それでも驚いたのは「呪いをかけた魔女がイリシェの母親」だとは思っていなかったからであった。
 だから、窓から三つ編みの後ろ姿が見えたことにも気付かなかったのだ。
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