血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第四章 “血魂”中編

1嫌味ったらしいゴシップ週刊部

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「(念の為受付に伝えに行こう)」

 どう考えても病院案件だが、ここは学校。
 僕はあくまで一生徒であり、彼等もここにいる時点で、恐らく学校の関係者。
 なら適用されるのは学校でのルールだ。

 それが決まりであり法だから。

 急ぎ下の階へ行こうと足を踏み出した瞬間誰かに声をかけられる。

「そんなに急いでどうしたんですか?」

 後ろへ振り返れば梅色髪のポニーテールの女子生徒が笑顔で立っていた。
 気配も無く近付いてきた訳では無く、恐らく僕自身様々なことに気が動転してて気が付かなかったのだろう。
 意味ありげに手帳を取り出し慣れた手つきでペンを構える。
 その様子は、まるで一種ののように思えた。

「黒兎赤先輩ですよね? 初めまして。私はゴシップ週刊部の部長、和杉わすぎのこです」

 しゅ、取材だ。
 間違いない。

 もう聞き取り調査する気満々にペンを動かしているし。

「すみません、俺に何か聞いても面白い話なんて無いし、後にしてもらって良いですか」

 急いでるんやこっちは。
 見て分かっとるやろ──。

 そう言えば聞いたことがある、ゴシップ週刊部という部活があると。
 ふと気になって記憶を辿ったところ

「噂好きの生徒が集まって学校雑誌を出している」

 部活であることを思い出せた。
 先程の質問内容を考えれば急いでいると分かっているはずなのに通せんぼする、流石マスメディアらしき部活の部長と言うべきか。お引き取り願えない。

 畜生、
 見事に右に行けば右を塞ぎ、
 左を行こうとすれば左を塞いできやがる。

「お時間は取らせませんので」

 そう言う人に限って長いんだ話がよーっ‼

 新手のセールスに引っかかってしまった僕はやむなく彼女の言葉を待つ。
 というよりじゃないと退いてくれない。
 なんて嫌がらせだ、後輩ってことは一年なんだろうけど……この獲物を狙うような目つき、居心地悪いな。

「先輩はどのようにしていじめられることになったんですか? その経緯を教えてください」

 ──は?
 なかなかに失礼だなっていうかなんで知ってるんだよ一年生だろ。
 いや、ゴシップらしいっちゃらしい悪趣味な取材ではあるけど。

 親切心も同情も感じられない悪意に満ちた視線が不愉快で冷たく言い放つ。

「君、一年生だよね」
「はい! 今年一年になったばかりの新参者です」

「だったらスコアを少しでも稼ぐ為に課外授業でもしたらどうですか? その方が和杉さんの為になるし」

 僕が素っ気なく返事をすると彼女は一瞬虚を突かれたようにペンの動きを止めた。
 しかし、ペンを仕舞うなりにやついた笑みを深めていく。

「先輩は知らないでしょう。私たち週刊部、、噂好きな生徒は、みーんな貴方のことしているんだってこと」
「え?」

 新聞部。
 その言葉が出た時点で表情が崩れた。

 ブラビットも驚いたようで少年姿のまま両手で口を押さえている。

 思い返すことと言えば、永切君のことだ。
 彼は新聞部。
 そして新聞部のことを「意外と面白い」、そう言っていた。
 知ってて僕に近づいたのか。

 怒りが込み上げているのに、それよりも悲しいのは信頼しかけていたという事実に他ならない。

「さっきまで無表情だったのに今は悲しそうですね。何か心当たりでも?」
「……この」

 泣きたくなるようなことを平気で言って、こっちの事情なんか一切気にしてくれやしない。
 傷付いた僕の顔がそんなに面白いか?
 でもまあ、思ったよ。

 逃げて、友達にならなくて「正解だった」って。

「他人の不幸は蜜の味ってよく言いますよね。貴方の不幸は誰かにとっての娯楽として受けが良いんです、お陰さまで絶好調ですよ! 他人の不幸話は売れる、良い時代ですからね(笑) この前の飛び降りは特に好評で──」
「もういい」

 いとも簡単に心を踏みにじられていく。
 こういう時に思うんだよな、やっぱり誰も信じられないとか。
 自分がどんどん醜くなってしまう錯覚さえする。

「やめろ」

 これ以上、聞きたくない。
 あの時、外で他の生徒も見てて、
 飛び降りたことを知ってて面白がってるなんて腐った現実を知りたくなんて無かった。

 誰も助けてくれなくて当たり前だったなどと思いたくない。
 だっておかしいじゃんか、

 加害者を助ける者は居て、
 被害者に手を差し伸べる者は居ないなんて。

(ムカつく。どいつもこいつも、皆皆、自分のことしか考えてない。面白がってこいつみたいな奴の話を信じて……人間ってこれだから)

 分かっている。
 僕だって人間だ、矛盾している。
 でも、子が親を選ぶことが出来ないように僕達生命は皆、種族を選べない。

 好きでこんな種族になった訳じゃない──揺れる心を静める為、自分にそう言い聞かせるしかなかった。

「話を聞きたいって割には俺のご機嫌取りはしないんだね」
「部活動ですから。無ければ無いなりに出来ますよ、我が部はあくまでゴシップですからね」

 どうやら遠回しに脅しているらしい。
 情報を提供しないならありもしないことをでっち上げて噂にするぞと。

 なんて奴だ。これが一生徒のすることか?

 不満を露わにする訳にもいかず、歯を食いしばって睨み付ける。
 負けじと隙を与えないよう笑っていると「この子と交渉をしてみたらどう?」とブラビットが提案してくれた。
 彼女の案を採用し、強気になって尋ねてみよう。

「君の欲しいものをやっても良いけど当然、対価は支払ってくれるんだろうね? ギブアンドテイクだよ」

「まあ良いでしょう。貰った情報の価値によって、その価値と同程度の情報はお渡しします。後は、これでね」

 これ、といって人差し指と親指で円を作って見せる。
 ……金か。
 僕たちはまだ金銭のやり取りは禁じられているのに、随分と現金な奴だな。
 どうせここに法なんて通用しないからありなのか。

 まったくやんなっちゃうね。

 頷く僕を見るなり渋々承諾するのは分かっていたとでも言いたげに「ありがとうございます」と返してくる。
 一々嫌味ったらしく感じるのは何故だろう。

 一旦少し間を開けて彼女は言う。

「少し前、誰もいないこの廊下で口を動かしてましたよね? どなたかいるんですか?」

 瞬く間に核心を突かれ目を細める。
 無表情になっている分、動揺しないように気を引き締めなければ。
 守るべき秘密を抱えている以上、常に冷静で、対処を早くした方が良い。

 分かってはいても心の片隅では不安がっている自分がいるのも事実だ。
 だから必死に暴かれまいと暗示をかけていった。笑え、笑えとひたすら繰り返して。

「ノーコメント。他は?」

 彼女は訝しげな視線を向けたが、話す気が無いのは理解したらしい。
 ふうん、とだけ言って次に移る。

「そういえば先輩は片方だけ赤い目ですよね? 以前はそれで色々苦労した、と聞いていますが」

 ほんと、踏み込んだ質問ばかりで嫌になるな。
 この赤い目については以前から僕もブラビットも何か理由を付けるべきだと話し合い、最終的にブラビットの知識をフル活用してそれっぽい理由を作ったのだ。世界で何千年に一人しか発見されていない(ということにした)、先天性白皮症アルビノと。
 遺伝子学上決して不可能ではない、可能性のある説明という範囲でこうなったのだ。
 学者でも完全否定は出来ないだろう。

 感情を読ませない為に視線を合わせたまま余裕ぶって笑っておく。

「仕方ないな、そんなに知りたいなら教えてあげるよ。これはね、人間の遺伝子の話になってしまうんだけど先天性白皮症と言って遺伝欠損により瞳孔の色素欠乏が起き──」

「あーあー! もう。もう結構です、そういう話は勘弁してください……本当に零点取ってるんですか?」
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