75 / 87
②第二章 一生のキズを背負う子供たち
9家族で引っ越してきたらしい
しおりを挟む
目線だけを落として彼……彼女……彼に言う。
「悪いことは言わない、ここから出て行った方が良い……あー、ここはきっと君にとって危険な場所だろう。だから、一刻も早くこの場から立ち去るのをオススメするよ」
人間相手に見られたら
「何で虫に話しかけてるんだ」
って疑問に思うことだが、僕は彼等も話すことは出来るのだと過去の経験から知っているので対話を試みている。
案の定、本を読んでいたブラビットが隣へ移動して通訳をしてくれた。
「可愛らしく首を傾げて『きけんってなぁに?』と言ってますが」
──今めっさ可愛い声聴けた──はい役得ー。
なぁにの言い方可愛いかよ。
可愛すぎて天に召されかけた。
しかし、その口調。この子はやはり子供の蜘蛛なのだろうか。
だとしたら高確率で不可抗力の死を迎えそうだし、おちおち勉強も出来ないな……腕を組んで考えた末「ブラビットに任せよう」と思い至り、そっと手のひらへ誘導して彼女の方へ移動させる。するとブラビットはすぐ意図を汲み、彼(仮)と話し始めた。これはもはや夫婦並の連携プレーでは?
既に夫婦かもしれない──なんて雑念を追いやる為、再び勉学へ注力していく。
二時間で二教科は終わらせたい。
夏休みは長期休暇なので、もう少しゆったりとした時間を過ごしたいものだがそうは言ってられない。
ぶっちゃけた話、スコアを無視して良いならこのままでも良い。
しかし、優遇されるのは決まって高スコアな者達ばかり。
実力主義を謳っているご時世だけど、その割にはバックが重視されている面もあるし……ほんとやな世の中だ。
「……へえ……そうなのですか? それではご両親も近くに居るのですね」
シャーペン芯の摩擦する音がしんと響く。
音楽も何もかけていないからか、彼女の声は真っ直ぐに聞こえてくる。
「あらあらそれは。さぞ大変でしたでしょう」
頑張れ、頑張れ黒兎赤。お前はやれば出来る子……!
「ここも幾分か危険はありますが、悪くは無いかもしれませんよ?」
ああ、くそっ。気になるじゃんか!
止めだ止め!
興味が集中を超えた瞬間、勢いよくシャーペンを叩きつけた。
がっ、と開いた数ミリの穴は僕の心の内を表しているようだ。
集中出来ない空っぽな頭……自虐はさておき、背伸びをして振り返る。
「何の話してるの?」
誘惑に負け彼等との会話に加わり事の詳細を知った。
虫さん……(コグモ君と呼ぶことにした)彼はこれまで誰かの家に住み着くのではなく、自然の中で暮らしていたそうだ。けれどつい最近に起きた放火のせいで木々は燃え果て、一家揃って餌に困っていたらしい。
そこで、目を付けたのがこの家だった。
柳下は確かに自然が比較的多い方だし、窓を開ければ蝶だらけになる程虫も沢山いるので丁度良かったのだろう。
っていうか人間の起こした事件で被害被ってるの、同じ人間として申し訳ない。
ニュースでも出てた『キャンプ場で遊びふざけた子供が山火事を起こした』奴だろうけど……確か両親から貰ったライターを使って複数人で至るところへ焚き火やったんだよな。
火種を増やすな。
消せ、消火しろ。
「ごめんね、同じ人間が迷惑かけちゃって」
『おに? さんのせい?』
──かっわいいなコグモ君。
ブラビットが通訳面倒になって聞こえるようにしたんだろうけど、直に話すとこの可愛さがよく分かる。
「いや違うけど……申し訳ないなと思って。火事にした張本人は未だ懲りずに危険な遊びしてるのは風の噂で知ってるし」
『ちがうのにー? ごめんいる?』
要らないっすね。はい、すんませんした。
鋭い指摘に言葉を吞む。
幼い子供からの指摘って結構ぐさぐさ来るよな、主に心に。
集団行動、連帯責任が嫌いな僕だけど、知らず知らずのうちにそちらの考えへ染まりそうになっていたようだ。
恐るべし、学校教育。
それにしても家族で引っ越してきたとは……今頃屋根裏は蜘蛛だらけなんだろうな、母さんが知ったら──
「赤! ちゃんと宿題は終わったの?」
「おわっ。あ、あーうん! 大丈夫、明日には終わりそう!」
本当はまだ山積みされているのだが何とかなるだろう。
多分……遠い目をしながら深呼吸をして不規則になった鼓動を落ち着かせる。
いや、バレたかと思った。
一難去ってまた一難……再度扉が開いて
「コップ片付けておくわね」
と問答無用で部屋に入ってくるMAMA。
母は強し……さり気なくノートを退かすついでにコグモ君が見えないように死角を確保した。
「最近、パーティーに参加してないみたいだけど。どうしたの?」
「あー。皆今スコアの為に頑張ってるからさ……ほら。母さんも知ってるだろ? この国は若い内にいい成績を取った方が有利になるって。だからだよ」
嘘は言っていない。
エリートになりたい者は早くから動き始め、エリートなるレッテルを貰う為に今を生きている。
社会に出ても貢献度によって出世かどうかが決まる、年齢関係無く昇格か降格かは常に用意されていて、当たり前のように僕達はそれを受け入れて。時々、人生って誰の為なのか分からなくなる程だ。
「なるほどね。子供の内からもう英才教育をしていると」
「そういうこと、お分かり?」
わざとらしく目配り足を組む。
「ええ。よく分かったわ……進んでいないってことがね」
指された先には手を付けていない山積みの宿題。オーノウ。
畜生、こんなことならさっさと片付けておくんだった!
視線が重ならないように避けて言葉を濁す。
「あはは……はは……頑張ります」
「分かったならよし。体調が悪い時は仕方ないけど、頑張ってね」
「ありがとう」
コップを持って母さんが出るのを見送る。
扉がきちんと閉められ、階段を下りた足音が聴こえたことを確認して安堵の息を吐いた。
「(心臓止まるかと思った……)」
小さいので押し潰していないかが不安だったがブラビットが匿ってくれていたらしい、彼女の袖の下からいそいそと姿を現した。羨ましいぞこん畜生。僕だって彼女の袖の下から肌を──変態か。落ち着け。
先程分かったのは、下手したらこの家に蜘蛛が居るということがバレかねないということ。
だとすると、行動に制限を掛けるのが一番に違いない。
自然の生き物達にそういった提案をするのは少々心苦しいが、互いの縄張りを維持する為に必要なのだから仕方無いよな。
「……コグモ君、今度から下りてくる時は僕が『良いよ』って言った時だけにしようか。約束出来る?」
『するー』
一ミリもあるか分からない手を挙げて返事をしている。
可愛いかよ。
「天井にいる分には見つからないだろうから、下りてくる時だけね。下りたい時に僕に声かけてもオッケーだよ」
『はぁい。わかったー』
両親が呼んでいるとのことで、その後彼は可愛らしく
「ばいばーい」
と言って帰っていった。
僕もブラビットも手を振って見送ったものだが、上品に手を振る彼女の可愛さと来たら世界遺産レベル。
というのは置いておいて、「蜘蛛のお友達が出来ましたね」と言われてちょっと嬉しく感じた。
人間の友達はできそうに無いし、人外の友達を増やすのも悪くないかもな。
小さき友ができて数日後、家族全員で会いに来られた僕はあまりの絵面に失神した。
「悪いことは言わない、ここから出て行った方が良い……あー、ここはきっと君にとって危険な場所だろう。だから、一刻も早くこの場から立ち去るのをオススメするよ」
人間相手に見られたら
「何で虫に話しかけてるんだ」
って疑問に思うことだが、僕は彼等も話すことは出来るのだと過去の経験から知っているので対話を試みている。
案の定、本を読んでいたブラビットが隣へ移動して通訳をしてくれた。
「可愛らしく首を傾げて『きけんってなぁに?』と言ってますが」
──今めっさ可愛い声聴けた──はい役得ー。
なぁにの言い方可愛いかよ。
可愛すぎて天に召されかけた。
しかし、その口調。この子はやはり子供の蜘蛛なのだろうか。
だとしたら高確率で不可抗力の死を迎えそうだし、おちおち勉強も出来ないな……腕を組んで考えた末「ブラビットに任せよう」と思い至り、そっと手のひらへ誘導して彼女の方へ移動させる。するとブラビットはすぐ意図を汲み、彼(仮)と話し始めた。これはもはや夫婦並の連携プレーでは?
既に夫婦かもしれない──なんて雑念を追いやる為、再び勉学へ注力していく。
二時間で二教科は終わらせたい。
夏休みは長期休暇なので、もう少しゆったりとした時間を過ごしたいものだがそうは言ってられない。
ぶっちゃけた話、スコアを無視して良いならこのままでも良い。
しかし、優遇されるのは決まって高スコアな者達ばかり。
実力主義を謳っているご時世だけど、その割にはバックが重視されている面もあるし……ほんとやな世の中だ。
「……へえ……そうなのですか? それではご両親も近くに居るのですね」
シャーペン芯の摩擦する音がしんと響く。
音楽も何もかけていないからか、彼女の声は真っ直ぐに聞こえてくる。
「あらあらそれは。さぞ大変でしたでしょう」
頑張れ、頑張れ黒兎赤。お前はやれば出来る子……!
「ここも幾分か危険はありますが、悪くは無いかもしれませんよ?」
ああ、くそっ。気になるじゃんか!
止めだ止め!
興味が集中を超えた瞬間、勢いよくシャーペンを叩きつけた。
がっ、と開いた数ミリの穴は僕の心の内を表しているようだ。
集中出来ない空っぽな頭……自虐はさておき、背伸びをして振り返る。
「何の話してるの?」
誘惑に負け彼等との会話に加わり事の詳細を知った。
虫さん……(コグモ君と呼ぶことにした)彼はこれまで誰かの家に住み着くのではなく、自然の中で暮らしていたそうだ。けれどつい最近に起きた放火のせいで木々は燃え果て、一家揃って餌に困っていたらしい。
そこで、目を付けたのがこの家だった。
柳下は確かに自然が比較的多い方だし、窓を開ければ蝶だらけになる程虫も沢山いるので丁度良かったのだろう。
っていうか人間の起こした事件で被害被ってるの、同じ人間として申し訳ない。
ニュースでも出てた『キャンプ場で遊びふざけた子供が山火事を起こした』奴だろうけど……確か両親から貰ったライターを使って複数人で至るところへ焚き火やったんだよな。
火種を増やすな。
消せ、消火しろ。
「ごめんね、同じ人間が迷惑かけちゃって」
『おに? さんのせい?』
──かっわいいなコグモ君。
ブラビットが通訳面倒になって聞こえるようにしたんだろうけど、直に話すとこの可愛さがよく分かる。
「いや違うけど……申し訳ないなと思って。火事にした張本人は未だ懲りずに危険な遊びしてるのは風の噂で知ってるし」
『ちがうのにー? ごめんいる?』
要らないっすね。はい、すんませんした。
鋭い指摘に言葉を吞む。
幼い子供からの指摘って結構ぐさぐさ来るよな、主に心に。
集団行動、連帯責任が嫌いな僕だけど、知らず知らずのうちにそちらの考えへ染まりそうになっていたようだ。
恐るべし、学校教育。
それにしても家族で引っ越してきたとは……今頃屋根裏は蜘蛛だらけなんだろうな、母さんが知ったら──
「赤! ちゃんと宿題は終わったの?」
「おわっ。あ、あーうん! 大丈夫、明日には終わりそう!」
本当はまだ山積みされているのだが何とかなるだろう。
多分……遠い目をしながら深呼吸をして不規則になった鼓動を落ち着かせる。
いや、バレたかと思った。
一難去ってまた一難……再度扉が開いて
「コップ片付けておくわね」
と問答無用で部屋に入ってくるMAMA。
母は強し……さり気なくノートを退かすついでにコグモ君が見えないように死角を確保した。
「最近、パーティーに参加してないみたいだけど。どうしたの?」
「あー。皆今スコアの為に頑張ってるからさ……ほら。母さんも知ってるだろ? この国は若い内にいい成績を取った方が有利になるって。だからだよ」
嘘は言っていない。
エリートになりたい者は早くから動き始め、エリートなるレッテルを貰う為に今を生きている。
社会に出ても貢献度によって出世かどうかが決まる、年齢関係無く昇格か降格かは常に用意されていて、当たり前のように僕達はそれを受け入れて。時々、人生って誰の為なのか分からなくなる程だ。
「なるほどね。子供の内からもう英才教育をしていると」
「そういうこと、お分かり?」
わざとらしく目配り足を組む。
「ええ。よく分かったわ……進んでいないってことがね」
指された先には手を付けていない山積みの宿題。オーノウ。
畜生、こんなことならさっさと片付けておくんだった!
視線が重ならないように避けて言葉を濁す。
「あはは……はは……頑張ります」
「分かったならよし。体調が悪い時は仕方ないけど、頑張ってね」
「ありがとう」
コップを持って母さんが出るのを見送る。
扉がきちんと閉められ、階段を下りた足音が聴こえたことを確認して安堵の息を吐いた。
「(心臓止まるかと思った……)」
小さいので押し潰していないかが不安だったがブラビットが匿ってくれていたらしい、彼女の袖の下からいそいそと姿を現した。羨ましいぞこん畜生。僕だって彼女の袖の下から肌を──変態か。落ち着け。
先程分かったのは、下手したらこの家に蜘蛛が居るということがバレかねないということ。
だとすると、行動に制限を掛けるのが一番に違いない。
自然の生き物達にそういった提案をするのは少々心苦しいが、互いの縄張りを維持する為に必要なのだから仕方無いよな。
「……コグモ君、今度から下りてくる時は僕が『良いよ』って言った時だけにしようか。約束出来る?」
『するー』
一ミリもあるか分からない手を挙げて返事をしている。
可愛いかよ。
「天井にいる分には見つからないだろうから、下りてくる時だけね。下りたい時に僕に声かけてもオッケーだよ」
『はぁい。わかったー』
両親が呼んでいるとのことで、その後彼は可愛らしく
「ばいばーい」
と言って帰っていった。
僕もブラビットも手を振って見送ったものだが、上品に手を振る彼女の可愛さと来たら世界遺産レベル。
というのは置いておいて、「蜘蛛のお友達が出来ましたね」と言われてちょっと嬉しく感じた。
人間の友達はできそうに無いし、人外の友達を増やすのも悪くないかもな。
小さき友ができて数日後、家族全員で会いに来られた僕はあまりの絵面に失神した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる