血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第二章 一生のキズを背負う子供たち

9家族で引っ越してきたらしい

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 目線だけを落として彼……彼女……彼に言う。

「悪いことは言わない、ここから出て行った方が良い……あー、ここはきっと君にとって危険な場所だろう。だから、一刻も早くこの場から立ち去るのをオススメするよ」

 人間相手に見られたら

「何で虫に話しかけてるんだ」

 って疑問に思うことだが、僕は彼等も話すことは出来るのだと過去の経験から知っているので対話を試みている。
 案の定、本を読んでいたブラビットが隣へ移動して通訳をしてくれた。

「可愛らしく首を傾げて『きけんってなぁに?』と言ってますが」

 ──今めっさ可愛い声聴けた──はい役得ー。

 なぁにの言い方可愛いかよ。
 可愛すぎて天に召されかけた。

 しかし、その口調。この子はやはり子供の蜘蛛なのだろうか。

 だとしたら高確率で不可抗力の死を迎えそうだし、おちおち勉強も出来ないな……腕を組んで考えた末「ブラビットに任せよう」と思い至り、そっと手のひらへ誘導して彼女の方へ移動させる。するとブラビットはすぐ意図を汲み、彼(仮)と話し始めた。これはもはや夫婦並の連携プレーでは?

 既に夫婦かもしれない──なんて雑念を追いやる為、再び勉学へ注力していく。

 二時間で二教科は終わらせたい。
 夏休みは長期休暇なので、もう少しゆったりとした時間を過ごしたいものだがそうは言ってられない。
 ぶっちゃけた話、スコアを無視して良いならこのままでも良い。
 しかし、優遇されるのは決まって高スコアな者達ばかり。

 実力主義を謳っているご時世だけど、その割にはバックが重視されている面もあるし……ほんとやな世の中だ。

「……へえ……そうなのですか? それではご両親も近くに居るのですね」

 シャーペン芯の摩擦する音がしんと響く。
 音楽も何もかけていないからか、彼女の声は真っ直ぐに聞こえてくる。

「あらあらそれは。さぞ大変でしたでしょう」

 頑張れ、頑張れ黒兎赤。お前はやれば出来る子……!

「ここも幾分か危険はありますが、悪くは無いかもしれませんよ?」

 ああ、くそっ。気になるじゃんか!
 止めだ止め!

 興味が集中を超えた瞬間、勢いよくシャーペンを叩きつけた。

 がっ、と開いた数ミリの穴は僕の心の内を表しているようだ。
 集中出来ない空っぽな頭……自虐はさておき、背伸びをして振り返る。

「何の話してるの?」

 誘惑に負け彼等との会話に加わり事の詳細を知った。
 虫さん……(コグモ君と呼ぶことにした)彼はこれまで誰かの家に住み着くのではなく、自然の中で暮らしていたそうだ。けれどつい最近に起きた放火のせいで木々は燃え果て、一家揃って餌に困っていたらしい。
 そこで、目を付けたのがこの家だった。

 柳下は確かに自然が比較的多い方だし、窓を開ければ蝶だらけになる程虫も沢山いるので丁度良かったのだろう。
 っていうか人間の起こした事件で被害被ってるの、同じ人間として申し訳ない。

 ニュースでも出てた『キャンプ場で遊びふざけた子供が山火事を起こした』奴だろうけど……確か両親から貰ったライターを使って複数人で至るところへ焚き火やったんだよな。
 火種を増やすな。
 消せ、消火しろ。

「ごめんね、同じ人間が迷惑かけちゃって」
『おに? さんのせい?』

 ──かっわいいなコグモ君。

 ブラビットが通訳面倒になって聞こえるようにしたんだろうけど、直に話すとこの可愛さがよく分かる。

「いや違うけど……申し訳ないなと思って。火事にした張本人は未だ懲りずに危険な遊びしてるのは風の噂で知ってるし」
『ちがうのにー? ごめんいる?』

 要らないっすね。はい、すんませんした。

 鋭い指摘に言葉を吞む。
 幼い子供からの指摘って結構ぐさぐさ来るよな、主に心に。

 集団行動、連帯責任が嫌いな僕だけど、知らず知らずのうちにそちらの考えへ染まりそうになっていたようだ。
 恐るべし、学校教育。
 それにしても家族で引っ越してきたとは……今頃屋根裏は蜘蛛だらけなんだろうな、母さんが知ったら──

「赤! ちゃんと宿題は終わったの?」
「おわっ。あ、あーうん! 大丈夫、明日には終わりそう!」

 本当はまだ山積みされているのだが何とかなるだろう。
 多分……遠い目をしながら深呼吸をして不規則になった鼓動を落ち着かせる。
 いや、バレたかと思った。
 一難去ってまた一難……再度扉が開いて

「コップ片付けておくわね」

 と問答無用で部屋に入ってくるMAMA。
 母は強し……さり気なくノートを退かすついでにコグモ君が見えないように死角を確保した。

「最近、パーティーに参加してないみたいだけど。どうしたの?」
「あー。皆今スコアの為に頑張ってるからさ……ほら。母さんも知ってるだろ? この国は若い内にいい成績を取った方が有利になるって。だからだよ」

 嘘は言っていない。
 エリートになりたい者は早くから動き始め、エリートなるレッテルを貰う為に今を生きている。
 社会に出ても貢献度によって出世かどうかが決まる、年齢関係無く昇格か降格かは常に用意されていて、当たり前のように僕達はそれを受け入れて。時々、人生って誰の為なのか分からなくなる程だ。

「なるほどね。子供の内からもう英才教育をしていると」
「そういうこと、お分かり?」

 わざとらしく目配り足を組む。

「ええ。よく分かったわ……進んでいないってことがね」

 指された先には手を付けていない山積みの宿題。オーノウ。
 畜生、こんなことならさっさと片付けておくんだった!

 視線が重ならないように避けて言葉を濁す。

「あはは……はは……頑張ります」
「分かったならよし。体調が悪い時は仕方ないけど、頑張ってね」
「ありがとう」

 コップを持って母さんが出るのを見送る。
 扉がきちんと閉められ、階段を下りた足音が聴こえたことを確認して安堵の息を吐いた。

「(心臓止まるかと思った……)」

 小さいので押し潰していないかが不安だったがブラビットが匿ってくれていたらしい、彼女の袖の下からいそいそと姿を現した。羨ましいぞこん畜生。僕だって彼女の袖の下から肌を──変態か。落ち着け。
 先程分かったのは、下手したらこの家に蜘蛛が居るということがバレかねないということ。

 だとすると、行動に制限を掛けるのが一番に違いない。
 自然の生き物達にそういった提案をするのは少々心苦しいが、互いの縄張りを維持する為に必要なのだから仕方無いよな。

「……コグモ君、今度から下りてくる時は僕が『良いよ』って言った時だけにしようか。約束出来る?」

『するー』

 一ミリもあるか分からない手を挙げて返事をしている。
 可愛いかよ。

「天井にいる分には見つからないだろうから、下りてくる時だけね。下りたい時に僕に声かけてもオッケーだよ」
『はぁい。わかったー』

 両親が呼んでいるとのことで、その後彼は可愛らしく

「ばいばーい」

 と言って帰っていった。
 僕もブラビットも手を振って見送ったものだが、上品に手を振る彼女の可愛さと来たら世界遺産レベル。
 というのは置いておいて、「蜘蛛のお友達が出来ましたね」と言われてちょっと嬉しく感じた。

 人間の友達はできそうに無いし、人外の友達を増やすのも悪くないかもな。

 小さき友ができて数日後、家族全員で会いに来られた僕はあまりの絵面に失神した。
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