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第2章「演説のはじまり」
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個室で一夜を過ごした蒼太は、スピーカーから流れる機械音声で目を覚ました。
「おはようございます。投票フェーズ候補者の皆さん、中央ホールにお集まりください」
時計がない環境では正確な時間が分からないが、体感的には朝の八時頃だろうか。蒼太は身支度を整えながら、昨夜から頭の中で巡らせていた疑問を再び考えていた。
なぜ自分が四票も集めたのか。誰が、何の理由で自分を推薦したのか。
個室のドアが自動的に開き、蒼太は廊下に出た。同じく個室から出てきた他の候補者たちと合流し、無言のまま中央ホールへ向かう。
ホールに到着すると、推薦フェーズで落選した十三名の参加者たちが既に着席していた。彼らの表情は複雑だった。安堵と不安が入り混じり、候補者たちを見る目には同情と恐怖、そして時として羨望も含まれていた。
「皆さん、お疲れさまでした」
スピーカーから例の機械音声が響く。
「これより、第一回投票フェーズを開始いたします。まず、各候補者による演説を行っていただきます。制限時間は一人三分間。順番は推薦票の多い順で行います」
蒼太は舞台中央に設置された演壇を見つめた。スポットライトに照らされたその場所で、自分も間もなく話すことになる。一体何を話せばいいのか。
「第一番目、神谷様」
神谷がゆっくりと立ち上がった。彼の動作には迷いがなく、まるで何度も経験したことがあるかのような自然さがあった。
演壇に立った神谷は、聴衆を一度見回してから口を開いた。
「皆さん、このような状況で初めてお会いする方が大半でしょう。私は神谷と申します」
低く落ち着いた声だった。昨日の混乱時とは打って変わって、彼は完全に場を支配していた。
「まず申し上げたいのは、我々はここで重要な選択を迫られているということです。誰かが生き、誰かが死ぬ。これは残酷な現実ですが、同時に自然の摂理でもあります」
会場がざわめいた。神谷の言葉の端々に、普通の人間とは異なる価値観が表れていた。
「強者が生き残り、弱者が淘汰される。これは動物の世界では当たり前のことです。人間社会も本質的には同じです。ただ、表面的な倫理や道徳で覆い隠しているだけに過ぎません」
蒼太は眉をひそめた。神谷の思想は明らかに危険だった。
「私がもし選ばれるとすれば、それは皆さんが私を『導く者』として認めてくださったからでしょう。そして、もし私が生き残るとすれば、それは私が他の方々よりも優秀だったからです。これに罪悪感を抱く必要はありません」
演説時間が残り一分を切った。神谷は最後の言葉を紡いだ。
「弱者を哀れむのは偽善です。強者が責任を持って選択する。それこそが、真の秩序というものです」
拍手はまばらだった。しかし、数人の参加者が熱心に手を叩いているのを蒼太は確認した。神谷の思想に共感する者たちがいるのだ。
「第二番目、蒼太様」
自分の名前が呼ばれ、蒼太は立ち上がった。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、演壇に向かう。
スポットライトが眩しく、聴衆の表情がよく見えない。しかし、視線の重さは十分に感じられた。
蒼太は深呼吸してから話し始めた。
「僕は蒼太です。正直に言うと、なぜここにいるのか、なぜ皆さんに推薦していただいたのか、まったく分かりません」
会場が少しざわついた。率直すぎる出だしに戸惑いを感じている様子だった。
「でも、一つだけ確信していることがあります。このゲームには裏があります。なぜ『選挙』という形式を取るのか。なぜ推薦から始まったのか。これらには必ず意味があるはずです」
蒼太は神谷の方を一瞬見た。神谷は興味深そうに微笑んでいた。
「もし僕が生き残ったなら、必ずこのゲームの真相を解明します。そして、可能であれば全員が生き残る方法を見つけたいと思います」
理想論だと分かっていた。しかし、それ以外に言えることがなかった。
「僕に票を入れてくださる方がいるとすれば、それは同じように真実を知りたいと思っている方だと信じています。ありがとうございました」
演説を終えた蒼太は、自分の席に戻りながら他の候補者たちの表情を観察した。神谷は相変わらず微笑んでいたが、雨宮は複雑な表情を浮かべていた。
「第三番目、雨宮香織様」
雨宮が立ち上がった。彼女の歩き方はどこかぎこちなく、緊張しているのが分かった。
演壇に立った雨宮は、しばらく沈黙していた。そして、震え声で話し始めた。
「私は……雨宮香織と申します。小学校で教師をしております」
彼女の声には昨日の毅然とした態度は見られなかった。代わりに、深い悲しみと諦めのような感情が込められていた。
「私はこれまで、子どもたちに『みんな仲良く』『助け合いましょう』と教えてきました。でも、この場所ではそんな言葉は何の意味も持ちません」
聴衆の中から小さなすすり泣きが聞こえた。
「実は、私には隠していることがあります。過去に、私は……人を裏切ったことがあります。信頼してくれた同僚を、自分の保身のために見捨てました」
告白に会場が静まり返った。
「その結果、その人は職を失い、家族も離散しました。私は自分の罪を背負って生きてきましたが、今この場に立って思うのです。もし誰かが死ぬのなら、せめて自分でその選択をしたい、と」
雨宮の演説は予想外の方向に向かっていた。蒼太は彼女の本性を見誤っていたのかもしれないと思った。
「皆さんがもし私を選んでくださるなら、それは私の過去の罪を許してくださるということです。そして、もし私を選ばないなら、それも私が受け入れるべき運命です」
演説を終えた雨宮は、涙を拭いながら席に戻った。会場からは同情的な拍手が起こったが、その中には計算された感動だったのではないかと疑う視線も混じっていた。
「第四番目、田中様」
田中が勢いよく立ち上がった。彼の動きは昨日と同様に感情的で、落ち着きがなかった。
演壇に立った田中は、にこやかな笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔にはどこか不自然さがあった。
「皆さん、こんにちは! 田中です!」
明るすぎる声に、会場が困惑した。この状況でなぜそんなにテンションが高いのか、理解に苦しむ様子だった。
「いやー、選挙って楽しいですね! 昔から政治とかには興味があったんですよ。まさかこんな形で参加することになるとは思いませんでしたけど」
蒼太は田中の演技を疑い始めていた。この異常な明るさは、恐怖を隠すための仮面なのか、それとも本当に狂気なのか。
「でも、まあ、ルールはルールですからね。誰かは死ぬんでしょう? 仕方ないですよね」
田中の表情が一瞬だけ変わった。笑顔の奥に、冷たい何かが見えた気がした。
「僕は絶対に生き残りますよ。どんな手を使ってでもね。だって、死にたくないですもん。皆さんも同じでしょう?」
会場の空気が重くなった。田中の言葉は率直すぎて、誰もが心の奥で思っていることを露骨に表現していた。
「だから、僕に票を入れてください。僕が生き残れば、きっと面白いことになりますよ」
最後まで不気味な笑顔を崩さず、田中は席に戻った。拍手はほとんど起こらなかった。
「第五番目、佐藤様」
佐藤が立ち上がった。昨日、泣いているふりをしながら実際は観察していた女性だった。蒼太は彼女の正体を探ろうと注意深く見守った。
演壇に立った佐藤は、しばらく無言だった。一分ほど経っても何も話さず、会場がざわめき始めた。
そして突然、低い声で話し始めた。
「お前ら、投票の意味……分かってねえよ」
その声は昨日の震え声とは全く違っていた。太く、力強く、そして何か恐ろしいものを含んでいた。
「選挙っていうのは、責任を分散させるためのシステムなんだ。みんなで決めたから、誰も悪くない。そう思わせるための仕組み」
佐藤の言葉に、蒼太は戦慄した。彼女は昨日とは別人のようだった。
「でも、この場合は違う。お前らは直接的に、誰を殺すかを選んでいる。その重さを理解しているのか?」
会場が静まり返った。佐藤の指摘は的確で、参加者たちの偽善を突いていた。
「私は覚悟してる。殺されることも、殺すことも。だから、中途半端な同情で票を入れるな。本気で選べ」
演説時間が残りわずかとなったが、佐藤は黙ってしまった。そして、最後に一言だけ付け加えた。
「選択には、責任が伴う」
佐藤が席に戻ると、会場には重い沈黙が流れた。
「第六番目、鈴木様」
鈴木は中年の女性で、これまでほとんど目立たない存在だった。しかし、演壇に立つと意外なほど堂々としていた。
「私は特別なことを言うつもりはありません。ただ、家に帰りたいだけです」
シンプルで率直な言葉だった。
「夫と二人の子どもが待っています。だから、生き残りたい。それだけです」
彼女の演説は短く、飾り気がなかった。しかし、その純粋さが逆に印象的だった。
「第七番目、高橋様」
最後の候補者である高橋は、二十代の男性だった。彼も目立たない存在だったが、演壇に立つと予想外に雄弁だった。
「僕は高橋です。正直に言うと、ここにいる理由が分かりません。でも、考えてみたんです。なぜ僕たちが選ばれたのか」
高橋の言葉に、蒼太は注意を向けた。
「もしかすると、僕たちには何か共通点があるのかもしれません。過去に何かをしたとか、知ってはいけないことを知ってしまったとか」
興味深い推測だった。確かに、ランダムに選ばれたにしては偶然が多すぎる気がしていた。
「もし僕が生き残ったら、その謎を解明したいと思います。蒼太さんと同じように」
高橋の演説は蒼太のものと似ていたが、より具体的な仮説を提示していた。
全ての演説が終わると、スピーカーから再び機械音声が流れた。
「演説、終了いたします。これより投票の準備に入ります。投票方法を説明いたします」
スクリーンに新しい情報が表示された。
【投票方法】
・各参加者は候補者一名に投票
・投票は無記名
・最も多くの票を獲得した候補者が「当選」
・最も票の少なかった候補者が「処刑対象」
・当選者は処刑対象者の処刑を実行する権利と義務を持つ
蒼太は愕然とした。ルールが昨日聞いた内容と違っていた。最も票を集めた者が処刑されるのではなく、最も票の少ない者が処刑され、当選者がその処刑を行うという仕組みだった。
これは、勝者に殺人の重荷を背負わせる残酷なシステムだった。
「投票時間は一時間です。投票ブースにて、慎重にご判断ください」
参加者たちがざわめいた。誰もが混乱し、恐怖していた。投票することは、間接的に殺人に加担することを意味していた。
蒼太は立ち上がりながら考えていた。誰に投票すべきか。神谷の危険な思想、雨宮の過去への贖罪、田中の狂気、佐藤の冷酷な現実主義、鈴木の純粋な生存欲求、高橋の探究心。
そして、自分自身への票も考えられる。自分が当選すれば、処刑を行わなければならない。その重圧に耐えられるだろうか。
投票ブースに向かいながら、蒼太は頭の中で候補者たちの演説を反芻していた。この中で最も危険なのは誰か。最も生き残るべきなのは誰か。そして、最も死ぬべきなのは誰か。
ブースの中で、蒼太は投票用紙を前に長時間悩んだ。一票が人の生死を決める。この重みは想像以上だった。
時間が経過していく中、蒼太は最終的な決断を下した。鉛筆を取り、候補者の名前を記入する。
投票を終えた蒼太は、会場に戻った。他の参加者たちも続々と投票を完了していく。みんなの表情には、深い疲労と絶望が刻まれていた。
全員の投票が終わると、再び機械音声が響いた。
「投票、完了いたします。開票作業を行いますので、しばらくお待ちください」
会場に重い沈黙が流れた。この沈黙の後に、誰かの死が決定される。その現実が、参加者全員の肩に重くのしかかっていた。
蒼太は天井を見上げながら思った。本当にこのゲームに勝者はいるのだろうか。生き残った者も、殺された者も、みんな犠牲者なのではないだろうか。
スクリーンが再び点灯し、開票結果の表示準備が整った様子だった。
「開票結果を発表いたします」
参加者たちは固唾を飲んで見守った。誰の名前が最初に呼ばれるのか。誰が生き、誰が死ぬのか。
狂気の選挙戦の第一回投票結果が、まもなく明かされようとしていた。
蒼太は拳を握り締めながら、スクリーンを見つめ続けた。この結果が、今後の展開を大きく左右することは間違いなかった。
そして、彼はまだ知らなかった。この投票結果が、想像を絶する悲劇の始まりに過ぎないことを。
「第一回投票結果……」
機械音声が最後の宣告を行おうとしていた。
「おはようございます。投票フェーズ候補者の皆さん、中央ホールにお集まりください」
時計がない環境では正確な時間が分からないが、体感的には朝の八時頃だろうか。蒼太は身支度を整えながら、昨夜から頭の中で巡らせていた疑問を再び考えていた。
なぜ自分が四票も集めたのか。誰が、何の理由で自分を推薦したのか。
個室のドアが自動的に開き、蒼太は廊下に出た。同じく個室から出てきた他の候補者たちと合流し、無言のまま中央ホールへ向かう。
ホールに到着すると、推薦フェーズで落選した十三名の参加者たちが既に着席していた。彼らの表情は複雑だった。安堵と不安が入り混じり、候補者たちを見る目には同情と恐怖、そして時として羨望も含まれていた。
「皆さん、お疲れさまでした」
スピーカーから例の機械音声が響く。
「これより、第一回投票フェーズを開始いたします。まず、各候補者による演説を行っていただきます。制限時間は一人三分間。順番は推薦票の多い順で行います」
蒼太は舞台中央に設置された演壇を見つめた。スポットライトに照らされたその場所で、自分も間もなく話すことになる。一体何を話せばいいのか。
「第一番目、神谷様」
神谷がゆっくりと立ち上がった。彼の動作には迷いがなく、まるで何度も経験したことがあるかのような自然さがあった。
演壇に立った神谷は、聴衆を一度見回してから口を開いた。
「皆さん、このような状況で初めてお会いする方が大半でしょう。私は神谷と申します」
低く落ち着いた声だった。昨日の混乱時とは打って変わって、彼は完全に場を支配していた。
「まず申し上げたいのは、我々はここで重要な選択を迫られているということです。誰かが生き、誰かが死ぬ。これは残酷な現実ですが、同時に自然の摂理でもあります」
会場がざわめいた。神谷の言葉の端々に、普通の人間とは異なる価値観が表れていた。
「強者が生き残り、弱者が淘汰される。これは動物の世界では当たり前のことです。人間社会も本質的には同じです。ただ、表面的な倫理や道徳で覆い隠しているだけに過ぎません」
蒼太は眉をひそめた。神谷の思想は明らかに危険だった。
「私がもし選ばれるとすれば、それは皆さんが私を『導く者』として認めてくださったからでしょう。そして、もし私が生き残るとすれば、それは私が他の方々よりも優秀だったからです。これに罪悪感を抱く必要はありません」
演説時間が残り一分を切った。神谷は最後の言葉を紡いだ。
「弱者を哀れむのは偽善です。強者が責任を持って選択する。それこそが、真の秩序というものです」
拍手はまばらだった。しかし、数人の参加者が熱心に手を叩いているのを蒼太は確認した。神谷の思想に共感する者たちがいるのだ。
「第二番目、蒼太様」
自分の名前が呼ばれ、蒼太は立ち上がった。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、演壇に向かう。
スポットライトが眩しく、聴衆の表情がよく見えない。しかし、視線の重さは十分に感じられた。
蒼太は深呼吸してから話し始めた。
「僕は蒼太です。正直に言うと、なぜここにいるのか、なぜ皆さんに推薦していただいたのか、まったく分かりません」
会場が少しざわついた。率直すぎる出だしに戸惑いを感じている様子だった。
「でも、一つだけ確信していることがあります。このゲームには裏があります。なぜ『選挙』という形式を取るのか。なぜ推薦から始まったのか。これらには必ず意味があるはずです」
蒼太は神谷の方を一瞬見た。神谷は興味深そうに微笑んでいた。
「もし僕が生き残ったなら、必ずこのゲームの真相を解明します。そして、可能であれば全員が生き残る方法を見つけたいと思います」
理想論だと分かっていた。しかし、それ以外に言えることがなかった。
「僕に票を入れてくださる方がいるとすれば、それは同じように真実を知りたいと思っている方だと信じています。ありがとうございました」
演説を終えた蒼太は、自分の席に戻りながら他の候補者たちの表情を観察した。神谷は相変わらず微笑んでいたが、雨宮は複雑な表情を浮かべていた。
「第三番目、雨宮香織様」
雨宮が立ち上がった。彼女の歩き方はどこかぎこちなく、緊張しているのが分かった。
演壇に立った雨宮は、しばらく沈黙していた。そして、震え声で話し始めた。
「私は……雨宮香織と申します。小学校で教師をしております」
彼女の声には昨日の毅然とした態度は見られなかった。代わりに、深い悲しみと諦めのような感情が込められていた。
「私はこれまで、子どもたちに『みんな仲良く』『助け合いましょう』と教えてきました。でも、この場所ではそんな言葉は何の意味も持ちません」
聴衆の中から小さなすすり泣きが聞こえた。
「実は、私には隠していることがあります。過去に、私は……人を裏切ったことがあります。信頼してくれた同僚を、自分の保身のために見捨てました」
告白に会場が静まり返った。
「その結果、その人は職を失い、家族も離散しました。私は自分の罪を背負って生きてきましたが、今この場に立って思うのです。もし誰かが死ぬのなら、せめて自分でその選択をしたい、と」
雨宮の演説は予想外の方向に向かっていた。蒼太は彼女の本性を見誤っていたのかもしれないと思った。
「皆さんがもし私を選んでくださるなら、それは私の過去の罪を許してくださるということです。そして、もし私を選ばないなら、それも私が受け入れるべき運命です」
演説を終えた雨宮は、涙を拭いながら席に戻った。会場からは同情的な拍手が起こったが、その中には計算された感動だったのではないかと疑う視線も混じっていた。
「第四番目、田中様」
田中が勢いよく立ち上がった。彼の動きは昨日と同様に感情的で、落ち着きがなかった。
演壇に立った田中は、にこやかな笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔にはどこか不自然さがあった。
「皆さん、こんにちは! 田中です!」
明るすぎる声に、会場が困惑した。この状況でなぜそんなにテンションが高いのか、理解に苦しむ様子だった。
「いやー、選挙って楽しいですね! 昔から政治とかには興味があったんですよ。まさかこんな形で参加することになるとは思いませんでしたけど」
蒼太は田中の演技を疑い始めていた。この異常な明るさは、恐怖を隠すための仮面なのか、それとも本当に狂気なのか。
「でも、まあ、ルールはルールですからね。誰かは死ぬんでしょう? 仕方ないですよね」
田中の表情が一瞬だけ変わった。笑顔の奥に、冷たい何かが見えた気がした。
「僕は絶対に生き残りますよ。どんな手を使ってでもね。だって、死にたくないですもん。皆さんも同じでしょう?」
会場の空気が重くなった。田中の言葉は率直すぎて、誰もが心の奥で思っていることを露骨に表現していた。
「だから、僕に票を入れてください。僕が生き残れば、きっと面白いことになりますよ」
最後まで不気味な笑顔を崩さず、田中は席に戻った。拍手はほとんど起こらなかった。
「第五番目、佐藤様」
佐藤が立ち上がった。昨日、泣いているふりをしながら実際は観察していた女性だった。蒼太は彼女の正体を探ろうと注意深く見守った。
演壇に立った佐藤は、しばらく無言だった。一分ほど経っても何も話さず、会場がざわめき始めた。
そして突然、低い声で話し始めた。
「お前ら、投票の意味……分かってねえよ」
その声は昨日の震え声とは全く違っていた。太く、力強く、そして何か恐ろしいものを含んでいた。
「選挙っていうのは、責任を分散させるためのシステムなんだ。みんなで決めたから、誰も悪くない。そう思わせるための仕組み」
佐藤の言葉に、蒼太は戦慄した。彼女は昨日とは別人のようだった。
「でも、この場合は違う。お前らは直接的に、誰を殺すかを選んでいる。その重さを理解しているのか?」
会場が静まり返った。佐藤の指摘は的確で、参加者たちの偽善を突いていた。
「私は覚悟してる。殺されることも、殺すことも。だから、中途半端な同情で票を入れるな。本気で選べ」
演説時間が残りわずかとなったが、佐藤は黙ってしまった。そして、最後に一言だけ付け加えた。
「選択には、責任が伴う」
佐藤が席に戻ると、会場には重い沈黙が流れた。
「第六番目、鈴木様」
鈴木は中年の女性で、これまでほとんど目立たない存在だった。しかし、演壇に立つと意外なほど堂々としていた。
「私は特別なことを言うつもりはありません。ただ、家に帰りたいだけです」
シンプルで率直な言葉だった。
「夫と二人の子どもが待っています。だから、生き残りたい。それだけです」
彼女の演説は短く、飾り気がなかった。しかし、その純粋さが逆に印象的だった。
「第七番目、高橋様」
最後の候補者である高橋は、二十代の男性だった。彼も目立たない存在だったが、演壇に立つと予想外に雄弁だった。
「僕は高橋です。正直に言うと、ここにいる理由が分かりません。でも、考えてみたんです。なぜ僕たちが選ばれたのか」
高橋の言葉に、蒼太は注意を向けた。
「もしかすると、僕たちには何か共通点があるのかもしれません。過去に何かをしたとか、知ってはいけないことを知ってしまったとか」
興味深い推測だった。確かに、ランダムに選ばれたにしては偶然が多すぎる気がしていた。
「もし僕が生き残ったら、その謎を解明したいと思います。蒼太さんと同じように」
高橋の演説は蒼太のものと似ていたが、より具体的な仮説を提示していた。
全ての演説が終わると、スピーカーから再び機械音声が流れた。
「演説、終了いたします。これより投票の準備に入ります。投票方法を説明いたします」
スクリーンに新しい情報が表示された。
【投票方法】
・各参加者は候補者一名に投票
・投票は無記名
・最も多くの票を獲得した候補者が「当選」
・最も票の少なかった候補者が「処刑対象」
・当選者は処刑対象者の処刑を実行する権利と義務を持つ
蒼太は愕然とした。ルールが昨日聞いた内容と違っていた。最も票を集めた者が処刑されるのではなく、最も票の少ない者が処刑され、当選者がその処刑を行うという仕組みだった。
これは、勝者に殺人の重荷を背負わせる残酷なシステムだった。
「投票時間は一時間です。投票ブースにて、慎重にご判断ください」
参加者たちがざわめいた。誰もが混乱し、恐怖していた。投票することは、間接的に殺人に加担することを意味していた。
蒼太は立ち上がりながら考えていた。誰に投票すべきか。神谷の危険な思想、雨宮の過去への贖罪、田中の狂気、佐藤の冷酷な現実主義、鈴木の純粋な生存欲求、高橋の探究心。
そして、自分自身への票も考えられる。自分が当選すれば、処刑を行わなければならない。その重圧に耐えられるだろうか。
投票ブースに向かいながら、蒼太は頭の中で候補者たちの演説を反芻していた。この中で最も危険なのは誰か。最も生き残るべきなのは誰か。そして、最も死ぬべきなのは誰か。
ブースの中で、蒼太は投票用紙を前に長時間悩んだ。一票が人の生死を決める。この重みは想像以上だった。
時間が経過していく中、蒼太は最終的な決断を下した。鉛筆を取り、候補者の名前を記入する。
投票を終えた蒼太は、会場に戻った。他の参加者たちも続々と投票を完了していく。みんなの表情には、深い疲労と絶望が刻まれていた。
全員の投票が終わると、再び機械音声が響いた。
「投票、完了いたします。開票作業を行いますので、しばらくお待ちください」
会場に重い沈黙が流れた。この沈黙の後に、誰かの死が決定される。その現実が、参加者全員の肩に重くのしかかっていた。
蒼太は天井を見上げながら思った。本当にこのゲームに勝者はいるのだろうか。生き残った者も、殺された者も、みんな犠牲者なのではないだろうか。
スクリーンが再び点灯し、開票結果の表示準備が整った様子だった。
「開票結果を発表いたします」
参加者たちは固唾を飲んで見守った。誰の名前が最初に呼ばれるのか。誰が生き、誰が死ぬのか。
狂気の選挙戦の第一回投票結果が、まもなく明かされようとしていた。
蒼太は拳を握り締めながら、スクリーンを見つめ続けた。この結果が、今後の展開を大きく左右することは間違いなかった。
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「第一回投票結果……」
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