芥川繭子という理由

新開 水留

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35「愛情、いくつかの形」

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2016年、11月16日。


午前中からスタジオを訪れて、鋭意制作中の新作アルバムを中心に話を聞く予定。
練習前の1時間をいただいて、現時点での解禁前情報などを聞いていきたいと思う。
お酒に酔った繭子が深夜のカラオケ店で男性客に絡まれた事件から、11日後である。
あれからスタジオを訪れるのは初めてだ。
ドーンハンマーのアメリカ行きを聞いてから、3日に一度のペースで取材に訪れていた為か、なんとなく気まずい状態のまま顔を見せなくなった私の携帯に、昨晩繭子から連絡が入った。通い詰めて早くも8ヶ月になるが、これも初めての事だった。
次はいつ来れそう?
電話越しに聞く繭子の声に舞い上がった私は、本当は2日後を予定したいたのだが「明日行く」と即答し、おかげでキャンセル出来ない仕事を片付けるために徹夜したのだが、それはどうでもいい。


バイラル4スタジオ。玄関を入ってすぐの階段を上って、練習スタジオである2階に到達した時、メンバーの楽屋がある3階から降りて来た繭子と鉢合わせした。思わず「ああー!」と女子高生のような声を上げてしまい、お互いに照れた。繭子は私の顔を覗き込むなり顔の前で両手を合わせ、
「こないだは本当ごめん。それから、ありがとう」
と言った。ありがとうの意味はよく分からなかったが、おそらく繭子の事だ。会った瞬間こういうやりとりになるだろうとは予想していた。私は彼女の手を下ろして、あれは本来私が未然に防げた事態だから、こちらの責任でもあるのだと謝罪した。
「もー、そんなわけないじゃないよー」
と繭子は困ったような顔をして、私の両肩をぽんぽんと叩いた。
「本当にごめん。埋め合わするからね」
埋め合わせしなければいけないのはこちらのほうだ!と叫びたかったが、話が進展しない事は分かっていたので、ただにっこりと笑って頷くにとどめた。


-- 朝早くからすみません。
「全然大丈夫、そんなに早くないし」
午前8時50分だ。
-- まだ繭子しか来てないよ(笑)。
スタジオの応接セットには私と繭子の2人しかいない。しかしなんとなく、さっきまで人かいたような気配が残っている。テーブルの上に何枚かの書類と、飲み残しの入ったマグカップが3つあるからかもしれない。
「ううん。竜二さん以外皆いるよ。昨日泊ったんだよ、上に」
-- そうなんだ。一番遠い竜二さんだけ帰ったの?
「帰ったっていうか用事があったみたい。2日連続で上に泊って、昨日の晩出かけてったの。私と翔太郎さん達は昨日泊まり。大成さん達は今朝早く着替えに戻ったけど、もう戻ってると思う」
-- もう帰るのもしんどいんだね。
「うーん、やる事一杯あるから、勿体ない気がしちゃってね。帰っても、寝て、シャワー浴びてまた来るからさ。大成さんトコぐらい近いといいんだけど、私は基本的に送ってもらったりが多いから、迷惑だってのもあるし」
-- なるほど。翔太郎さんはじゃあ、まだ寝てるのかな?
「んー。かもしれないね」
-- 大成さんって以前、楽屋は物置だって言ってたけどな。
「あんまりこもってるの見た事ないけど、織江さんの楽屋もあるしね」
-- ああ、当然そうだよね。どうしよう、先に繭子とお話してようかな。
「してるじゃない」
-- いや、バンドの話。仕事の話だよ。
「そうだね(笑)」
-- 朝ごはん食べた? 一応差し入れ持ってきたけど。
「そういう所本当好き。さっきから視線がその袋にしか行かないもん」
-- あはは、露骨。大したものは入ってないけどね。おにぎりと、パンと、サンドイッチ。
「全部」
-- あはは、駄目だよ。繭子にはスイーツもあるよ。
「愛してる」
-- (笑)。今って、ニューアルバムの制作とマユーズの曲と、並行して作業を進めてるの?
「どっちかっていうとマユーズを先に仕上げたいんだよね。おまけだし、そこにあんまし時間かけてられないよね」
-- もう曲名や歌詞は繭子の書いたもので決定?
「うん。もうほぼ出来上がってるよ。歌メロもつけてもらって、あとはひたすら歌って自分の物にする作業を毎日。めちゃくちゃ格好良いから期待してて良いよ」
-- 早いねえ!ついこないだマユーズの話聞いた所なのに。
「仕事の出来る男達なので」
-- いや本当そうだよね、冗談ぽく言ってるけど。実際そうだもんね。
「うん。マジで言ってるよ」
-- じゃあ、あとはレコーディング?
「そう。同時にPVの撮影もやるから、今月中には完成させたいね」
-- あと2週間だ。忙しいねえ。
「なんとかなるよ。遊びだと思えばなんだって楽しい」
-- そうだね。ニューアルバムは3月に間に合うのかな。何曲ぐらい決定してるの?
「今、毎日そこをどうするかで悩んでるんだよね。曲目は割とスムーズだけど、曲順でね。いくつか候補があるじゃない。それを実際に演奏して、次の曲へ移る時の流れの違和感とか嵌り具合を模索してるというか」
-- 曲順は結構大事にしてるもんね。
「オーソドックスだけど、ライブでのパフォーマンスに直結してるからねえ。全部通してやらないまでも、飛ばす事はあっても順番が入れ替わる事はないからね、私達って」
-- うん。でもあなた達の曲って粒が際立ってるのが多いから、繋がりっていう事だけを考えるのは難しそう。
「あああ、うん、正しくそう。そこなの。今回は割とコンセプトというか、考えてる事はあるから決めやすいのかなあって思ってたんだけど、全然決まらない」
-- テーマがある?
「方向性みたいなものかなあ」
-- 様式美系のメロディアスなバンドだと、それこそ速い曲、遅い曲、とかで曲順組めるけど、ドーンハンマーは基本全曲速いもんね。
「うん。それでも翔太郎さんや大成さんにしてみたら、全部試して完璧な流れを作りたいっていう意識があるみたい。竜二さんにしても、具体的な歌詞の内容は言わないけど、この曲の後にこれだと気持ちが上手く乗らないとか、やっぱりあるみたいで」
-- ああ、分かるなあ。あの人達は絶対そうだよね。さっき繭子の言った考えてる事の方向性ってどういうものなの?
「ん。後で決まってる曲目のリスト見せてあげるよ。それ見て予想してみて」
-- へえ、面白いね。



嗅ぎ慣れた煙の臭いが鼻の奥をくすぐる。私が振り返ったのと、伊澄がスタジオに入って来るのはほぼ同時だった。良く見るグレーのカットソーの上に、ライダースを袖を通さず羽織っている。右手には煙草、左手にはスマホ。
-- おはようございます。
「びっくりした。おはよう。…ああ、こないだは悪かったな」
-- いえいえ。あ、翔太郎さんにも差し入れです。タバコ。
「嘘、また? そんな気ばっか使うなって。あんた仕事しに来てんだから」
-- (笑)、これぐらい普通ですよ。
「そんな事ないだろ」
-- 買ってこないと機嫌損ねる人もいますよ。
「っはは。ぶっ飛ばせそんな奴。あ、2個? じゃあ」
伊澄は尻ポケットから財布を取り出すと千円札を抜き取って差し出した。
-- いやいや、ですので、差し入れですから(笑)。
「何言ってんの。ダメだって」
-- ええー。でもこれ貰っても私また買ってきますよ。
「じゃあ丁度いいよ」
「貰っときなよ。絶対ひっこめないよ」と繭子もダメ押し。
-- 却って申し訳ないです。変なタイミングでお金使わせただけでしたね。
「いや、いいよ。織江の仕事が一つ減ったし」
-- なはは、そういう事でしたら。
「ありがと」
伊澄はそう言うと、羽織っていたライダースを脱いで繭子に差し出した。
私と伊澄のやりとりを楽しそうに見ていた繭子の目の色が変わる。
「…嘘ぉ!」
朝には似つかわしくない声量で繭子が叫び声を上げる。
私とビデオカメラに向かって一瞬ライダースを広げて見せ、そして自分の目の前でまじまじと見つめる。
-- アギオン!?
予想していたよりずっと大きな白文字で、肩幅一杯にペイントされている。
年季が入って掠れまくってはいるものの、却ってそれが味を出している。
「…うーわああー」
溜息交じりの繭子の声が、最後には震えに変わった。
「やるよそれ。着るなら」
「嘘!? うわ!」
-- これって例の、卒業式の時翔太郎さんが着てたやつですか?
「よく知ってんね」
-- まだ持ってたんですねえ。
「もうダメですよ!誰が何言ったって返さないですよ!」
「誰も何も言ってないだろ」
「あー、次のシャケ写これで撮ろうかなあ」
-- いいねえ。でも大きくない?
「関係ないよそんなのー」
「洗濯機で丸洗いして縮めといたから、繭子ならそんなに違和感ないと思う」
「えー!ありがとうございます。今年これウザいぐらい着ると思います。竜二さんと大成さんが怒って違うライダースくれるまで着ます」
「ははは!おお、たくましいなお前」
「誠さんが嫉妬してグレース(・コンチネンタル)くれるまで着る!一生着る!」
「まあまあまあ、…なんか怖いわお前、やっぱ返し」
「イヤです!」
-- 泣いてる(笑)。でもこれは嬉しいよねえ。
「ここ。ここらへんにきっと私の涙と鼻水とファンデーションが残ってるはず!」
「だから丸洗いしたって」
「残ってる!」
「怖い怖い」
-- 着てみなよ。
「ええ!そうだよねえ。着るよねえ。見るもんじゃないよねえ!」
立ち上がって袖を通す繭子は涙を流しながら笑っている。ただ憧れのバンドマンから服を貰ったとか、そんな可愛らしいエピソードとは訳が違うのだ。一見冗談みたいにはしゃいでいる繭子の笑顔が震えているのが分かって、私も伊澄も茶化せなくなってしまった。
「どうかなぁ。似合うかなぁ」
-- スッゴイ似合ってる。似合ってるよ。
「翔太郎さんは?」
「ん?ちょっと大きいけど、まあ、いいんじゃないか」
-- 背中のペイントもちゃんと見せてよ。
「どお!?」
繭子がくるっと回った隙に、私は急いで涙を拭き取った。
カシャ。
伊澄が繭子の背中をスマホで撮る。
「こっち向いてみ」
「あい」
カシャシャシャシャシャシャ!
「スゲー連射しちゃった」
まだ静けさの残るスタジオ内に繭子の明るい笑い声が響いた。




池脇と神波の到着を待つ間、伊澄と繭子にお話を伺った。
伊澄翔太郎(S)、芥川繭子(M)。

-- タイトルはもう決定しましたか?
S「ん、何の?」
-- ニューアルバムの方です。
S「タイトルはまだじゃないかな」
-- 曲目は割とスムーズに決まっていると先程繭子から聞きました。やはり先日お伺いした通り、大成さんの曲がそのままタイトル候補になっているんでしょうか。
S「そのつもりではいるけど、まだ決定はしてないかな。マユーズの方先作ったから、アルバム用の曲ってまだ揃ってないんだよ。今決まってってるのは既に作った曲だし、あと何曲かは書き下ろす予定。でも曲名をアルバムタイトルに持ってくるかは、正直どうかな、分からないな」
-- 今までもなかったですもんね。『NO OATH』が白紙になったんでしたら、タイトルは本当に未定なんでしょうね。ですが私の経験上、ソングライティングの早さも、ドーンハンマーが一番です。3月に出す事が決まっていて、今から書き下ろすとか普通言えないですよ。
S「よっぽど書けない奴か、異常に早い奴かだもんな」
-- そして異常に早い人達なわけですが。
S「一から作るか、骨組みだけある曲を膨らませるかで違ってくるけどな。でも曲を仕上げるスピードが速いのは大成じゃないかな。俺は自分のギターリフとか短いフレーズはよく浮かぶけどね」
-- 物凄い数のストックをお持ちなんですよね。
S「うん、まあ」
-- 傍から見れば、よくそんだけポンポンとリフが飛び出すもんだなって思うでしょうね。
S「これで一曲丸ごと浮かぶんなら最高だろうけど、部品だけボロボロと零れるように出てくるから始末が悪いよ」
M「ボロボロ零れるんだって」
-- ホゲー。
M「ホゲー(笑)」
S「なんだよ(笑)。それを言うなら大成も俺と同じで結構ストック持ってるよ。今のバンドの方向性になってからは6:4か7:3で俺の曲が多いんだけど、俺には書けないメロディをばんばん持ってくるし、クロウバー時代みたいにあいつ一択じゃないおかげでやっぱ溜まってくんだって。だから選択肢に困らないよな」
M「そうですね。でも所謂デスメタルとかブルータルっていう言葉が似合うのは大成さんですよね。最近のテクニカルなリフをメインにした音数の多い楽曲なんかは翔太郎さんが本当に天才的な切れ味ですけど、獰猛さのある突進力とかのイメージはもともとは大成さんが作りましたよね」
S「元クロウバーとは思えないよな」
M「綺麗な曲が多かったですもんね(笑)」
-- 速さの中でメロディが際立ちますよね、大成さんの曲は。一本の太いメロディに、翔太郎さんのギターと大成さんのベースが絡みつくように疾走する重たーい音像、というか。
S「それ」
M「上手い事言うねぇ」
-- ありがとうございます(笑)。そこはやはり棲み分けですか?それともお互いにない部分を補い合ってるのでしょうか。
S「得意不得意って程じゃないけど、好きな方を主にやってるんだと思うよ」
M「翔太郎さんが綺麗なメロディ書ける事は証明されましたもんね」
S「何? どれ?」
M「『END』ですよ!」
S「ああ、あのマグレ当たりみたいな奴な」
M「絶対違うし(笑)」
-- バンドが今の方向性になったのって、何かきっかけがあるんですか。以前のようメロデスのままでも実力は発揮できると思いますし、獲得できるファン層が厚いのも、どっちかと言えばデスラッシュよりはメロデス、もしくはメロスピやパワーメタルですよね。
M「あー」
S「んー。メロスピは音の軽いバンドっていうイメージがあるから嫌だ」
-- バンド名を伏せて頂いてありがとうございます(笑)。しかしバンドとしては、曲の構成や複雑さ、テクニカルな面で言えば確実にレベルアップしたと言って良いと思うんですけど、ウルテク満載のデスラッシュ側に寄っていった直接的な原因が知りたいです。ただテクニカルなだけでピンと来ないバンドもいるなかで、あくまで獰猛さや曲の良さを失わない奇跡的なバランスだと思います。好き嫌いだけではないですよね?
S「ざっくり言えば好き嫌いだろうな」
M「ざっくり言えばね、そうですね」
S「竜二のポテンシャルと、大成の作曲センスって実は別の方向性を向いてたんだよ、最初は」
-- へへー。これはまた興味深いお話ですね。
S「んー、これはでもあいつらが来てから話した方が間違いないと思うぞ」
-- そうかもしれませんね。
S「ちょっと俺上着取って来るわ」
M「すみません、寒いですよね。ごめんなさい、気づかなくて。私取って来ますよ」
S「なんで。いいよ」
M「いいですいいです、煙草吸っててください。楽屋ですよね。なんでもいいですか」
言いながら既に、繭子は立ち上がってスタジオを出て行こうとしている。
S「おう。ソファーに置いてあるから」
右手を上げて繭子が出て行った。
-- 面白いですね。嬉しくて仕方がないんですよきっと。
S「あー、はは。時枝さんギリギリアウトだからな」
-- 何がですか?…涙ですか!?セーフですよ!
S「そうかあ?…あ、誠から聞いたよ。あん時のビデオ見せたってな」
-- あー。はい。もうこれは、はい、弁解の余地なしです。申し訳ありませんでした。
S「なにが、なんで。別に見られて困るような嘘はついてないよ」
-- というより無許可だったので。ベラベラ喋っていい話でありませんから、ずっと気にはなってました。勝手してすみませんでした。
S「まあ、喜んでたし」
-- そりゃあ喜びますよ誰だって。
S「じゃなくて。時枝さんがね、物凄くいい人で良かったと。内容はさておいて、勝手にバンドを傷つけて出て行った私の為に毎日あの映像を持ち歩いてくれてたんだって思うと泣けてきたってさ。俺からも礼を言うよ、ありがとう」
-- いやいやいや。
S「あいつさ、突っ走るタイプなんだよ昔から。あいつの目を一度でもちゃんと見れば分かると思うけど、腹立つくらい強いからね。自分でこうと決めたら絶対その通りにしか動かない奴だから、だから、もしかしたら本当に戻ってこない事だってありえたんだよ。それでも時枝さんは、絶対あのビデオを消さなかっただろうって、そうやって言ってたよ。俺もそう思う」
-- あはは。…どうしたんですか突然。また泣かす気ですか。
伊澄は煙草の煙を真上に吐き出すと、ゆっくりとこう言った。
S「近いうち、あんたには全部話せる日が来ると思うよ」
-- …え?



「ドーン!」「ハンマー!」「朝からうるさいよ」「あははは!」
グルグルと高速回転する私の胸中をガシと掴んで無理やり止めたのが、池脇達の登場であった。私はなんとか視線を伊澄からひっぺがし、立ち上がって挨拶を口にする。しかし次の瞬間にはまた伊澄に視線を走らせていた。彼は普段通りの表情で煙草を吸っている。
「遅れてごめんね、お待ちどう様」
ハンマー、と軽快な叫び声を上げて入って来た伊藤は、私達を見て明るい笑顔でそう言った。
-- 全然平気です。朝からテンション高いですね。何か良い事ありましたか?
「ベスト盤発売決定しましたー!」
-- おおお!決定ですか!しかしまた仕事増えましたねえ。
「もう、今が既に馬車馬状態なんだけどね!でもまあ、ベスト盤は正直美味しいよね」
-- 織江さん、正直すぎますって(笑)。
「繭子は?」
とスタジオ内を見まわして神波が言う。
-- ええーっと。
「上」と伊澄。
「まだ寝てる? もう始めてた?」
「遅いもんお前ら」
伊澄の苦笑いに、
「悪い悪い、さて、今日は何をお話しましょうかねえ!」
と、池脇が首を回しながらボルテージの上がった声で言う。
-- めっちゃ声がデカイ(笑)。ええと、先ほどまでニューアルバムについてお伺いしていたのですが、途中でバンドが今の方向性となった転機を聞かせていただいてたんです。
「方向性!?」
「うるさい(笑)」
隣に腰を落とした池脇の声に、伊澄が反対側へ体を倒した。そこへ伊澄の楽屋から繭子が戻り、全員が顔を揃えた。



池脇(R)、伊澄(S)、神波(T)、繭子(M)、伊藤(O)。

「翔太郎さん、上着ってこれですか? あ、おはようございます(池脇達に頭を下げる)」
-- 全員揃いましたね(笑)。
戻って来た繭子が手にしていたのは、これも黒のライダースだった。
S「ああ、それ」
M「こーれ、ずるいですよー!」
そう言って繭子は皆に見えるようにライダースを広げて見せた。背中には『MADUSE』のペイント。
T「あ、いいなあ」
R「翔太郎の?」
S「おん」」
R「へえ、俺のもやってくれよ」
S「良いよ、ペンキ代くれるなら」
R「ケチくせえなあ」
S「そこらへんに落ちてるわけじゃねえんだからさ」
T「金払うからついでに俺のもやって」
S「お前らなあ、3人そろってアレにしたらバンド名変わるだろうが」
R「あははは!確かに!」
T「でもお前、昔からああいうの上手いよなあ」
S「そうかあ?」
O「あれ? 繭子向こう向いて」
M「へっへっへっへー」
伊澄の革ジャンを持ったまま、繭子がその場でゆっくり一回転する。ペイントされたアギオンの文字がお目見えすると、他のメンバーから歓声が上がる。
R「おお!懐かしい」
T「へえ、よくあったな。骨董品じゃない、あんなの」
O「翔太郎のだよね。繭子にあげちゃったの?」
S「そう。こないだ久々にアレの話になって、探したら出てきた。俺はもう着ないし、欲しいんだろうなと思って」
O「優しいー。いいなぁ、私も欲しかったなあ」
S「あ、そう? 繭子ー」
M「ダメです!これあげます」
S「おい」
繭子が伊藤に向かって突き出したライダースジャケットのペイントは、まだ新しいように見えた。
-- マッドユーズ、ですか?
R「おしいねえ」
S「リディア・ブラントになった気持ちで言ってみな」
-- ワオ。えー、マッ・ユーッ!…あ!マユーズですか!?
M「正解!」


-- それでは改めまして。曲作りに関してですが、敢えてどちらかと言うなれば、大成さんはやはりメロディアスな曲を書かれる事が多いという話を、これまでにも何度かお伺いしていますよね。
T「まあ、メロディアスな曲を、とか。普段からそういうのを書こうと思ってるわけじゃないんだけどね。俺は翔太郎みたいにリフ主体で曲を書く事が出来ないし。例えば俺の場合、良いなって思いつくフレーズって大体サビなんだよね」
-- でも普通はそうですよね。翔太郎さんはギタリストならではの手法と言いますか。
T「そうかもね。でも手法って言い方だと、そんなに変わらないんだけどね」
-- そうなんですか?
T「例えば、ダーラタタター、ダタター、ダ、ダッタッタ、っていうメロディを思いついたとするじゃない」
-- 『nasty kings road』!
T「早い早い!イントロクイズじゃないよ」
(一同、笑)
-- すみません、つい。
T「(笑)、俺の場合だと今言ったメロディがそのままの音数で、頭の中で鳴るわけ。うん、サビの部分がね。でも翔太郎が思いつくのってサビじゃなくてイントロなりサビのバックに鳴ってるギターリフなんだよ。しかもめちゃくちゃ細かいカッティングを高速で弾いてるリフが初めにポーンと出るわけ」
-- …ほえー。
M「ほえー(笑)」
T「なんだよ(笑)。結局、思いついたそこを膨らませて1曲作るっていうやり方は2人共同じだから、手法としてはそんな変わらないんだよね」
-- なるほど。
S「同じメロディを思いついたとしても、大成はサビのフレーズ、俺はリフを思いついたっていう発想になるんだよ」
-- ですがその場合、翔太郎さんの曲はどなたがサビを考えているんですか?
S「サビがない曲も多いよな」
R「ギターリフがサビ代わりと言うか」
S「そうそう、こいつ(池脇)の歌が引き金になって4人の突進を一番良い場面に持って来るとか」
-- ああー、なるほど。ありますね、そういう曲!
S「サビが必要な場合だと、多分竜二が歌メロ考える時に作ってるよな」
R「ああ」
-- 翔太郎さんの頭の中でご自分のギターリフが鳴り響いている場合は、やはりテクニカルなメタルソングが出来上るわけですか?
S「俺の作る曲が全部テクニカルで速い曲かっていう意味ならノーかな。でも最近は確かにその傾向が強いかな。…下手したら、絶対誰もついてこれないぜ!ぐらいの気持ちで書くんだけど」
R「(笑)」
T「こっちはこっちで、そうそう逃がさないぞ、と」
S「いやー、やっぱ皆上手いわーってなるよ、大概」
-- 分かり易いのが『BATLLES』ですよね。めちゃくちゃ弾いてますよね。
S「そうだなあ。ただあんまり、なんだろう、自分が猛烈に弾きまくる事に重点を置くと、そこまで疾走感のある曲にならない気がするんだよな」
M「そんなことないです(笑)」
R「いやーもう、あれ以上だとちょっと歌うのもきっついぞお前」
T「まあ、あれが限界だよな」
S「逆に大成の書く曲はピッチコントロールとか変拍子とかでアピールしない、正統派な格好良さがあるから、俺も勢いは出しやすい」
R「あと歌い易い」
S「フフン」
-- ではなぜ、4枚目以降の作品では、今のようなテクニカルな構築が目立つ曲の割合が増えるようになったのでしょうか。メロデスというよりは、デスラッシュというワードがしっくりくるぐらい、複雑で速くて重たいリフの怒涛な波状攻撃ですよね。メロディを際立たせる事より、これでもかと音数を詰め込んでアグレッシブな演奏で畳みかける事に情熱を感じているように思われます。
S「うん」
T「それは単純に上手くなったからじゃない?個人でやれる事も増えたし、仮に俺が考えたフレーズでも、例えば今の繭子ならもっと手数足数増やせるよな、とか」
-- なるほど。
S「あとはやっぱり、竜二と大成の関係性が、クロウバーを超えたって事だよな」
R「ああ、そこは大きいな」
T「それ確かに、あるね」
-- 先程翔太郎さんが仰りかけていた事ですか?
S「そうそう。例えばボーカルが繭子なら、多分大成の書く曲7割で行ったと思うんだよ。若い時の竜二や、今の繭子なら大成の書く曲の方が格好良く歌えると思うんだけど、元々この2人がバンド組んでとりあえずはやりたい事やったっていう実感の上で、更に先を目指そうっていう話をした時、クロウバーみたいな曲と音では、やる意味がないだろう?」
-- そうですね。
S「前もちょっと言ったけど、竜二って2つ良い所があって、声がデカイのと、歌メロ作るのがとにかく上手いんだよ。そこを両方とも引っ張り上げるってなると、もっと複雑な曲書いた方が面白いんじゃないかって」
R「あと結局大成が今まで通りクサメロな曲を書いたとしても、この男がメタクソに弾きまくるせいで印象大分変るからな」
S「お前もうちょっと上品に褒められないか?」
T「あははは。いや、うん、実際そうだよ。翔太郎が弾いてくれるおかげで、極端に分かり易い例えをするならクロウバーの曲ですらデスラッシュに仕上げる力技っていうかね、そういう事が出来る男だよな」
S「ホントの事言えばそっちの方が面白いよ。ドS魂が疼くっていうか」
T「めちゃくちゃにしてやりたい、と」
-- (笑)。
S「うん。どっちが曲書いたって、結局演奏する人間はこの4人だし、4人の音に仕上げるからな。今の4人が出す音っていうと、さっき大成が言ったみたいにやれる事も増えたってのもあって、単純なメロデスには収まりきらない感じになるよな」
-- メロデスを単純と言ってしまえる凄さ(笑)。
T「あとは竜二の歌い方も進化したよね。歌唱力自体は昔からあるし声量も申し分なかったけど、歌いまくってきた分今の方が歌メロも複雑に作れるし、デスボイスに説得力が乗っかった気がする。単に好きでやってる奴らやそれしか出来ない歌の下手な奴らとは違った、レンジの広さとかね」
S「たまに挟んで来るクリーン(ボイス)が良い味出してるよな。そもそもデスボイスと言いながらも一応ちゃんと歌ってるし」
T「うん。ギリギリね」
S「っははは」
R「うん。ありがてえ」
-- 仲間の援護射撃は励みになりますね。
R「繭子が全然喋んないけどな」
-- 繭子?
M「ごめん、3人に見とれてた」
(一同、笑)
-- うまい事言うなあ。今で何曲くらい、決定したんですか?
R「まだ半分くらいじゃねえの?」
-- 曲順はまだ模索中であると。
R「そこはもうギリギリでもいいかもしれねえな。ちょっと分からなくなってきた(笑)。まだ新曲も増えるだろうし」
-- そのようですね。
M「あ、これがさっき言った今決まってるリスト」
-- 拝見します。


『 NO OATH 』
『 MADUSE YOU 』
『 BATTLES 』
『 UNBREAKABLE FRONTLINE 』
『 GONE BY 』
『 REMIND ALL! 』


-- (黙る)
M「なんで何にも言わないの?」
-- さっき繭子が言った事をね、読み解こうと思って。
M「なんだっけ?」
-- コンセプト。 全曲ではないので適当な事言えないですけど、ちょっと震えがくるぐらい意志のハッキリとしたタイトルが並んでますよね。全部シングルカット出来そうな匂いがします。
R「おお。嬉しいねえ」
-- 本当にこの6曲は凄そうですね、どれも。
M「どれが一番聴いてみたい?」
-- 『 GONE BY 』。
M「即答した(笑)」
-- こんなタイトル卑怯ですもん。絶対竜二さん絶叫してるだろうなー。
R「すげえな。伊達に10年この業界で飯食ってねえよ」
-- 合ってました? いやいや、正直ほかのバンドならタイトルだけで曲のイメージなんて浮かびませんよ。ドーンハンマーだからです。ちなみに今回も9曲前後に抑えるんですか?
R「数に拘りなんてねえけど、そういうわけにもいかねえだろうなあ。向こうで正式に出す一発目だし。ちょっとは色気出しとかねえと、引き出しねえのかと思われるのも癪だしな」
S「あと難しいのがさ。これぞドーンハンマーっていうアルバムでありながら、飽きさせない新鮮味のある曲を並べないと期待を上回れないだろうなってのもあるし」
R「起承転結って程分かりやすくなくてもいいから、アルバムを通して聞く意味とか、流れもちゃんと作りたいよな」
-- 本来色々出来るバンドなだけに、同じ側面からしか見られないのは損である、と。
R「そこで駆け引きをする理由なんてほんとはねえんだけどな。勝手に考えちまって」
-- 難しい問題ですよね。
T「時枝さんはどう思う?」
-- 私ですかあ。私個人の思いはもちろんあるんですけど、今回皆さんの中では、アメリカ進出とは別の部分で、込めたい思いなんていうのはないんですか?実際に全ての曲を聞いていない私が言うのはおかしいですけど、(曲の)タイトルだけ見る限り、これなんかあるなって思っちゃったんです。
M「コンセプトの中に?」
-- 中にというか。これまでドーンハンマーのアルバムって、歌詞や、それこそメタルにありがちなコンセプトや世界観を脇へ追いやってでも、演奏する側本位の、究極の格好良さを追求して来られた作品でしたよね。だけど前回あたりから、曲に意味が生まれ始めて、ここ最近さらに思いの篭った歌が誕生しています。『END』がそうです。それらを経て新たに制作されるアルバムの収録曲を眺めていると、何にもないわけないなって思っちゃったんです。
S「なるほどね。言ってる意味は分かるよ」
-- ですがその事とアメリカ進出は、私には関係ない事のような気もしていて。単純にアメリカ進出だけに焦点を絞って考えるなら、私はドーンハンマーは誰にも媚びて欲しくないし、絶対にそんなことをしないあなた方がそう誤解を受けるような真似もしてほしくないです。なので、いつも通りやりたい曲だけやってほしいです。その結果5曲しか入れない、出さないというならそれはそれで格好良いと私は絶賛します。
S「…うん」
-- ただ。
M「ただ?」
-- これは精神論です。青臭い理想論です。なので、これは正解ではありません。もっとその先を見据えておられる竜二さんや翔太郎さんの悩みこそが正解なので、私はそこを問題には思いません。結局、ドーンハンマーはなにやっても格好いいですから。
M「何が問題なの?」
-- アルバムの方向性の話をする時に、アメリカ進出以外に対する思いも込められている気がしたのですが、そこが引っ掛かります。
M「それって、『MADUSE YOU』の事言ってる?もしそうなら違うよ。これ私が考えたタイトルだし」
-- そうなの?
M「うん。…あ、私の昔の事とか関係してると思って?」
-- そこまで直接的なテーマが込められているとは思ってないんだけど、今並行してマユーズで繭子をボーカルに置いた曲を制作しているのを知っているから、影響は少なからずあるんじゃないかと思ったんだけど、短絡的過ぎたかな。
M「誰か一人に焦点を当てて曲を作ったりなんかしないよ」
-- そうかあ。そうだよねえ。
R「時枝さんを庇うわけじゃねえけど、そう言いたい気持ちは分かるよ。ただ、そういうシルエットのはっきりした思いやテーマはないかもしれないけど、それって多分曲作りじゃなくてプレイする時の感情に大きく影響する事なんじゃねえかな。歌詞を書いてるのは全部俺だけど、自分の曲だとは思ってないからね。普遍性を持たせようとは思わないけど、独りよがりの曲に仕上げたいとも思ったことはないな。それは、『aeon』ですらそうだよ」
-- なるほど。失礼いたしました。
R「いやいや、言ってる事は分かるよ」
T「謝る事じゃないよね。タイトルだけでそこまでバンドの事考えられるライターさんはそういないよ」
M「うんうん」
S「鋭いトコ突いてくるなあと思うよ実際。俺に限って言えばだけど、俺のリフは誰かを思う感情の起伏によって出てくるものだし、いわゆる作曲マニュアルみたいなものは知らないからな。そういう意味では、繭子を思って書いた曲もどこかにあると思うよ」
-- どの曲ですか?
M「ひょっとしてあれじゃないですか。『ファンタスティック・プリティ・ストロベリー』」
S「くっそダセえな!ちょっと歌ってみてくれよ」
(一同、笑)
M「じゃあ、あれだ。『ヨーロピアン・サンダー・アイスクリーム』」
S「お前自分をどう見られたいんだよ。なんだヨーロピアンて」
M「あはは、アイスクリームはいいんだ。じゃあ書いてくださいよ」
S「アイスクリームを!? 絶対嫌だ」
-- 繭子はどの曲がそうなのか、知ってるの?
M「知らないよ(笑)。今初めて聞いたもん」
S「それはでも繭子に限らず皆そうだよ。竜二や大成を見てたって、何かしら思う感情でリフが出てくるからな」
T「まあ、何もない所から出てくるものなんてないよな」
S「そういう事」
-- 翔太郎さんの弾き飛ばすギターリフは、 感情がスパークする瞬間放たれる魂の雷鳴である、と。
S「…採用!」
M「今、私のサンダー取ったよね?」
S「私のサンダー(笑)」
(一同、笑)



貴重な練習時間のお邪魔にならないよう短めにインタビューを切り上げ、お手洗いを借りて出て来た私は、会議室から姿を現した伊藤織江を見つけて呼び止めた。
-- お疲れさまです。
「ああ、お疲れ様。もう終わり?」
-- 一旦社に戻って、業務を済ませた後夕方以降にまた寄せていただこうかと。
「そ。気を付けて戻ってね」
-- ありがとうございます。それでですね、このお金、織江さんにお渡ししても良いでしょうか。
「何のお金?何かのお釣り?」
-- 私今日差し入れで煙草買って来たんですけど、お金頂いちゃったんですよね。1000円。織江さんの仕事が一つ減ったから良かったよなんて仰ってたので、私としては織江さんにお渡しするのが良いかなあと。内緒ですよ。
「うん? 話が見えないな。ごめんね、なんで今私の名前が出たの?」
-- ええっと。翔太郎さんの、煙草代です。
「うん」
-- えと、…普段翔太郎さんの煙草を買って来られたり、されてるんですよね?
「私が?…仕事で?…翔太郎がそう言ったの?」
-- はい。
「へえ。まあ、貰っておく分には全然困らないけどね。たまに何かのついでに買って来る事もあるし。だけどあの人はそういう事を誰かに押し付けたりするような真似はしないよ。友達だからね、それこそ何かの拍子についでを頼まれることはあるけど、織江の仕事だー、なんて言われた事今まで一度もないよ。きっとまた担がれたんだね」
-- ええええ。織江さんもお優しい方だから、きっと仕事とも思わずそういうルーティンをさりげなくこなしていらっしゃるんだろうなあって、普通に信じちゃいましたよ。
「買い被り過ぎだよ。そもそも彼は自分で大量にカートン買いしてストック持ってるからね。煙草もお酒も切らさないよ。だから直接手渡すよりも、そういう場所にシレっと置いといたげる方が助かるんじゃないかな。値上がりもしてるしねえ。…って別にそんな事する理由はないんだけど(笑)」
-- どこにストックされてるんですか?
「んーとねえ。楽屋前のカラーボックスと、玄関の靴箱の上と、ここの(会議室)入ってすぐ横の灰皿置き場と、PA室の冷蔵庫の上」
-- あははは、多い。さすがですね、全部把握されてるんですね。じゃあ、私は玄関に置いておきますね。
「ごめんね。いつもありがとう」
-- いえいえ。
その後、スタジオを出た瞬間私は混乱した。
果たして私を担いだのは、伊澄翔太郎なのか、伊藤織江なのか?どちらにせよ、2人ともありえない程誠実で優しい人間なのは間違いない。結局貰った千円札は、私の財布に入ったままだ。




バイラル4の会議室を、仕事で使わせていただく事が出来るようになった。もちろん彼らが使用していない時間に限るし、決まった時間というわけではないのだが、自分のPCを持ち込んでビデオの映像を取り込んだり、記事を書く事が出来るようになったのはかなり効率的だ。その日も、夜10時を回った頃まで編集作業に使わせていただいた。
ドアがノックされて、伊澄が顔を覗かせる。
「お疲れ。帰るけど、送ってこうか」
-- お疲れ様です。大丈夫です、いつものタクシー呼んでありますから。あ、もう10時回ってたんですね。すみません、部外者がこんな時間まで部屋を独占しちゃって。
「それは全然かまわないけど」
伊澄は笑ってそういうと、片づけを始めた私を待つかのように、入口脇の喫煙スペースに立って煙草に火をつけた。
-- 翔太郎さんて、よく分からないですけど、格好良いですよね。
「うん、よく言われる」
-- ははは。そこは普通照れて咽かえるタイミングだと思いますよ。
「へえ、よく分からないらしいよ、俺。皆、阿呆なんだろうな」
-- 直球でディスられましたね、今(笑)。なんというか、そもそもあまり恋愛とかに興味なさそうですものね。そういう恋愛にうつつを抜かしてる輩を冷ややかに見ていそうな感じがします。だけど、異性に対する格好良さとか見せ方に頓着しない自然体が、女性に好かれる理由な気もします。
「他人に興味はないから恋愛に夢中な人見ても特になんとも思わないけど、確かに俺自身はそこを真面目に考えた事はないかな」
-- 恋愛に興味のない翔太郎さんが、誠さんに対しては一生こいつでいいんだと捧げる気持ちになられたのには、やはりそれだけの何かがあったという事なのでしょうか。
「無いわけないよな。そんなもんはな」
-- あはは、愚問でしたね。大恋愛だ。
「ん?ああ、そういう話。そういうのは、ちょっと分からないな」
-- 分からないって、どういう意味ですか。
「俺と誠の間にある物が恋愛で培ったものかどうかなんて、考えた事ないよ」
-- いやいや、だって。恋愛感情以外に何があるんですか。
「愛情はあるよ。でも恋愛かどうかなんて分からないよ」
-- 何を仰ってるんですか。
「時枝さんは恋愛してるの?」
-- してますよ。
「その愛情と繭子に対する愛情は何が違うの」
-- え。だって繭子は女性じゃないですか。ゲイやレズビアンを否定はしませんが、私はノーマルなので女性に恋愛感情は抱きません。
「うん?うん。それは恋愛と愛情の違いについての説明にはなってないよな」
-- え、なってますよね。
「どういうのを恋愛感情だって言ってんの?」
-- 愛おしくて、その人を幸せにしたいと思う気持ちです。
「あはは、それは嘘だよ」
-- ええ!? どうしてですか。
「それで良いなら、俺は繭子にもそう思ってるし、世話になった時間が長い分当然、織江にだって心からそう思ってるよ。竜二や大成にも、そう思ってる」
-- これは困ったぞ。えーっと、じゃあ、誠さんの事お好きですよね。
「そうですね」
-- 繭子の事もお好きですよね。
「そうですね」
-- URGAさんの事もお好きですよね。
「そうですね」
-- その3人が崖の側に立ってるとします。突風が吹いてよろめきました。その場にいる翔太郎さんは誰の手を握りますか?
「…それが恋愛?」
-- 駄目ですか。いい線行ったと思ったんですけど。
「一番近くにいる人間から順番に全員」
-- そんなの不可能じゃないですか。
「なんで」
-- そんな事してたら2番目、3番目の人は落下しちゃいますよ。
「それは今時枝さんが決めたからそうなんだろ。俺は別に一番最後の人間の下敷きになっても構わないよ。誠だけ助けて繭子を助けないなんて事はありえない」
-- ちょっと待ってちょっと待って、待って下さい。整理させて下さいね。翔太郎さんは、恋愛が何か分からなくてこんな質問をされているんですか?それとも分かった上で、恋愛とその他の愛情についての違いを説明してみろと、仰ってるんですか。
「…それ同じ事言ってない?」
-- ええっと、混乱してきました。
「そんな事言い出したらさ。今時枝さんが恋愛してる人と、あんたの父親と母親と、誰が一番大事って質問して最下位の人にあなたは駄目でしたーっていうハンコ押すだけのランク付けだろ。それで恋愛が何かって説明出来た事になるんなら俺は恋愛したことないよ」
-- 確かにそうですね。無意味ですよね。…えー、なんだろう。なんで説明出来ないんだろ。
「『恋愛感情というもの』があるっていうスタンスで話をするからなんじゃないの」
-- では、そもそも恋愛感情などと言うものは幻想である、と。
「どう思う?」
-- よく、わかりません。
「うん、よく言われる。皆、阿保なんだろうな」
-- …え!? 今私、盛大に揶揄われてました?
「あはは。タクシー遅いな」



後日、完成した『still singing this!』のPVを、制作に関わった人間全員で鑑賞した日。バイラル4スタジオから帰るタクシーの中で、途中まで同乗する事になった繭子に先日の伊澄との会話を聞かせてみた。
「恋バナ? 翔太郎さんと?」
-- どう思う?
「そういう難しい話を翔太郎さんとすること自体が間違ってるよ」
-- そうかあ。これはやっぱりはぐらかされてるという事なのかなあ。
「そうだね。まあ、照れもあるだろうし。本当にそこには目を向けて生きてこなかった人だと思うから、知ったような事を言いたくないんだと思うよ。もちろん、私もそうだし」
-- 側にさ、織江さんや誠さんや繭子みたいな美人が一極集中するとさあ、麻痺しちゃうのかなあって思った時もあるんだけど、何故かあの3人からは浮ついた気配が感じられないんだよね。三者三様でさ、翔太郎さんなんかは特におモテになるから、バンドの一つの側面として面白い描き方が出来るかなあって、期待した部分も正直あったの。
「ええ?」
-- うん、繭子が嫌がるのはもう知ってるし、そもそも私がそういう記事を書けないのもあるんけど、人物像を捉える一つの方法として、バンドマン以外の顔っていうのも私は大事だって思ってるからさ。
「ああ、例えば女ったらし。所帯持ち。一匹狼、みたいな」
-- 例えばね。極端なレッテルを貼ろうとすればそうだよね。
「でも女をたらしもしなければ、所帯持ってるくせにそんな気配微塵にも感じさせなかったり、仲間思いの優しい狼だったり」
-- そうなんだよ。あはは、そうなんだよねえ。でもさ、翔太郎さんの事を皆好きになるのは分かって来たんだけど、肝心の翔太郎さんが今一つ掴み所がないというかね。優しいのは分かるし、天才だし、努力家だし、なんか気がついたら見ちゃうし。それに、誠さんっていう超絶美人モデルがぴったりくっついてるのに、どこか隙だらけだし。
「ようこそ翔太郎ワールドへ(笑)」
-- あははは。
「でも掴み所がないのは昔からそうだよ。怒ると一番怖いんだけど、普段はひたっすら皆に優しいし。でもやっぱり、この人は天性のモテ男だなって、私出会ってすぐ分かったよ」
-- そうなの!? すごいね。
「だってあんなに綺麗で可愛い誠さんが15歳の時から側にいるのによ。全然デレデレしないんだよ。めっちゃ涼しい顔して、いっつも余裕なの。私思ったのがさ、なんかさ、恋愛とかそういう部分では絶対に満たされない人なんじゃないかって感じたの。そういう人って絶対モテるしさ。ああ、これはきっと、この人を本気で好きになったら、私は駄目になるって悟った」
-- あはは!すっごい話だねそれ。やっぱりガールズトークは繭子としないとね。
「なんだよそれ。バカにしてんのかぁ?」
-- そんなわけないよ。あー、でもそうか、やっぱりそうだね。繭子もそうだったんだね。前にね、織江さんが言ってたの。翔太郎さんの事を皆一度は好きになるんだって。織江さんもノイさんも、カオリさんていう人も、時枝さんもそうでしょ?とか言われて。
「そうなんだ。実際どう?」
-- うん。分かるよ、正直。
「あはは、そうだよね。私も出会った時10代でしょ。負けないくらいにカッコいい男達が他に3人もいたから夢中にならずに済んだけど。でも一瞬変な気にはなるよね。だけどさっきも言ったみたいに、底が見えない程深いというか、絶対に一杯にはならない水瓶みたいな人だから。それでも、私はきっとそこに自分の持ってる水をせっせと注ぎ込むような付き合い方しちゃうだろうなって、直観して。きっと干からびてヨボヨボになってもこの人を満たす事は出来ないって思っちゃった。それはなんでかって言うと、私もきっと同じような人間だからなんだよね」
-- 繭子も、恋愛には興味ないんだね。
「んー、ない事はないよ。人を好きになる気持ち自体は、素敵なぬくもりなんだって分かってるし、翔太郎さんだってそこを理解してないわけじゃないと思うよ。だけど…」
-- 満たされない?
「うん。…こんな言い方すると卑怯だけどさ、翔太郎さんて一生誠さんだけ愛し続けられる人だけど、同時に何人でも愛せる人だと思うの」
-- うわあ、どうしよう、凄い共感してしまった。
「なんでどうしようなの?」
-- だって失礼じゃない?
「私この話本人にしたことあるよ」
-- ワオ!
「卑怯だって言ったのは今この場にいないのに誠さんの名前出しまくってることね」
-- なるほど。それ言った時の翔太郎さんどんな反応だったの?
「別に怒られなかったよ。『そうなのかな』ってう表情で色々思い出してた」
-- うふふふ。あははは。
「多分人と違うのはさ。そこで自分の性的欲求を優先するとか、独占欲とか自己満足とかさ、男としての最低な衝動を抱えていないっていう所だと思うの。別に死ぬまで一人で構わないって思ってるから、来る物は拒まず、去る者は追わず」
-- 自分には音楽しかないって、言ってた。
「私もそうだよ。だから逆に竜二さんや大成さんが、誰かいい人を見つけて幸せになることが私の夢でもあったし、2人は実際それが出来た人だから、本当に尊敬してる。自分にきっとそういう未来はないと思ってるからね。別に自虐的な話じゃないよ。そこに何も強い思い入れがないだけであってね」
-- それは、なんというか、男性に対して希望を抱けないとか。
「ううん、そういうんじゃないよ。バンドが一番大事って話。誰かと結婚して、子供産んで、育ててっていう方向で自分の未来を描くより、世界中であの3人の後ろに座ってドラム叩く未来をずっと思い描いていたいだけ」
-- 誠さんや織江さんを羨ましいと思った事はないの?
「どういう意味? 恋愛の話をしてるんなら、ないよ」
-- そうかあ。
「逆はあるかもしれないね。繭子のポジション美味しいよなあ、いつもイイコイイコしてもらいやがってよお。チヤホヤされてんじゃねえぞ。…なんてね」
-- それはないと思うなあ。
「分かってるよ。冗談言ってみただけ」
-- だけど私はただの凡人だから思うのはさ、私だったらヤキモチくらい焼くだろうなって。織江さんも誠さんも自分に自信があると思うし、相手を信じられる人だと思うけど、私は普通に、裏でチューとかしてんじゃないのか!て思っちゃうだろうねえ。
「うははは!…来たぁ、今、お腹ん中ズボって入ったぁ。あははは!」
-- 笑いすぎだよ。運転手さん見てるから。
「ごめん。…チュー!」
-- そこでそんだけ大笑い出来る子だっていうのをあの2人は理解してるだろうし、まあ、大丈夫なんだろうね。
「どうする? チュッチュしちゃってるかもしれないぞ?」
-- だから笑い過ぎだって。あのさあ、聞いてもいいかな。
「さっきから聞いてるじゃない」
-- うん。さっき割と最初の方に繭子が言った、翔太郎さんが恋愛に目を向けて生きてこなかったっていう話は、やっぱり彼らが辛い子供時代を送った過去の話を言ってるの?
「うん」
-- 私やっぱりずっとそこを引き摺ってるんだよね。話の核心に触れないまま断片だけで色々想像しちゃってる悪い癖があってさ。今日も上山さんが泣いたのを見て衝撃を受けたの。どっちかって言うとバイラル4の中では現代感覚の強い人だと思って見てたからさ。あんなに熱い人だと思ってなかったかもしれない。
「ん?冷めた人に見えてたってこと?」
-- 冷めてるかどうかは分からないけど、お洒落だし、ああ見えて気さくでユーモラスだし、チャーミングでしょ。楽しんで仕事してるというか、いい意味で仕事とプライベートのバランス感覚に優れたスタッフさんだなって思ってたの。私のとこはそうでもないけど、割と出版業界ってそういう人多いからさ、どこかで親近感を持って接してた部分があったの。
「ふんふん、なるほど」
-- でも私が思ってるような人じゃなかった。いや、どうなのかな。もっと深い部分の話なのかもしれないね。でもあんなに全身全霊を掛けてドーンハンマーに体張ってるとは知らなかった。
「付き合い長いしねえ、皆」
-- そうだねえ。なにか、ただの好き嫌いとか、相性とか、先輩後輩とか、そういう分かりやすい部分にはない理由が、きっと彼らの過去に関係しているんだろうなって、それはなんとなく、思う。
「そこらへんの話は私の口からは言えないけどさ、テツさんの事で言えば、一度聞いた事があるのはね。あの人たちは強すぎるって言うの」
-- どういう?
「うん。私もどういう意味ですかって聞いたらね。普通に、喧嘩がって言うの。ちょっと笑っちゃったんだけどさ」
-- (笑)。男の子同士はほんとうそういう話大好きだけどね、女の子はちょっとそれ聞いたって笑うよね。なんだよ喧嘩が強いってって思うよね。ね。そもそも殴り合いの喧嘩なんかしてほしくないんですけど、って。
「うん。男はきっと気付いてないけどね。私もそれ聞いて、へえーくらいしか言わないんだけど、テツさんがね、だから本当体張ったもん俺って言うの。それ矛盾してない?って思って。そんだけ強い強い言うならテツさん出る幕ないでしょって」
-- うん、確かに。
「逆だったんだって。強すぎてすぐ相手を壊すから一発で後ろに手が回るレベルだって言うの。コエー!って叫んだもん」
-- 引くわー。
「あははは!私はその4人の側にいるからさ、うわ、怖え!って思って。テツさんと皆が知り合ったのって年齢的には高1と高3なんだけど、当時はテツさんが地元でブイブイ言わせてた感じだったらしいの。イケイケって言うの?よく分からないけど。ヤンキーか、そうだヤンキーだ」
-- うん。なんとなく分かるね。
「ちょっと庄内さんもそうだよね」
-- っはは!そうらしいよ。
「でさ、テツさんが高校に入学した時4人の噂を耳にしたんだって。これ私聞いた話だからね、私の話じゃないからね」
-- 分かってるよ。でも繭子、なんだかんだ言って楽しそうに喋るね。皆の話するの好きなんだよね。
「好き。喋って良いなら全部喋りたいもん。それでさ、テツさんも気になったらしいの、どんなもんじゃいと。そしたらちょっと見た事ないくらいおっかない4人がいたわけ」
-- それは何が?
「知らない。そう言ってたのを今再現してるだけだから」
-- 適当だなー。
「(笑)。でもね、よーく見たら一人だけ勝てそうなやつがいるな、と」
-- ほう!? 誰よ。
「大成さんだって」
-- えええ、嘘でしょー?絶対超強いよあの人。
「あははは!ノッテきたノッテきた」
-- 見る目ないなあ。そこは流れ的に翔太郎さんでしょうよー。
「ぶっ飛ばされるが良いよ。もう翔太郎さんなんてドン引きするぐらい喧嘩強いから(笑)。一度見たらしばらく心が減り込んだままになるんだよ」
-- 表現が怖い。
「あはは。でね、大成さんが一人の時を狙って勝負しに行ったんだって。後ろから行ったのがまずかったらしいんだけど、寸前にバレて振り返り様に、なんだっけ、裏拳?っていうのでココ、パコーンて顎外されたって。そのままお腹蹴られて転ばされて、殴る蹴る殴る蹴る」
-- ほらー、もー。言わんこっちゃないー。大成さんも容赦ないなあ。
「そう、そのままアバラ折られて」
-- え!
「うん。マーさんとナベさんが止めてくれなかったらやばかったって」
-- ちょっと何その話。本当に怖い。
「そのまま病院送りにされて入院なんだけど、大成さん入学したての1年だって気付かずにボコボコにしたのを竜二さん達に怒られて、謝りに行ったんだって。そこはなんていうか、牧歌的?」
-- 全然違うよ!そんな平和な話じゃないよ繭子!
「テツさんにしたらさ。後ろから道具持って襲いに行ってるからさ。あそこまで簡単に自分がひっくり返されるとは思ってもみなかったんだって。逆に瞬殺して、あとでやり返される時にどう対処しようかってトコまで考えてたくらいなのにって。でもさ、ベッドの上で、足元に並んでるあの4人を初めて見た時、勃起するぐらい格好良かったんだって」
-- ちょっと!
「一発で惚れちゃったんだって。まあそこからも色々あったみたいだけど、要はあの4人は手を出しちゃまずいくらい化け物じみて強いって事に気付いて、全部自分が矢面になって荒事を処理する係に回ったんだよっていう、テツさんの武勇伝」
-- うふふふ。今の所上山さんは寝転がってるだけなんだけどね。
「わははは!」
-- 運転手さんが見てるから!
「まあ、詳しい話は皆に聞いた方が面白いと思うけど、覚悟した方がいいのは、そういう喧嘩ばっかりして誰が強いんだー、みたい内容にはあんましならないよって事。結構グロテスクだし、私は、一杯泣いた」
-- うん。覚悟はしてる。
「ねえ。ウチ寄ってく?」
-- いいの?
「さっきあんだけ騒いで泣いたばっかりだからさ、ちょっと興奮して、一人にはなりたくないな」
-- 分かった。じゃあ、お言葉に甘えて。





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