血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第一章 クリスマスに出会ったのは……サンタさん!?

10その仮面を外したい

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 一番安いメーカーのランドセルと、シンプルな筆箱、それから鉛筆や定規にノートを買って貰い、お会計の間暇だろうからと近くにあった子供スペースで待つよう言いつけられる。
 両親の提案に乗り、子供スペースへ赴くと同年代であろう男の子がいた。
 彼も僕の存在に気付いたようで、声を掛けてくる。

「あなたも、おかあさんとかおとうさんにいわれて?」

 そうだよ、と答えると嬉しそうに「じゃあ、おなじだ」と笑ってみせた。
 なんだか仲良くなれそうな気がして、勇気を出して聞いてみた。

「なにかいてるの?」
「にがおえ」

 見せて貰うと、真ん中に子供が描かれていて、その両隣に大人が描かれていた。家族の絵のようだった。
 後々に思い返すと、果てしなくどうでもいいことなのだが、その上に描かれていた太陽の色が赤なのが妙に気になってしまった。

「たいよーはオレンジじゃないの? どうしてあか?」

 すると彼は信じられない、といった顔でこちらを見てくる。

「たいようは、あかでしょ。オレンジじゃない」
「え、だってオレンジだよね? まぶしいいろのときはあかいろじゃないもん」

 いやいやいや、と繰り返し始まる謎の「太陽の色はオレンジVS赤」議論。
 何故だ、何故色がここまで気になってしまったのか。
 意外と白熱した子供ならではの言い争いをきっかけに、僕達は描き合いっこで勝負する。とりあえず、親が来るまでに太陽っぽく描いて親が来たら聞いてそれっぽいと言われた方が勝ち、みたいな。
 太陽だけを描くなんてクレヨンじゃ簡単すぎない? ただ丸を描くだけだよ? ということでなるべく人も描こう、とお互いに人も描いた。
 描き終わった頃にはふーっとやり切った清々しい気分で額の汗を腕で拭い取る。また背後で吹き出した彼女が見えたが、もう気にしないでおこう。
 丁度僕と彼の両親が帰ってきて、せーので二人して絵を見せた。

「どっちのほうがたいようっぽい!?」

 声が重なり、微笑む大人たち。どっちもちゃんと太陽になってるよ、と言われたがこれでは引き分けだ。
 お互いにむっとした顔になる。が、自分たちの顔がおかしくって笑った。

「へんなかお!」
「そっちのほうがへんなかお!」

 知らぬ間に仲良くなったことが意外だったのか、両親は相手の親にお礼を言っているようだった。
 相手の方も意外だったらようで、お礼を返している。
 帰らないといけない時間になっていたこともあり、僕達はそれぞれ自分の親の手を取る。去り際に、彼は大きめの声で僕に告げる。

「なまえ、ひょうぐうこーま! またあえたら!」

 初めて同年代の子から名前を名乗って貰った気がする。こーまくん、おぼえておこう。

「ぼくはーくろとせき! またね!」

 車で帰宅途中、ブラビットが言った。

「ああいうのはお友達ではないんですか?」

 それは少し思ったことだけど、この時の僕は一緒に過ごした時間を優先的に考えていたように思う。
 友達という宣言をしてもいないし、彼は「知り合い以上友達未満」なのだと。

(なりたい、っていってないから……ちがうのかなって)

 僕の発言を聞いた途端、興味を失ったかのように「そうですか」とだけ言い残してそっぽを向いてしまう。どういう発言をして欲しかったんだか。
 それから四月になり、小学生となる時期が刻一刻と差し迫ってきた。こーま君とはあれっきり、会えていない。どこの誰だかも分からない事を踏まえると、当然っちゃ当然だが。
 せめて漢字が分かればな……漢字と言うのは小学校で習うはずなので、時を待つしかない。
 けど、かといって寂しかったかと問われると、別にそうでもないのだ。その分、ブラビットがあれで遊んでくれるようになって、時谷君(空想のお友達)とサッカーしたりとか色々出来たのだし。
 彼女に不満を持ったり苛立つことはあっても意外と上手くやれていると、僕自身感じていた。

「ブラビット、ぼく、もうすぐいちねんせーだよ」

 ベッドに寝転がりながら仰向けに発言する。

「めでたいことですこと。しかし、あのランドセルの件ですが……良い子ちゃんの欲しい物は別の物だったように思うのです。その安物で本当によろしかったのですか?」

 安物、と横のランプの飾ってある小さなテーブルを指差す。
 その真下に、買って貰ったばかりの黒いランドセルを置いているのだ。

「いいんだ。だってしょーがっこーってことは、つぎもそのつぎもあるでしょ? ってことはランドセルもそのうちいらなくなっちゃう。でしょ? だから、ほしいものはぼくがもっともっとおおきくなってからかうの!」
「まぁ良い考えをお持ちなことで。これが罪人とは、実に驚くべきことです」

 ふふ、と口に手を添えながら上品に微笑む。僕の考え方は、狙っている訳ではないが、彼女に受けがいい。
 素直な本音を吐き出すと、自分が心配しているのは文房具の問題ではなく「人間の友達作り大作戦」の方だった。今のところ散々な結果なので、挽回したいと考えているところだ。

「おともだちができるかのほーがしんぱいなんだけど……ひとりもできなかったらどうしよう……」

「既にいるでしょう? ここに。いるだけでも有難く思いなさいな」

 まぁそうなのだが。そうだが、違う、違うんだ。
 元はと言えば、君を喜ばせる為に始めたんだ、この……人間のお友達作ろう作戦……!
 僕の思いはつゆ知らず、悪気無く発せられた彼女に違う! とも言えないので、肯定しておく。

「……うん! そうだね……ありがとう、ブラビット」

 というか、まだ僕に笑顔見せてくれてなくない? 考えれば考える程言いたいことが増える一方なので、とてもじゃないが言えなかった。キリがない。

 ──けど、けどなにかわすれているような……あ。目まぐるしく頭を悩ませていた拍子に思い出す。

「そういえば……けっきょく、てつだってほしいことってなんだったの? たしか、いってたよね? おともだちになるかわりに……って」

「あー。ちょっと目に力入れてみて貰えます?」

 え、え、どういうことだ。言われるがままに目を凝らしてみる。

「……駄目みたいですね。ま、今はまだ早いようですから不相応ということです。暫くは大丈夫かと。貴方の知識と実力が伴う時にでも、お話しますよ」

 未熟だって言われた! さり気なく貶されたぞお友達に!
 無知だなぁとは自覚してきてはいるので、納得は出来る。が、彼女に馬鹿にされたままなのはちょっと悔しい。

「……わかった、じゃあそれまでぼく、べんきょーもがっこーも、いっぱいいっぱいがんばるね!」

 君に馬鹿にされないようになるまでな──……!
 副音声で流したいところだが、無理だな。分かってる。今の僕自身はまだ子供。
 大人の彼女に追い付ける訳もないのだ……それが少し、寂しい。

 早く成長して、役立てるようにならないと! 役立たずなんて思えないくらい!

 そうすれば──そうすればきっと、少しでも仮面を外してくれるだろうか。嘘の笑顔を止めて貰えるだろうか。
 分からなかったけど、今出来ることを頑張ることしか僕に道はなく、登校初日の八日。誕生日まで後二日。
 買って貰ったランドセルを背負い、玄関で靴を履き替える。
 次はもっと上手くやれるよう、しっかりとしなければ。よし、と意気込んでドアを開ける。

「行ってきまーす!」
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