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四章 世迷ビト
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辺りは暗く、月が夜を照らしている。
魔女を殺そうと躍起になっていた村人たちは次々と狂いだしていく。
しかし、立ち止まっていたマークは意識を失っていないし、体の自由を奪われてもいない。
どういうことか少年の呪いは解けていたのだ!
胸を押さえつけて呼吸を整える。そして、少年を見て驚いているイリシェに向かって言う。
「呪いの根源が分かった」
共通点は一つだけ。
意識があった日にあって、呪いをかけられた日にもあって、今起こっている現状にあるものこそ根源だった。
最初の夜に見た火。あれはマークにとっては恐怖そのものと見て間違いない。
「俺たち自身の『恐怖』だ。人そのものが媒体になってるんだよ!」
「えっ?」
「……最初の夜のとき、火が怖いと感じてから呪いにかかったんだ。それでイリシェがくれた蝋燭の火を見て……意識を取り戻したんだと思う」
根源と同じ要素を持っていたから呪いの効力が弱った。なるほど、とイリシェは少年の代わりに持ったランタンを揺らしながら納得する。
「じゃあ。村が焼かれたこの惨状を見て、そのときと同じ恐怖を感じたから呪いが解けたってことだね。それで記憶を取り戻した」
「ああ」
「全員違う恐怖に負けたのだとしたら、特定のしようもない」
「いいや。皆同じだよ」
訝しげな顔でイリシェに見つめられ、マークは静かに首を振る。
「魔女のせいにせず、恐れてもいなかったのはこの村で俺だけだから」
誰かへ一度でも責任転嫁したら、その負わせた責任のことで恨まれているのではないかと怯えるものだ。
炎の熱さに気を取られてやけどを負っていく世迷ビト。彼らはやけどを気にも留めず手当たり次第に何かへ攻撃を繰り返していた。
追ってきていない今の内にと彼らの殺し合いを防ぎつつ方法を探る。あたりを見まわし、視界に入った監視塔を見てイリシェは「これだ」と上を指す。
「あそこへ行こう」
二人は村の出入り口まで走り、まだ火の手が近づいていない木造の監視塔を目指していく。道中、襲い掛かる村人をマークは木材で退けていった。
イリシェを先にはしごへ向かわせ後から彼も上に登る。
柵からは村全体がよく見えた。恐らく、数十分もしたら監視塔を含め、全てが炎に包まれているだろう。
見下ろして様子を窺う少女にマークは腕で汗を拭いながら問う。
「どうするつもりだ? 早くしないとここも燃えるぞ」
「一旦集めるの。そしたら、全員に母さんと同じような魔女を見せてみる」
偽物を見せるということだろうか。
紫色の髪を束ねている、二つのリボンの内、片方のブローチだけを外し手のひらへ乗せる。そのブローチへ指を置き、はじくよう動かせば、たちまち鳥の姿が出現し夜空を飛び去って行った。
「今のは念のためね」
ランタンの戸を開け、揺らめく火をすくい取るよう指に移し流動的な炎の粉が赤い瞳へと変化していく。
「集まりなさい」
宙に浮いた複数の瞳が一斉に光を帯び、次々と世迷ビトの動きは止まり、イリシェの視界へと集い始める。
不可思議極まりない力を前に、マークは改めて彼女が魔女なのだなということを実感した。
集まった村人へ幻覚を見せようとした刹那、魔法の効力外にいたメイがイリシェ目掛けて矢を放つ。
「あっははは死ねッ! 死ね、皆死んじゃえ!」
「イリシェ!!」
咄嗟に取った行動だった。彼女を守らなくてはと庇ったのだ。
少年の腕の中にいたイリシェにけがはなかったが、解き放たれた矢はマークの肩に命中してしまう。
「マーク!」
自らのけがに気を取られることなく、肩から流れる血を見て動揺する少女の頬へ触れる。
何でもないと気丈に振る舞ってはいるが痛くない訳がない。彼は寄りかかるようにイリシェの額へ自分の額を当てた。
「無事か……?」
「庇わなくても良かったのに」
「けど、そしたら。わざと受けるだろ」
反論しようのない事実であったため少女は言葉を飲み込む。
「……眠りなさい」
自分を眠らせようとしていることに気付いた少年はイリシェの名前を呼ぼうとしたが、睡魔に襲われ気を失う。
彼女がマークを眠りにつかせた理由は単純なもの。
記憶を取り戻したばかりの癖してけがを負った彼に「呪いをかけた魔女と同じ姿」を見せたくなかったのである。
イリシェの母の姿を見たかどうかは分からなかったが、万が一の時に備えたのだ。立て続けにいろいろなことを思い出させるというのは幾らマークでも精神負荷が強すぎる。そんな思いからだった。
眠った少年を床に横たわらせたイリシェは素早くスカートをかみ千切り、簡易的に止血を行う。
村人たちへ視線を戻し、両手を前に母の姿を思い浮かべる。
すると彼女の体は見る見るうち、呪いをかけた魔女の姿へと変わっていくではないか!
月明かりに照らされる藍色の髪。夜空の中輝きを放つ赤い瞳は妖艶なほほ笑みを目立たせるに十分であった。
呪いの再演をしようと言わんばかりに魔女は黒くゆがんだ霧を集め、彼らの体を蝕む。影に呑まれ身動きの取れなくなった村人たちの表情は段々とうつろから恐怖へと打って変わっていく。
殺意が恐怖に変わった途端、彼らの意識は解き放たれる。
「ま、魔女だ」
「やっぱりあの魔女が姿を変えていたんだ!」
村が燃えたこともあって、彼らは悲鳴を上げながら逃げようとする。
一斉に外へ出ようとした彼らを捕まえたのは異端審問官であるニコラスだった。
「これよりこの村は我が異端審問当局の監視下に置くものとする。抵抗する者は拘束せよ!」
異端審問官の命令を受け次々と彼の部下が姿を現す。イリシェを目の敵にして暴れようとする村人も拘束され、残りの者たちは消火作業にいそしんだ。
「解けたのか」
イリシェに向かって彼は言った。彼女は「何とか」と一言だけ告げ、肩を貸して連れてきたマークを見やる。
「それより手当てしてほしいの、医者はいる?」
「負傷者が出ると踏んでいたからな。知らせを受けて連れてきた」
ニコラスの手にはイリシェが飛ばした光の鳥がいた。何かあったときのための連絡手段だったらしい、用を終えた鳥は再びブローチの中へと戻っていく。
「これで、約束は果たしたからね」
視線だけを一度合わせる。すると、重そうにしている少女から眠っている少年を担ぎ上げ、医者の元まで向かうニコラス。
彼女はそんな男の背中が見えなくなるまで見守った。
それから何日かが経った。一日だろうか、三日だろうか?
正確な日付が分からないにしろ、マークが回復して目が覚めた頃には何日かが経過していた。
「イリシェ!」
起き上がってすぐ少女の名を呼ぶ。しかし、幼き魔女の姿はどこにも見えず少年は混乱する一方だ。
異端審問当局から派遣されてきた医者は目が覚めた彼を診察し「もう大丈夫でしょう」と包帯を取り換える。
お礼を言い服を着替えた後、家を出て審問官たちに保護されているメイに話しかけた。
「メイ、イリシェは」
「呪いを解いたから出ていくって」
その言葉に少年は目を見開く。
仮にも幼い頃からの付き合いがある友人に、一言も告げず姿を消すとは思っていなかったのだ。
ショックを受けるマークをよそに、メイはこれまでのことを反省したのだろう。俯き、三つ編みを揺らしながら申し訳なさそうに言った。
「……ごめんねマーク。マークの言う通り、イリシェは悪い人じゃなかったのね。けがしたマークを本当に心配そうにしてたし『仇の娘がいたら気まずいよね』って私のことも気遣ってくれたわ。あなたにけがをさせたの、私なんでしょ?」
「俺も夜にお前のこと殺そうとしたと思う。だから、おあいこってことで」
あの呪いの影響で誰もが殺意を持つようになっていたのだ。イリシェが止めていなければ今頃、隣人同士で死んでいただろう。
だからかマークはメイを責めなかった。代わりに、食料や野宿するために必要な物をリュックへと詰め込み、村の出入り口へと向かっていく。今にも旅立ちそうな彼を目にしメイは慌てて追いかける。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「村を出ていく! イリシェを一人にはしておけない。それに、言いたいこともあるんだ」
振り返った少年が見せた表情は心なしか明るく、憑き物が落ちたかのようであった。
出る前に渡す物でもあるのか「待って」と彼女は引き止めた。
「なら、これ……おわびに持って行って。外のことは分からないけど、呪いがあるなら外も物騒かもしれないし」
メイは男性向けだろう大きさの弓矢と矢を少年に渡す。
随分と見覚えのある形をしているな、と思ったがその理由はすぐ分かった。彼女の父親が使っていた弓矢と同じものだったからだ。
形見を渡すことで償うということか。彼女なりの懺悔をくみ、弓矢を受け取った少年はゆっくりとうなずく。
「ありがとな」
荷物を入れたリュックを背に再び歩んでいった。
それからマークは生まれて初めて村の外へ出て、イリシェの姿を探した。
元々あの生活に退屈を感じていたのも理由の一つ。だが、大多数の理由は両親の仇の娘だから負い目を感じ、村に呪いをかけた母の娘という立場を気にしていたイリシェに会いたかったからだ。
少年にとってイリシェは負ってもいない罪を親の代わりに背負わされた初恋相手。呪いを理由に引き離されるなんてたまったもんじゃなかった。
幾つもの街を探し回り、ついに見つけ出せた彼はこう言った。
「呪いを解き終わって離れるくらいなら、いっそ俺をこい……で、弟子にしてくれ!」
恋心を取り戻したことがバレてしまったら逃げてしまうだろう。そう考えたのか、突拍子もない発言をするマーク。
再会したイリシェはなぜか異端審問官であるニコラスとともに行動していたというのにも関わらず、少年にとってはそれよりも少女の次の言葉が不安だった。
ここまで来て断られたらどうしようか。
もし嫌われたら?
誰が見ても緊張しているマークを見て、彼女はくすりと笑顔を見せる。
「君みたいな心優しい弟子を持てるなら、あたしは幸せです」
魔女がかけた呪いがあった。
その呪いはある村でも、又はある町でも誰かがかけられた前例のある呪いだった。
魔女と、魔女の弟子はこれらの呪いを解くために旅立ったそうだ。
自分を見失い、世をさ迷いながら歩くヒト。『世迷ビト』を救う旅へ。
魔女を殺そうと躍起になっていた村人たちは次々と狂いだしていく。
しかし、立ち止まっていたマークは意識を失っていないし、体の自由を奪われてもいない。
どういうことか少年の呪いは解けていたのだ!
胸を押さえつけて呼吸を整える。そして、少年を見て驚いているイリシェに向かって言う。
「呪いの根源が分かった」
共通点は一つだけ。
意識があった日にあって、呪いをかけられた日にもあって、今起こっている現状にあるものこそ根源だった。
最初の夜に見た火。あれはマークにとっては恐怖そのものと見て間違いない。
「俺たち自身の『恐怖』だ。人そのものが媒体になってるんだよ!」
「えっ?」
「……最初の夜のとき、火が怖いと感じてから呪いにかかったんだ。それでイリシェがくれた蝋燭の火を見て……意識を取り戻したんだと思う」
根源と同じ要素を持っていたから呪いの効力が弱った。なるほど、とイリシェは少年の代わりに持ったランタンを揺らしながら納得する。
「じゃあ。村が焼かれたこの惨状を見て、そのときと同じ恐怖を感じたから呪いが解けたってことだね。それで記憶を取り戻した」
「ああ」
「全員違う恐怖に負けたのだとしたら、特定のしようもない」
「いいや。皆同じだよ」
訝しげな顔でイリシェに見つめられ、マークは静かに首を振る。
「魔女のせいにせず、恐れてもいなかったのはこの村で俺だけだから」
誰かへ一度でも責任転嫁したら、その負わせた責任のことで恨まれているのではないかと怯えるものだ。
炎の熱さに気を取られてやけどを負っていく世迷ビト。彼らはやけどを気にも留めず手当たり次第に何かへ攻撃を繰り返していた。
追ってきていない今の内にと彼らの殺し合いを防ぎつつ方法を探る。あたりを見まわし、視界に入った監視塔を見てイリシェは「これだ」と上を指す。
「あそこへ行こう」
二人は村の出入り口まで走り、まだ火の手が近づいていない木造の監視塔を目指していく。道中、襲い掛かる村人をマークは木材で退けていった。
イリシェを先にはしごへ向かわせ後から彼も上に登る。
柵からは村全体がよく見えた。恐らく、数十分もしたら監視塔を含め、全てが炎に包まれているだろう。
見下ろして様子を窺う少女にマークは腕で汗を拭いながら問う。
「どうするつもりだ? 早くしないとここも燃えるぞ」
「一旦集めるの。そしたら、全員に母さんと同じような魔女を見せてみる」
偽物を見せるということだろうか。
紫色の髪を束ねている、二つのリボンの内、片方のブローチだけを外し手のひらへ乗せる。そのブローチへ指を置き、はじくよう動かせば、たちまち鳥の姿が出現し夜空を飛び去って行った。
「今のは念のためね」
ランタンの戸を開け、揺らめく火をすくい取るよう指に移し流動的な炎の粉が赤い瞳へと変化していく。
「集まりなさい」
宙に浮いた複数の瞳が一斉に光を帯び、次々と世迷ビトの動きは止まり、イリシェの視界へと集い始める。
不可思議極まりない力を前に、マークは改めて彼女が魔女なのだなということを実感した。
集まった村人へ幻覚を見せようとした刹那、魔法の効力外にいたメイがイリシェ目掛けて矢を放つ。
「あっははは死ねッ! 死ね、皆死んじゃえ!」
「イリシェ!!」
咄嗟に取った行動だった。彼女を守らなくてはと庇ったのだ。
少年の腕の中にいたイリシェにけがはなかったが、解き放たれた矢はマークの肩に命中してしまう。
「マーク!」
自らのけがに気を取られることなく、肩から流れる血を見て動揺する少女の頬へ触れる。
何でもないと気丈に振る舞ってはいるが痛くない訳がない。彼は寄りかかるようにイリシェの額へ自分の額を当てた。
「無事か……?」
「庇わなくても良かったのに」
「けど、そしたら。わざと受けるだろ」
反論しようのない事実であったため少女は言葉を飲み込む。
「……眠りなさい」
自分を眠らせようとしていることに気付いた少年はイリシェの名前を呼ぼうとしたが、睡魔に襲われ気を失う。
彼女がマークを眠りにつかせた理由は単純なもの。
記憶を取り戻したばかりの癖してけがを負った彼に「呪いをかけた魔女と同じ姿」を見せたくなかったのである。
イリシェの母の姿を見たかどうかは分からなかったが、万が一の時に備えたのだ。立て続けにいろいろなことを思い出させるというのは幾らマークでも精神負荷が強すぎる。そんな思いからだった。
眠った少年を床に横たわらせたイリシェは素早くスカートをかみ千切り、簡易的に止血を行う。
村人たちへ視線を戻し、両手を前に母の姿を思い浮かべる。
すると彼女の体は見る見るうち、呪いをかけた魔女の姿へと変わっていくではないか!
月明かりに照らされる藍色の髪。夜空の中輝きを放つ赤い瞳は妖艶なほほ笑みを目立たせるに十分であった。
呪いの再演をしようと言わんばかりに魔女は黒くゆがんだ霧を集め、彼らの体を蝕む。影に呑まれ身動きの取れなくなった村人たちの表情は段々とうつろから恐怖へと打って変わっていく。
殺意が恐怖に変わった途端、彼らの意識は解き放たれる。
「ま、魔女だ」
「やっぱりあの魔女が姿を変えていたんだ!」
村が燃えたこともあって、彼らは悲鳴を上げながら逃げようとする。
一斉に外へ出ようとした彼らを捕まえたのは異端審問官であるニコラスだった。
「これよりこの村は我が異端審問当局の監視下に置くものとする。抵抗する者は拘束せよ!」
異端審問官の命令を受け次々と彼の部下が姿を現す。イリシェを目の敵にして暴れようとする村人も拘束され、残りの者たちは消火作業にいそしんだ。
「解けたのか」
イリシェに向かって彼は言った。彼女は「何とか」と一言だけ告げ、肩を貸して連れてきたマークを見やる。
「それより手当てしてほしいの、医者はいる?」
「負傷者が出ると踏んでいたからな。知らせを受けて連れてきた」
ニコラスの手にはイリシェが飛ばした光の鳥がいた。何かあったときのための連絡手段だったらしい、用を終えた鳥は再びブローチの中へと戻っていく。
「これで、約束は果たしたからね」
視線だけを一度合わせる。すると、重そうにしている少女から眠っている少年を担ぎ上げ、医者の元まで向かうニコラス。
彼女はそんな男の背中が見えなくなるまで見守った。
それから何日かが経った。一日だろうか、三日だろうか?
正確な日付が分からないにしろ、マークが回復して目が覚めた頃には何日かが経過していた。
「イリシェ!」
起き上がってすぐ少女の名を呼ぶ。しかし、幼き魔女の姿はどこにも見えず少年は混乱する一方だ。
異端審問当局から派遣されてきた医者は目が覚めた彼を診察し「もう大丈夫でしょう」と包帯を取り換える。
お礼を言い服を着替えた後、家を出て審問官たちに保護されているメイに話しかけた。
「メイ、イリシェは」
「呪いを解いたから出ていくって」
その言葉に少年は目を見開く。
仮にも幼い頃からの付き合いがある友人に、一言も告げず姿を消すとは思っていなかったのだ。
ショックを受けるマークをよそに、メイはこれまでのことを反省したのだろう。俯き、三つ編みを揺らしながら申し訳なさそうに言った。
「……ごめんねマーク。マークの言う通り、イリシェは悪い人じゃなかったのね。けがしたマークを本当に心配そうにしてたし『仇の娘がいたら気まずいよね』って私のことも気遣ってくれたわ。あなたにけがをさせたの、私なんでしょ?」
「俺も夜にお前のこと殺そうとしたと思う。だから、おあいこってことで」
あの呪いの影響で誰もが殺意を持つようになっていたのだ。イリシェが止めていなければ今頃、隣人同士で死んでいただろう。
だからかマークはメイを責めなかった。代わりに、食料や野宿するために必要な物をリュックへと詰め込み、村の出入り口へと向かっていく。今にも旅立ちそうな彼を目にしメイは慌てて追いかける。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「村を出ていく! イリシェを一人にはしておけない。それに、言いたいこともあるんだ」
振り返った少年が見せた表情は心なしか明るく、憑き物が落ちたかのようであった。
出る前に渡す物でもあるのか「待って」と彼女は引き止めた。
「なら、これ……おわびに持って行って。外のことは分からないけど、呪いがあるなら外も物騒かもしれないし」
メイは男性向けだろう大きさの弓矢と矢を少年に渡す。
随分と見覚えのある形をしているな、と思ったがその理由はすぐ分かった。彼女の父親が使っていた弓矢と同じものだったからだ。
形見を渡すことで償うということか。彼女なりの懺悔をくみ、弓矢を受け取った少年はゆっくりとうなずく。
「ありがとな」
荷物を入れたリュックを背に再び歩んでいった。
それからマークは生まれて初めて村の外へ出て、イリシェの姿を探した。
元々あの生活に退屈を感じていたのも理由の一つ。だが、大多数の理由は両親の仇の娘だから負い目を感じ、村に呪いをかけた母の娘という立場を気にしていたイリシェに会いたかったからだ。
少年にとってイリシェは負ってもいない罪を親の代わりに背負わされた初恋相手。呪いを理由に引き離されるなんてたまったもんじゃなかった。
幾つもの街を探し回り、ついに見つけ出せた彼はこう言った。
「呪いを解き終わって離れるくらいなら、いっそ俺をこい……で、弟子にしてくれ!」
恋心を取り戻したことがバレてしまったら逃げてしまうだろう。そう考えたのか、突拍子もない発言をするマーク。
再会したイリシェはなぜか異端審問官であるニコラスとともに行動していたというのにも関わらず、少年にとってはそれよりも少女の次の言葉が不安だった。
ここまで来て断られたらどうしようか。
もし嫌われたら?
誰が見ても緊張しているマークを見て、彼女はくすりと笑顔を見せる。
「君みたいな心優しい弟子を持てるなら、あたしは幸せです」
魔女がかけた呪いがあった。
その呪いはある村でも、又はある町でも誰かがかけられた前例のある呪いだった。
魔女と、魔女の弟子はこれらの呪いを解くために旅立ったそうだ。
自分を見失い、世をさ迷いながら歩くヒト。『世迷ビト』を救う旅へ。
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