血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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①第二章 初めての学校に、初めての人間のお友達!

7気難しいクラスメイトたち

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 翌日、学校へ向かう間にろう君と会った。おはようと明るく言ってくれる彼に感謝を込めながらおはよう、と返事をする。
 他愛もない話に花を咲かせ、もうすぐ学校の校門だ、という時。ろう君が言った。

「ねえ、もしそのめのせいでともだちができにくいなら……ぼくがみんなにいってはなしやすいようにしてあげよっか?」

 彼女の言われる前までの僕なら絶対に喜んで受け答えたであろう、救いの糸が垂らされる。でも、僕は静かに首を横へ振った。

「ううん。いいんだ、じぶんのやりかたで、じぶんのちからでみんなにみとめられたいから。あ、でも、ありがとう! しんぱい、すごくうれしい」

 緊張を隠しながら言い切ると、いつの間にか、冷や汗が出ていた。

 今、何かあったのだろうか?

 ろう君を見ても、いつものように明るい笑顔をしているだけで、何もおかしなことは無かったのに。

「へえ、そっか。いいことだね、じゃあぼくおうえんするよ! がんばれ、せきくん!」
「! うん、ありがとう。ろうくん!」

 背中を押して貰って、初めての学校が始まる。
 昇降口で靴を上履きに変え、『下駄箱』に入れたらすぐ広い渡り廊下へと出てろう君と共に一年三組の教室へ移動した。
 時間は午前八時五分。よし、今日は遅刻じゃないぞ。一安心しながらも自分の席へ着き、担任が扉をがらがらと開け、『朝の会』とやらの時間になる。

『日直』という生徒二人による日替わりの『当番制度』があるらしく、前の席順から順々にやっていくそうだ。
 今日は……一番左の列で、最前列に座っているあいだくんとらいまちゃんだった。

「きりーつ」

 生徒が全員立ち上がり、「れい」という掛け声と共にやや低めの礼をする。
 そして担任が「おはようございます」と言うと全員がおはようございますと疎らに声を出す。

「ちゃくせき」

 席に座る……という『号令』を『HR』と授業前、授業後にするのが『仕事』の一つ……ということだが、後は黒板消しなど後処理が多いように思えた。皆同じ動きで、皆同じことを言わなければならない号令……こんなことをして、一体何の意味があるのだろう? 
 疑問には思ったが口に出さなかった。なんとなく『歴史』にその答えがある気がしたのだ。なら、後でブラビットに聴けばいい。丁度噂をすれば何とやら、彼女が視界の横から顔をひょっこりと覗かせる。僕はノートで口元を覆い隠すようにし、吐息で質問を投げかけた。

「(ねえねえ、なんでがっこうってこういうのやるのかな? れきし、なきがするんだけど)」

「歴史……といえば、ああ。かつて戦う為に作られた訓練場があり、そこで使われた挨拶が学び舎にも使われていたとか……元々訓練場だったのが学び舎ですので、この学校の基になったのが訓練場、ということでしょう」

 『訓練場』や関連した言葉の意味を教えて貰い、納得した。なるほど……今みたいな戦争が少ない時代になる前の名残か。何で戦争なんかするの? と聞いたところ「ビジネスじゃないですか」と雑に返された。
 どうやらブラビットにとってというワードはらしい。余程気になることが無い限りは聞かないようにしよう、とぴこぴこ動く耳を見ながら決めた。

「そういえば、学校は一クラス何人の生徒がいるのが平均的なんでしょうね? この学校は二十四人分の席があって、二十二人の生徒数みたいですが」

 ──たしかに、なんにんがおおいんだろう?

 気になって、ちらりと教室全体を見回してみる。二つセットになった横並びの机と椅子が横三、縦四に並んでいるのだから一列につき八個。それが三つ並んでいるということは八を三つにすればいい──うん、彼女の言う通り……確かに二十四個。ぴったりだ。

 学校の知識は僕達二人共あまり持ち合わせていない為、こればっかりは両親に聞く必要がある。
 HRが終わり、授業の科目説明を受けていく。

 学校ごとによって違う場合もあるそうだが、この柳下第一小学校で『国語』『算数』『社会』『歴史』『理科』『音楽』『美術』『図工』『体育』をやり、週に一回は『道徳』の授業があると先生は言った。

 音楽……ちょっとそれは楽しみだ。
 いや、他も十分楽しみであることは違いないが、音楽というのはきっと曲とか聴けるあれだと思うので……それなら好きだろうなぁ、僕。なんてちょっとした期待が芽生えていく。
 期待を胸に膨らませすぎてもいざという時がっかりする可能性だってある、とりあえず目前だけに集中しよう。
 と始まったお勉強は、僕にとっては存外大したものではなかった。
 というか……はっきり言って既に知識に入れたことばかりで、退屈だった。多分、勉強に向いてない。

 少々好奇心旺盛すぎたか……ブラビットや両親に聞いたり、本で見すぎた影響で暇だった。
 とても凄く暇だった。でも、さっき生徒の人数を数える時にやった考え方は恐らく算数なのだろうことは判明したのだから、少しの収穫はあったと言えるだろう。
 退屈な国語と算数の授業が終わり、昼休み。窓から当たる陽の光は、白から黄色へ変わっていた。

 他の子達は授業どうだったのだろうと様子を探ると「こくごやだー」とか「むずかしかったねえ」とか聞こえて来て少し戸惑う。

 え、マジで? 昨日やった建築模型の方が難しかったよ?

 あれは……工作か。図工に入っているかもしれないし、鬼門とするならば僕にとってはそこ──! 

 周囲と反応が一致していないことを察したばかりに、既にお友達を作れるかが微妙な空気だ……と怖気づいていると、気付けば周りの子たちはグループを作って『給食』の準備をしているではないか。

 ──え、いや、ちょっとまって? なんでせんせいがかいてくれたこくばんのとおりのならびにしないの!?

 先生はわざわざ「出席番号一から四は一班、五から九は二班……と班になってるとこは丸で囲んでおくので、そこで集まって給食を食べてください」って言ってたじゃん?
 なのに、何故……? 何故僕だけ器用に避けて集合している? 一班よ……とあいだ君達を見ると「やべっ、めをあわせたらなんかおこるかも!」って目を逸らされた。
 おいおい僕はメデューサか何かか。
 全くこれだから小学生は……いや、僕も小学一年生だよ。早まるな。でもおかげで一つの目標が出来た。
 僕が友達になるべきは一班であるあいだ君、らいまちゃん、りんざきちゃんの三人だ、と。
 あいだ君はうげっと言いながら挙動不審に顔を隠すし、らいまちゃんはにこにこしたまま目を開けようとしない時点で絶対に見まいと決意を固めていることを踏まえると、この中で一番仲良くなりやすいのは──りんざきちゃんか……。
 彼女は見ても別に露骨に逸らそうとはしてない。してないが、何故か僕が不利になることを言いかねない予感がする。

 口を開けようとしているがその前に止めるべきだ──!

「り、りんざきちゃん! と、ととととなりいい!? というか、おなじはんだもんね、いいよね、ね……!」

 上ずった声で噛みまくってしまった。情けない。反応が見たいような、でも見たくないような生半(なまなか)に目を閉じたまま立ち竦んでいるとりんざきちゃんが返事を返してくれた。

「いいけど。つくえなんてかってにうごかせばいいのにうごかさなかったの? なんで?」

 そりゃそんな勇気が無いからだよ──っ!

 やはりこの少女は僕の地雷を踏み抜くのがとことん上手いらしい、上手に踏み行くその様はまるでカーレースだ。
 あはは……と引きつった笑いを浮かべながら「なんでだろうねー」とはぐらかし、相も変らぬじめじめした彼女の机の横に並べて座る。
 これ、人選ミスったかな。僕は内心、虚無空間に放り込まれた気分に陥っていた。
 というか、隣に座った後何投げかけられるか考えるのも怖──と思った瞬間に投げかけてくる、それはそう、野球で予想外の魔球が打たれた中継でも見ているように。

「くろとくんってさ」
「え? あ、うん?」

「なんでくうきとしゃべってるの? なんかきみわるいよね、そういうとこ」

 あ、とか後ろから声がした。絶対に今の声はブラビットの声だった。

 そうだったこの子には話してるとこ見られてた──!

 りんざきちゃんが言った言葉により、あいだ君達の動きも止まる。恐らく僕も動きを止めていただろうが、彼らは僕が否定しようと喋る度に震え上がっていた為、悪化させてしまったことは間違いないと言えるだろう。

 どうしたものか、どうするべきなんだ。これ以上彼女に喋らせて僕の立場は大丈夫なのか?

 なんて考えている内に、布を敷いて二人は『配膳』をしに……ってうっかり失念していたが、今日の『給食当番』は僕達一般が担当ではなかったか?
 迅速果断じんそくかだんに行動し、当番のことを忘れていると思われるりんざきちゃんの手を引っ張ろうとして行こうと言いながら手を掴むなり、すぐ振り払われた。
 さりげない拒絶は結構響くんだぞ!
 あ、いやでもお母さんが「女の子はデリカシーの無い男は嫌うもの」って言ってた。

 まさか……これがデリカシー!? そっか、性別よりも種族の方を重視してたから意識したこと無かったけど、男女で気にするものが違うのかもしれない。今度からは女子と男子で対応を分けた方が良いのかな、など考えながらりんざきちゃんの後を着いて行く。
 スープの入った大きい鍋やパンが運ばれた黒板前に移動して、先生の説明を受けながら給食の配膳をする。流石にこればっかりは僕を避けることも出来ないので、全員少し悔しそうにしているのが印象的だった。

 だったが、全員に配り終えるまで「うげっ」とか「やだ!」とか言われ続けるの……地味に辛い。

 同情の目を向けていた先生も先生で、何か対策を取るとかしてくれないんだろうか。
 自分で解決してくださいね、自分で頑張ってねってこと?
 はー、良いねえ教師って、見守るだけがお仕事なんですねって言いたくなる。

 工作の時はやたら張り切ってたんだけどな、この……手羽てば先生。なんとなく手羽先好きそうだな、なんて失礼な印象だけが募っていく。
 ちっくしょー、僕の味方は結局いつも通りブラビットだけか。
 そのブラビットはさっきから後ろでうなじ弄ってくるわすっかり気に入ったのか頭を楽しそうに撫でるわで、全く気が休まらない。
 でもそのおかげで気が紛れているのもこれ又事実なので、特に何も言わなかった。
 言ったらまたりんざきちゃんが気付く可能性も十二分に考えられるし、これから教室で喋る時は教科書とかで顔を隠せる時だけに絞ろう、と心の内で呟いた。
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