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20「帰国」
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2016年、8月2日。
あらかじめ彼らの帰国日を知らされていた為、空港まで迎えに行く事も当然考えた。しかし首を長くして帰国を待ちわびてはいたものの、さすがに彼らの疲労を考え当日とその翌日の訪問は遠慮した。これまで見て来た彼らの苛烈さ、自分達の仕事に決して手を抜こうとしないその姿勢は、エンジンが壊れるまで走り続ける印象すら私に抱かせた。そんな彼らが2週間という短い時間で世界トップのクリエイターとPV撮影を行ったのだ。おそらくは完全燃焼して帰って来るに違いないと確信していた。
いつものソファーにいつもの並びで座る彼らを見た時、不覚にも私の頬は紅潮した。4人がそこに居並ぶだけで、皮膚がビリビリと波打つような圧力を感じる。その圧とはもちろん震える程の、迸る魅力に他ならない。
伊藤織江が最後に繭子と並んで座り、何も言えずに息を呑む私にお土産を手渡してくれた。感激のあまりソファーの足元に正座で座り直し、両手で恭しく受け取る私に一同が笑い声をあげる。
大きな紙袋に色々と入っていたが、一見して何だか判別出来ない謎の白い布が丸まって入っていたので、それを取り出してみた。
-- これは?
「あ、私の衣装。の一部」と繭子。
-- ええ!いいの、こんなの勝手に持って帰ってきて!
「うん、記念にくれたもんだしね。なんかね、白い着物みたいなの着せられたんだけど、その帯」
-- 着物?衣装って着物なんだー。わー、速く見たい。
アメリカの空気を存分に収めたというビデオカメラを受け取った後、話を伺った。
池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)、伊藤(O)。
-- とにもかくにも、お疲れさまでした。笑顔ではありますが、やはり疲労の色は隠せませんね。
R「もうオッサンだもんな。実際帰って来てからの方が疲労がすげえ押し寄せて来た」
M「分かります。私昨日も一日ぼーっとしちゃって動けなかったですね」
-- だけど物凄く充実したお顔をされてるので、私も今からワクワクしてます。PVはあとどのくらいで完成の予定ですか?
R「ほぼ終わってるかな。あとは向こうがどんだげ納得の行く作品に仕上げて来るかって話と、その確認と」
-- 所謂編集の最終段階ですね。
R「そう」
-- ご覧になって、いかがでしたかか。
R「正直、ちょっとビックリした」
-- おおお!
R「当たり前の話だけど音源はアルバムから引っ張って来てるだろ。だからあとは動きというか、視覚的な作り込みの問題なんだけど、俺らってやっぱライブバンドだからさ、決められた振付なんかないんだよ、そもそも」
-- そうですよね。
R「こっちは普通に、まあ、ある程度制約はあるんだけどそこまで考えずにプレイするだけするんだよ。その一挙手一投足ってのか、細かーい部分を拾って拾って、芸術的に切り取って振付に変えて行くっていうか、そういう方法を知らない俺らにしてみれば…凄かった」
T「撮られてる感覚は薄かったね」
S「(頷く)」
-- 私も何度か日本のバンドのPV撮影現場を経験してますが、おそらくファーマーズはある種これまでの概念にはない手法で撮影しているんだろうな、という思いがあります。
R「うん。ん、手法って?」
-- 演出うんぬんというより以前に、これどうやって撮影してるの?という。
R「ああ、うん。でもそれ最後まで分かんなかった」
-- それは、やっぱり企業秘密という事ですね。
T「俺はなんとなく、こうなんじゃないかっていう閃きがあって、あとでジャックに確認したら半分正解だって言われたな。まだ先があるみたいな言い方だったけどね」
S「お前それ言っちゃ駄目なやつなんじゃないの?」
T「言わない言わない、ファーマーズはさすがに敵に回せないよ」
S「あははは」
-- え、ジャックって。え、まさかジャック・オルセンですか?
M「おー。やっぱりトッキー物知りなんだねえ」
-- いやいや待って待って、そんな、え、ニッキーとジャック両方と仕事したって事ですか?ジャックはファーマーズの基盤を受け継ぐ次世代のトップですよ。オルセン親子と一緒に仕事したのってこの10年では『インフレイムス』とあなた方だけですよ!
M「興奮しすぎだよ(笑)。私達もジャックがニッキーの息子だって知った時はめっちゃびっくりしたけどね。似てるっちゃー似てるよ。背、おっきい所とか」
-- 待ってよ、そんな印象しかないの!? うーわ、これは凄いなあ。ただでさえ引く手数多で並んでる姿を見るだけで貴重だと言われているのに、2人揃って同じ現場で協力しあう姿を生で見るとか…。でも実際どうでしたか、彼らと仕事してみて、その、単純に作品として思った通りの物が出来ましたか。それとも。
S「まさしく、作品って感じ」
M「うふふふ」
-- えっと、それはどういう。
S「俺達のPVというより一つの独立した作品を見たっていう感想かな。短編映画みたいな出来というか。もちろん映像としては申し分ないクオリティだと思うよ。俺らを素材にしてよくここまで作り込んだもの創造出来たなって感心するよ。ここにいる全員の予想を遥かに上回るモノを見せられたからね」
-- それは凄いですね!短編映画ですか!あ、ごめんなさい。今更ですけど私結局どの曲のPVなのか分かってないんです。
R「俺らも向こうついてから聞いたもんな」
-- やはりそうなんですね。『P.O.N.R』からですよね?あ、私この2週間で色々考えたんですよ。これ見て貰っていいですか。
テーブルの上にA4サイズの紙を置くとメンバーが体を起こして覗き込んだ。
紙の真ん中に、アルバム『P.O.N.R』の曲名を縦に並べて書いた物である。
そこに、◎、〇、△の印をつけた。私なりに考えた、PV向けだと思う楽曲の予想である。
1.『PICTHWAVE』
2.『ULTRA』△
3.『FORROW THE PAIN』〇
4.『COUNTER ATTACK :SPELL』〇
5.『MY ORDER』
6.『BRAIN BUSTER'S』
7.『COUNTER ATTACK :DOWN』
8.『ROTTEN HALL BURRNING』
9.『GORUZORU』◎
最初に池脇が紙きれを手に取り、「おー」と言う。
隣の神波がそれを取り上げ、「へえー」と言う。
伊澄がそれを受け取るが、彼は何も言わない。
繭子がそれを裏から透かして見て、「あ」と言う。
最後に伊藤が手に持って、「わお」と言う。
-- どうですか?当たってます?
M「なんでこの曲だと思ったの?」
-- 考えた末に思い至ったのは、やっぱり作る側としてその才能をぶつけるには「めちゃくちゃ速い高難易度の曲」か「作り込みし易いドラマ性のある曲」を選ぶと思ったんです。ただでさえファーマーズって、時には変態的として語られる程ぶっとんだVFXの映像美や特殊メイクなどに特化した技術屋の集団なので、絶対どっちかだろうなーと。なのでキラーチューンの『URTLA』と『GORUZORU』は候補だったんじゃないかなと。逆にドラマ性のある曲っていうとやっぱり『FOLLOW THE PAIN』か『COUNTER ATTACK :SPELL』のどっちかだろうなと。イントロアウトロでURGAさんの参戦もあって映像化するにはもってこいですし。だけども純度100のドーンハンマー製じゃない分権利的な意味で難しいとなると、PAINを外してSPELLの方になるのかな、というのが私の推理です。どうですか?
M「すっご、よくそこまで考えるね」
O「だーれもそんな深い所まで考えてなかったよ(笑)。時枝さんが一番気持ち籠ってるよ。素敵」
-- え、ええ、そうなんですか?ちょっと引いてます?結局どうなんですか。
R「『SPELL』であってる」
-- おわあ!
M「あはは!」
-- いや、自分で推理しといてアレですけど、やっぱそうなんですね、うわー、そうかー、複雑ー。
R「複雑ってなんだよ(笑)。まあ、シングルカット出来るような曲じゃねえのは分かるけど」
-- いえいえ、曲自体はめちゃめちゃ格好いいですよ。リフの多さと複雑さで言えば全曲中トップクラスですし、プログレを究極にデスメタル化したような曲で個人的に大好きです。そういう曲の良し悪しではなくて、この曲を選ぶ辺りファーマーズってやっぱりそうだよねって、妙に納得してしまうと言いますか。
S「…それってさ、あいつらが作りたい映像を撮る為に選曲したんだろって事?」
-- あいつら(笑)。そうです。以前から言われている事なんですけどね。どんなアーティスト相手だろうと、彼らの場合自分達の作る映像が優先なので、作品に合わせて曲を寄せて行く事で有名です。
M「へえ、やっぱりそうなんだ」
-- うん。ひょっとしてですけど、『ASTRAL ORGE』の話もされませんでしたか?
R「あんな前のアルバム?…された?俺はされてないぞ」
S「聞いてない」
T「うん」
M「わかんない」
-- あ、そうですか。
とそこへ、繭子の隣で右手を胸の高さにあげている伊藤に気づく。
R「いつだよ!」
O「撮影初日。竜二達がニッキーと打ち合わせしてる後ろでジャックに提案されたよ。一応聞いてみるんだけど、昔の曲で、例えば『ASTRAL ORGE』の曲なんかで撮影してみる気はあるかい?って。ないない、あるわけないって即答したけどね。向こうもある程度承知してたみたいでそれ以降はしつこくされなかったけど、そんなのよく分かったねえ。盗聴器でも仕込んでた?」
-- あははは。私結構ファーマーズ好きなんで、詳しいですよ。さっきも言いましたけど、彼らの作る映像の特徴って、ドーンハンマーのアルバムで言うと『ASTRAL』がドンピシャなんです。まず世界観ありきなので、表現しやすい音像と言いますとか。
S「まあ、確かに今とは出してる音そのものが違うもんな。曲の構成も凝ってるものが多いし、だからってそんなにか?」
-- どちらかと言えばメロデスに近いアルバムだと思うんですよ。獰猛だしブルータルな曲も多いですけど、翔太郎さんのギターソロが曲の顔になっていたりとか、印象的な早弾きで曲全体を引っ張ってく構成が主体で、今とは少し趣が違いますよね。今みたいに全員一丸となって高速リフオンリーで押し切る爆走ナンバーが生まれ始めたのは、あの後からですよね。
S「ほんっと詳しいなこの人!」
(一同、笑)
-- あはは、ありがとうございます。というか、今何気にさらっと怖い話聞きましたけど、向こうの申し出速攻で突っぱねたんですね。織江さんてやはり凄い御人ですよね。
O「普通だよ」
M「そー!」
いきなり繭子が思い出したように叫んだ。
-- びっくりした(笑)。
M「織江さんすっごかったの!もうね、なんだろ、すっごかったの!」
R「誰かこいつに言葉を教えてあげて」
M「あはは!あのね、私向こうの提案でちょっと裸にならないかって言われたの」
-- うふふ、言いそう!
M「そこもそんな感じなの!? でね、まあ竜二さんも翔太郎さんも絶対ノーだ!って反対してくれるんだけど、しばらくお互いの意見が平行線だったわけ。でさあ、何揉めてんのって織江さんに聞かれて、こうこうこうでって説明したらいきなりプッチーンって織江さんなって」
-- 格好良い(笑)。でもやばい事になりませんでしたか。
M「すっごかったの!おい!そこのじいちゃん、何言ってるか分かってんのか!だって、もちろん英語でね。私びっくりして『うわ!』って小さくなっちゃったもん。そこからもう英語でぐわー!ってマシンガンのような喧嘩、バトル」
-- うっはー!それは凄い(笑)。それで、結局ヌードにはなったの?
M「なってないなってない。結局そこの部分は裸じゃなくて衣装を変えて撮影した」
-- すごい話だなー。うちの庄内興奮するだろうなあ。
O「変な風に伝えないでね(真顔で時枝に顔を寄せる)」
-- 分かってます。ただその後よく揉めませんでしたね。ニッキーはカリスマですけど超ド級の我儘ワンマンキングだというのが定説ですが。
O「うーん(笑)、どうかな。単に合理主義者なんだと思うな。ヌードは駄目、だけど逆にこういうのはどうかって提案してそっちの方が面白ければ、気持ちを切り替えてより良い方を掴めるクレバーな人だと思うよ」
-- なるほど。まあ、ニッキーに面と向かってそれを言える人間が、この世界に何人いるんだって話なんですけどね。
M「ああ、それでいきなり羽根生えたんだ?」
-- 羽根?
O「繭子、シー!まだ駄目」
M「ああ、そうでしたそうでした」
-- 気になるー。この2週間での積る話を全部聞きたいのは山々なんですが、それはまた後日、撮影していただいた映像を見てからと言うことで、今回ちょっと仕事の提案を持ってきました。
O「仕事?どんな?」
-- 対談です。『タイラー』との対談を、うちで掲載したいのですが。
R「へー、なんで今?」
-- 彼女達今年アルバムをリリースしていまして、それが満を持しての2ndアルバムという事で各社こぞってインタビューを取ってるんですね。それで一応うちも何かやろうという事で動いていたんですが、タイミング的にはうちが一番後発なんですよ。
R「俺達に付きっ切りだっかたからじゃないよな?」
-- いえ、彼女達の担当は私ではなくて庄内ですので。ただせっかくなので、今この遅れたタイミングでやるからには話題性をもう一つ乗っけて、2号連続ドーンハンマーで記事を組もうと。まず先にPV特集のインタビュー。翌月でタイニールーラーとの対談形式でやってみてはどうかと。
O「それってあの子達にとってはどうなの。ドーンハンマー特集第2弾、みたいな扱われ方だと嫌じゃない?出遅れとは言えレコ発インタビューなんでしょ? 話の規模からして全然あちらの扱いが大きい方が売れるよ?きっと」
-- そんな所で気を使わないでください(笑)。確かに初めは逆にするつもりだったんです。対談を掲載してからの、PV特集にしようかと。ですが一応皆さんが戻られる前に向こうとも話をしていて、結果、対談を後にしてもらった方が良いというのが。
O「木山さんが?(TINY RULERs ・プロデューサー)」
-- はい。ただ冠としてはさすがにドーンハンマー特集とは書けないですよ。2号連続であなた方の記事が掲載にはなりますけど、あくまで単独の特集が2ヶ月連続、という建前です。
O「ううーん。向こうがそれでいいなら私達は全然平気だけど。いつ?」
-- 早ければ来週にでも。PV記事の上がりにもよりますけど、私記事書くのだけは速いんです。
R「すまん、何喋るの? 悪いけど俺あの子らのアルバムまだ聞いてないよ」
-- 出来れば当日までに一度くらいは耳に入れておいて欲しいかなとは思いますが、基本的にはレコ発後の心境や今後のビジョンなどを先輩であるドーンハンマーに相談する、といった企画になると思いますので、そこはなんとかなるかと。
S「全員対全員?」
-- いえ、基本的にあちらのドリームバンドは媒体露出しないので、フロントの3人だけです。こちらは全員の方が良いかと。
S「なんで?」
-- いけませんか。
S「だから、なんで」
-- 彼女達がドーンハンマーのファンを公言してるからです。
S「怖いな。俺余計な事言って5秒で泣かす自信ある」
-- (笑)。えーっと、どうしましょうか。体調不良でも、スケジュール合わないでもなんとでもしますよ。もし本当にアレでしたら、はい、仰って下さい。
S「うん、ちょっと俺は保留な。ごめんな」
R「そんなんありかお前(笑)」
T「ちょっと分かるけどね。向こうが熱っぽく語って来ようもんなら、どこまで本気なのか煽ってみたくもなるもんね」
S「そうなんだよ、そうそう」
-- とりあえず繭子は、確定でお願いします。ボーカルのROAと竜二さんはこちら(練習スタジオ)で色々お話した経験もおありなので、大丈夫ですよね。
R「まあ、なんとかなんじゃねえかな。けどアルバムどうですかっていう質問はNGだっつっといて。そうなったら翔太郎じゃないけどマジて泣かすかもしれない」
-- ええ? 私ももちろん聞いてますけど、全然格好いい仕上がりですよ。
S「俺達がそんな浮ついた事言える連中に見える?」
-- 分かりました、はい。そこは絶対NGですね、もう今のが既に超怖いです。
M「あはは!トッキーも気苦労が絶えないね」
-- ねー。だけど、毎日幸せだから全然頑張れるんだ。
M「そりゃー良かったねー」
-- 繭子は幸せじゃないの?
M「幸せだよ!決まってるじゃない。2、3日前までどこにいたと思ってんの?」
-- だよね。
M「いや…、実を言うとそこはそんなでもないんだ。私向こうではずーっとストレスでムシャクシャしてたし」
-- なんで!?
M「んー、まあビデオ見て。その方が早い。でも結果的には楽しかったんだなって帰ってから思った。皆で合宿したのも初めてだし。竜二さんや織江さんが英語ペラペラじゃない?そういう、どこ行っても物怖じせず対等に渡り合える姿を横で見てるのとか凄い好きだったりするの。あと空気も全然違うし、日本で同じようなの食べてるのに向こうだと違って感じたりとか。なんかね、遠征して、ライブやってすぐに帰ってくる時と違って、生活をしたのが、新鮮で良かった」
R「お前もうちょい仕事の話して? 修学旅行の思い出じゃねえんだからさ」
M「あはは。似たようなもんですよ!」
R「全然違うよお前。とても良い勉強になりました、とかさ」
M「えー、それを言うなら普段のライブ遠征の方が勉強になりますよー。今回は撮影中の事よりもそれ以外のエピソードの方が数倍濃くて面白かったです」
-- 良いなー、行きたかったなあ。もう今日徹夜で見よう、このビデオ。
R「でも織江と後で確認したけど、やっぱり結構データ消されてるよな」
O「中の映像は仕方ないよね。でも意外と、え、これ残して大丈夫なの?っていう部分が残ってたり」
-- 中って撮影所の中ですか? カメラ回したんですか!? 凄い(笑)。
O「雰囲気を感じる程度になら残ってるよ。やり手のニッキーの事だから全部計算ずくだと思うけどね」
-- なるほど。ほとんどがオフショットというか、旅行記みたいないノリなんですね。
M「結構頑張って撮ったんだよ。でね、あー、やっぱりうちのリーダー、カッコイイなーって心底思った」
-- 何それ何それ。
M「なんかね、自分がまだまだ子供なんだなって、精神的にね、思った場面一杯あって。さっきの竜二さんや織江さんの事もそうだけど、大成さんも翔太郎さんも良い意味で、凄い良い意味で、普段と全くブレないの。変わらない強さ。改めてそれを感じて、それがまたちょっと落ちる原因にもなってたくらい。あー、駄目だ私って」
S「何急にしおらしくなってんの? 似合わないぞ」
伊澄の言葉に、繭子は落ち込んだ顔で私を見やる。
M「こうやってね、ちょいちょい優しくされんの」
S「何だお前、面倒くせえな!」
M「あー、気遣われてるー、こんなんじゃ駄目だーって」
-- えー、でもそんなの全然駄目なことないと思うけどな。繭子がそんなだからどうこうとかじゃなくてさ、皆単純に、そういう人達なんだと思うけどな。優しいが基本装備みたいな人達なんだと思う。それに一回りぐらい年の違う女の子囲ってるんだからさ、もっと大切にされて良いと思うけど。
R「囲ってるって言うな(笑)」
M「あはは。ありがとうトッキー。優しいね」
-- いやいや、本当に。ちなみに皆さんそんな感じでタイラーにも優しくお願いしますね、マジ泣きさせると企画ボツりかねないので。
S「そこは割と自信ない」
M「翔太郎さん普通に超優しいですよ!」
S「俺が何も怒ってなくたって、ギャン泣きされたらそこで負け確定なんだろ? 自信ないよそんなの」
そこへ仕事モードの顔で伊藤が割って入る。
O「えっと、ごめんね。続きだけど、対談どこでやるの?あっち?こっち?」
-- 庄内が動いてセッティングしますので、おそらく向こうだと思います。決まり次第連絡します。
O「よろしくね。…あのさ、翔太郎はなんであの子達を泣かせるって思ってるの?」
S「2回ほどうち(スタジオ)来た事あるだろ。知らないかもしれないけど、俺一度も絡んでないからね。多分怖がられてるとは思う。あと単純にノリについて行けないよな、もう」
O「えー、それは意外だね。あなたもそこそこ面白い事言うしさ、話せば割と好かれるタイプだと思うけど」
S「お前は親戚のおばちゃんか」
M「(爆笑)」
S「あと作品について語ろうにもさ、俺の中ではあの子らはプレイヤーだけどクリエイターじゃないっていう認識だから、温度差を感じるかな。きっと向こうが熱く語れば語るほど余計に」
T「作ってねーじゃん、て?」
S「うん」
R「うはは!」
T「それはお前きっついわ、可哀想だよ」
S「だろ?一応自覚はあるよ、けどそう思ってるもんは仕方ないだろ。今回の曲格好良くって超好きなんですーってだけならニコニコしてられるけど、結構攻めたメタルソングに仕上がってると思うんですよね、とか言われてみ。はあ!?ってなるわ」
M「そんな事言わないですよ(笑)!」
S「分かんないだろそんなの。それに、きっと大成も怖がられてると思うんだよ」
T「俺とお前は違う。俺ドSじゃないし」
S「えー。やだなー、同じじゃないですかー、やだなー」
T「違う違う違う。お前さっき繭子に聞いたぞ。酔っ払ってるこいつにウーロン茶っつってバーボン、ストレートで飲ませたんだってな」
S「あははは!」
大笑いする伊澄の膝を、繭子がわざわざ立ち上がって叩く。
T「見ろよ、これがドSじゃなくてどれがドSなんだよ」
M「やぁばかったんですから!」
S「悪い悪い、そこまで酔ってるの知らなかったから」
R「タイラーって成人してんのか?」
-- 駄目ですよ!未成年ですよ!
突然切り出す池脇の言葉に私の肝が冷えた。
R「何も言ってねえよ。そうか、酒飲んで腹割ってってのは無理か。けど俺、木山の方がよっぽどドSだと思うわ」
S「あはは、確かにそれもあるなあ」
-- いやいや、もう何が怖いってお酒無理やり飲まされてるのに、超優しいとか言っちゃう繭子も相当だけどね。
M「別に無理やりじゃないよ(笑)。でも訴えたら勝てるかなあ?」
-- 勝てる勝てる。
M「勝てるって。(訴えたら)どうします?」
S「うるせーなー」
-- 本当に仲良いですよね。上の世代4人と繭子の年齢が離れてるからそこはまあ分かるとしても、男性3人の絆というか、仲の良さはきっと私がこれまで出会ってきたどのバンドより強いと思います。そもそも男バンドのメンバー同士って、どこかでライバル視している節があって、ちょっと小馬鹿にしあうぐらいが普通なんですけどね。喧嘩もしょっちゅうしていて、年齢を重ねるにつれ昔は我慢出来た事が無理になって、ソリが合わずに消滅していくパターンをよく見てきました。皆さんはお互いへのリスペクトを隠しませんし、やはり、幼馴染というのが大きいのでしょうか。
R「…」
S「…」
T「…誰か、なんか答えてあげたら」
M「なはは。そりゃあ言いたくなる気持ちも分かるけど、今のはトッキーに無理があるよ。こんな強烈な個性を前にして『仲いいですよね』って言ってさ、そうなんだよなーっていう返事が返ってくると思ったら駄目だよ」
-- ふふ、うん。言いたかっただけっていう気持ちが強いんだけどね。でもテレビとかでアイドルグループが見せる嘘みたいに爽やかな仲良しこよしとは、全然違って見えるのは私だけかな?
M「言いたい事は分かるよ。だけどそれを当人に言ったってさ」
-- そうだね。
S「何この気持ち悪い会話!」
R「マジで勘弁してくれよ」
O「今でこそだよねえ。昔は本当に仲悪かったもんね」
S「拾うなよお前!」
M「私その時代全然知らないからなあ」
O「私は一緒に年食ってるからかねえ(笑)。ちょっと前にさ、時枝さんの取材を受けるにあたって、昔の日記読み返したりしてさ、色々思い出してたんだよね。今回も向こうで部屋は違うけど一緒に寝泊りしたでしょ。このスタジオも楽屋があるし似たようなもんだって言われたらそうなんだけど、ちょっと雰囲気違うもんね。繭子はもちろん初めてだけど、昔はそういうの普通だったし、色々甦っちゃって」
M「へー、聞きたいです」
O「竜二が住んでる部屋の近くに『合図』ってあるじゃない?今は喫茶店もやってるとこ」
M「カオリさんが切り盛りしてた店でしょ。昔バーだった」
O「そうそう。夜は今でもバーだよ。カオリが自分で仕切るようになる前からあそこが溜まり場でさ、いつも誰かがいたな。けどある時からもう、なんていうの、親の仇なのか?っていうくらい仲悪い時代が始まるの」
-- 何年くらい前の話なんですか?
O「何年…?もう相当前だとしか。アキラもカオリもノイもいた時代だし、竜二と大成がめっちゃくちゃだった頃」
-- あ、もしかして以前荒くれだった時代の話ですか。そこ広げるとまずいって織江さんご自分で仰ってましたよね。
O「うん、あはは、うん、まずいね。でも時効って事もあるかな」
M「こわー。翔太郎さんも荒れてたんですか?」
O「うん。翔太郎はずっと印象変わらないんだけどね。でもそうなると逆に怖いよね。あの頃と何も変わってないとしたら、今一番怖いのはこの男かもしれない」
S「好き勝手言ってりゃいいよ、お前はほんとに」
M「単純に計算してノイさんがいた時代ってなると、15年くらい前とかですか?」
O「もっと前もっと前。竜二と大成がメジャーデビューしたのが21歳とかでしょう。確か寸前まで極悪だったよ。3人とも高校卒業してないし、毎日毎日他所で喧嘩してた頃」
M「中卒でしたよね。あー、聞いたなあー、そこらへんの伝説」
O「伝説(笑)。険悪になり出した頃がまだ18とかで子供だし、可愛いもんだって思うかもしれないけど、当時はそんな事微塵にも思えないくらい怖かったよ。しかもそれがハタチくらいまで続くわけだから。今思えばよくまた仲直り出来たなーって」
M「それって、翔太郎さんとアキラさんが一緒にデビューしなかった事とも関係あるんですか? 仲悪かったから、俺はお前とはやんねーよ、みたいな」
O「いやぁ、違ったと思う。だって最悪の関係だったのが竜二と大成だし。当時竜二の相棒だったのが翔太郎で、大成の相棒だったのがアキラなの。だから翔太郎とアキラにしてみたら、え、お前らが一緒にデビューすんのって驚いただろうなって思ってた。私もそこは突っ込んで聞けないまま今日まで来たんだよ、実を言うと。当時はまだ聞けなかったし、後になって蒸し返すのも、それはそれで怖いし」
池脇と神波が顔を見合わせ、苦笑いで首を捻る。
-- という事は、 織江さんは当時からもう皆さんとはお知り合いだったんですね?
O「うん。当時っていうか、知り合ったのは中学の時だからね。それがさあ、もうドラマみたいな出会いだったの。昭和の学園ドラマみたいな」
-- え、中学生からのお付き合いだったんですか!でもそれって、どういう…?
O「言っても平気?」
T「今止めたってどうせ後で言うんだろ?」
O「うん。今懐かし過ぎてちょっとブレーキ壊れてる」
R「俺便所行って来るわ」
S「お前逃げんなよ」
T「あはは、何これ、なんかの罰ゲームなの、今」
M「これはもの凄い貴重かもよー、今日ー」
-- ワクワクしてきた。ここまで昔の話は庄内でも知らないんじゃないですか。
O「どうだろうねえ。私は面と向かって誰かに彼らのプライベートを話した事ないから。でも何が凄いってね、私はこっちが地元なんだけど、アキラも含めたこの4人は中学の頃に一緒に東京へ引っ越してきたの。こっちへ来る前から地元が同じ4人が一緒に転校して来たの、これ、凄くない?」
-- え、なんですかそれ。逆集団疎開みたいになってますけど。
S「あははは!」
T「久しぶりに聞いたわそのフレーズ」
S「当時からそれ俺ら言ってたもんな、懐かしい」
-- でもちょっと、ありそうでなかなか無い話ですよね。
T「俺らの親世代がそれこそもう、ずーっと仲が良くて。こっちへ仕事に出たうちの親父が今でいう起業みたいな事をするってんで、他の3人の親を呼び寄せたんだよ。手伝えって事だったのかな、今思えば」
S「俺らの元いた田舎ってのがとにかく治安悪くて、地元じゃまともな仕事にありつけないような家ゴロゴロあったからな。渡りに船だったんじゃないの、俺らの親達にしてみれば。全く知らない土地に出てイチから仕事探すよりは、知ってる野郎が居るトコで頑張った方が気も楽だろうし、4世帯一緒ってのがどうしたって心強いって言うのもあっただろうしな」
O「あー、その気持ちは分かるなあ。大成んとこのお家って、造船会社に勤めてなかった?」
T「そうだよ。今は知らないけど昔は結構劣悪な環境だったのもあって、自分で下請け会社作ったんだよ。昔気質の男だし、もといた親会社とも別に悪い関係じゃなかったけど、将来を色々考えての事みたい。こいつらの親呼んで、あと何人か雇って株式にして、とか。当時は全然、詳しい事分かってなかったけど」
O「そうだったんだ。それってでも」
T「うん、結局うちの親父、仕事中の事故で死んでるから、会社作って皆を呼んだまではいいけど、すぐ解散になったね」
S「うちの(父親)なんかは大成の親父が好きだから来るのは来るけど、そもそも船作る技術なんてないもんだから速攻で一抜けしたもんな。薄情な奴だなーって思ったもん当時」
T「あー、あはは。それはそれで仕方ないけどな。危うく4世帯路頭に迷う寸前だったし」
-- それは皆さんがこちらへ越してきたという、中学生の頃の話ですか?
T「そう」
-- ドラマみたいな出会いと言うのは、4人が一斉に引っ越して来た事ですか?
O「うん。同じ日に転入して来たんだけどさ、もちろん4人ともクラスはバラバラなのよ。だけど休み時間になるといっつも4人固まってるの。え、なんで転校生同士仲良く固まってんのってなるでしょ」
-- 言われてみれば、確かに(笑)。
M「目に浮かぶなぁ。可愛くてヤンチャな4人だったんだろうなあ」
O「いや、怖かったんだよ。どこでどんな人生送ったらあんな目つきになるんだよって皆噂してたもん。その頃私とノイがこの4人と知り合って、そんなこんなで高校に上がって、しばらくすると荒くれ期が始まるのね。不思議なんだけどさ、よくこの人達から離れなかったなって、私今でも思う時あるもん。思い返せば離れた方が良い理由は一杯あったんだけどね、でもなんでだかずっと一緒にいたね。その当時はまだ大成と付き合うか付き合わないか微妙な関係で、ノイ(と池脇)はもっと後だし」
M「カオリさんは?」
O「カオリはだって、年が少し上だしね。3つかな。でも、そう。カオリが一人でこの荒くれ達を押さえつけてくれてたんだよ、今思うと」
M「すごい」
-- すごい(笑)。
S「いやー、覚えてないな」
O「全然ウソくさい。っていうかウソだね」
T「懐かしいなぁ。あの頃の話だけで面白い映画が三部作で撮れるんじゃないかな。その頃だね、マー(真壁)とかナベ(渡辺)とか、後輩だけどテツ達と知り合うのは」
O「皆、ここいるこのえげつないぐらいの狂犬達に感化されて集まった人達だよね。人生変えられたって、皆言ってたよ。でもそう言って笑ってる彼らと今でも一緒にいることがさ、きっと辛い出来事を乗り越えて来られた力になってると思うんだよね」
-- 良い話だー。
M「ねー。いいな、こういう話。でもテツさんはなんとなく分かるけど、マーさんとナベさんが悪かったのはちょっと想像つかないなあ」
-- 確かに。
O「んー、悪かったかどうかは…」
S「マーはずっと大成とバイク弄ってたよな。喧嘩もそらするけど、昔から機械いじりが好きで。大人になっても足がダメになるまでずっと走り回ってたよな」
T「そうそう。走るのと弄るのどっち好きって聞いたら当時から弄る方って言ってたもんね。弄りたいから走ってんのって」
S「あはは、そーだそーだ」
O「でも本当、今こうやって穏やかに笑って、並んで座ってる事がある種奇跡なんだよ繭子。竜二と大成なんて、今だから言えるけど殺し合うんじゃないかって思ったんだもん」
M「…」
伊藤の言葉に何も言えず神波を見つめた繭子は、膝の上で頬杖をついていた体を、すっと起こした。
T「大袈裟だよ、引いてんじゃん」
M「今はもう、なんのわだかまりもないんですか?」
T「ないよ。あったら一緒にバンドなんて組まないよ」
M「なんで仲悪かったんですか?」
T「それは、言えないかな」
M「ええ。じゃあ、2人みたいに、翔太郎さんとアキラさんも仲悪かったんですか?」
S「悪くはないかな。けどお互いの事情を知ってるから、顔会わせばとりあえず喧嘩はしてたよ。別に嫌いとかではないんだけど。だからお互いそんな感じだったし、こいつと竜二が雪解けした後は俺もアキラも、別に何も。あん時はしんどかったねえどーも、ほんとだねえ、みたいな」
O「嘘!? 何それ!?」
S「だから、たまたまなんだよ。俺と竜二が一緒にいて、大成とアキラが一緒にいたのも。住んでた場所が近いもん同士別れたんじゃないかな。どっかでどちらかを孤立させちゃいけないみたいなのが無意識にあって。お前がそっちならじゃあ俺こっちな、みたいな。ほんとそれだけだし」
T「…」
O「どっちが正しいとか間違ってるっていう、翔太郎なりの意見はなかったの?」
S「そりゃあ少しはあったよ。けどだからってアキラを嫌いになる理由にはなんないだろう。俺としては、どっちが正しいとか間違ってるとは思ってなかった。とことん貫いた奴が勝てばいいかなって」
T「…なるほど。翔太郎らしいな」
O「うーん。そういう物なのかなあ」
T「だからあの頃って、お前皆と距離あったのか」
S「うん…まあ、…よく覚えてないけど」
T「あはは」
M「なんの話か全然分からない!結局18歳くらいから喧嘩してて、その後21歳くらいで竜二さんと大成さん達がクロウバーを組むでしょ。それも2、3年で辞めちゃってますよね」
T「ややこしい話するけど、クロウバーはもともと竜二と翔太郎のバンドな」
M「えええ!?」
-- ええええ!それは知りませんよ、そうなんですか?
S「デビューしたのはあの4人だけど、もともと遊びで始めたのは俺と竜二のコピーバンドだよ。パンクバンドから始めて、嫌になってメタルのコピーバンド始めたけど、それも嫌になって俺が抜けたの。まあ、バンドって呼べるような事は何一つしてないけどな。でもそういう意味じゃあ、クロウバーって言う名前だけは竜二と大成が組む前からあったよな」
M「へええー、すっごいビックリです、今」
S「メンバー2人しかいないけどな(笑)」
そこへ池脇が戻ってくる。
R「痛ってー、めっちゃケツがヒリヒリすんだけど」
O「もう、オジサン!」
R「話終わった?」
-- クロウバーが実は竜二さんと翔太郎さんで始めたバンドだっていう所まで来ました。
R「お、もうこないだの話じゃねえか」
S「20年以上前だけどな?」
R「うははは!」
-- クロウバーをお辞めになった経緯は、以前お聞きしましたね。方向転換して所属事務所を退社し、あえなく解散となったわけですが、そのまますぐにドーンハンマーを結成されたわけですか?
R「順番としてはそうだけどよ。そっからが一番苦労したんじゃねえかな。取り敢えず翔太郎が全然『うん』って言わねえんだよ。アキラもずっと煮え切らない感じだったし」
-- それはいつ頃の話ですか?
R「えー。クロウバー辞めたのが23、4だよ確か。4かな?んでもっかい4人でって、ようやく形を作れたのが…」
T「にじゅー…5とか6とか」
S「7じゃないかな」
R「そんな掛かったかな」
-- 少なくとも3年近くかかったんですね。『FIRST』がリリースされたのが2002年なので今から14年前です。そう、ですね、27歳ですよね。クロウバーが解散したのが99年ですから、それまでの期間は皆さん何をされてなんですか。
R「何。…何してた?」
S「んー」
T「…あはは」
-- え、覚えていらっしゃらないという事はないですよね? 年譜的な事も改めてお伺いしなければと思ってはいたんですが、ずっと機会を逃していました。皆さんがドーンハンマーとして再始動するまでに、空白の3年があるんですよね。
R「どっかで聞いた事あるようなフレーズ(笑)」
(一同、笑)
-- 音楽的な方向転換を求めて、翔太郎さんとアキラさんの力をバンドが必要としていたのであれば、この3年間はあまりにも長い空白ですよね。
R「形として、練習とか曲制作に専念出来る態勢が整うまでに3年掛かっただけで、気持ちとしてはいつでも4人で動きたい思いはずっとあったよ、俺はな」
O「言い出しっぺだもんね(笑)」
R「まあな」
-- 何かバンドに専念出来ないようなご事情があったわけなんですね。
O「荒くれてた」
-- またですか!?
O「いや、私はまだその頃別の仕事してたし詳しくは知らない、というか後で全部聞いてるパターンなんだけど、当時は今度こそ翔太郎が荒ぶってたんだよ、確か」
S「今度こそ(笑)」
O「バンドやる直前の話でしょ? 確かそうだよねえ」
R「いや、まあ。こいつがって言うか、当時の俺達の周りが大分キナ臭い連中が多かったというか。巻き込まれてたに近いというかな。それまでにさんざん暴れまくったツケが後の世代から返ってきたんだよ」
S「うん、まあまあ、言い方は難しいけど、巻き込まれた感は大いにあるな(笑)。ただじゃあ、お前大人しくしてたんか?って聞かれると」
R「してないけどな!」
S「(爆笑)」
-- え、一応お伺いしますけど、皆さん逮捕歴とかないですよね?
R「奇跡的にないよ」
S「お前そういう言い方するとやる事やってるみたいになるから」
T「本来は全員アウトだよね」
O「時効だって信じよう。私調べたもんこの会社始める時。確か傷害罪は10年起訴されないと時効なんだよ」
M「あははは! こんな話してて大丈夫なの!? ねえ、大丈夫なの!?」
-- わかんない。どうしよう、怖くなってきた。
O「でも喧嘩はするけど自ら犯罪に手を染めるような人達じゃないよ。それはいつの時代であろうとも違うって断言できる。愚連隊とかアウトローとか、そういうのでは全然ない。側でずっと見て来た私が保証します」
-- 良かった!はい、ありがとうございます。
O「感謝された(笑)」
M「話題変えようっ。結局何を理由に、4人で始める事になったんですか?」
T「なんだろ、4人とも違う理由なんじゃない?」
M「へー。あ、でもその頃だともう出会ってるんじゃないですか?誠さんに」
言った瞬間繭子は片手で頬っぺたを叩いた。
あー、しまった、やってしまったー、という嘆息と表情で、ゆっくりと体を前に倒す。
伊澄はなんとも言えない顔で、真上に向かって煙草の煙を吐き出す。そしてフフッと笑って、「まあ、あいつとあの時会ってなかったら、確かにバンド組むのはもっと早かったかもしれねえな」と言った。それにより許されたような空気が生まれ、池脇が彼の後を引き継いだ。
R「そう考えると、むっちゃくちゃ前の事な気もするし、でも昨日の事のような気もするし。織江もそうだけど、そんな前からもう誠がいるって変な感じだよな。このバンドより長えってウソみたいだよな。何より全然年取らないからあいつだけ時間止まってんじゃねえかって思うよ」
T「何気にあいつも、俺らが荒くれてた時期を知ってる一人なんだよな」
S「知ってるっていうか、そもそもあいつも原因の一つだし」
R「あー!そうだよ、ここ2人(池脇と伊澄)酷い目にあったもんな俺ら」
S「(笑って頷く)」
R「でも言ってそのすぐ2年後ぐらいにはもう、繭子も来るからな」
O「あー、そうだねえ」
M「ふわー、そうだー」
S「早いな、時間ってのは」
T「そら年食うわけだよ」
不思議な光景だった。
こうして3人が並んで笑っている事の意味を考えると、儘ならない人生の困難や出会いがもたらす幸運などにも自然と思いが巡り、とても不思議な気分にさせられる。
彼らの親世代の出会いがまず最初にあり、そこから受け継がれた絆が、男達をデスラッシュメタルの雄となる運命へと導いたのだ。
彼ら4人が放つ光に吸い寄せられるように友や恋人達が集まり、ある者は志半ばで世を去り、またある者は新たにその輪へ加わる。
そこには人としての営みが悲しいまでに深く刻まれ、消え行き、また生まれた。
熱狂と絶望が永遠に回転する時間の川を泳いで、彼らは今目の前に座っているのだ。
「ごめんなさい」
と、小さな声で繭子が伊澄に向かってそう言った。伊澄はそれに気づいて繭子を見やり、何も言わずに小さく首を横に振った。
この日の事だった。このまま関誠の存在がなんとなく彼らの中でタブー視されて行くのだろうかと、一抹の寂しさを覚えていた私の気持ちを察してか、周囲に人のいないタイミングを見計らって、池脇が私に声を掛けてくれた。
「あんまし気を使わなくていいぞ、繭子もそうだけどな」
-- ただ、やはり多くを語れないというか、続かない話題を発してしまう怖さはあると言いますか。翔太郎さんも、嫌がる気配を見せない代わりに、やはり普段よりは口数が減るようですし。
「まあ、そりゃあね。ただ、誠が俺達にとってどうこうっていう気持ちよりも前に、単純に今は弱気になりたくねえっていうのがあるかな」
-- 弱気、ですか。
「考えても分からない事を口にして、不安になるのは御免だって事」
-- なるほど、よく分かりました。
この日以来、私は彼らの前で関誠の事を思い出す事はあっても、彼女の名前を口にする事はなくなった。いくら彼らの間でNGでないとは言え、新しい情報が何もない状態で話題に挙げても、寂しさしか残らない事はもはや明確だったからだ。
あらかじめ彼らの帰国日を知らされていた為、空港まで迎えに行く事も当然考えた。しかし首を長くして帰国を待ちわびてはいたものの、さすがに彼らの疲労を考え当日とその翌日の訪問は遠慮した。これまで見て来た彼らの苛烈さ、自分達の仕事に決して手を抜こうとしないその姿勢は、エンジンが壊れるまで走り続ける印象すら私に抱かせた。そんな彼らが2週間という短い時間で世界トップのクリエイターとPV撮影を行ったのだ。おそらくは完全燃焼して帰って来るに違いないと確信していた。
いつものソファーにいつもの並びで座る彼らを見た時、不覚にも私の頬は紅潮した。4人がそこに居並ぶだけで、皮膚がビリビリと波打つような圧力を感じる。その圧とはもちろん震える程の、迸る魅力に他ならない。
伊藤織江が最後に繭子と並んで座り、何も言えずに息を呑む私にお土産を手渡してくれた。感激のあまりソファーの足元に正座で座り直し、両手で恭しく受け取る私に一同が笑い声をあげる。
大きな紙袋に色々と入っていたが、一見して何だか判別出来ない謎の白い布が丸まって入っていたので、それを取り出してみた。
-- これは?
「あ、私の衣装。の一部」と繭子。
-- ええ!いいの、こんなの勝手に持って帰ってきて!
「うん、記念にくれたもんだしね。なんかね、白い着物みたいなの着せられたんだけど、その帯」
-- 着物?衣装って着物なんだー。わー、速く見たい。
アメリカの空気を存分に収めたというビデオカメラを受け取った後、話を伺った。
池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)、伊藤(O)。
-- とにもかくにも、お疲れさまでした。笑顔ではありますが、やはり疲労の色は隠せませんね。
R「もうオッサンだもんな。実際帰って来てからの方が疲労がすげえ押し寄せて来た」
M「分かります。私昨日も一日ぼーっとしちゃって動けなかったですね」
-- だけど物凄く充実したお顔をされてるので、私も今からワクワクしてます。PVはあとどのくらいで完成の予定ですか?
R「ほぼ終わってるかな。あとは向こうがどんだげ納得の行く作品に仕上げて来るかって話と、その確認と」
-- 所謂編集の最終段階ですね。
R「そう」
-- ご覧になって、いかがでしたかか。
R「正直、ちょっとビックリした」
-- おおお!
R「当たり前の話だけど音源はアルバムから引っ張って来てるだろ。だからあとは動きというか、視覚的な作り込みの問題なんだけど、俺らってやっぱライブバンドだからさ、決められた振付なんかないんだよ、そもそも」
-- そうですよね。
R「こっちは普通に、まあ、ある程度制約はあるんだけどそこまで考えずにプレイするだけするんだよ。その一挙手一投足ってのか、細かーい部分を拾って拾って、芸術的に切り取って振付に変えて行くっていうか、そういう方法を知らない俺らにしてみれば…凄かった」
T「撮られてる感覚は薄かったね」
S「(頷く)」
-- 私も何度か日本のバンドのPV撮影現場を経験してますが、おそらくファーマーズはある種これまでの概念にはない手法で撮影しているんだろうな、という思いがあります。
R「うん。ん、手法って?」
-- 演出うんぬんというより以前に、これどうやって撮影してるの?という。
R「ああ、うん。でもそれ最後まで分かんなかった」
-- それは、やっぱり企業秘密という事ですね。
T「俺はなんとなく、こうなんじゃないかっていう閃きがあって、あとでジャックに確認したら半分正解だって言われたな。まだ先があるみたいな言い方だったけどね」
S「お前それ言っちゃ駄目なやつなんじゃないの?」
T「言わない言わない、ファーマーズはさすがに敵に回せないよ」
S「あははは」
-- え、ジャックって。え、まさかジャック・オルセンですか?
M「おー。やっぱりトッキー物知りなんだねえ」
-- いやいや待って待って、そんな、え、ニッキーとジャック両方と仕事したって事ですか?ジャックはファーマーズの基盤を受け継ぐ次世代のトップですよ。オルセン親子と一緒に仕事したのってこの10年では『インフレイムス』とあなた方だけですよ!
M「興奮しすぎだよ(笑)。私達もジャックがニッキーの息子だって知った時はめっちゃびっくりしたけどね。似てるっちゃー似てるよ。背、おっきい所とか」
-- 待ってよ、そんな印象しかないの!? うーわ、これは凄いなあ。ただでさえ引く手数多で並んでる姿を見るだけで貴重だと言われているのに、2人揃って同じ現場で協力しあう姿を生で見るとか…。でも実際どうでしたか、彼らと仕事してみて、その、単純に作品として思った通りの物が出来ましたか。それとも。
S「まさしく、作品って感じ」
M「うふふふ」
-- えっと、それはどういう。
S「俺達のPVというより一つの独立した作品を見たっていう感想かな。短編映画みたいな出来というか。もちろん映像としては申し分ないクオリティだと思うよ。俺らを素材にしてよくここまで作り込んだもの創造出来たなって感心するよ。ここにいる全員の予想を遥かに上回るモノを見せられたからね」
-- それは凄いですね!短編映画ですか!あ、ごめんなさい。今更ですけど私結局どの曲のPVなのか分かってないんです。
R「俺らも向こうついてから聞いたもんな」
-- やはりそうなんですね。『P.O.N.R』からですよね?あ、私この2週間で色々考えたんですよ。これ見て貰っていいですか。
テーブルの上にA4サイズの紙を置くとメンバーが体を起こして覗き込んだ。
紙の真ん中に、アルバム『P.O.N.R』の曲名を縦に並べて書いた物である。
そこに、◎、〇、△の印をつけた。私なりに考えた、PV向けだと思う楽曲の予想である。
1.『PICTHWAVE』
2.『ULTRA』△
3.『FORROW THE PAIN』〇
4.『COUNTER ATTACK :SPELL』〇
5.『MY ORDER』
6.『BRAIN BUSTER'S』
7.『COUNTER ATTACK :DOWN』
8.『ROTTEN HALL BURRNING』
9.『GORUZORU』◎
最初に池脇が紙きれを手に取り、「おー」と言う。
隣の神波がそれを取り上げ、「へえー」と言う。
伊澄がそれを受け取るが、彼は何も言わない。
繭子がそれを裏から透かして見て、「あ」と言う。
最後に伊藤が手に持って、「わお」と言う。
-- どうですか?当たってます?
M「なんでこの曲だと思ったの?」
-- 考えた末に思い至ったのは、やっぱり作る側としてその才能をぶつけるには「めちゃくちゃ速い高難易度の曲」か「作り込みし易いドラマ性のある曲」を選ぶと思ったんです。ただでさえファーマーズって、時には変態的として語られる程ぶっとんだVFXの映像美や特殊メイクなどに特化した技術屋の集団なので、絶対どっちかだろうなーと。なのでキラーチューンの『URTLA』と『GORUZORU』は候補だったんじゃないかなと。逆にドラマ性のある曲っていうとやっぱり『FOLLOW THE PAIN』か『COUNTER ATTACK :SPELL』のどっちかだろうなと。イントロアウトロでURGAさんの参戦もあって映像化するにはもってこいですし。だけども純度100のドーンハンマー製じゃない分権利的な意味で難しいとなると、PAINを外してSPELLの方になるのかな、というのが私の推理です。どうですか?
M「すっご、よくそこまで考えるね」
O「だーれもそんな深い所まで考えてなかったよ(笑)。時枝さんが一番気持ち籠ってるよ。素敵」
-- え、ええ、そうなんですか?ちょっと引いてます?結局どうなんですか。
R「『SPELL』であってる」
-- おわあ!
M「あはは!」
-- いや、自分で推理しといてアレですけど、やっぱそうなんですね、うわー、そうかー、複雑ー。
R「複雑ってなんだよ(笑)。まあ、シングルカット出来るような曲じゃねえのは分かるけど」
-- いえいえ、曲自体はめちゃめちゃ格好いいですよ。リフの多さと複雑さで言えば全曲中トップクラスですし、プログレを究極にデスメタル化したような曲で個人的に大好きです。そういう曲の良し悪しではなくて、この曲を選ぶ辺りファーマーズってやっぱりそうだよねって、妙に納得してしまうと言いますか。
S「…それってさ、あいつらが作りたい映像を撮る為に選曲したんだろって事?」
-- あいつら(笑)。そうです。以前から言われている事なんですけどね。どんなアーティスト相手だろうと、彼らの場合自分達の作る映像が優先なので、作品に合わせて曲を寄せて行く事で有名です。
M「へえ、やっぱりそうなんだ」
-- うん。ひょっとしてですけど、『ASTRAL ORGE』の話もされませんでしたか?
R「あんな前のアルバム?…された?俺はされてないぞ」
S「聞いてない」
T「うん」
M「わかんない」
-- あ、そうですか。
とそこへ、繭子の隣で右手を胸の高さにあげている伊藤に気づく。
R「いつだよ!」
O「撮影初日。竜二達がニッキーと打ち合わせしてる後ろでジャックに提案されたよ。一応聞いてみるんだけど、昔の曲で、例えば『ASTRAL ORGE』の曲なんかで撮影してみる気はあるかい?って。ないない、あるわけないって即答したけどね。向こうもある程度承知してたみたいでそれ以降はしつこくされなかったけど、そんなのよく分かったねえ。盗聴器でも仕込んでた?」
-- あははは。私結構ファーマーズ好きなんで、詳しいですよ。さっきも言いましたけど、彼らの作る映像の特徴って、ドーンハンマーのアルバムで言うと『ASTRAL』がドンピシャなんです。まず世界観ありきなので、表現しやすい音像と言いますとか。
S「まあ、確かに今とは出してる音そのものが違うもんな。曲の構成も凝ってるものが多いし、だからってそんなにか?」
-- どちらかと言えばメロデスに近いアルバムだと思うんですよ。獰猛だしブルータルな曲も多いですけど、翔太郎さんのギターソロが曲の顔になっていたりとか、印象的な早弾きで曲全体を引っ張ってく構成が主体で、今とは少し趣が違いますよね。今みたいに全員一丸となって高速リフオンリーで押し切る爆走ナンバーが生まれ始めたのは、あの後からですよね。
S「ほんっと詳しいなこの人!」
(一同、笑)
-- あはは、ありがとうございます。というか、今何気にさらっと怖い話聞きましたけど、向こうの申し出速攻で突っぱねたんですね。織江さんてやはり凄い御人ですよね。
O「普通だよ」
M「そー!」
いきなり繭子が思い出したように叫んだ。
-- びっくりした(笑)。
M「織江さんすっごかったの!もうね、なんだろ、すっごかったの!」
R「誰かこいつに言葉を教えてあげて」
M「あはは!あのね、私向こうの提案でちょっと裸にならないかって言われたの」
-- うふふ、言いそう!
M「そこもそんな感じなの!? でね、まあ竜二さんも翔太郎さんも絶対ノーだ!って反対してくれるんだけど、しばらくお互いの意見が平行線だったわけ。でさあ、何揉めてんのって織江さんに聞かれて、こうこうこうでって説明したらいきなりプッチーンって織江さんなって」
-- 格好良い(笑)。でもやばい事になりませんでしたか。
M「すっごかったの!おい!そこのじいちゃん、何言ってるか分かってんのか!だって、もちろん英語でね。私びっくりして『うわ!』って小さくなっちゃったもん。そこからもう英語でぐわー!ってマシンガンのような喧嘩、バトル」
-- うっはー!それは凄い(笑)。それで、結局ヌードにはなったの?
M「なってないなってない。結局そこの部分は裸じゃなくて衣装を変えて撮影した」
-- すごい話だなー。うちの庄内興奮するだろうなあ。
O「変な風に伝えないでね(真顔で時枝に顔を寄せる)」
-- 分かってます。ただその後よく揉めませんでしたね。ニッキーはカリスマですけど超ド級の我儘ワンマンキングだというのが定説ですが。
O「うーん(笑)、どうかな。単に合理主義者なんだと思うな。ヌードは駄目、だけど逆にこういうのはどうかって提案してそっちの方が面白ければ、気持ちを切り替えてより良い方を掴めるクレバーな人だと思うよ」
-- なるほど。まあ、ニッキーに面と向かってそれを言える人間が、この世界に何人いるんだって話なんですけどね。
M「ああ、それでいきなり羽根生えたんだ?」
-- 羽根?
O「繭子、シー!まだ駄目」
M「ああ、そうでしたそうでした」
-- 気になるー。この2週間での積る話を全部聞きたいのは山々なんですが、それはまた後日、撮影していただいた映像を見てからと言うことで、今回ちょっと仕事の提案を持ってきました。
O「仕事?どんな?」
-- 対談です。『タイラー』との対談を、うちで掲載したいのですが。
R「へー、なんで今?」
-- 彼女達今年アルバムをリリースしていまして、それが満を持しての2ndアルバムという事で各社こぞってインタビューを取ってるんですね。それで一応うちも何かやろうという事で動いていたんですが、タイミング的にはうちが一番後発なんですよ。
R「俺達に付きっ切りだっかたからじゃないよな?」
-- いえ、彼女達の担当は私ではなくて庄内ですので。ただせっかくなので、今この遅れたタイミングでやるからには話題性をもう一つ乗っけて、2号連続ドーンハンマーで記事を組もうと。まず先にPV特集のインタビュー。翌月でタイニールーラーとの対談形式でやってみてはどうかと。
O「それってあの子達にとってはどうなの。ドーンハンマー特集第2弾、みたいな扱われ方だと嫌じゃない?出遅れとは言えレコ発インタビューなんでしょ? 話の規模からして全然あちらの扱いが大きい方が売れるよ?きっと」
-- そんな所で気を使わないでください(笑)。確かに初めは逆にするつもりだったんです。対談を掲載してからの、PV特集にしようかと。ですが一応皆さんが戻られる前に向こうとも話をしていて、結果、対談を後にしてもらった方が良いというのが。
O「木山さんが?(TINY RULERs ・プロデューサー)」
-- はい。ただ冠としてはさすがにドーンハンマー特集とは書けないですよ。2号連続であなた方の記事が掲載にはなりますけど、あくまで単独の特集が2ヶ月連続、という建前です。
O「ううーん。向こうがそれでいいなら私達は全然平気だけど。いつ?」
-- 早ければ来週にでも。PV記事の上がりにもよりますけど、私記事書くのだけは速いんです。
R「すまん、何喋るの? 悪いけど俺あの子らのアルバムまだ聞いてないよ」
-- 出来れば当日までに一度くらいは耳に入れておいて欲しいかなとは思いますが、基本的にはレコ発後の心境や今後のビジョンなどを先輩であるドーンハンマーに相談する、といった企画になると思いますので、そこはなんとかなるかと。
S「全員対全員?」
-- いえ、基本的にあちらのドリームバンドは媒体露出しないので、フロントの3人だけです。こちらは全員の方が良いかと。
S「なんで?」
-- いけませんか。
S「だから、なんで」
-- 彼女達がドーンハンマーのファンを公言してるからです。
S「怖いな。俺余計な事言って5秒で泣かす自信ある」
-- (笑)。えーっと、どうしましょうか。体調不良でも、スケジュール合わないでもなんとでもしますよ。もし本当にアレでしたら、はい、仰って下さい。
S「うん、ちょっと俺は保留な。ごめんな」
R「そんなんありかお前(笑)」
T「ちょっと分かるけどね。向こうが熱っぽく語って来ようもんなら、どこまで本気なのか煽ってみたくもなるもんね」
S「そうなんだよ、そうそう」
-- とりあえず繭子は、確定でお願いします。ボーカルのROAと竜二さんはこちら(練習スタジオ)で色々お話した経験もおありなので、大丈夫ですよね。
R「まあ、なんとかなんじゃねえかな。けどアルバムどうですかっていう質問はNGだっつっといて。そうなったら翔太郎じゃないけどマジて泣かすかもしれない」
-- ええ? 私ももちろん聞いてますけど、全然格好いい仕上がりですよ。
S「俺達がそんな浮ついた事言える連中に見える?」
-- 分かりました、はい。そこは絶対NGですね、もう今のが既に超怖いです。
M「あはは!トッキーも気苦労が絶えないね」
-- ねー。だけど、毎日幸せだから全然頑張れるんだ。
M「そりゃー良かったねー」
-- 繭子は幸せじゃないの?
M「幸せだよ!決まってるじゃない。2、3日前までどこにいたと思ってんの?」
-- だよね。
M「いや…、実を言うとそこはそんなでもないんだ。私向こうではずーっとストレスでムシャクシャしてたし」
-- なんで!?
M「んー、まあビデオ見て。その方が早い。でも結果的には楽しかったんだなって帰ってから思った。皆で合宿したのも初めてだし。竜二さんや織江さんが英語ペラペラじゃない?そういう、どこ行っても物怖じせず対等に渡り合える姿を横で見てるのとか凄い好きだったりするの。あと空気も全然違うし、日本で同じようなの食べてるのに向こうだと違って感じたりとか。なんかね、遠征して、ライブやってすぐに帰ってくる時と違って、生活をしたのが、新鮮で良かった」
R「お前もうちょい仕事の話して? 修学旅行の思い出じゃねえんだからさ」
M「あはは。似たようなもんですよ!」
R「全然違うよお前。とても良い勉強になりました、とかさ」
M「えー、それを言うなら普段のライブ遠征の方が勉強になりますよー。今回は撮影中の事よりもそれ以外のエピソードの方が数倍濃くて面白かったです」
-- 良いなー、行きたかったなあ。もう今日徹夜で見よう、このビデオ。
R「でも織江と後で確認したけど、やっぱり結構データ消されてるよな」
O「中の映像は仕方ないよね。でも意外と、え、これ残して大丈夫なの?っていう部分が残ってたり」
-- 中って撮影所の中ですか? カメラ回したんですか!? 凄い(笑)。
O「雰囲気を感じる程度になら残ってるよ。やり手のニッキーの事だから全部計算ずくだと思うけどね」
-- なるほど。ほとんどがオフショットというか、旅行記みたいないノリなんですね。
M「結構頑張って撮ったんだよ。でね、あー、やっぱりうちのリーダー、カッコイイなーって心底思った」
-- 何それ何それ。
M「なんかね、自分がまだまだ子供なんだなって、精神的にね、思った場面一杯あって。さっきの竜二さんや織江さんの事もそうだけど、大成さんも翔太郎さんも良い意味で、凄い良い意味で、普段と全くブレないの。変わらない強さ。改めてそれを感じて、それがまたちょっと落ちる原因にもなってたくらい。あー、駄目だ私って」
S「何急にしおらしくなってんの? 似合わないぞ」
伊澄の言葉に、繭子は落ち込んだ顔で私を見やる。
M「こうやってね、ちょいちょい優しくされんの」
S「何だお前、面倒くせえな!」
M「あー、気遣われてるー、こんなんじゃ駄目だーって」
-- えー、でもそんなの全然駄目なことないと思うけどな。繭子がそんなだからどうこうとかじゃなくてさ、皆単純に、そういう人達なんだと思うけどな。優しいが基本装備みたいな人達なんだと思う。それに一回りぐらい年の違う女の子囲ってるんだからさ、もっと大切にされて良いと思うけど。
R「囲ってるって言うな(笑)」
M「あはは。ありがとうトッキー。優しいね」
-- いやいや、本当に。ちなみに皆さんそんな感じでタイラーにも優しくお願いしますね、マジ泣きさせると企画ボツりかねないので。
S「そこは割と自信ない」
M「翔太郎さん普通に超優しいですよ!」
S「俺が何も怒ってなくたって、ギャン泣きされたらそこで負け確定なんだろ? 自信ないよそんなの」
そこへ仕事モードの顔で伊藤が割って入る。
O「えっと、ごめんね。続きだけど、対談どこでやるの?あっち?こっち?」
-- 庄内が動いてセッティングしますので、おそらく向こうだと思います。決まり次第連絡します。
O「よろしくね。…あのさ、翔太郎はなんであの子達を泣かせるって思ってるの?」
S「2回ほどうち(スタジオ)来た事あるだろ。知らないかもしれないけど、俺一度も絡んでないからね。多分怖がられてるとは思う。あと単純にノリについて行けないよな、もう」
O「えー、それは意外だね。あなたもそこそこ面白い事言うしさ、話せば割と好かれるタイプだと思うけど」
S「お前は親戚のおばちゃんか」
M「(爆笑)」
S「あと作品について語ろうにもさ、俺の中ではあの子らはプレイヤーだけどクリエイターじゃないっていう認識だから、温度差を感じるかな。きっと向こうが熱く語れば語るほど余計に」
T「作ってねーじゃん、て?」
S「うん」
R「うはは!」
T「それはお前きっついわ、可哀想だよ」
S「だろ?一応自覚はあるよ、けどそう思ってるもんは仕方ないだろ。今回の曲格好良くって超好きなんですーってだけならニコニコしてられるけど、結構攻めたメタルソングに仕上がってると思うんですよね、とか言われてみ。はあ!?ってなるわ」
M「そんな事言わないですよ(笑)!」
S「分かんないだろそんなの。それに、きっと大成も怖がられてると思うんだよ」
T「俺とお前は違う。俺ドSじゃないし」
S「えー。やだなー、同じじゃないですかー、やだなー」
T「違う違う違う。お前さっき繭子に聞いたぞ。酔っ払ってるこいつにウーロン茶っつってバーボン、ストレートで飲ませたんだってな」
S「あははは!」
大笑いする伊澄の膝を、繭子がわざわざ立ち上がって叩く。
T「見ろよ、これがドSじゃなくてどれがドSなんだよ」
M「やぁばかったんですから!」
S「悪い悪い、そこまで酔ってるの知らなかったから」
R「タイラーって成人してんのか?」
-- 駄目ですよ!未成年ですよ!
突然切り出す池脇の言葉に私の肝が冷えた。
R「何も言ってねえよ。そうか、酒飲んで腹割ってってのは無理か。けど俺、木山の方がよっぽどドSだと思うわ」
S「あはは、確かにそれもあるなあ」
-- いやいや、もう何が怖いってお酒無理やり飲まされてるのに、超優しいとか言っちゃう繭子も相当だけどね。
M「別に無理やりじゃないよ(笑)。でも訴えたら勝てるかなあ?」
-- 勝てる勝てる。
M「勝てるって。(訴えたら)どうします?」
S「うるせーなー」
-- 本当に仲良いですよね。上の世代4人と繭子の年齢が離れてるからそこはまあ分かるとしても、男性3人の絆というか、仲の良さはきっと私がこれまで出会ってきたどのバンドより強いと思います。そもそも男バンドのメンバー同士って、どこかでライバル視している節があって、ちょっと小馬鹿にしあうぐらいが普通なんですけどね。喧嘩もしょっちゅうしていて、年齢を重ねるにつれ昔は我慢出来た事が無理になって、ソリが合わずに消滅していくパターンをよく見てきました。皆さんはお互いへのリスペクトを隠しませんし、やはり、幼馴染というのが大きいのでしょうか。
R「…」
S「…」
T「…誰か、なんか答えてあげたら」
M「なはは。そりゃあ言いたくなる気持ちも分かるけど、今のはトッキーに無理があるよ。こんな強烈な個性を前にして『仲いいですよね』って言ってさ、そうなんだよなーっていう返事が返ってくると思ったら駄目だよ」
-- ふふ、うん。言いたかっただけっていう気持ちが強いんだけどね。でもテレビとかでアイドルグループが見せる嘘みたいに爽やかな仲良しこよしとは、全然違って見えるのは私だけかな?
M「言いたい事は分かるよ。だけどそれを当人に言ったってさ」
-- そうだね。
S「何この気持ち悪い会話!」
R「マジで勘弁してくれよ」
O「今でこそだよねえ。昔は本当に仲悪かったもんね」
S「拾うなよお前!」
M「私その時代全然知らないからなあ」
O「私は一緒に年食ってるからかねえ(笑)。ちょっと前にさ、時枝さんの取材を受けるにあたって、昔の日記読み返したりしてさ、色々思い出してたんだよね。今回も向こうで部屋は違うけど一緒に寝泊りしたでしょ。このスタジオも楽屋があるし似たようなもんだって言われたらそうなんだけど、ちょっと雰囲気違うもんね。繭子はもちろん初めてだけど、昔はそういうの普通だったし、色々甦っちゃって」
M「へー、聞きたいです」
O「竜二が住んでる部屋の近くに『合図』ってあるじゃない?今は喫茶店もやってるとこ」
M「カオリさんが切り盛りしてた店でしょ。昔バーだった」
O「そうそう。夜は今でもバーだよ。カオリが自分で仕切るようになる前からあそこが溜まり場でさ、いつも誰かがいたな。けどある時からもう、なんていうの、親の仇なのか?っていうくらい仲悪い時代が始まるの」
-- 何年くらい前の話なんですか?
O「何年…?もう相当前だとしか。アキラもカオリもノイもいた時代だし、竜二と大成がめっちゃくちゃだった頃」
-- あ、もしかして以前荒くれだった時代の話ですか。そこ広げるとまずいって織江さんご自分で仰ってましたよね。
O「うん、あはは、うん、まずいね。でも時効って事もあるかな」
M「こわー。翔太郎さんも荒れてたんですか?」
O「うん。翔太郎はずっと印象変わらないんだけどね。でもそうなると逆に怖いよね。あの頃と何も変わってないとしたら、今一番怖いのはこの男かもしれない」
S「好き勝手言ってりゃいいよ、お前はほんとに」
M「単純に計算してノイさんがいた時代ってなると、15年くらい前とかですか?」
O「もっと前もっと前。竜二と大成がメジャーデビューしたのが21歳とかでしょう。確か寸前まで極悪だったよ。3人とも高校卒業してないし、毎日毎日他所で喧嘩してた頃」
M「中卒でしたよね。あー、聞いたなあー、そこらへんの伝説」
O「伝説(笑)。険悪になり出した頃がまだ18とかで子供だし、可愛いもんだって思うかもしれないけど、当時はそんな事微塵にも思えないくらい怖かったよ。しかもそれがハタチくらいまで続くわけだから。今思えばよくまた仲直り出来たなーって」
M「それって、翔太郎さんとアキラさんが一緒にデビューしなかった事とも関係あるんですか? 仲悪かったから、俺はお前とはやんねーよ、みたいな」
O「いやぁ、違ったと思う。だって最悪の関係だったのが竜二と大成だし。当時竜二の相棒だったのが翔太郎で、大成の相棒だったのがアキラなの。だから翔太郎とアキラにしてみたら、え、お前らが一緒にデビューすんのって驚いただろうなって思ってた。私もそこは突っ込んで聞けないまま今日まで来たんだよ、実を言うと。当時はまだ聞けなかったし、後になって蒸し返すのも、それはそれで怖いし」
池脇と神波が顔を見合わせ、苦笑いで首を捻る。
-- という事は、 織江さんは当時からもう皆さんとはお知り合いだったんですね?
O「うん。当時っていうか、知り合ったのは中学の時だからね。それがさあ、もうドラマみたいな出会いだったの。昭和の学園ドラマみたいな」
-- え、中学生からのお付き合いだったんですか!でもそれって、どういう…?
O「言っても平気?」
T「今止めたってどうせ後で言うんだろ?」
O「うん。今懐かし過ぎてちょっとブレーキ壊れてる」
R「俺便所行って来るわ」
S「お前逃げんなよ」
T「あはは、何これ、なんかの罰ゲームなの、今」
M「これはもの凄い貴重かもよー、今日ー」
-- ワクワクしてきた。ここまで昔の話は庄内でも知らないんじゃないですか。
O「どうだろうねえ。私は面と向かって誰かに彼らのプライベートを話した事ないから。でも何が凄いってね、私はこっちが地元なんだけど、アキラも含めたこの4人は中学の頃に一緒に東京へ引っ越してきたの。こっちへ来る前から地元が同じ4人が一緒に転校して来たの、これ、凄くない?」
-- え、なんですかそれ。逆集団疎開みたいになってますけど。
S「あははは!」
T「久しぶりに聞いたわそのフレーズ」
S「当時からそれ俺ら言ってたもんな、懐かしい」
-- でもちょっと、ありそうでなかなか無い話ですよね。
T「俺らの親世代がそれこそもう、ずーっと仲が良くて。こっちへ仕事に出たうちの親父が今でいう起業みたいな事をするってんで、他の3人の親を呼び寄せたんだよ。手伝えって事だったのかな、今思えば」
S「俺らの元いた田舎ってのがとにかく治安悪くて、地元じゃまともな仕事にありつけないような家ゴロゴロあったからな。渡りに船だったんじゃないの、俺らの親達にしてみれば。全く知らない土地に出てイチから仕事探すよりは、知ってる野郎が居るトコで頑張った方が気も楽だろうし、4世帯一緒ってのがどうしたって心強いって言うのもあっただろうしな」
O「あー、その気持ちは分かるなあ。大成んとこのお家って、造船会社に勤めてなかった?」
T「そうだよ。今は知らないけど昔は結構劣悪な環境だったのもあって、自分で下請け会社作ったんだよ。昔気質の男だし、もといた親会社とも別に悪い関係じゃなかったけど、将来を色々考えての事みたい。こいつらの親呼んで、あと何人か雇って株式にして、とか。当時は全然、詳しい事分かってなかったけど」
O「そうだったんだ。それってでも」
T「うん、結局うちの親父、仕事中の事故で死んでるから、会社作って皆を呼んだまではいいけど、すぐ解散になったね」
S「うちの(父親)なんかは大成の親父が好きだから来るのは来るけど、そもそも船作る技術なんてないもんだから速攻で一抜けしたもんな。薄情な奴だなーって思ったもん当時」
T「あー、あはは。それはそれで仕方ないけどな。危うく4世帯路頭に迷う寸前だったし」
-- それは皆さんがこちらへ越してきたという、中学生の頃の話ですか?
T「そう」
-- ドラマみたいな出会いと言うのは、4人が一斉に引っ越して来た事ですか?
O「うん。同じ日に転入して来たんだけどさ、もちろん4人ともクラスはバラバラなのよ。だけど休み時間になるといっつも4人固まってるの。え、なんで転校生同士仲良く固まってんのってなるでしょ」
-- 言われてみれば、確かに(笑)。
M「目に浮かぶなぁ。可愛くてヤンチャな4人だったんだろうなあ」
O「いや、怖かったんだよ。どこでどんな人生送ったらあんな目つきになるんだよって皆噂してたもん。その頃私とノイがこの4人と知り合って、そんなこんなで高校に上がって、しばらくすると荒くれ期が始まるのね。不思議なんだけどさ、よくこの人達から離れなかったなって、私今でも思う時あるもん。思い返せば離れた方が良い理由は一杯あったんだけどね、でもなんでだかずっと一緒にいたね。その当時はまだ大成と付き合うか付き合わないか微妙な関係で、ノイ(と池脇)はもっと後だし」
M「カオリさんは?」
O「カオリはだって、年が少し上だしね。3つかな。でも、そう。カオリが一人でこの荒くれ達を押さえつけてくれてたんだよ、今思うと」
M「すごい」
-- すごい(笑)。
S「いやー、覚えてないな」
O「全然ウソくさい。っていうかウソだね」
T「懐かしいなぁ。あの頃の話だけで面白い映画が三部作で撮れるんじゃないかな。その頃だね、マー(真壁)とかナベ(渡辺)とか、後輩だけどテツ達と知り合うのは」
O「皆、ここいるこのえげつないぐらいの狂犬達に感化されて集まった人達だよね。人生変えられたって、皆言ってたよ。でもそう言って笑ってる彼らと今でも一緒にいることがさ、きっと辛い出来事を乗り越えて来られた力になってると思うんだよね」
-- 良い話だー。
M「ねー。いいな、こういう話。でもテツさんはなんとなく分かるけど、マーさんとナベさんが悪かったのはちょっと想像つかないなあ」
-- 確かに。
O「んー、悪かったかどうかは…」
S「マーはずっと大成とバイク弄ってたよな。喧嘩もそらするけど、昔から機械いじりが好きで。大人になっても足がダメになるまでずっと走り回ってたよな」
T「そうそう。走るのと弄るのどっち好きって聞いたら当時から弄る方って言ってたもんね。弄りたいから走ってんのって」
S「あはは、そーだそーだ」
O「でも本当、今こうやって穏やかに笑って、並んで座ってる事がある種奇跡なんだよ繭子。竜二と大成なんて、今だから言えるけど殺し合うんじゃないかって思ったんだもん」
M「…」
伊藤の言葉に何も言えず神波を見つめた繭子は、膝の上で頬杖をついていた体を、すっと起こした。
T「大袈裟だよ、引いてんじゃん」
M「今はもう、なんのわだかまりもないんですか?」
T「ないよ。あったら一緒にバンドなんて組まないよ」
M「なんで仲悪かったんですか?」
T「それは、言えないかな」
M「ええ。じゃあ、2人みたいに、翔太郎さんとアキラさんも仲悪かったんですか?」
S「悪くはないかな。けどお互いの事情を知ってるから、顔会わせばとりあえず喧嘩はしてたよ。別に嫌いとかではないんだけど。だからお互いそんな感じだったし、こいつと竜二が雪解けした後は俺もアキラも、別に何も。あん時はしんどかったねえどーも、ほんとだねえ、みたいな」
O「嘘!? 何それ!?」
S「だから、たまたまなんだよ。俺と竜二が一緒にいて、大成とアキラが一緒にいたのも。住んでた場所が近いもん同士別れたんじゃないかな。どっかでどちらかを孤立させちゃいけないみたいなのが無意識にあって。お前がそっちならじゃあ俺こっちな、みたいな。ほんとそれだけだし」
T「…」
O「どっちが正しいとか間違ってるっていう、翔太郎なりの意見はなかったの?」
S「そりゃあ少しはあったよ。けどだからってアキラを嫌いになる理由にはなんないだろう。俺としては、どっちが正しいとか間違ってるとは思ってなかった。とことん貫いた奴が勝てばいいかなって」
T「…なるほど。翔太郎らしいな」
O「うーん。そういう物なのかなあ」
T「だからあの頃って、お前皆と距離あったのか」
S「うん…まあ、…よく覚えてないけど」
T「あはは」
M「なんの話か全然分からない!結局18歳くらいから喧嘩してて、その後21歳くらいで竜二さんと大成さん達がクロウバーを組むでしょ。それも2、3年で辞めちゃってますよね」
T「ややこしい話するけど、クロウバーはもともと竜二と翔太郎のバンドな」
M「えええ!?」
-- ええええ!それは知りませんよ、そうなんですか?
S「デビューしたのはあの4人だけど、もともと遊びで始めたのは俺と竜二のコピーバンドだよ。パンクバンドから始めて、嫌になってメタルのコピーバンド始めたけど、それも嫌になって俺が抜けたの。まあ、バンドって呼べるような事は何一つしてないけどな。でもそういう意味じゃあ、クロウバーって言う名前だけは竜二と大成が組む前からあったよな」
M「へええー、すっごいビックリです、今」
S「メンバー2人しかいないけどな(笑)」
そこへ池脇が戻ってくる。
R「痛ってー、めっちゃケツがヒリヒリすんだけど」
O「もう、オジサン!」
R「話終わった?」
-- クロウバーが実は竜二さんと翔太郎さんで始めたバンドだっていう所まで来ました。
R「お、もうこないだの話じゃねえか」
S「20年以上前だけどな?」
R「うははは!」
-- クロウバーをお辞めになった経緯は、以前お聞きしましたね。方向転換して所属事務所を退社し、あえなく解散となったわけですが、そのまますぐにドーンハンマーを結成されたわけですか?
R「順番としてはそうだけどよ。そっからが一番苦労したんじゃねえかな。取り敢えず翔太郎が全然『うん』って言わねえんだよ。アキラもずっと煮え切らない感じだったし」
-- それはいつ頃の話ですか?
R「えー。クロウバー辞めたのが23、4だよ確か。4かな?んでもっかい4人でって、ようやく形を作れたのが…」
T「にじゅー…5とか6とか」
S「7じゃないかな」
R「そんな掛かったかな」
-- 少なくとも3年近くかかったんですね。『FIRST』がリリースされたのが2002年なので今から14年前です。そう、ですね、27歳ですよね。クロウバーが解散したのが99年ですから、それまでの期間は皆さん何をされてなんですか。
R「何。…何してた?」
S「んー」
T「…あはは」
-- え、覚えていらっしゃらないという事はないですよね? 年譜的な事も改めてお伺いしなければと思ってはいたんですが、ずっと機会を逃していました。皆さんがドーンハンマーとして再始動するまでに、空白の3年があるんですよね。
R「どっかで聞いた事あるようなフレーズ(笑)」
(一同、笑)
-- 音楽的な方向転換を求めて、翔太郎さんとアキラさんの力をバンドが必要としていたのであれば、この3年間はあまりにも長い空白ですよね。
R「形として、練習とか曲制作に専念出来る態勢が整うまでに3年掛かっただけで、気持ちとしてはいつでも4人で動きたい思いはずっとあったよ、俺はな」
O「言い出しっぺだもんね(笑)」
R「まあな」
-- 何かバンドに専念出来ないようなご事情があったわけなんですね。
O「荒くれてた」
-- またですか!?
O「いや、私はまだその頃別の仕事してたし詳しくは知らない、というか後で全部聞いてるパターンなんだけど、当時は今度こそ翔太郎が荒ぶってたんだよ、確か」
S「今度こそ(笑)」
O「バンドやる直前の話でしょ? 確かそうだよねえ」
R「いや、まあ。こいつがって言うか、当時の俺達の周りが大分キナ臭い連中が多かったというか。巻き込まれてたに近いというかな。それまでにさんざん暴れまくったツケが後の世代から返ってきたんだよ」
S「うん、まあまあ、言い方は難しいけど、巻き込まれた感は大いにあるな(笑)。ただじゃあ、お前大人しくしてたんか?って聞かれると」
R「してないけどな!」
S「(爆笑)」
-- え、一応お伺いしますけど、皆さん逮捕歴とかないですよね?
R「奇跡的にないよ」
S「お前そういう言い方するとやる事やってるみたいになるから」
T「本来は全員アウトだよね」
O「時効だって信じよう。私調べたもんこの会社始める時。確か傷害罪は10年起訴されないと時効なんだよ」
M「あははは! こんな話してて大丈夫なの!? ねえ、大丈夫なの!?」
-- わかんない。どうしよう、怖くなってきた。
O「でも喧嘩はするけど自ら犯罪に手を染めるような人達じゃないよ。それはいつの時代であろうとも違うって断言できる。愚連隊とかアウトローとか、そういうのでは全然ない。側でずっと見て来た私が保証します」
-- 良かった!はい、ありがとうございます。
O「感謝された(笑)」
M「話題変えようっ。結局何を理由に、4人で始める事になったんですか?」
T「なんだろ、4人とも違う理由なんじゃない?」
M「へー。あ、でもその頃だともう出会ってるんじゃないですか?誠さんに」
言った瞬間繭子は片手で頬っぺたを叩いた。
あー、しまった、やってしまったー、という嘆息と表情で、ゆっくりと体を前に倒す。
伊澄はなんとも言えない顔で、真上に向かって煙草の煙を吐き出す。そしてフフッと笑って、「まあ、あいつとあの時会ってなかったら、確かにバンド組むのはもっと早かったかもしれねえな」と言った。それにより許されたような空気が生まれ、池脇が彼の後を引き継いだ。
R「そう考えると、むっちゃくちゃ前の事な気もするし、でも昨日の事のような気もするし。織江もそうだけど、そんな前からもう誠がいるって変な感じだよな。このバンドより長えってウソみたいだよな。何より全然年取らないからあいつだけ時間止まってんじゃねえかって思うよ」
T「何気にあいつも、俺らが荒くれてた時期を知ってる一人なんだよな」
S「知ってるっていうか、そもそもあいつも原因の一つだし」
R「あー!そうだよ、ここ2人(池脇と伊澄)酷い目にあったもんな俺ら」
S「(笑って頷く)」
R「でも言ってそのすぐ2年後ぐらいにはもう、繭子も来るからな」
O「あー、そうだねえ」
M「ふわー、そうだー」
S「早いな、時間ってのは」
T「そら年食うわけだよ」
不思議な光景だった。
こうして3人が並んで笑っている事の意味を考えると、儘ならない人生の困難や出会いがもたらす幸運などにも自然と思いが巡り、とても不思議な気分にさせられる。
彼らの親世代の出会いがまず最初にあり、そこから受け継がれた絆が、男達をデスラッシュメタルの雄となる運命へと導いたのだ。
彼ら4人が放つ光に吸い寄せられるように友や恋人達が集まり、ある者は志半ばで世を去り、またある者は新たにその輪へ加わる。
そこには人としての営みが悲しいまでに深く刻まれ、消え行き、また生まれた。
熱狂と絶望が永遠に回転する時間の川を泳いで、彼らは今目の前に座っているのだ。
「ごめんなさい」
と、小さな声で繭子が伊澄に向かってそう言った。伊澄はそれに気づいて繭子を見やり、何も言わずに小さく首を横に振った。
この日の事だった。このまま関誠の存在がなんとなく彼らの中でタブー視されて行くのだろうかと、一抹の寂しさを覚えていた私の気持ちを察してか、周囲に人のいないタイミングを見計らって、池脇が私に声を掛けてくれた。
「あんまし気を使わなくていいぞ、繭子もそうだけどな」
-- ただ、やはり多くを語れないというか、続かない話題を発してしまう怖さはあると言いますか。翔太郎さんも、嫌がる気配を見せない代わりに、やはり普段よりは口数が減るようですし。
「まあ、そりゃあね。ただ、誠が俺達にとってどうこうっていう気持ちよりも前に、単純に今は弱気になりたくねえっていうのがあるかな」
-- 弱気、ですか。
「考えても分からない事を口にして、不安になるのは御免だって事」
-- なるほど、よく分かりました。
この日以来、私は彼らの前で関誠の事を思い出す事はあっても、彼女の名前を口にする事はなくなった。いくら彼らの間でNGでないとは言え、新しい情報が何もない状態で話題に挙げても、寂しさしか残らない事はもはや明確だったからだ。
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